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小説
星に願いを






「それじゃあママ、行ってきます」

「えぇ。気を付けてね、ルーテシア」


 娘のルーテシアがキャリーバックを持って出かける先は、恋人のクロスロード・ナカジマの家。お泊りをするとのことで、母親として心配ではあるものの、クロスロードのことは知っているので大丈夫だと信じている。


「ママも出掛けるのなら、私にメールしてね」

「ふふ。そうしたいけれど、私はここから出られないから」

「そんなことないよ。頼めば、1日ぐらい平気だよ」


 無人世界カルナージ───。

 事件後、療養のためにメガーヌとルーテシアはここにひっそりと暮らしている。本来は外に出ることを許されないのだが、保護観察処分の期間も終えて更生の兆しがあることから、今回の外出が許可された。


「ヴィレイサーさんを誘ってみたら?」

「ヴィレイサーは、あくまで弟よ」


 ほんのりと頬を朱に染めてしまった。にんまりと笑むルーテシアを、咳払いしてから出立を急かす。


(もう……娘にまで気付かれているのに、どうして当人はまったく気付いてくれないのかしら)


 それほど自分の言動が分かりやすいとも思わないが、ヴィレイサー以外には彼に好意を向けていることがばれてしまっている。ルーテシアにまで言われてしまうとは思わなかったが。

 ヴィレイサー・セウリオン───。

 メガーヌが所属していた部隊に入った時は、まだ10歳にも満たない子供だったか。姉と慕ってくれる彼は、まだ幼すぎて、しかし10年ぶりに再会した彼は本当に大人びていてびっくりしたぐらいだった。紫銀の長い髪に、あどけなさがなくなった鋭い瞳。年甲斐もなく心惹かれてしまった。


「…どうしましょう?」


 ルーテシアが彼氏のことばかり話すものだから、自分が抱いた恋慕に拍車をかける。ついついヴィレイサーがどうしているのかが気になり、通信を試みようとするも、結局は何もできずに終わってしまう毎日だ。だから今日も、通信出来ずに終わってしまう──そう思っていた矢先、件のヴィレイサーの方から連絡が来た。


《姉さん、今大丈夫?》

「え、えぇ。もちろん、平気よ」


 緊張で笑みが強張っていないか気になったが、ヴィレイサーは何も指摘せずに話を続ける。


《今からそっちに行って、話したいことがあるんだ。いいかな?》

「こっちで?」

《あぁ》


 奇妙な話だった。話したいことがあるのなら、通信している今、話せばいいはずだ。なのに、ヴィレイサーはどうしてかカルナージに来ようとしている。


(もしかして、ルーテシアが外出しているのを知っているのかしら?)


 それならば、合点のいく話だった。心配性な彼のことだ。メガーヌだけにしているのが心配なのだろう。


「分かったわ。それじゃあ、待っているから」

《じゃあ、少し時間かかるけど。また》

「えぇ、また」


 通信を終えると、メガーヌはいそいそとお菓子作りに取り掛かる。


(今日は……マフィンにしましょう)


 その表情には確かに、さきよりも満面の笑みが広がっていた。





◆◇◆◇◆





「はい、ヴィレイサー」

「わざわざありがとう、姉さん」


 ヴィレイサーの前に、焼き立てのマフィンと温かい紅茶を淹れてもてなす。次いで、自分の分も用意してから着席し、笑んだ。向かい合って座ると、ヴィレイサーの笑みがよく見られて楽しい。ただし、触れ合ったりできないのが少し残念だ。それは恋人同士になったら──なんて考えることもあるが、自分が彼と恋仲になれるとは思えなかった。


「相変わらず、姉さんは料理上手だよね」

「ヴィレイサーの手料理も、美味しいわよ」


 正直、ヴィレイサーに「姉さん」と呼ばれるのはあまり好きではない。恋仲を望んでいるのだから、当たり前だ。ただ、それを言う勇気はわかない。もしも彼に好きな相手がいたら、その恋を成就させて欲しい。


