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小説
Episode 4 妹






「ぅ…ん?」


 少し肌寒さを感じて、ギンガは覚醒していく。ぼーっとした頭がはっきりとしていくにつれて、彼女の目の前にある表情がなんなのかを理解した。


(に、兄さん……!? な、なな何で兄さんがここに……)


 ぐっすりと眠るヴィレイサーが眼前にあり、驚くギンガ。驚いて声を上げようとして、咄嗟に口を塞いでそれを既の所で思いとどまる。


(そっか。昨日、書類に目を通してもらおうと思って……)


 ヴィレイサーを起こしてしまわないよう、細心の注意を払いながら起き上がり、着替えを持って別室にそそくさと消える。当然、鍵を閉めてから服を脱いだ。子供の頃は気にしていなかったのだが、今も同じと言うことはない。恥ずかしくて堪らないのは当然だ。


「兄さん、起きて」

「ん……うーん」


 揺すっても、寝返りを打ってギンガの手から逃れようとする。寝かせておいてあげたいのは山々だが、今日はのんびりとしている暇がない。


「兄さん、今日は出掛けるんだよ」

「んー? あー……うん」


 のそのそと起き上がり、身体を伸ばすヴィレイサー。彼はギンガがいることに対してまったく驚いたりせず、「悪いな」と一言残してさっさと部屋を出て行ってしまった。


(私、気にされていないのかな……?)


 つい、そんなことが気になってしまった。が、すぐに我に返ると余所行きのために仕事着の上からコートを身にまとう。


「先に、食堂に行っています……と」


 ヴィレイサーにメールを送信して、ギンガは先に朝食を取りに食堂へ足を運ぶ。


(そういえば、なんだか懐かしい夢を見ちゃったなぁ……)


 初めてヴィレイサーと出逢った時の夢だ。


『ギンガ、スバル。これから、2人のお兄ちゃんになる……ヴィレイサーよ』


 母に背中を押されながら前に出てきた少年は、年相応のあどけなさがなく、強張った表情には疑いの眼がはっきりと出ていた。鋭い眼差しが、父の後ろに隠れていたギンガとスバルを捉える。2人ともびっくりして、父の足にしがみつく。


『ほーら、2人とも怖がらないで。ヴィレイサーも、そんな怖い顔をしちゃダメよ』


 両親の後押しもあって、ヴィレイサーとの仲はそれなりに縮まり始めた。人懐っこいスバルは特に早く、対してギンガは1ヶ月の時間を要したことを、今でもよく覚えている。


「──…マ。おい、ナカジマ」

「は、はい!?」


 懐古していたのがいけなかった。主任のラッドに声をかけられてもまったく気がつけず、彼が声を張り上げたところでようやく我に返った。目の前には通路に少し突き出た柱が。このまま歩いていたら、痛い目に遭っていたことだろう。


「考え事か?」

「まぁ、ちょっと」

「あんま抱え込むなよ」


 軽く肩を叩いて、ラッドは先に食堂に向かう。ギンガもその後を追おうとしたが、後ろにヴィレイサーの姿を見つけたので止めて彼と一緒に行くことにする。


「おはよう、兄さん」

「あぁ。今朝は悪かったな、あのまま寝ちまって」

「ううん、気にしないで。私もぐっすり眠れたから」

「ならいいんだが……」

「ほら、そんなこともう忘れて朝食食べよう」

「ん、そうだな」


 止めていた歩みを進めて、2人は食堂へと足を運んだ。

 今日は、母の月命日だ。部隊長である父はここを抜け出せないが、ヴィレイサーとギンガ、そして予てより休暇を取ると言った妹のスバル──この3人で、母の墓前へ行くことを決めていた。


「スバル、兄さんに会えることを凄く楽しみにしていたよ」

「そうか」


 ふっと顔を綻ばせる。ヴィレイサーは厳しいが、2人の妹には甘い。特に末っ子のスバルは、甘えてばかりなのでついつい彼も甘やかしてしまいがちになる。それを差別に思うことはなく、しかしちょっぴり羨ましく思うギンガであった。





◆◇◆◇◆





「待って、兄さん」

「ん?」


 朝食を終えて、ゲンヤに挨拶してから外へと通ずる出入り口まで来たところで、ふとギンガが正面に回ってまじまじと見る。


「ネクタイ、ちょっと曲がっているよ」

「あ、あぁ、悪い」

「それに、寝癖も残っているし……」

「急いでいたから、直している暇がなくてな」

「もう。しゃんとしないとダメだよ」

「すまん」


 ネクタイを直そうとするギンガ。そこでふと、ヴィレイサーの身長がかなり伸びたことを改めて実感させられる。


(昔は同じぐらいだったのに)

