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小説
Episode 2 兄妹





 戦闘機人───。

 所謂、人の形をした戦闘機械である。これは古くからある技術であり、最も古いもので旧暦の時代からあるとされている。この人間を模した機械兵器は、幾つもの世界で様々な形式が開発されたとされているが、物になった例は多くはないそうだ。

 それが、今から25年前の新暦50年───。

 戦闘機人に関する研究結果が、劇的な進化を遂げたのだ。

 それまでも、人造骨格や、人造臓器は古くから使われていて、機械と生体技術の融合自体は、特別な技術ではなかった。が、足りない機能を補うのが目的だったため、強化には程遠く、中には拒絶反応や、長期使用におけるメンテナンスの問題も孕んでいた。

 しかし、戦闘機人は“素体となる人間の方を弄る”ことで、それを解決した。

 つまるところ、誕生の段階で戦闘機人のベースとなるよう、機械の体を受け入れられるよう、調整されて子供らは生まれてくるのだ。それを生み出す技術を作り出したのは、今現在、違法な研究で広域指名手配されている男、ジェイル=スカリエッティである。

 11年前の新暦64年───。

 ゲンヤ=ナカジマの妻、クイント=ナカジマは、陸戦魔導師として、或いは捜査官として戦闘機人に関する事件を担当していた。その内容は、違法研究施設の制圧、暴走する試作機の捕獲などなど多岐に渡る。

 彼女の娘、スバル=ナカジマとギンガ=ナカジマは、その事件の最中にクイントが救出した戦闘機人の実験素体であった。クイントは、スバルとギンガの髪の色や顔立ちが自分とそっくりだからと言って引き取り、そして、娘として育てることに決めた。彼女の生来の優しさと母親の愛の恩恵を受け、技術局のメンテナンスなどの問題はあったが、2人とも普通に育った。

 そしてその翌年の新暦65年───。

 クイントは、今度はヴィレイサーを見つけ、保護した。彼もまた、戦闘機人なのだ。













「ここが、食堂だよ」


 10年ぶりに再会した妹、ギンガに108部隊の隊舎を案内してもらいながら、ヴィレイサーはふと昔のことを思い出していた。初めてギンガとスバルに出会った時は、警戒されていて中々仲良くすることが叶わなかった。


(1ヶ月は、かかったかな)

「──さん? 兄さんってば」

「ん……あぁ、悪い」


 訝しむギンガに苦笑いして、時計で時刻を確認するとちょうどお昼時だ。


「お昼にするか?」

「うん」

「食べ過ぎるなよ」

「そ、そんなことしないよ!」

「まぁ、俺が注意したからって今更だし、それで我慢して後の仕事に支障が出ても困るけどな」

「もう……」


 昼休みに重なったこともあって、食堂はかなりの人で賑わっている。ヴィレイサーは、あまりこういった人込みは好まないのだが、文句を言う気はないし、今後はここで働くのだから今から慣れておくことにこしたことはない。


