小説
Episode 5 柵
新暦75年、5月───。
「ヴィレイサー、すまないが今日の任務は1人で行ってきてくれ」
父で、108部隊の部隊長を務めているゲンヤにそう言われ、ヴィレイサーは不思議に思いながらも同意した。
4月にこの部隊に所属する傭兵として、長らく住んでいた地球から移ってきたヴィレイサー。既に1ヶ月が経過したが、それまではギンガの調査任務に同行するぐらいで、目立った任務はなかった。
「今日は、ギンガに客がいるんだ」
「客?」
「安心しろ、男じゃねぇから」
「…別に、そんなことは気になっていないけど」
「ほう?」
笑っているゲンヤに、ヴィレイサーは溜め息を零しつつ、資料を手に取る。まだ稼働している違法施設の破壊──そう書かれていた。
「稼働中なのに、いいのか?」
「正直、俺もその点が気がかりなんだ。
実はな、そこは前まで稼働していなかったんだ」
「と言うことは……」
「あぁ。誰かが入り込んだか、或いは……また実験を再開したかのどちらか、だ」
「なるほどね」
ギンガに来客があるタイミングでこの任務を寄越したのは、後者が原因である可能性を考慮してのことだろう。娘には、あまり凄惨な光景を目撃させたくない。しかし、上から急かされている──そう言ったところだ。
「施設だが、無人の場合は広域サーチで危険がないことを確認してから破壊してくれ」
「了解」
「気を付けていって来いよ」
「あぁ」
立ち上がり、漆黒のロングコートを翻して部屋を出て行った。
《部隊長、八神二佐よりお電話です》
「おう、繋いでくれ」
今日の客人──それは、かつての部下、八神はやてだ。今は機動六課の部隊長を務めており、いつの間にか自分の上に立つ人間になっていた。
「どうした、豆狸」
《ナカジマ三佐、それで呼ばない約束のはずやないですか?》
「わりぃな。最近歳でよ。どうにも忘れっぽくていけねぇ」
《はぁ……えっと、昨日も話しました通り、今日の午後にそちらへお邪魔させていただきます》
「おう。ギンガも、今日はこっちに残しておくからな」
《助かります。それでは、また後程》
「あぁ」
◆◇◆◇◆
「え、兄さんは今日、任務なの?」
「あぁ。ギンガには、来客があるって話だが?」
「うん。機動六課の部隊長、八神二佐だよ」
「ふーん」
「…女性だから、心配しなくてもいいよ」
「父さんも同じこと、言っていたぞ」
「あ、あはは」
「別に俺は、来客主が男でも気にしないってのに」
「そ、そっか」
それを聞いて、ギンガは少し残念に思う。父も同じことを言ったのは、恐らく自分の気持ちを察しているからだろう。
(兄さんの中では、私は妹止まり、か……)
いつからか、彼女の中でヴィレイサーはただの兄ではなく異性となっていた。それを伝えられないのは、彼は兄で、自分は妹だから。想いを伝えて、今の家族の形を壊してしまいそうで怖い。
「まぁ、実際にそうなったら分からんが」
「…心配してくれてありがとう♪」
「分からないってだけだ」
「それでも、心配はしているんでしょ?」
「さぁ、どうだかな」
素っ気ない兄に、ギンガは小首を傾げる。いつもならこんな応対はしないはずで、優しく接してくれるのだが、今日は何故かそんな素振りがない。
(任務、何か重要なことなのかな?)
それで緊張しているのではないかと思い、ギンガは励ます。
「…任務、気を付けてね」
「あぁ」
後はたわいない会話が続き、朝食を終えて食堂を出ていく所でヴィレイサーはギンガと別れて任務へと赴く。
《…浮かない顔ですね》
「まぁ、な」
愛機のエターナルに言われ、なんとなく鏡を見る。確かに彼の言う通り、いつもより沈んだ表情だった。
「…エターナル」
《はい?》
「……いや、なんでもない」
聞こうと思ったのは、先日の目撃談についてどう思うかということ。しかし、憶測──しかも願望込み──で話す内容ではないため、止めた。
「サポート、頼んだぞ」
《無論です》
心強い返答に小さな笑みを浮かべ、ヴィレイサーは飛行許可を取ってから空を駆けた。
◆◇◆◇◆
「お願いしたいんは、密輸ルートの調査です」
まだ幼さのある声だが、しっかりとした意志の強さが籠められている。ゲンヤは、対面に座って真剣な眼差しで話す少女──八神はやての話に耳を傾ける。
「…そうなると、お前も動かし易いやつがいいだろう」
「すみません、ご配慮ばかりして頂いて……」
「失礼します」
はやてが頭を下げたのと同時に、湯飲みをお盆に乗せたギンガが、はやての家族であり融合騎でもあるリインフォースUが入室してくる。
「お久しぶりです、八神二佐」
「うん、久しぶりやな、ギンガ」
お茶を2人の前に置いて、ギンガはすぐに退室する。
「…捜査官だが、ギンガに担当させるか」
「すみません……スバルに続き、ギンガまで……」
「これ以上はこっちもかつかつで難しいな。息子に協力させてもいいんだが……ギンガかスバルが付いていねぇと、扱い辛いだろう」