「? どうかしたのか、ギンガ?」

「え? あ、ううん、ごめん」


 懐古するのは後だ。きちっとネクタイを締めて、苦しくないかどうかを確認してから再び歩き出す。


「兄さん、背が高くなったなぁって」

「そうか? いや、まぁ実際にはそうなんだろうけど」

「私は、兄さんからしたら小さくなった風にしか見えない?」

「そんなことねぇよ。まぁ、背丈云々が変わったことを感じるのは当たり前だけど。
 ただ、女らしくなったなぁって思うことは多いかな」

「可愛くなった?」

「さぁ、どうだろうな」

「むぅー……」

「剥れるなよ。可愛いって言うよりは、美人になった……かな」

「美人……」

「あぁ」

「…そういうことをしょっちゅう言う人は信用できないと思うけど」

「んなこと言われてもなぁ……。
 俺は女との付き合い方なんてこれっぽっちも知らないんだ、しょうがないだろ」

「そうなの?」

「あぁ。だから、思ったことはちゃんと言う……それが吉と出るか凶と出るかは知らないけどな」

「へぇ〜」


 意外だった。確かに兄は人付き合いが苦手そうだが、1人ぐらい、女性と付き合ったことがあると思っていただけに、ギンガは思わず間延びした返事になってしまった。


「それに、今はそういうことをしている暇はないからな」

「まぁ、そうだね」


 ミッドチルダに来たからには、しばらく仕事に重きを置くつもりなのだろう。女性関係は、何も起きなさそうだ。


(…良かった)

「なんか、ほっとしていないか?」

「し、してないよ?」


 安堵の息を漏らしたからだろうか。ヴィレイサーに指摘されて、ギンガは慌てた様子で首を横に振って否定する。


「ふーん?」

(うっ……)


 訝しく思われているようで、繁々と見られる。居た堪れなくなって、ギンガは視線を泳がせた。安堵したのは本当だ。だが、自分でもほとんど無意識のことだったので、指摘を受けたときはびっくりしてしまった。


「…スバルは?」

「えっと……まだみたい」


 集合場所に着いた時には言及を止めてくれた。ギンガは今度こそ内心だけで安堵して周囲を見回しはするものの、まだスバルの姿は確認できなかった。


「いい天気だね」

「あぁ」


 互いに空を見上げ、呟く。それだけのことだが、暖かい陽気もあって心地好い。蒼旻には真っ白な雲も1つとしてなく、幽風が時折走るぐらいだった。


「ギン姉〜!」

「あ、来たよ」

「…変わらないなぁ、あいつは」


 走ってくるスバルの容姿を見て、ヴィレイサーは苦笑い。快活な性格は、小さい頃から変わっていないようで安心した。


「お待たせ、ギン姉」

「平気よ。私達も今さっき来たところだから」

「そっか。…えっと? ギン姉の、彼氏?」

「ん?」

「ち、違うわよ! 兄さんだから」

「えっ!? あ、あぁ、そっか。えへへ」

「おい、ギンガ。もしかして俺の写真とか送っていなかったのか?」

「うん。だって、まだ1枚も撮ってないでしょ?」


 さも当然のように言われてしまった。


「あのなぁ……先に見せておかないと、お互いに分からないだろうが」

「だって、びっくりさせてあげたかったから。兄さん、凄くかっこいいし……」

「かっこいいって……」

「あ……そ、それは、その……あくまで一番適した評価を言っただけで……。
 で、でも、私ももちろんそう思っていて……」

「うん。ヴィレ兄、かっこいいよ♪」

「…ほ、ほらね?」

「あ、あぁ」


 慌てふためくギンガが捲し立てた内容に、ヴィレイサーも少し顔を赤くする。それに気づいたからか、スバルが助け舟を出してくれた。こういう優しいところも、相変わらずだと思う。


(俺には一生できないな)


