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小説
プロローグ





「っ、はぁ! はぁ、はっ……!」


 走る。


「うわっ……っと!?」


 走る。


「へっ……は、はっ!」


 走る。


「ぜぇ……はぁ……」


 ただひたすらに走って、走って、走って──走り続ける。闇は月も星も呑み込んで、少年の目の前に広がる木々を見えづらくしていた。


「あ……」


 金色の瞳をした彼は、1度だけ背後を振り返ると、灰色の雲に覆われた夜天に火の粉が鏤められてはすぐに消え去る光景が広がる。固唾を呑んで、しかしすぐに踵を返す。火の手が上がっているはずの施設に、未練はない。あるのはたった1つ。


「…みんな、だいじょぶだよな」


 憎悪──それが、あそこにいた時に常日頃抱えさせられていた最も巨大な感情だった。

 やがてまた走り出す。脚を止めていたら、今度は誰につかまるのか分からないから。


(けど、どこにいけば……?)


 少年には行き先がない。どこに行けば、誰に逢えば、自分は助かるのだろうか──分からなかった。

 一般的な少年よりも、彼の身体能力はずば抜けていた。木々に1度もぶつかることなく走り続け、不安定な山道を駆け抜けていく。

 が、それでも少年であることに変わりはない。体力は、大人のそれと比べると遥かに劣る。すぐに力尽きて、足がもつれてしまった。

 うまく立ち止まれなかった彼は、いつの間にか開けた場所に出てしまい、そのまま転がっていく。その先は、崖。


「あっ……! う、うわああああぁぁぁっ!?」


 宙に放られた彼は、もちろん重力に従って落下していく。


(だ、誰か……! 助けてくれ!)


 声を出して助けを求めるのも忘れるほどの恐怖。冷たい風が肌を刺し、鼓動を跳ね上げていく。

 青紫色の髪をした少年が着ている服が風で舞い上がった。月華に照らされた彼の肩には、たった一文字──Rと書かれていた。


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