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小説
ホワイトデー(カリム編)








 ピリピリと、緊迫した空気──と言うのは流石に言い過ぎだが、眼前に仁王立ちしているシャッハが自然と発する空気はそれに近しいものがあった。対して、彼女に睨まれているヴィレイサーはそれにまったく動じていない。気がついていない訳ではないが、この程度で動じるほどでもない。


「…で?」


 呼ばれた理由を問うと、シャッハは溜め息を零す。大仰だが、嫌味は籠められていないと思う。


「ヴィレイサー、貴方は先月、騎士カリムからチョコレートを貰いましたよね?」

「あー……そうだった、かな」


 どうでもよさそうな反応だ。それに怒るでもなく、シャッハは呆れ、彼女の後ろで椅子に座っているカリムは苦笑い。予想通りの反応なので、目くじらを立てるほどのことではない。


「地球の文化では、バレンタインにチョコレートをプレゼントしてくれた方にお礼をする義務があるそうです」

「つまり、カリムに何かプレゼントをしてやれと?」

「そういうことです」

「…嫌に決まってるだろ、そんな面倒なこと」


 溜め息交じりに言うと、シャッハもこれ見よがしに大仰に溜め息を吐いた。


「貴方はもう少し、騎士カリムに感謝すべきです」

「している」

「とにかく、きちっとお礼をしなさい。いいですね?」


 強く念を押すと、シャッハはカリムに一礼して部屋を出ていった。


「…うふふ」

「何がおかしい?」


 堪えきれなくなったのか、カリムが失笑する。適当な場所に背中を預け、理由を問うと「ごめんなさい」と一言謝ってから話した。


「シャッハがあまりに厳しかったから」

「確かに、な」

「でも、私からお願いした訳ではないから、そこは勘違いしないでね?」

「ん」


 そこはちゃんと分かっているようで、ヴィレイサーは短く返す。


「お前個人としては、お礼は欲しいのか?」


 背中を預けていた壁から離れ、カリムが執務のために使っている机に腰掛ける。


「まぁ、そうね。欲しいと言えば、欲しいわね」


 ヴィレイサーの行動に怒ることはなかった。予め片付けてあったし、前からちょくちょく机に座ることがあった。


「でも、見返りが欲しいから、貴方にチョコを贈ったわけじゃないわ」

「だろうな」


 カリムにそんな器用な真似が出来るはずがないのは、よく知っている。


「まぁ、気が向いたら何かくれてやる」

「えぇ、今から期待しているわ」


 ヴィレイサーの言葉に、カリムは嫣然と微笑んだ。彼はあくまで、「気が向いたら」と言っただけだ。それなのに、既に期待するのはどうかと思う。


「どうして今から期待する?」

「だって、何かをプレゼントしてくれる可能性が0じゃないんでしょ?」

「限りなく0に近いけどな」

「そうかもしれないけど、いいの。それに、期待をするかしないかは私の自由よ」

「…まぁ、な」


 カリムのポジティブな考えには呆れるばかりだ。溜め息を零し、彼女には背を向けたまま話を進める。


「だが、期待したところで裏切られるのはお前だぞ」

「あら、心配してくれるのね」

「…別に」


 いつもの決まり文句を、いつものように素っ気なく返す。ヴィレイサーは優しくて、心配性だ。それを素直に表現するのが苦手なだけ──それが、15年の間ずっと彼を見続けてきたカリムが見出だした答えだった。


「大丈夫よ。ヴィレイサーは優しいから」

「相変わらず、甚だしい勘違いをしたままだな」


 この憎まれ口も、照れ隠しだと思えば可愛いものだ。例え本心であっても構わない。もしそうだとしたら、また新たにヴィレイサーの一面を知ったわけだから、カリムにとっては嬉しいことになる。


「まぁ、暇潰しにはちょうどいいかもな」


 そう言い残して、ヴィレイサーは部屋を出ていく。扉が閉まりきるまで、カリムはそこから目を離さなかった。


「…ふぅ」


 ヴィレイサーが何を作ってくれるのか、今から楽しみで仕方がない。3、4年前にも、彼は礼と称して色々とプレゼントしてくれたことがあった。お菓子だったり小物だったりと種類は様々だが、手作りのものが多かったと記憶している。


(ヴィレイサーはあれで、律義なのよね)


 彼が世話係にあてられてから数年後、感謝を籠めて懐中時計をプレゼントした。それに対しても、彼はお礼として贈り物をくれたぐらいだ。

 ただ、お礼はいつも手渡しではなく机に置かれていた。本当は面と向かって渡して欲しかったのだが、彼のことだ。きっと恥ずかしいのだろう。


(今年も、直接渡してはくれないわよね)


 それだけが、少し残念だ。だが、贈ってもらえるのなら我儘は言うまい。カリムはヴィレイサーが何を作ってくれるのか期待しながら、執務をこなすことに。





◆◇◆◇◆





(ったく、面倒だな)


