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小説
雛祭り(アインハルト編)







「失礼します」

「いらっしゃい、アインハルトさん」


 碧銀の髪を揺らし、アスティオンを肩に乗せたアインハルトはヴィヴィオの家を訪ねる。その理由は、彼女に呼ばれたから。なんでも、ヴィヴィオの保護者であるなのはの故郷、地球では、今日は雛祭りという行事が行われるらしく、細やかではあるがこちらでも行おうと言うことになったらしい。


「お邪魔します、ヴィレイサーさん」

「よう、アインハルト」


 声をかけられて、ソファーに座していたヴィレイサーは彼女に席をあける。


「あの……」

「ん?」

「お隣、失礼します」

「あぁ」


 少し頬を赤らめて、アインハルトがヴィレイサーの隣に座る。その様子を、ヴィヴィオは満面の笑みを浮かべて見ていた。

 ヴィレイサーとアインハルト。歳は離れているが、これでもれっきとした恋人同士である。当初、まだ幼いゆえの恋心だと思っていたヴィレイサーは、アインハルトが本気だったことにまったく気が付かなかった。それ故、ヴィヴィオや周囲のアピールによって彼女の気持ちを知らなければ、きっとこの恋は成就しなかっただろう。


「ところで、雛祭りとはどういった祭事なのですか?」

「まぁ、簡単に言うと女の子が健やかに成長するのを願うんだ」

「なるほど。ヴィヴィオさんは、なのはさんやフェイトさんに愛されているんですね」

「はい。もちろん、アインハルトさんも、ですよ」

「えぇ。今日はお招き頂き、ありがとうございます」


 仰々しく頭を垂れるアインハルトに、ヴィヴィオの方が更にかしこまってしまう。ヴィレイサーはそれを横目に、席を立って部屋を出ていく。着物の着付けがあるため、男は邪魔にならないよう早々に退散させてもらった。


「アインハルトの着物はどうするんだ?」

「大丈夫。ちゃんと準備してあるよ」

「…そうか」


 どうやら、最初から呼ぶ気だったらしい。なのはとフェイトに任せ、ヴィレイサーは雛飾りのチェックを行っていく。流石に、片や教導官。片や執務官。人形の並べ方は、多忙の日々と一緒においてきてしまったようだ。故に、雛人形を飾ったことのあるヴィレイサーだけが、並びのチェックを行うしかなかった。

 とは言え、自分はどうにもこういった恒例行事は苦手だ。あまり騒々しくなるわけではないが、のんびりと過ごしたい彼にとっては、今日は1日中どこかに出かけているか、仕事をしていたかった。だが、こうして一緒に雛祭りを過ごすことになったのは、もちろんなのは達の差し金。仕事を休むように強要されたかと思うと、その日はアインハルトと一緒に居るべきだと言われ、こうなった次第だ。


(やっぱ、アインハルトは嫌だったかな)


 歳の差以外にも、彼女はまだ学生の身分。既に仕事ばかりのヴィレイサーとは中々時間が合わない。付き合う前に、それに関して了解は得たものの、アインハルトと共に過ごす時間はやはり短かった。当人はそれを弱音だと思っているのか中々言わないし、ヴィレイサーも結局は仕事を優先してしまっており、最近は少々擦れ違いの日が続く。

 それを見兼ねたのか、今回の雛祭り。こうして話す機会を得たのは嬉しいが、何を話せばいいのやら分からない。恋とは無縁の二十数年。それは変わらないと思っていただけに、女性に対してどう接したり、話したりすれば好感を持ってもらえるか。


(ばかばかしい)


 が、ヴィレイサーはそんなことに考えが回る性質ではなかった。思ったことを言えばいいだけ。一先ず、いつも通りにアインハルトと接すればいいだろう。そう決めて、踵を返す。


