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小説
さようなら、愛者







「はぁ……」


 艶やかな髪が、溜息を吐いてベッドに倒れ込もうとしていた少女に続いて、ふわっと舞って、彼女と一緒に倒れる。どこか幻想的な一面だったそれは、一瞬よりも──もしかしたら、刹那の時間よりも短かったシーンだったかもしれない。


「…振られちゃった」


 少女──ギンガは、その事を自分に言い聞かせるようにして言いながら、しかし心底惚れていた彼への想いを断ち切る事が出来ない苦しさも味わっていた。


「これが、あの人の言っていた苦しさ……」


 身体を起こし、胸に手を当ててその苦しさと、それを教えてくれた人の事を思い出す。

 その人は、自分が羨むぐらい美しくて、強くて………本当に、自分が好いていた人が想い人として選ぶのは当然だと言えた。正直な所、悔しさよりも自分が想いを伝えられなかった事の方が腹立たしかった。





『相思相愛で良かったですね』

『ありがと、ギンガ』


 今日は偶々偶然、その女性と飲みに行く機会があった為、ギンガは彼女と、自分が好いていた人が結ばれた事を祝福した。

 強いお酒は飲めないギンガだったが、相手に合わせて少しだけ酌み交わす。それがいけなかったのかどうかは分からないが、ギンガはつい、『自分もその人の事を好いていた』と打ち明けてしまった。

 誰にも負けないくらい、その人の事が好きだった───。

 遠くに行ってしまうようで怖い───。

 もう、1度話し始めたら止められなくなってしまっていた。ギンガはそのまま総てを吐露し、しかし目の前に居る女性に陳謝した。


『ごめんなさい……私……!』

『いいんだよ、ギンガ』


 女性は、ギンガに対して怒ったりせずにそっと優しく抱きしめてくれた。


『ギンガは、本当に大好きだったんだね』

『は…い……はい!』


 涙を零し、嗚咽交じりに頷くギンガを、女性は急かさずにただただ静かに抱き締めていた。


『ねぇ、ギンガ。
 私、これからギンガに残酷な事を言うけど……いいかな?』

『…言って…ください』

『あのね……ギンガのその気持ちを──好きだっていう気持ちを、ずっと持ち続けて欲しいの』

『え……?』


 訳が分からなかった。

 それは、ギンガが少しでも可能性があるのなら、と望んでいた事でもあったからだ。


『あの人は、とっても脆い時があるから……だから、ギンガに別の好きな人が出来るまで、彼の事をずっと想っていて欲しいんだ』

『で、でも……!』


 【好きでいていい】──そう言われて、しかしギンガは素直に喜べなかった。


『そりゃあ、妬けちゃうかもしれないけど……。
 でも、ギンガだって辛いんだよ? それでも、ずっと彼の事を好きだって想っていられる?』

『…はい!』





 その時は、まさか【恋慕を抱き続ける】という事がこんなにも苦しい事だとは思わなかった。伝えたい──心がそう、叫んでいるにも拘らず、それを赦されない。そんな苦しみだった。


「苦、しい……」


 つい、誰かに自分の苦しみを分かってもらいたくて、ギンガは呟いた。だが、自室の中には当然の様に彼女しかいない。だから、誰にもその呟きは届かず、故に、益々苦しくなった。


「でも……好きでいられるんだよね」


 好きでいられる──彼の事を、好いていていい。その明確な答えが、ギンガを安堵させてくれた。

 苦しみと背中合わせの恋。

 それは甘くて─────だけど、とっても切なくて………。

 ギンガはベッドから立ち上がり、部屋を出ていこうとして──しかし、ふと、机の上に置いてある1つの写真立てに目がいった。そこに写っているのは自分と、そして、好きな人だった。


「さよなら、私の……好きな人……」


 想いを断ち切る訳ではない。ただ、振られた事に踏ん切りをつけただけだ。

 まだ自分は、彼への想いを完全には絶てない様だ。

 そんな自分に苦笑いしながら、その写真立てを伏せて電気を消し、部屋を出ていった。




















「兄さん……今日、一緒に飲んでもいい?」


 ギンガの目の前に居るのは、好きな人──ではなく、たった1人の兄だった。


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あきゅろす。
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