「ギンガ、そっちはお前の彼氏か?」

「ち、違います! フォレスターさん、変なこと言わないでください!」


 フォレスターと呼ばれた30代ぐらいの男性がそう言ったことを皮切りに、次々と質問が質問を呼ぶ。ギンガは「違う」の一点張りで、早く料理を出してくれるようにせがむ。


「彼氏じゃないなら、婚約者か?」

「違います!」

「じゃあ、まだ彼氏候補だ」

「そうじゃありません!」

「実は男じゃないとか?」

「兄さんですってば!」


 質問攻めにあっているギンガを一瞥し、ヴィレイサーは先に出された食事をトレーに乗せて先にあらかじめ決めていた席に向かう。


「人気者なんだな、妹は」


 飲み物を取りに行くついでに、最初に質問してきたフォレスターに何気なく呟くと、彼はうんうんと頷く。


「そりゃあ、あんな別嬪だからなぁ。
 それに、男だけじゃなく面倒見がいいからって女からも人気さ」

「…楽しそうに過ごしているのか、ここで?」

「あぁ」

「なら、ずっと楽しく過ごしてほしいものだ」

「同感だな。だが、人気者は辛いぞ」

「何が?」

「男からは色々とアプローチを受けているそうだ。幸い、しつこい奴はいないそうだが、な」

「ギンガがそいつと本気で付き合いたいと思った奴は?」

「いないさ。あの子は全部断っている」

「…恨みは?」

「買っていない。きちっと諦める奴ばっかりだよ」

「それなら、俺が出る幕はなさそうだな」

「妹が心配かい?」

「10年ぐらい、離れ離れだったからな」

「ギンガも、時折お前さんのことを話していたぞ」

「…さいですか」


 ようやくギンガが解放されたので、ヴィレイサーもフォレスターと別れる。


「兄さん、助けてくれてもいいじゃない」

「悪いな。お前が楽しく過ごせているのか、気になったから」

「楽しいよ。この部隊は、父さんが仕切っているんだから当たり前だよ」

「…それもそうか」


 大切な妹が、元気に過ごせているのならなによりだ。


「スバルは?」

「スバルは、今は機動六課に勤めているよ」

「機動、六課?」

「うん。本局所属の陸士部隊で、正式名称は遺失物管理部・機動六課……そこで、スターズ分隊のフロントアタッカーを務めているの」

「と言うことは、リボルバーナックルを……」

「そうだよ」


 リボルバーナックルとは、母親のクイントが両手に嵌めていたナックルのことだ。形見となってしまったそれを、右手側をスバルが。そして左手側をギンガが引き継ぎ、使っている。


「こないだ、初任務があったって聞いたけど……なんだか、凄い部隊みたい」

「凄い?」

「初出動は、ヘリから現場に飛び降りたんだって」

「なんだそりゃ……?」

「現場がリニアレールだったの」

「なるほどな」

「…スバルとは、命日に会えるから」

「そういえば、もうすぐだったな」

「…うん」


 母が亡くなった日。そのことに話題が移ると、2人は急に押し黙ってしまう。それほどクイントの存在は大きなものなのだ。


「ギンガ」

「な、んむっ!?」

「午後も、案内よろしくな」

「う、うん」


 呼ばれて、返事をしようとした矢先、面を上げるとヴィレイサーが匙を口に運んできた。食べさせられたことに対する驚きはあったが、一先ず零さずに済んだ。


「兄さんも、あーんして」

「嫌だ」

「な、何で!?」

「そんな恥ずかしいことされたくないからな」

「わ、私には食べさせたじゃない」

「そうだったか?」

「無理矢理、酷いよ」

「…はいはい、悪かったよ」


 ずっと小言を言われそうだったので、諦めてギンガが向けている匙を口に運ぶ。


「満足か?」

「うん♪」





◆◇◆◇◆





「…ここが、兄さんの部屋だよ」


 最後に自室に案内されて、ヴィレイサーはギンガに謝辞を述べてからベッドに腰掛ける。


「兄さんは、一人部屋だから気兼ねなく使ってね」

「あぁ、ありがとうな」

「私も一人部屋だから、暇になったら来てね」

「…カルタス主任から聞いたが、男漁りをしているのか?」

「してないってば! も〜う、主任は……だいたい、兄さんは私がそんなことをすると思うの?」

「いや、全然。だからこそ、何をしているのか気になったんだ」

「私は、そんなことしないからね?」

「あぁ、分かっているよ」


 仰向けに寝転がって、天井を見上げる。清潔感に溢れた真っ白な天井を見ていると、眠気が急激に高まってきた。


「悪い。少し寝る」

「それじゃあ、少し付添おうか?」

「いや、いい。お前は仕事に戻れ」

「…うん。それじゃあまた後でね、兄さん」

「あぁ」


 ギンガは踵を返して出口に向かっていくが、出口まで来て1度振り返る。彼女の歩みが止まり、しかし扉が閉まらないことに気が付いてヴィレイサーは身体を起こす。


「どうした、ギンガ?」

「あ、ううん、なんでもない」

「何か言いたいことがあるのなら、遠慮しなくていいんだぞ。
 俺たちは兄妹なんだし、お前もたまには我儘を言ってくれて構わない」

「それじゃあ、起きたらメールだけ入れておいてほしいの。夕食も一緒に。話したいこと、たくさんあるから」

「あぁ、分かった」


 それだけ伝えると、ギンガは「また後でね」と言い残して歩き出した。扉が完全に閉まりきってから、ヴィレイサーは着ていたロングコートを脱いで、適当な場所に抛ると改めてベッドに身を預けた。


(それにしても、随分と大人になったな)


 10年前だから、その時のギンガは確か7歳だった。10年も経てば、かなり大人な女性になるものだ。彼女が少女から女性になったのだと再認識させられて、ヴィレイサーは溜め息を零す。


(もう、子ども扱いとか出来なさそうだな)


 それでも、自分にとってギンガは妹だ。彼女が妹である限り、自分も兄でなければならない。彼女を弄るのは、その関係を維持するための鎖なのかもしれない。


「いつから、だったかな……」


 思い返してみるが、記憶が曖昧としていて思い出せない。


(俺、いつから……ギンガを拒絶するようになったのかな)


 出口のないトンネルに足を踏み入れ、答えの出ぬまま彼は意識を手放した。




◆──────────◆

:あとがき
ギンガはかなり積極的に出ていますが、ヴィレイサーは少し距離を置いています。これに関しての理由は追々明かしていきますので。

その時には、またギンガに活躍していただく予定ですのでお楽しみに。

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