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小説
ホワイトデー(フェイト編)






 3月14日───。

 ホワイトデーとも称されるこの日、フェイト・T・ハラオウンは奇妙な夢を見た。自分とそっくりな女性が、もっと積極的になるべきだと訴えてくるという内容。最初は、自分の秘かな願望が夢となって形を成したのかと思ったが、別段今の状況に不満があるわけではない。優しく、強い彼氏。傍に居てくれる彼だが、素直じゃなくてぶっきらぼうで──他にも色々とあるが、敢えて割愛しよう──ともかく、そんな相手が彼氏ということもあって、周囲からはもっと積極的に出た方がいいと口にする者もいる。


「ヴィレイサー、今、いいかな?」

《……あぁ》


 だが、フェイトは特に気にするでもなく件の彼氏──ヴィレイサーといつも通りの付き合いをしていた。


「あ、まだ寝ていたんだ」

「…どうしたんだ、こんな時間から?」


 返事に少し時間がかかった理由が分かった。昨日……と言うよりは、今朝の6時に任務から帰宅したヴィレイサーは、時計で現在の時刻を確認してからのそのそと身体を起こす。時計が差している時間は10時。ヴィレイサーが帰宅して、軽くシャワーを浴びてから4時間ほどしか経過していない。寝るには少し物足りないようだ。


「うん。今日はオフだから、ヴィレイサーと一緒に居ようかなぁと思って……迷惑、だったかな?」

「…別に」


 早朝訓練を終えて、朝食を済ませた後は各員が割り当てられている仕事を行う。執務官たるフェイトなら、書類仕事か現場検証、他にも広域犯罪者の情報収集など、やることは山ほどある。とは言え、たまには休みも出る。それが今日にあたるようで、暇になった彼女はこうしてヴィレイサーの部屋へ来たわけである。


「悪い。もう少し寝かせてくれ」

「うん、いいよ」


 構って欲しい気はあるが、こうして一緒に居られるだけでも凄く嬉しい。それを口にするのは少しだけ恥ずかしくて、だから積極的になれと夢の中でも自分に訴えられるのかもしれない。


「ね、ねぇ」

「んー……?」

「その……一緒に寝ても、いいかな?」

「…何言ってんだ?」


 頑張ってみたが、ヴィレイサーの返事は快く了承するでも、嫌がるでもなかった。疑問を投げ、フェイトの回答を待つ。


「だ、だって……気持ちよさそうだし……」

「…まぁ、好きにしろよ」


 疾しい気持ちはないが、断る理由もない。それにどうせ、断ったところで部屋から出ていくこともない。フェイトならきっと、ベッドの淵に座って、そしていつの間にか眠ってしまうだろう。ならば、寝るのが早いか遅いかの違いしかない。


「それじゃあ、失礼します」


 頬を赤らめて、ヴィレイサーが空けてくれたスペースにそそくさと入り込み、しかしふと目が合うと慌てて背中を向けてしまった。積極的になるのはどうしたと言われるだろうが、やはり彼女にはハードルが高いようである。


「…まぁ、蹴られても文句言うなよ」

「うん」


 寝相が悪いと言うことはないが、万が一というのは付き物だ。後で文句を言うこともないだろうが、このまま何も言わないのは落ち着かなかった。


「おやすみ、ヴィレイサー」

「ん」


 たった一文字の返答。それが妙に彼らしくて、フェイトは顔を綻ばせた。





◆◇◆◇◆





「それで、今日はホワイトデーなんだけど……ヴィレイサーは、何か用意とか……してないよね」

「分かっているなら聞くな」


 2時間後───。

 フェイトが目を覚ました時にはヴィレイサーは既に起きており、のんびりとコーヒーを口にしていた。「起こしてくれてもよかったのに」と言うと、「気持ちよさそうに寝ていたからな」とのこと。フェイトの寝顔を可愛く思ったのは内緒だ。