 一方、ヴィレイサーは調理場には向かわずに自室に戻った。カリムへの謝辞など不要だ──そこまでは考えていないが、どう形にすればいいのか分からない。別に感謝していないわけではないので、何か適当に作ればいいだろう。


(あいつは、何でも喜ぶからな)


 これでは作り甲斐がない気もするが、好き嫌いは分かっているし、お菓子なら機嫌を損ねてしまうこともそうそうありはしないはずだ。


「ん……」


 いつも首からさげているのは、カリムからプレゼントされた懐中時計。それを手にして、ぼんやりと眺める。こんな高級そうなものをわざわざプレゼントしてきたカリムに対して思ったのは、物好きだなということだけ。それ以上に何かを抱くことはなく、さりとて感謝しなかったわけではない。


(…寝るか)


 懐中時計を首から外し、いつものようにベッドの脇にある台の上に置くと、さっさと寝ることに。何を渡せばいいか悩んだところで、どうせ大した答えなど出てくるはずもないのだから。





◆◇◆◇◆





 そして、件のお返しの日──つまるところ、ホワイトデーの朝。

 カリムは楽しみ半分、不安半分と言った足取りで執務室に足を運ぶ。ヴィレイサーからのお返しを期待しているだけに、もしなかったらどうしよう──その不安を抱かないはずもない。


「…あら?」


 扉を開け、机の上を見る。いつもなら置いてありそうな場所に、しかし何も置かれていない。どうやら今回は何もないようだ。


(残念)


 ちょっぴり肩を落とし、着席する。仕事は午後からだが、頭を切り替えるためにも早々に書類に目を通しておいた方がいいかもしれない。そう思い、書類に手を伸ばした時だった。


「カリム、いるか?」

「あ、ヴィレイサー」


 ノックもせずに入ってきたのは、もちろんヴィレイサーだ。彼以外の者ならば、必ずノックはする。


「何だ、もう仕事を始めるのか」

「え、あ……いえ、ちょっと確認しただけよ」

「そうか」


 彼の手に小さな包みがあるのに気が付いて、カリムは慌てた様子で書類をもとの場所に戻す。我ながら現金なことだと思うが、こればかりは仕方がない。


「ほら」

「あ……クッキー?」

「あぁ」


 抛られた包みを丁寧に開けていくと、中には色取り取りのクッキーが入っていた。甘い香りが漂い、今すぐにでも食したいと思う。


「食べるか?」

「えぇ、是非」

「じゃあ座って待ってろ」

「はーい」


 間延びした言葉は、本来であれば使わない。上の立場にいるならば、尚更だ。だが、ヴィレイサーの前でならまだ普通の女性でいられる。カリムが唯一、騎士カリムではなくカリム・グラシアという女性として振る舞える相手が、誰であろうヴィレイサーだった。


「熱いからな」

「ありがとう」


 注いでくれた紅茶を一口。程よい温もりが、カップからも伝わってくる。その間に、ヴィレイサーは皿の上にクッキーを適当に並べる。


「一緒に、食べてくれるかしら?」

「まぁ、お前がそれを望むなら」


 紅茶やお菓子を頂く時は、大体が来客中かシャッハがいるときだ。客人の前では頂戴した物を食すわけにもいかず、シャッハは立場上、同席することはあってもあまり一緒に食べることは少ない。立場を気にせずに、一緒に居られるのは15年前からずっと、ヴィレイサーをはじめとする友人だけだった。ヴィレイサーもそれを知っているから、口ではああ言いながらもちゃんと一緒に居てくれる。


「…カリム」

「なぁに?」

「ほら」


 口元に持って来られた、1枚のクッキー。仄かに香るチョコレートの甘みが、カリムを引きつけた。


「で、でも……」

「さっさと食べろ」


 恥ずかしい──そう言おうと口を開くが、ヴィレイサーの方が早かった。どうせ誰もいないのだから、こうして甘えるのもいいかもしれない。


「あーん♪」


 美味しさに顔を綻ばせ、今日も机に腰かけているヴィレイサーを見ると、彼も微笑してくれていた。







◆──────────◆

:あとがき
誰に対してもつっけんどんなヴィレイサーです。
何事にも興味を示しません。

彼の中では、【カリム自身と、彼女との約束】が一番優先されていますが、それはカリムのことが好きなのではなく、単なる罪滅ぼしです。

それに関しては、いずれカリムルートで明かすことになりますので。


そして、結局間に合わなかったなのはの誕生日兼ホワイトデー小話。このまま埋もれないよう気を付けます(汗

なのは
「作者さん……? 本当に、忘れないでね?」

…まぁ、多分ね。

なのは
「むぅ……」

ヴィレイサー
「別にどうでもいいと思うがな」

なのは
「もう、ヴィレくんは相変わらずなんだから……」

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