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小説
Episode 1 再会







「んっ! う〜ん……!」


 背伸びして、エプロンを外す。台所に立っているのは、青いロングヘアーの少女。朝食を終えて、食器を水洗いした彼女は鏡にひょっこり顔を覗かせて自分の髪──そして、リボンを見詰める。


「ちょっと、ずれちゃってるかな?」


 少しのずれも気になってしまう。リボンを解いて、それを口に銜えて再び髪を整える。彼女も、年頃の女だ。近い日に“彼”が帰ってくると思うと、否応なしに身なりが気になるのだ。


「よし! 行ってきます」


 飾られた家族写真に挨拶してから、少女──ギンガ=ナカジマは朝練をしに家を出た。

 新暦0075年───。

 ギンガは、父であるゲンヤ・ナカジマが勤めている陸士108部隊に勤務していた。階級は陸曹。彼女には妹がおり、名前はスバル。スバルは先日、遺失物管理部──通称、機動六課に就職した。既に多忙で、中々祝う機会がないが、当人は母の命日には帰ると言っていたのでその時にささやかではあるが祝ってあげたい。


(兄さんも、母さんの命日には戻ってくるかな?)


 待ち侘びているのは、血の繋がりのない義理の兄。それでも、幼少期を共に過ごしたこともあって親しく接して“いた”。過去形なのは、彼が地球の出身で、今はそっちに住んでいるからだ。離れ離れになったことが決まった時は、やはり悲しかった。それでも、甘えてばかりではいられないのだ。なにしろ、地球に戻ることが決まったのは母がある任務で亡くなってしまったから。


「うーんと……」


 108部隊の隊舎に到着し、ギンガは周囲を見回す。件の彼──兄が、もうこの場に来ているのではないかと思っていたのだが、やはりまだ見当たらない。


「ナカジマ、何してんだ?」

「あ、カルタスさん」

「ぼーっとしていると、また凡ミスするぞ」

「うっ……き、気を付けます……」


 兄が帰ってくるかもしれないと思うと、ついついぼーっとしてしまう。それだけ彼を待ち侘びているのは───。


「お前もいい年頃だしな。けど、男漁りなんてやるもんじゃないぞ」

「してません!」


 先輩とは言え、ここまで気楽に話せるのは主任のラッド=カルタスぐらいだ。もっとも、彼がしっかりしていないわけではない。気さくで、頼りになる先輩だ。時折、弄られるのでそこは苦手だが。


「あんま漁っていると、三佐が泣いちまうぞ」

「だから……!」


 反論しようとした矢先、ギンガは呼び出しをくらってしまう。


「お呼びみたいだぜ、ナカジマ」

「…後で缶ジュース、奢ってくださいね」

「忘れていなかったらな」


 平然としているカルタスに「私は絶対に忘れませんから」と言い残し、部隊長室に足を運んでいく。その間にも、ギンガはきょろきょろと兄の姿を探したものの、結局見つかることはなかった。


(はぁ……早く来てくれないかなぁ、兄さん)


 そこまで待ち望んでいるのは、やはり兄が好きだからだろう。だがそれは、決して愛していることを意味する好きではない。間違いなく、恋愛感情はないはずだ。だが、それを否定することも肯定する材料もなかった。


「失礼します」

「おう」


 入ると、父──ゲンヤ・ナカジマが書類を片手にこちらを一瞥する。室内に入り、適当な場所に座ると、彼もまた対面に座る。そして、早速仕事の話をするようで、資料をギンガの前に置いた。


「違法施設……ですか?」

「あぁ」


 渡された資料をぱらぱらと捲っていく。どれも、ここ最近摘発された場所だ。研究している案件は、すべてが【魔法生物の実験】とされていた。


「正直、おめぇにやらせるのは俺としてもあまり気乗りしねぇんだ。
 ギンガ、引き受けなくてもいい」


 上から命じられたものだとすぐに分かった。ゲンヤは、いつもギンガに配慮してこの手の事件をあまり担当しないことが多い。その優しさはありがたいが、その反面気遣わせて悪い気もしていた。


