小説
大好き
「フェイトちゃん」
「何、なのは?」
書類を片手に歩いていると、背中から声をかけられた。振り返ると、満面の笑みを浮かべている親友の姿が。
「今日って、フェイトちゃんの誕生日だよね?」
「え? あ、うん。そういえばそうだったかも……」
「もう、相変わらずだね」
「あはは」
フェイトは、あまり自分の誕生日に興味がなかった。祝われるのは嫌いではないが、行ってしまえば奇特な誕生の仕方をした日を、果たして自分の誕生日として定めていいのか分からないのだ。それでも、家族や友達が祝ってくれることを無下にするはずはなく、なにより、祝ってもらえる嬉しさはちゃんと知っていた。
「それで、夜はヴィレくんと二人きりなの?」
「え、何で?」
「な、何でって……だって2人とも、恋人同士なんだから」
どうしてヴィレイサーと一緒に過ごすのか分からず、ぽかんとするフェイト。その態度に、なのはの方が呆れてしまった。
「あ、なるほどね。
でも、ヴィレイサーは私の誕生日とか憶えていないんじゃないかな?」
「え〜? ま、まぁ……そう言われると、そんな気がしないでもないけど……」
「でしょ?」
苦笑いする彼女は、別に気にしていない様子だ。せっかく彼氏がいるのに、その彼氏はあまりフェイトに対して優しくないようにも見える。それが単なる照れ隠しだったりすることは重々承知しているのだが、やはり二人きりで過ごしてほしい。
「フェイトちゃんは、嫌じゃないの?」
「別に。ヴィレイサーと、あとみんなと……一緒に過ごせれば、それでいいかな」
「…そっか」
実にフェイトらしい回答だった。だが、それでヴィレイサーがフェイトへ何もプレゼントしないことを赦せるかと言えば、当然ながら無理だ。
「でもやっぱり、今日は目一杯ヴィレくんに甘えなよ」
「え、でも……」
「いいから! ね?」
「う、うん」
強い押しに弱いフェイト。あっさりとなのはに負かされてしまい、結局夜はヴィレイサーの部屋に行くことに。
「じゃあ私、先に行くね」
「あ……ま、待ってよ、なのは!」
「アドバイスとかは無理だよ〜」
「うっ……」
フェイトとヴィレイサーが付き合うことになったのは、つい2ヶ月前のことだ。誕生日に二人きりで過ごす場合、どうすれば分からず、親友にアドバイスを求めようと思ったが、どうやら完全に見透かされてしまっていたらしい。容易く断られてしまい、フェイトは溜め息を零した。
「さて、と」
一方のなのはと言えば、レイジングハートを介してヴィレイサーに通信を試みる。
《なんだ?》
「ヴィレくん、ちょっと大事な話があるんだけど……今、大丈夫?」
《あぁ》
「ありがとう。
実はね……今日、フェイトちゃんの誕生日なの」
《ふーん……それで?》
「あ、あのねぇ……ちゃんと祝ってあげて」
《気が向いたら、な》
「いっつもそれなんだから……」
《用件がそれだけなら終わるぞ?》
「ダメ!」
《なんなんだよ……》
気怠そうにするヴィレイサーに、なのははまた溜め息を吐いてしまう。フェイトの男を見る目がないわけではないだろうが、時折思わずにはいられない。彼女はどうして、こんな男を彼氏にしたのだろうか──と。
「ね、お願い。フェイトちゃんの誕生日をしっかり祝って欲しいの」
《…んなの、頼まれてするようなことじゃないだろ》
「そ、それはそうだけど……」
《もういいな。切るぞ》
「あっ、ちょ、ちょっと……!? …切れちゃった」
一方的に通信が終わらせられる。
「あ、なのは」
「ひゃいっ!?」
物陰に身を潜めていたこともあって、いきなり声をかけられて文字通り飛び上がりそうになる。恐る恐ると言った様子で振り返ると、首を傾げているフェイトが。
「な、なんだ、フェイトちゃんか」
「そんなところで何をしているの?」
「えっ!? えっと、それは……」
「…もしかして、ヴィレイサーに誕生日のことを話していたの?」
「う、うん」
見抜かれてしまった。隠し立てはできないと判断して、なのはは素直に頷いた。フェイトは怒るでもなく、苦笑いして一緒に歩き出す。
「別にそんなことしなくてもいいのに」
「だって、恋人にはちゃんと祝って欲しいものじゃない?」
「まぁ、そうかもね」
「だいたい、ヴィレくんは素直じゃないよ」
「なんだか子供みたいで可愛いよ?」
「フェイトちゃんはそうだろうけど……それにぶっきらぼうだし」
「照れ隠しじゃないかな」
「『好きだ』とか『愛している』って滅多に言わないんでしょ?」
「口下手なだけだよ」
「…ちょっと怖い時もあるし」
「怒らせなきゃ、かっこいいよ」
「……─いね」
「え?」
「フェイトちゃんって、凄いね」
「な、何で?」
急に褒められて、フェイトは訳が分からず戸惑う。そんな彼女の気持ちなど露知らず、なのはは続ける。
「だって、そうやってヴィレくんのことをきちっと見ているし……」
「そんなことないよ。みんな、同じことを言うだろうし」
「フェイトちゃん……」
にこやかな笑みを浮かべて先に歩き出したフェイト。その背中を呆然と見詰め、なのははまた溜め息。
(ヴィレくんをそんな風に見られるのって、フェイトちゃんぐらいじゃないかな?)