「それとも、何か欲しいのか?」

「ううん。見返り狙いで、バレンタインにチョコをあげたわけじゃないし……それは、別に」


 隣に座るヴィレイサーの手を握り、彼の肩にそっと頭を乗せる。


「それに、こうして貴方と一緒に居られるだけで……私は、幸せだよ」

「…まぁ、お前がどうしてもって言うのなら、何かくれてやるよ」

「? どうしたの、急に?」

「別に。ただまぁ、バレンタイン云々は関係なく、お前に感謝しているのは本当のことだからな」

「…それだけで、いいよ。ヴィレイサーが私に感謝している……それだけで、凄く嬉しいから」

「そうか」


 繋いだ手を離してしまわぬよう、2人は自然と指を絡めていく。やがて、空いている方の手も繋ぎ、ヴィレイサーはフェイトを抱き寄せた。


「ヴィレイサー、あったかい」

「お前も、な」


 互いに笑み、2人は静かに目を閉じる。このまままた眠ってしまってもいい。ヴィレイサーがそう思っていると、唇に柔らかい感触がふれる。


「今、何をした?」

「さぁ?」


 問うても、フェイトは微笑むだけで答えない。ヴィレイサーとしては、そう返されると言わせたくなる。それは彼女とて分かっているはずなのに、いつも頑なだ。


「言ってくれないのか?」


 桜唇を執拗に触れると、フェイトは戸惑い、頬を赤くしていく。


「だ、だって、恥ずかしいし……」

「なら、さっきのは恥ずかしくないってことか?」

「そ、それは……」


 視線が泳ぐ。そこは指摘せずに、フェイトの頬や唇に触れる。擽ったそうにする彼女を、ヴィレイサーは小さな笑みを浮かべて見ていた。


「で、俺に何をしたんだ?」

「う〜……どうしても言わなきゃ、ダメ?」


 上目遣いに見詰めてくる。そんな風に見られたら、嗜虐心が駆り立てられてしまう。当人はそれを知っているだろうに、初心なのか中々口を割ろうとしない。


「言いたくないなら別にいいが……その場合、どうなるかな」

「ふぇぇ……」


 益々顔が赤くなる。別に変なことをするわけではないのだが。ただ、フェイト曰く自分はドSらしい。何をされるか分からないから、戸惑っているのだろう。


「まぁ、いいか」


 もう1度フェイトのことをぎゅっと抱き締めて、ヴィレイサーは目を閉じる。彼女の温もりに酔いしれるみたいに、優しく抱き締めた。





◆◇◆◇◆





「……それ、だけ?」

「え?」

「だから、こないだのホワイトデーってそれだけしかなかったの?」

「う、うん。そうだけど?」


 ホワイトデーから数日後のこと。その日のことを、何とはなしになのはとはやてに話したのだが、2人はそれを聞いた瞬間顔を見合わせて大仰に溜め息を吐いた。


「フェイトちゃん、なにかこう……もうちょっとなかったの?」

「せやな。一緒に寝たんはええけど、間違いに走らんかったん?」

「走ってないよ!」


 これで精一杯なのだ──いつもそう言っているのに、2人はからかうばかりかもっともっととハードルを上げてくる。これにはさしものフェイトも困ってしまう。


「今夜、また何かお願いしてみたらどうや?」

「あ、いいね。ヴィヴィオは私がきちっと面倒を見るから、フェイトちゃんはヴィレくんと一緒に過ごしなよ」

「え、でも……」

「…部隊長」

「ん。フェイト執務官」

「え? あ、はい」


 なおも断ろうとしたフェイトに、なのはは最終手段に出る。はやてに役職付きで呼ばれて改まる。


「今日はヴィレイサーの部屋で一夜を過ごすことを命じます」

「はい……って、何でそうなるの!?」

「フェイトちゃん、今了承したからね?」

「認めたくなーい!」


 2人によって徐々に包囲網が完成させられていく。逃げ場がないことは分かっているのだが、頑なに拒んでしまう。