「えっと……ヴィレイサーくん、でしたっけ?」
「あぁ。今日は任務に行かせた」
「変なタイミングで来てしまいましたかね?」
「いや、身体が鈍るって言って聞かねぇからな」
「そ、そうやったんですか」
随分なことをしたものだと思ったが、件の息子も相当だと思う。
「あ、それで、ギンガなんですけども……力添えをして頂けると言うことなので、こちらからデバイスを渡そうかと」
◆◇◆◇◆
「デバイスを、ですか?」
「はい。機動六課から、感謝の証として受け取って欲しいのですよ」
ギンガの目の前にいるリインフォースUは、件のデバイスの設計図を見せる。
「えっと……非常に嬉しいんですが、いいんでしょうか?」
「もちろんです」
スバルが勤めている、機動六課からデバイスを貰えるのは非常にありがたい。兄だけを任務に向かわせずに済むのだから、尚更だ。
「では、ありがたく頂戴致します」
「はい♪」
◆◇◆◇◆
「ここ、か」
目的地に到着し、ヴィレイサーは上空からその研究施設を見下ろす。最近になってまた動き出したとの話だが、簡単に接近することに成功した。
(さて、まずはエリアサーチだな)
愛機に命じて危険がないか念入りに調べる。空中から近づくより、周囲の探索も兼ねて地上を移動することにして、まずは足場から。
《危険物質の該当……ありません》
「行くか」
ゆっくりと降り立ち、またゆっくりと施設に歩んでいく。
《…地下に反応あり》
「地下……階段は、あれだけか」
唯一の階段を使って、施設の地下へと下りていく。内部は確かに息を吹き返してはいるが、照明が灯されているだけで、他は特に何もない。
(撤収した後か? だとしたら、何の反応が……)
周囲を見回し、何個目かの扉を開けようとしたその時だった。
《Leader!》
「敵!」
獣の影が、ヴィレイサーに迫ってきた。
「チッ!」
身を屈めてやり過ごしたところで、前方に向かって跳躍し、距離を取る。
「敵は……なっ!?」
はっきりとした姿を捉えようと、敵を目にして、驚いた。
「…セイバー」
救世主(セイバー)と名付けられたそれは、機械で作られた番犬だった。
(あいつらが、どこかで活動しているのか?)
セイバーはその場から動かずに、じっとヴィレイサーを見ている。赤いカメラレンズの眼が、機械的に動く。
《…該当者あり。タイプゼ……》
機械的な声が、中途で途切れた。ヴィレイサーの太刀が、頭を斬り飛ばしたのだ。
「…呼ぶな」
《敵対行動と認識。排除行動、開始》
が、同型のセイバーがまた2体、後ろから現れて迫ってくる。
「俺をその名で呼ぶなぁっ!」
振り返り様に、1体の上顎を叩き斬る。噛みつくぐらいしか、そのタイプのセイバーには攻撃方法がない。
《主Bに伝達……完了》
「B……生きていたのか」
セイバーが言った作業報告に少なからず安堵するも、その一瞬の隙をついて、肉薄してくる。
「くっ……!」
顔面目掛けて迫るセイバーに対し、左手で防ぐ。が、機械で出来たその牙は、易々と彼の腕に突き刺さる。
《ケーブル断絶、開始》
「させ、るかあぁっ!」
太刀を腹部に突き刺し、怯んだところを蹴飛ばし、離させる。
《投降の意思、確認出来ず》
「俺は……俺はもう、Rじゃない!」
先に仕掛けたのはヴィレイサーだった。対処しようと大きく口を開いたセイバー。しかし、その口の上下を掴むと、そのまま一気に左右へ引っ張る。
《…ジ、ガ……》
終いには声にならない声を発し、機能が停止した。
「はぁ、は……はぁ……!」
《リーダー》
「…各部チェック」
《…異常箇所……該当、ありません》
「そうか」
《しかし、左腕外装にダメージ。ケーブルはどれも無事ですので、軽微です》
「…あぁ、もういい」
苛立たしげに返すと、「申し訳ありません」と平謝りに謝られた。
「…いや、すまない。錯乱していた」
エリアサーチを改めて念入りに行い、反応が皆無であることを確認すると、各所に発破を仕掛けて早々に出ていく。
「任務…完了」
轟音と共に舞い上がる火の粉。それを見てふと、そういえば──と思い出す。
(確か……あの日も、こんな光景だったな)
火の手が上がる違法施設。それは嘗て、クイントに助けられた時に脱走した研究所を彷彿とさせた。
◆──────────◆
:あとがき
R──それが、ヴィレイサーのかつての名前になります。
これが何を意味するのかは、追々明かすことになりますので。
お分かりいただけている通り、ヴィレイサーは『R』と呼ばれるのを酷く嫌っています。
それほどまでに憎しみを抱いていますが、ギンガがそれを氷解させるのか、それとも……?
次回は、3月3日に雛祭り小話を投稿いたします。
ヒロインは、アインハルトとコロナの2人です。
あ、別に両方一偏じゃないですからね?w
ちゃんと、片方ずつのお話ですので。
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