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小説
ホワイトデー(ティアナ編)







 ゆったりとしたソファーに全身を預けて寝そべっているヴィレイサーに、コーヒーカップを2つ持ってティアナが歩み寄る。


「ヴィレイサーさん、コーヒー淹れましたよ」

「ん、ありがとう」


 共に初詣に行ってから、少しは素直な一面が増えたと思う。それでも、ティアナにとってはあまり気になることではなかった。前々から好きなのだから、多少の変化があろうと戸惑うはずもない。


「そういえば、なのはさんから聞いたんですけど……」


 身体を起こしたヴィレイサーに寄り添うようにして、隣に座るティアナ。まっすぐに下ろされている髪から、甘い香りが仄かに漂う。相変わらず積極的な自分に、最初は驚きを隠せなかった。だが、彼の傍に居たい一心で頑張ってきた甲斐があったからこそ、今も積極的でいられるのかもしれない。


「もうすぐ、ホワイトデーだそうですね」

「あー……そういえば、そんなのもあったな」


 まったく関心を示さないのは、自分とティアナに直接関することではないからだろう。どちらか一方に、大きく関係するのなら興味を示してくれる。自分が犯罪者であることから無意識の内に壁を造ってしまっているのも、致し方ないと言えよう。


「バレンタインに、チョコをあげましたよね?」

「…さぁ、どうだったかな」


 僅かな間の後、ヴィレイサーは恍けることに。やはりまだ素直にならない部分の方が強いらしい。ティアナは溜め息を吐くでも、怒るでもなく、苦笑いしてコーヒーを一口。温もりが、身体を内側から温めていく。


「まぁ、別に見返りが欲しくてチョコレートを贈ったわけじゃありませんけど」

「じゃあ、いらないよな」

「でも、期待はしています」

「…期待を裏切るのは俺の専売特許だけどな」

「大丈夫ですよ。ヴィレイサーさんは、優しいですから」


 寄り添うティアナが、肩に頭を乗せてくる。すぐ傍に垂れた橙色の髪をそっと指で梳いて、ヴィレイサーはその感触を楽しむ。


「まぁ、お前がどうしてもって言うのなら、作ってやらないこともないが……」

「じゃあ……どうしても、です」


 見詰め合い、視線を絡める。期待と、それを裏切っても気にしないでくれる優しさが籠った瞳に吸い寄せられるみたいに、ヴィレイサーはティアナと唇を重ねた。


「なんか、要望とかあるか?」

「いえ、特には。さっきも言いましたけど、見返りが欲しいわけではないので」

「…ん、了解」


 そう返したが、やはり要望がないと少し困る。何を贈ればいいのか分からないし、どうすればティアナに喜んでもらえるか不安ではある。彼女の好みは理解しているつもりだが、不安はぬぐえない。


「ヴィレイサーさん」

「何だ?」

「もしかして、何を贈ろうか迷っていますか?」

「…まぁ、な」


 意見を聞きたいこともあって、言い当てられたのは忘れてティアナに頷く。そんなに分かりやすいとは思わないのだが、ティアナはいつも言い当ててくる。それだけ理解してくれていると考えれば、少しは嬉しくもある。


「じゃあ、せっかくだから一緒に決めませんか?」

「それだと、贈り物って言えないんじゃないか?」

「私は気にしませんよ」

「…まぁ、気が向いたらな」

「期待していますね」

「だから、期待するなって」


 どちらともなく、そっと繋いだ手。互いに握り返し、ティアナはヴィレイサーの顔を覗き込んでみるが、彼はすぐにそっぽを向いてしまった。


「お菓子とか、簡単なものでもいいんですよ」

「…あんまり食べると、食事が偏るんじゃないか?」


 ティアナは執務官として多忙な日々を送っている。ちゃんと体調管理などさせてはいるし、食事は基本的にヴィレイサーが作っているのでそこまでの心配は必要ないかもしれないが、一応釘を刺しておくにこしたことはない。ちなみにヴィレイサーは、犯罪者ということを自覚しているのであまりまともな仕事を見つけられていない。家族や、仲間に頼ってもいいのかもしれないが、残念ながら長く雇うことはできなかった。情報と言うのはやはりどこかから漏れ出るもので、ヴィレイサーを雇っても早いと1週間ぐらいで他の隊員から解雇を求める声が上がってしまうのだ。