「それで、話って?」

「あー、うん」


 紅茶を一口飲んで、気分を落ち着ける。ヴィレイサーは1度周囲を見回し、溜め息を吐いてから切り出した。


「姉さん、俺と一緒に彗星を見に行かないか?」

「…え?」


 思いもしなかった一言に、メガーヌは手にしていたマフィンを落としてしまう。目を瞬かせ、ヴィレイサーを見ると彼は苦笑いした。


「急な話で悪いとは思ったんだけど……俺も、こないだ知ったからさ」

「す、彗星って……どこで?」

「地球だよ。カルナージでも、ミッドチルダでもない」

「そ、そんなところまで外出許可が出るわけ……!」

「出たから、誘ったんだろ?」


 許可証を見せ、微笑する。許可証にサインしてある名前を見ると、レジアス・ゲイズとあった。クロスロードが協力してくれたのだとすぐに気が付き、申し訳ないことをさせてしまったと思う。


「他に誘う子、いないの?」

「いないよ。それに、最初から姉さんを誘う予定だったし」

「そ、そう」


 その一言に、メガーヌはつい期待してしまった。だが、すぐに頭を振ってその期待を隅に追いやる。期待して、それが儚く散ってしまう可能性の方が高い。傷つくのは、御免だった。


「今の時期は少し肌寒いから、なるべく温かい格好をしておいてくれ」

「分かったわ」


 ヴィレイサーに洗い物を任せ、メガーヌは簡単な支度を進めていく。その間にも、隅に追いやったはずの期待が膨らんだ。恋慕が、どうしても彼を欲してやまない。


「さぁ、行きましょう」


 これぐらいなら、罰も当たらないだろう──そう思って、ヴィレイサーの手を握って歩き出す。これには流石に驚くかと思いきや、少し照れていた。


(あら、可愛い♪)


 女性に慣れていないのか、ヴィレイサーはメガーヌが見ているのに気が付いてそっぽを向いた。それが益々可愛らしく見せ、メガーヌの心を擽る。


「姉さん、何も手を繋がなくても……」

「ヴィレイサーは、嫌?」

「い、嫌ってことはないけど……」

「ならいいじゃない♪」

「まぁ、姉さんがいいのなら……」


 ヴィレイサーの態度から、彼が未だに女性と付き合ったことがないとよくわかった。その後当人から直接聞き、メガーヌの心の中でまた、期待が大きくなった。





◆◇◆◇◆





「到着〜♪」


 片道数時間の距離を移動し、更にそこから手続きを経て地球にようやっと到着する。メガーヌは体躯に溜まった疲れを取り除くかのように大きく伸びをする。対してヴィレイサーは、腕時計で時間を確認するだけ。