「あれ?」

「あ、すみません。勝手に……」


 部屋の出入り口である扉の前には、アインハルトがいた。青を基調とした着物は、淑やかな彼女にはぴったりだ。


「もう着付けたのか」

「それが……皆さんが、一番は私だと……」

「なんでまたそんなことをしたんだか……」

「に、鈍いです……」

「何か言ったか?」

「い、いえ、なんでも……!」


 アインハルトの小さな呟きは、なんとか聞かれずに済んだようだ。なのは達が最初に着物を着せてくれたのは、自分たちが話す時間をくれたため。その厚意に気づけないのは、やはり鈍いとしか言えない。それに、アインハルトもやはりまだ子供。好きだと思った相手とは、一緒に居たいものだ。


「それにしても、可愛いな」

「な、何を……! いきなり、そんなことを言わないでください」


 じっと見詰められ、アインハルトはそっぽを向いて視線をやり過ごす。だが、ヴィレイサーは彼女から視線を外そうとしない。


「なら、いきなりじゃなきゃいいのか?」

「そ、そういう訳では……」


 大人の余裕と言う奴だろうか。ヴィレイサーは、不思議とアインハルトをからかうことが多い。好きな女性は弄りたくなるのか、それともアインハルトが子供だからからかいやすいとでも思っているのか。どちらにせよ、彼女は面白い反応を返してくれる。

 そっと頬に触れると、虹彩異色の瞳が揺れ、頬が赤くなっていく。


(可愛いやつ)


 こうして見ているだけでも面白いが、それだといずれこちらも照れくさくなるので先にアインハルトをダウンさせる必要がある。


「やっぱり、綺麗な瞳だな」

「そ、そんなことは……」

「否定するのはなしって約束だぞ?」

「あぅ……」

「お前はもっと、自分に自信を持った方がいい。
 大したものじゃないが、俺が保証する。アインハルトは、美人だよ」

「や、止めてください……これ以上は、照れてどうにかなりそうです」


 これ以上──そう言っているが、既に頬は真っ赤で、その紅は徐々に顔全体に広がりつつあった。


(そんなこと言われたら、どういう風になるのか是非とも見てみたいもんだ)


 そして、ヴィレイサーという男はサドでもある。アインハルトは絶好の標的だろう。


「止められないな」

「そ、そんな……!」

「可愛いお前が悪い」

「っ〜〜〜!」


 益々顔が赤くなった。


(そういえば、最近忙しかったからな。キス、してないな)


 真っ赤な顔の中でも、綺麗な双眸と潤いある桜唇が目立つ。そこにそっと指をあてると、アインハルトはびっくりしてヴィレイサーの手から逃れようとする。


「こら、急に暴れるなよ」

「す、すみません」


 先程のびっくりした瞬間、アインハルトに猫耳と尻尾があったらさぞ面白かったことだろう──そう思って、ふとあることに気が付いた。いつもならどちらかの肩に乗っているであろうアスティオンの姿がない。


「アインハルト、アスティオンはどうした?」

「へ? あ……下で、セイクリッドハートと一緒だと思います」

「そうか。また遊んでやろうと思ったんだが、まぁそれなら仕方がないか」

「むぅ……」

「? どうしてそこで剥れるんだ?」

「いいえ」


 アスティオンよりも、自分を構って欲しい──そう言おうとして、アインハルトは口を閉ざした。どうせ言ったところでヴィレイサーの鈍感が治るわけではない。だったら、剥れた理由が分からずに戸惑えばいい。


「剥れているアインハルトも可愛いな」

「な、なんでもかんでも可愛いと言わないでください!」

「じゃあ、綺麗だ……とか?」

「ダメです! ヴィレイサーさん、そればっかりじゃないですか」

「しょうがないだろ。本当のことなんだから。
 それに俺は、思ったことを言うしかできないって言っただろ?」

「そ、それは、そうですが……」

「まぁ、なるべく繰り返さないように善処するさ」


 背中を向けていたが、ヴィレイサーに後ろから抱き締められて彼の体躯に倒れ込む。すっぽり収まった幼い体躯。武装形態なら、恋人同士と言っても疑われないのだろうが、そのためだけに姿を変えるのもなんだか嫌だった。