「ううん。私、ちゃんとやるよ」


 だから、引き受けることにした。ギンガの回答を聞いて、ゲンヤはすまなさそうに頭を下げる。自分の力不足で、娘に辛い想いをさせることがどれだけ苦しいのか、ギンガにはまだよく分からなかった。


「流石の俺も、お前にだけやらせるつもりはねぇ。
 ちゃんと、戦力になるやつを呼んでおいた」

「誰?」


 108部隊は、どちらかと言うと優秀な面子が多い。それでも、ギンガと組ませられて、尚且つこの事件を担当させられる人物は早々いない。ラッドは主任のため、こういう任務に度々駆り出すことはできないので彼ではないことは確かだ。


「ナカジマ三佐、失礼します」

「おう」


 ちょうどその時、部隊長室の扉が開かれた。件のラッドが、1人の男を伴って入ってくる。


「あ……!」


 その男に、ギンガは見覚えがあった。自分よりも濃い紫の髪は腰まで伸ばされており、鋭い瞳を持つ顔にはあどけなさがない。それでも、件の男性が彼なのだと──兄なのだと、すぐに分かった。


「お客人です」

「おぉ、わざわざすまねぇな」

「いえ。では、失礼します」


 ラッドは一礼してさっさと部屋を出ていく。連れてきた男が誰なのか、彼も分かっているようだ。


「10年ぶりだな、ヴィレイサー」

「…ただいま、父さん」


 柔和な笑みを見せるゲンヤにつられて、兄──ヴィレイサー=セウリオンも笑む。その笑みは間違いなく、ギンガが幼い頃に見た、優しい兄の笑顔だった。


「兄さん」

「…ギンガ?」

「うん、そうだよ」

「随分と美人になったな。こないだまで子供だったと思っていたが、すっかり大人だな」

「兄さんこそ。凄く、かっこよくなったよ」

「…嘘をつくのは、相変わらず下手だな」

「もう、嘘じゃないのに」

「ほら、そうやってすぐに剥れるな。そういうところはまだ子供みたいだな」

「それは兄さんが意地悪するからだよ」

「あぁ、気を付けるよ」


 頭を撫でられて、ふと思い出す。兄は本当に優しくて、でも時折意地悪で。ギンガはそんな兄のことが大好きだった。こうして頭を撫でてもらうと、凄く落ち着く。


「2人とも、それくらいにしてもらっていいか?」

「あ、ごめん、父さん」

「失礼しました、ナカジマ三佐」


 兄と接していたからか、つい『お父さん』と呼んでしまった。慌てて咳払いして、ギンガは改めて「失礼しました」と謝罪する。


「座ってくれ」


 促され、並んで座る。その時、ギンガはチラリと兄の横顔を盗み見た。本当に、彼の方が凄く変わったと思う。髪も女性みたいに長いうえに、瞳は鋭くなっているのだから。子供の頃はそんな風になるとは思っていなかったので、尚更だ。


「ヴィレイサーは、今後108部隊の専属傭兵として働いてもらうことになっている」

「傭兵として?」


 意外だった。てっきり同じ部隊で働くものだとばかり思っていたため、ギンガは思わず聞き返してしまう。ゲンヤはその問いには黙って頷いただけで、ギンガが持っている資料をひょいと取るとヴィレイサーに渡した。


「お前はこれから、ギンガとコンビで施設の破壊をやってもらう予定だ。
 何か質問か、異論でもあれば聞くぞ」

「…特には」

「…そうか」


 あっさりと承諾したのはゲンヤにもギンガにも、少々驚きを与えた。彼のことだから、この類の任務は引き受けないと思っていた。ゲンヤは溜め息をついて、眉間にしわを寄せる。難しい表情で、ヴィレイサーとギンガのことを交互に見詰めると、また溜め息をこぼす。