「ヴィレイサー、しっかりとエスコートしてね?」

「俺にそんなことを期待されても困るんだけど……」

「…じゃあ、私で練習してみる?」

「からかわないでくれよ」


 顔を覗き込むように、腰を屈めて下から見つめてくるメガーヌ。ヴィレイサーは視線を外し、その悪戯めいた視線から逃れる。


「それに、姉さんで練習なんてしたくないし」

「…真意、聞かせて」

「え?」

「どうして、私で練習したくないって……言ったの?」


 先ほどよりもぐっと近づいたメガーヌの顔。不安げに揺れる瞳。吐息を零す桜唇。じっと見詰められ、ヴィレイサーは顔を背ける。


「逃げちゃダメ」


 それをさせまいと、彼女の両手がそっと頬を包み込んで自分の方を向かせた。真面目だと、瞳が物語っている。


「ね、姉さん」

「何?」

「時間もないし、それに……」

「それに?」

「周りに、人もいるから」

「…え? あ……そ、そうね」


 大勢ではないが、ヴィレイサーの言う通り周囲には幾人かの人がいた。赤くなった顔をストールで隠し、メガーヌはヴィレイサーに手を引かれるようにして歩き出す。


「彗星のこと、聞いてもいい?」

「あぁ。見られる彗星は、パンスターズ彗星って言って……」





◆◇◆◇◆





「ここならいいかな」

「人がたくさんね」

「やっぱり、かなり取り上げられていたからね。
 それに、太陽に近づくのは今回きりって言われているから、みんな見たいんじゃないかな」

「周期彗星じゃないのね」


 メガーヌの言うようにパンスターズ彗星は放物線軌道のため、見られるのは今回が最初で最後とされている。更に、明るさも残念ながらあまり明るくならない。


「地平線からの高度も低いから、こうして開けた場所に人が集まるのも仕方ない」

「むぅ……もっとくっきりと見られると思ったのだけれど……」

「そう言わない。肉眼彗星なだけ、結構話題になるんだから」


 条件はあまりよくない。だが、肉眼で目にすることができるだけでもこうして多くの人が集まる。ヴィレイサーはメガーヌの手を引いて適当な位置まで来ると、再び腕時計に目を移す。


「…そろそろだよ」


 ヴィレイサーが呟くと同時に、周囲が段々とざわついてきた。メガーヌもヴィレイサーに寄り添うようにして隣に並び、明るい夕方の空を見上げる。


「上ってきた」


 誰かがそう呟いたのが耳に入った時には、メガーヌの目にも彗星の尾が見えた。


「綺麗……」

「あぁ」


 自然と、口数が減っていく。2人はそれでも構わずに、彗星に目を奪われる。

 一筋の光芒が生み出す沈黙。感嘆の息だけが、静寂に音を落とす。


「…行っちゃったわね」

「うん」


 邂逅は、思い返すと一瞬だけに感じられた。もしかしたら本当にそうだったかもしれないし、或いはもっと長い時間だったかもしれない。


「…もっと綺麗に見たかったわ」

「11月にはアイソン彗星が来るから、その時また来よう、姉さん」

「そうね……そうしましょう」


 今からカルナージに帰るとなると夜半を過ぎてしまうが、宿泊は考えていないので2人は早々に帰ることに。


「…姉さん、これ」

「え? あ、ありがとう」


 寒そうに身体を震わせ、ストールを直したメガーヌを見て、ヴィレイサーは着ていたロングコートを彼女に羽織らせる。


「ねぇ、ヴィレイサー」

「何?」

「今度来る時は、姉弟としてではない、別の形で来ましょう」

「? どういう意味?」

「…もう、鈍いんだから」


 溜め息を零し、メガーヌは人気が少ないと分かるとそっとヴィレイサーに寄り添い、その頬に口付けする。


「私の気持ちは、伝わったかしら?」

「ね、姉さん……」

「それとも、まだ足りないかしら? だとしたら、甘えん坊さんね」


 嫣然と微笑み、メガーヌはヴィレイサーの前に回ると彼の首に手を回して抱き着く。


「姉さん、俺……」

「ダ〜メ」


 ヴィレイサーが何をしようとしたのか察し、しかしメガーヌはそれをさせまいと人差し指を立てて制する。


「唇(ほんめい)にしたいのなら、貴方の気持ちを聞かせて」


 耳元で囁くメガーヌをより強く、しかし優しく抱き締め、ヴィレイサーも静かに呟く。


「愛しているよ」







◆──────────◆

:あとがき
メガーヌの年上らしい余裕と、乙女らしさを出せたらと思いましたが如何だったでしょうか?

ヴィレイサー
「と言うか、さりげなくクロスの名前が出ているんだが……」

うむ。ルーテシアがお泊りするためには誰か彼氏が必要だと思ってね。

ヴィレイサー
「普通にエリオとキャロの所に遊びに行かせればよかっただろ」

ですよねー……。


次回の更新は、13日を予定しております。
更新するのは【Short Tales】で、ネタはホワイトデー。ヒロインはティアナになります。

お楽しみに。

ヴィレイサー
「なんか、3、4人から恨みを買いそうなんだが……」

ティアナがヒロインの方が3名と、某ティアコン先生の4人だねw
でも大丈夫。まったくイチャイチャしないから。

ヴィレイサー
「なら平気……なのか?」

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あきゅろす。
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