「ヴィレくん、フェイトちゃんがヴィレくんと一緒に居るのが嫌だって〜」

「なんだと?」

「言ってない! そんなこと言ってないから!」

「違った。本当は一緒に寝たいって……」

「それも言ってない!」


 もう嘘八百だ。これ以上何か言われるより先に、フェイトは早々に朝食を終えてヴィレイサーの手を引き、その場を離れた。


「なのはちゃんも策士やなぁ」

「いやいや、それほどでも」


 嘘でおちょくって、2人をこの場から離れさせるのが目的でもあった。2人きりにすれば、先程の嘘も相まって少しは面白いことになるだろうと考えたのだ。





◆◇◆◇◆





「ご、ごめんね、いきなり引っ張っちゃって……」

「別に。居た堪れなくなっただけだろ」


 ヴィレイサーの部屋まで来て、フェイトはしゅんと落ち込む。一方のヴィレイサーはまったく気にした風はなく、パソコンを開いてキーボードを軽快に叩いている。


「お前、今夜から明日の明け方は暇か?」

「え? えっと……まぁ、うん」


 はやてとなのはにからかわれたこともあってか、ヴィレイサーが夜から翌朝まで空いているか聞いてきた理由をつい邪な方向に捉えてしまう。


「なら、地球にでも行くか」

「ど、どうして?」

「彗星だよ。よく見える時期は仕事が入っていけなかったんだが、休みが取れたから見に行こうと思ってな」

「…うん、行く」


 少し興奮気味に、フェイトはすぐさま同意した。二人きりで出かけられる──そう思った矢先、続くヴィレイサーの言葉に耳を疑う。


「じゃあ、他の奴も誘ってみるか」

「…ちょ、ちょっと待って」

「ん?」

「な、何で他の人も誘うの?」

「何でって、別に特別な理由はないが……みんなで見た方がいいんじゃないか?
 特に、ヴィヴィオとかフォワードの奴らは彗星を見たことがないかもしれないだろうし」

「そ、そうだけど……」


 二人きりがいいと言ってしまえばいいのに、ヴィヴィオやエリオ、キャロのことを考えると言えなくなってしまう。


「その……二人きりがいいかな、なんて」


 それでも、精一杯頑張ってみた。ヴィレイサーのことが好きなのは、誰であろう自分が一番なのだから。


「…お前、食堂で満足したって言っていただろ」

「あ、あれは……! だって、彗星が見えるなんて知らなかったし……」


 なのは達の言葉から逃れるために、満足に過ごせたと言ったのは確かだ。だが、だからと言ってもういいとは思わない。彼はもう少し、二人きりと言う時間が如何に有意義かを知るべきだ。


「…まぁ、別にいいけどな」

「え?」

「ほら、さっさと行くぞ」


 フェイトの手を引いて、ヴィレイサーは部屋を出ていく。それが、二人きりで彗星を見に行くことを意味しているのだとすぐに気が付き、フェイトは前を歩く彼に、小さく呟いた。


「ありがとう」







◆──────────◆

:あとがき
今回もツンでしたが、ちょこちょことデレを淹れてみたりw
これでこそツンデレイサーですよね。

フェイトは、原作を見ていると我儘を滅多に言っていないので、そんな感じにしました。
ただし、ヴィレイサーに対しては少し多め(今回なら二人きりで彗星を見に行きたい点)に。

近すぎず、遠すぎず……だけどちゃんと傍に居るような距離感を描くのは、中々に難しいです(汗

明日は、カリムをヒロインにしたホワイトデー小話の予定です。
このヴィレイサーは、結構距離が開いている感じを出しつつ、カリムとは少し近めになっているかと。

まぁ、カリムが好きだからってわけじゃないんですけどねー(汗


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あきゅろす。
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