「父さん……」

「ん……あぁ、悪い。俺がこんなしけた顔をしていたら部隊長として情けねぇな。
 話は終わりだ。ギンガ、お前はヴィレイサーにここを案内してやってくれ」

「うん」


 立ち上がり、「兄さん」と呼んで促す。ヴィレイサーも同じようにギンガと共に出ていこうとするが、扉の前で立ち止まり、振り返った。心配そうに、ゲンヤを見る。その視線にすぐに気が付き、ゲンヤは苦笑いしてしっしっとジェスチャーして出ていかせた。


「やれやれ……部隊長としても、親としてもダメだなぁ、俺は」


 机に飾られた、最愛の妻──クイントの写真に、ゲンヤは何気なく呟くのだった。






◆◇◆◇◆





「案内する前に……兄さん、久しぶり」

「あぁ、久しぶりだな、ギンガ」


 振り返り、綺麗な髪が舞いあがる。嫣然と微笑むギンガを見て、ヴィレイサーは改めて彼女の頭を撫でる。


「綺麗になったな、ギンガ」

「あ、ありがとう」


 真正面から褒められて、ギンガは顔を赤くする。高鳴る鼓動。赤みを帯びる頬。手は、しっとりと汗ばむ。


「兄さんも、凄くかっこよくなったよ」

「…そうか?」

「うん」

「まぁ、お前が言うならそういうことにしておいてやる」

「あれれ? 兄さん、もしかして照れているの?」

「…別に」


 顔を覗き込もうとするギンガと、彼女の目から逃れようとするヴィレイサー。2人の関係を知らない部隊員からすれば、いちゃついているように見えなくもないだろう。そして、ギンガは108部隊の中でも人気な女性職員だ。ヴィレイサーは知らぬ間に男性職員から鋭い眼で睨まれていた。


「でも兄さんは、その……」

「なんだ?」

「…兄さんには、もう恋人とかいるんじゃないの?」

「俺にはそんな余裕なんてなかったよ。
 ずっと訓練を繰り返す毎日だったからな」

「そう、だったんだ」


 ギンガの顔が僅かに翳る。自分のせいではないが、ずっと訓練に明け暮れる毎日だったと聞かされて、のびのびと生きてきた自分のことを恥じる。


「おい、ギンガ」

「ふぇ!?」


 いきなり呼ばれたかと思うと、ヴィレイサーは目の前にいて、頬にふれて心配そうに見ている。紫色の瞳に、頬を朱に染めた自分が映っていた。それがヴィレイサーにもじっくり見られているのかと思うと、余計に赤くなってしまう。


「暗い顔してどうした?」

「う、ううん。ただ、兄さんはずっと訓練を繰り返していたんだなぁって思って……」

「別に、お前が遊びほうけていたわけじゃないだろ?」

「それは、そうだけど……」

「気に病むな。お前はお前が過ごしたいと思うように過ごせばいい」

「…うん、ありがと♪」


 ぱっと笑み、ギンガはヴィレイサーが頬にあててくれている手に自分の手をそっと重ねる。温もりが伝わりあい、気分が晴れる。


「あ、ご、ごめん」


 ずっと手を繋いでいることに気が付いて、慌てて手を離す。その時にはすでに周囲から様々な視線が集まっていた。微笑ましい視線を向ける者もいれば、苦笑いしている者。ヴィレイサーに妬ましい視線を送る者もいる。


「別に。俺は気にしていない」

「そ、そっか」


 彼の言葉に、安堵する。


「それより、案内を頼めるか?」

「あ、うん。それじゃあ案内するね、兄さん」


 自然と繋いだ手。それに気づきながらも、ギンガはその手を離そうとはせず、ヴィレイサーを連れて歩き出した。


◆──────────◆

:あとがき
ギンガは初っ端から積極的です。既に恋慕を抱いていますね。
ただしヴィレイサーはそれに気づけないです。他に気になることが多々出てきますので。

あ、別の女性の影が……とか、そんなどろどろなことじゃないのでご安心を。

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あきゅろす。
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