◆◇◆◇◆
「…という訳で、来ちゃった」
「あぁ」
フェイトが訪ねてきたのは、夕刻過ぎだった。ヴィレイサーは特に喜んで迎えるでもなく、いつもと変わらぬ様子で招き入れてくれる。
「制服のままなのか」
「うん。最初はなのはが着替えさせようとしてきたんだけど、なんだか六課で私服だと落ち着かなくて」
「まぁ、そうかもな」
ソファーに腰かけたフェイトの隣に、ヴィレイサーも座る。運んできてくれたココアを、謝辞を述べながら受け取り、一口。温かくて美味しい。
「で、何かご所望はあるのか?」
「え? あぁ、プレゼントってこと?」
「あぁ」
「うーん……特には、ないかな」
「そうか」
それきり、しばらく会話はなくなる。やがてフェイトの方からヴィレイサーに寄り添い、彼の肩に頭を乗せた。すると彼は、優しく頭を撫でてくれたり、髪を梳いたりしてくれた。
「こうして、大好きなヴィレイサーと一緒に過ごせれば、それでいいよ」
「それなら、俺も労せず済みそうだ」
「ふふっ♪ そうだね」
互いに笑みを浮かべ、ただ時計が刻む音に耳を傾ける。またフェイトの方が先に動き、ヴィレイサーの手を取る。彼も、すぐに握り返してくれた。
「あ……1つだけ、お願いしたいことがあるの」
「何だ?」
「ヴィレイサーの手料理、食べたいかな」
「…そんなのでいいのか?」
「うん。今、凄く食べたいの」
「了解」
立ち上がり、コップを片付ける。フェイトもそれに倣い、一緒にキッチンに並んだ。
「何でお前もキッチンに?」
「一緒に作ろうと思って……いいよね?」
「好きにしろ。
けど、怪我はするなよ。されたら面倒だからな」
「うん。心配してくれてありがとう」
「別に。そんなんじゃねぇよ」
ぶっきらぼうに返すのも、拗ねた子供みたいで可愛い。フェイトにとって、ヴィレイサーは全部が愛おしかった。
「いい匂いだね」
「つまみぐいしてみるか?」
「いいの?」
「あとはどうせ、飾るだけだからな。
ほら、あーん」
「あーん♪」
彼はいきなり、こういうことをすることが度々ある。最初は驚いてばかりで恥ずかしかったが、今は嬉しくて仕方ない。
「ヴィレイサーも、あーん」
「嫌に決まってんだろ」
が、相手にするのは好きだが自分がされる側になると途端に嫌がる。これもまた、実に彼らしい。
「じゃあ、いただきます」
「あぁ」
丁寧に並べられた料理を1つずつ堪能していく。その腕前が、正直羨ましい。
「うん、美味しい♪」
「まぁ、はやてほどじゃないけどな」
「そんなことないよ。私は、どっちも同じくらい好きだもん」
「あっそ」
褒めても、彼が素直にそれを受けることは少ない。それでも、フェイトは気にせず食事を続けた。
「ヴィレイサー」
「ん?」
「あ、あのね…その……」
「あぁ」
「また、あーんってして欲しいな……なんて」
「…へいへい」
なのはに、一杯甘えてはどうかと言われたからだろうか。つい、そんなことを言ってしまった。だが、彼は嫌な顔をせずにそっと口元に持ってきてくれる。
「ほら」
「あーん♪」
◆◇◆◇◆
「それじゃあ、今日はありがとうね」
「別に」
夕食を終えて、自室に戻ろうと踵を返すフェイト。だが、ふとその足が止まる。
「…ね、ねぇ?」
「今度は何だ、お姫様?」
「今日、帰りたくない」
「…本気か?」
「本気じゃなかったら、こんなこと……言わないよ」
振り返り、フェイトはヴィレイサーに抱きつく。彼も、溜め息を吐きながらも優しくお姫様抱っこしてくれた。
「ヴィレイサー……大好き」
「はいはい」
ベッドにそっと寝かせると、フェイトが抱きついてきた。
「フェイト」
「うん?」
「誕生日、おめでとう」
「…うん、ヴィレイサー」
2人はどちらともなく口付けを交わし、そして愛を確かめった。
◆──────────◆
:あとがき
水樹奈々さんのお誕生日おめでとう記念と言うことで、ヴィレ×フェイを書きました。
相変わらずツンツンなヴィレイサーと、それすらも愛するフェイト。如何だったでしょうか?
アルフォンス先生のところみたく、甘々じゃなくてすみません(汗
まぁ、そもそもウチのバカで甘々なんてのが無理なのですが(ぉぃ
ヴィレイサーのことですから、きっとプレゼントなんて用意していないでしょうねw
或いは、選ぶのに四苦八苦することでしょう。
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