「…アインハルト」

「はい?」

「シャンプーとか、変えた?」

「なっ!?」

「こないだ会った時と、なんか髪の香りが違う」

「どこの匂いを嗅いでいるんですか!」


 振るわれた拳。しかし、ヴィレイサーも多少なりとも体術を会得しているので容易く受け止められる。


「悪い。綺麗な髪だったからさ」

「ぐぬぬ……!」


 余裕の笑みを見せると、それが癪に障ったのかアインハルトは負けじともう一方の拳を繰り出してくる。


「そこまで恥ずかしがらなくてもいいだろうに」


 所詮は子供。その膂力も大したことはない。真っ赤になった顔を隠そうともせず、アインハルトは悔しそうにしている。こういう子供らしい一面を見せてくれるのが自分だけだとしたら、かなりの幸せ者だ。


「怒らせて、ごめんな」


 ふっと力が弱まり、アインハルトはそのままヴィレイサーの胸へ倒れ込む。それを優しく受け止め、ヴィレイサーは彼女の頭を撫でる。


「ヴィレイサーさん、意地悪です」

「よく言われる」

「だったら、少しは改めるぐらいはしてください」

「無理だな。アインハルトが可愛すぎて、つい意地悪したくなる」

「も、もう」


 恥ずかしそうに顔を伏せたが、それが上げられた時には彼女は微笑していた。


「パパ、入っていい?」

「あぁ、いいぞ」


 ヴィヴィオの声に2人とも驚いたが、慌てて離れてすぐに招き入れる。入ってきた彼女も、着物に袖を通していた。


「どう?」

「もちろん、可愛いよ」

「えへへ♪」


 頭を撫でてもらっているヴィヴィオを、アインハルトはつい羨ましそうに見てしまった。頭を振って、すぐに忘れる。代わりに、ヴィレイサーをジト目で睨むことに。


「じゃあ私、先に行っているからね」

「あぁ」

「アインハルトさん、また」

「はい」


 さっさと出て行ったヴィヴィオ。気遣いではなく、本当に雛祭りが楽しみなだけだろう。彼女が出て行ってからある程度時間が経った後、アインハルトはヴィレイサーの膝裏を蹴った。


「な、なんだ、いきなり?」

「知りません」


 ぷいっと横を向いてしまったアインハルト。どうやら、また知らぬうちに怒らせてしまったようだ。


(焼き餅か?)


 ヴィヴィオと話していただけなのに、それで妬かれては堪ったものではない。アインハルトは意外と嫉妬深いのかと考えていたが、乙女心とは複雑なのである。


(まったく。他の方を褒めるなとは言いませんが……。
 そうです。ヴィヴィオさんとヴィレイサーさんは親子なのですから、親が子を可愛いと言うのは当然のこと。ですが、私がいる前で褒めなくても……)


 ぐるぐると思考が巡っては次の思考に掻き消されていく。


「アインハルト」

「ひゃ、ひゃい!?」


 びっくりして、素っ頓狂な声を出してしまった。


「もしかして、妬かせたか?」

「そ、そんなことは……」

「じゃあ、何で怒ったんだよ」

「うっ……や、妬いてしまいました」

「…そっか」


 これ以上隠し立てが出来ないので、アインハルトは素直に話すことに。ヴィレイサーは苦笑いして、彼女を撫でる。


「俺の方こそ、ごめんな」

「いえ、そんな……」

「アインハルト」

「はい」

「せっかくだし、祭りはすっぽかして一緒にデートでもするか?」

「あ……はい♪」


 なのは達に見つかっても構わないだろう。突っ走ればいいだけだ。


「それじゃあ行くぜ、お姫様」

「どうぞ、王子様」


 手を繋いで、2人は走り出した。






◆──────────◆

:あとがき
乙女全開なアインハルトでした。
うん、やっぱりヴィレイサーがロリコンにしか見えないw

コロナの時とは違い、かなり弄らせてもらいました。
流石はアインハルトだ(ぇー

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