 そう感じてしまうばかりだった。


「ねぇねぇ、ヴィレ兄は六課に来ないの?」

「あぁ。俺は108でやっていくから」

「ギン姉、いいなぁ〜。せっかくこうして再会できたんだから、私もヴィレ兄と一緒に過ごしたいのに……」

「悪いな。けど、個人的な理由でお前に会いに行くわけにもいかないだろ?」

「そうだけど……」

「スバル、こないだは初任務だったんだよね? どうだった?」


 沈みかけたスバルの気持ちを少しでも修正するため、ギンガは別の話題に転換する。


「うん、ばっちし! けど、最初はヘリから飛び降りるなんて思わなかったから、びっくりだったかも」

「ヘリから?」

「うん。対象が、移動しているリニアレールだったから」

「なるほど」

「でも、386部隊に居た時は災害担当だったから」

「ティアナとはどう?」

「もちろん、いい調子」

「スバルのチームメイトなの。陸士訓練校からの付き合い」

「長いな」

「自分で言うのもあれだけど、いいコンビなんだ。
 これからは、4人で頑張っていくけど」

「4人?」

「うん。機動六課にはあたしとティアが所属している分隊とは、別の分隊があるの。
 そっちのフォワードの子たちと一丸になることが多いかな」

「あんまり無茶しすぎて、他を置いてきぼりにしてやるなよ」

「そんなことしないよ」


 と、たわいない会話を繰り返しているうちに母の墓前まで来た。


「ただいま、母さん」


 最初にヴィレイサーが挨拶し、持ってきた花を手向ける。その時、彼を迎えるように幽風が過ぎた。それが、誰がために、誰がしたことなのか3人ともすぐに分かった。ただの偶然だっていい。自分の、信じたいように信ずればいいのだ。






◆◇◆◇◆





「それじゃあ、私はこっちだから」

「送っていかなくて平気か?」

「うん。近いから大丈夫だよ」


 墓参りと、軽く食事や買い物をしてからスバルと途中で別れる。最初は機動六課まで送っていこうかと思ったのだが、彼女がそれを断ったので見送るだけにした。


「心配?」

「まぁな。ただ、あいつに付き添う場合はお前も一緒に来てもらうことになったけど」

「え、何で?」

「当たり前だろう。お前のことだって心配なんだから」

「私はもう子供じゃないから平気だよ」

「それでも、お前は俺の妹だ。心配しない兄なんていないと思うけどな」

「そっか……そうだよね。ありがとう、兄さん」

「別に。礼を言われるようなことじゃないさ」


 すっかり暗くなり始めた夜道。2人は108部隊の隊舎に向かって歩いていく。


「ねぇ、兄さん」

「何だ?」

「手…繋いでも、いいかな?」

「暗いところが怖いか?」

「それは子供の頃の話でしょ。そうじゃなくて……」

「うん?」

「久しぶりに、繋ぎたいから」


 子供の頃は、いつも繋いでいた手。いつの間にか大きくなっただけでなく、遠のいてしまったことに、ギンガは少し焦ってしまう。


「まぁ、いいけど」

「ありがとう♪」

「…別に」


 差し出された手を笑顔で取ると、ヴィレイサーはそっぽを向いた。照れているのだろうと、都合のいいように解釈しておく。


「温かいね」

「それはお前だろ」


 10年ぶりに繋いだ手。大人になったことを強調していて、もうあの頃みたいに甘えることが憚られる気がして、少し怖かった。


「…?」


 急にヴィレイサーが立ち止まる。どうしたのかと思い、彼が見詰める先に視線を向ける。道路を挟んだ先の、反対側の歩道に向けられていた。


「どうしたの?」

「いや……知り合いを、見たような気がして……」


 じっと目を凝らすが、結局改めて見つけることは叶わなかった。


(けど、本当に……?)


 心の内に渦巻くは、猜疑心。見かけた相手が、“彼であるはずがない”という確信が、ヴィレイサーにはあった。だがそれは、つい先程までの話。見たのは後ろ姿で、しかも一瞬だけ。しかし、背丈や歩き方は間違いなく“彼”だ。


(まさか、な。気のせいだろう)


 ヴィレイサーがそう思うのも無理はない。“彼”とは、かつて母が所属していた部隊の隊長、ゼスト=グランガイツのことだ。そしてなにより、彼は母が殉職したのと同じ日、死亡しているのだから。





◆──────────◆

:あとがき

今回は、ヴィレイサーの方もギンガを意識させたり。
まぁ、そうしないと後々大変そうなので(ぇ

ラストでヴィレイサーが見かけた件の人物は、残念ながら今の所絡ませる予定がないです。
正確には、絡ませるためのネタがないんですけどね(汗

今月の更新は、恐らく来週で最後かと。
3月には、雛祭りをネタにした小話を上げる予定なので、お楽しみに。

誰かー! ホワイトデーの小話ネタをプリーズ!

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あきゅろす。
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