「そこをそうさせないようにするのが、ヴィレイサーさんの腕の見せ所ですよ?」

「だったら、まずはお前が好き嫌いをなくせ」


 立ち上がり、ヴィレイサーは余所行きに身を包む。まだ時折肌寒いので、今日は外出しても後ろ指を指されることは少ないだろう。


「ヴィレイサーさん、私も一緒に……」

「お前は来るな」


 連れ添って歩こうと思ったティアナだったが、ヴィレイサーに拒絶されてしまう。


「…行ってらっしゃい」

「お前も、出かけるのなら気をつけろよ」


 少し悲しそうにする彼女の表情に、多少なりとも心は痛んだ。だが、これも彼女のためだ。


(こうするしかないだろ)


 内心に抱いた言葉は、なにもティアナだけに伝えたいものではない。自分自身にも、必要な言葉なのだ。

 自分は犯罪者で、ティアナは優秀な執務官。周囲から見れば奇異なものでしかないだろう。顔が割れているのだから、ティアナと共に外に出れば彼女にまで謂れのない誹謗中傷が集まる可能性もあり得る。それを遠ざける術を見いだせないヴィレイサーには、こうするしか手立てがなかった。ティアナは、気にし過ぎだと言っていたが。


「…何かあるかな」


 あまり効果がないかもしれないが、何もないよりはましだと思ってかけてきたサングラスをこっそり外して、街中に立ち並ぶ商店や、道路に面したショーケースを眺めていく。ホワイトデーは、この際どうでもいい。ティアナと結ばれてから、彼女に感謝を示したことがあまりにも少ない。


(そういえば……)


 やがてある店まで来たところで、ショーケースに入った様々な商品が目を引いた。そこで、ティアナがこないだ言っていたあることを思い出す。


「…メール?」


 じっとショーケースを見ていると、携帯電話が振動した。かつての愛機は、事件後にティアナの手に渡った。使用を禁じられているわけではないが、やはりけじめとしては必要なことだろう。


「…仕事、か」


 件のメールには、ティアナが呼び出しをくらってしまった旨が記されていた。最後の一文には、謝罪と「寂しくても泣かないでくださいね」と追記されており、写メもある。


「誰が寂しがるかよ」


 それが強がりなのは、ヴィレイサーにも分かっていた。ティアナに「無事に帰ってこいよ」と返信してから、店に入る。彼女へのプレゼントを決めるために、何店か回っては品定めしていく。


(どれが、いいかな)


 適当に選ぶのは、性に合わない。ティアナに見合う物を決めるまでに数時間を要したのは、言うまでもないことだった。





◆◇◆◇◆





「ただいま帰りました」


 深夜2時過ぎ───。

 仕事から戻ったティアナは、遠慮がちに帰宅する。静かな歩みで廊下を歩き、そっとリビングを窺う。そこだけ灯りが点されていたから、ヴィレイサーがいると思ったのだ。


「あ……」


 彼女の予想は当たり、そこには確かにヴィレイサーの姿があった。だが、机に突っ伏して眠っている。夜半もいい時刻だ。先に布団で寝てしまっていても良かっただろうに、律儀が過ぎる。


「ただいま、ヴィレイサーさん」


 ふっと微笑み、ティアナはヴィレイサーを起こしてしまわないよう小さく囁く。


「あれ?」


 食事は外で済ませてきた。シャワーを浴びるのは明日にして、疲れた身体を一刻も早く休めようと部屋に足を運ぼうとして気が付いた。机の上に、1つの小箱とカードが置かれている。そっと小箱を開くと、そこには綺麗な腕時計が。先日、長らく使っていた腕時計が止まってしまったと言うことで、彼女のために購入したのだ。


(…ヴィレイサーさんから?)


 小箱に敷かれていたカードには『ティアナへ』と流麗に書かれてあり、二つ折りにされているそれを静かに捲る。書かれていたのは、たった一文だけ。『いつもありがとう』──シンプルに、それだけ書かれてあった。


(もう少し、書くことがあってもいいじゃないですか)


 そう思いはするものの、その表情には確かに笑みが浮かんでいた。隣で机に突っ伏して寝ているヴィレイサーを1度だけ撫でて、ティアナもそこで寝ることに。彼の身体を運ぶには少々骨が折れる。一緒に寝るのなら、ここで寝たって構わない。


「ありがとうございます、ヴィレイサーさん」


 眠る彼の頬に口付けして、ティアナは静かに目を閉じた。







◆──────────◆

:あとがき
ツン全開のヴィレイサーでしたw

結局、ティアナとのイチャイチャはなしです。
まぁ、キスはしましたけども(苦笑

1度は道を踏み外してしまった……という設定故に、イチャつく展開も書きづらくはありますが、これはこれでありかなと勝手に思っています。

次回の更新日は、明日14日。更新する作品もネタも、今回と同じ『Short Tales』で、ホワイトデー小話となります。

ヒロインは、フェイトですね。本命となる明日はフェイト、明後日はまた別のヒロインになります。

お楽しみに。

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