小説
埋めたい溝
「ヴィレイサーさん」
「あ?」
「せっかく新年を迎えたわけですし、初詣にでもいきませんか?」
恋人──ティアナ=ランスターの突然の言葉に、ソファーでだらしなく寝そべっていたヴィレイサー=セウリオンは怪訝な顔で彼女を見やる。
「いきなりだな」
「予てから考えてはいたんですけどね」
ヴィレイサーが座しているのと同じソファーに座っているティアナは、苦笑いするだけ。溜め息を零し、彼女の膝上に乗せている足をどかして起き上がると読んでいた雑誌を机に置いて─────
「断る」
─────ティアナの提案を一刀両断。
「そう言うと思いました」
一方のティアナはと言えば大して気にした風でもなく、隣に座りなおしたヴィレイサーに、そっと寄り添う。
「けど、せっかくなんだから行きましょうよ」
「嫌に決まってんだろ。寒いし、人込みだって多いし……」
「ほらほら、早くしないとご利益なくなっちゃいますよ」
「…ったく、分かったよ」
渋々と言った様子で立ち上がり、身支度を始めるヴィレイサー。それを見送ってから、ティアナも晴れ着に着替える。彼とのデートで選び、決めた品だ。当人はこれと言って興味を示すことはなかったが、それはあくまで表向きの話。内心ではきっと気に入っている──とは、友人のスバルの談。
「ヴィレイサーさん、帯をお願いできますか?」
「はいはい」
面倒くさそうに言う彼だが、断らずにちゃんと締めてくれる。
「…苦しくないか?」
「平気です」
それを聞くと、ヴィレイサーはさっさと終わらせて踵を返す。何か褒めたりしてもらいたいところだが、彼と付き合ってから今までもあったことなので気にすることもない。
「ヴィレイサーさん。どうですか、この晴れ着?」
「…まぁ、いいんじゃねぇの?」
「ありがとうございます」
「俺はただ『いい』としか言ってないけどな」
「素直じゃないんですねぇ」
「そんなんじゃねぇっての」
こんなやり取りにももう慣れた。最初は恋人らしくない気もしていたが。
2人が結ばれたのは、J・S事件の解決後。ティアナのためにとヴィレイサーが選んだ道は、残念ながら彼女が望むことはなかった。1度は違え、相容れなかった2人だったが、ヴィレイサーはその後罪を償う道を選んでくれた。それから1年後、出所した彼と想いを伝えあい、今の関係を築いたという訳だ。
「やっぱり、大勢いますね」
「だから言っただろ」
寺院に着いて、ティアナは改めて人の多さに驚く。それとは対照的に、ヴィレイサーはすでに辟易している。
「今更帰るとか言いませんよね?」
「…あぁ」
流石にヴィレイサーもそこまで酷くはない。晴れ着姿のティアナを時折横目で一瞥しては、何も言わず歩いていく。
「ヴィレイサーさん」
「な、なんだよ……!」
勝手に歩いていくヴィレイサーの手を、ティアナが慌てて取る。その行動に、ヴィレイサーの方がかなり驚いている。それにも構わず、ティアナはぐいぐいと引っ張っていく。
「おい、手を繋がなくてもいいだろ」
「はぐれたりしたら、面倒ですから」
「子供じゃないだろ、お互い」
「…子供じゃないんですから、文句言わないでください」
「…分かったよ」
「それに……」
「ん?」
「私は、できれば繋いでいたいんです。ダメですか?」
「…好きにしろよ」
まっすぐに見詰められて、思わずそっぽを向いてしまう。
「褒めてくれてもいいと思いますけど」
「褒められたいのか?」
「さぁ、どうでしょうね?」
白々しいと思いながらも、同時に彼女らしいとも思う。何故こうも自分は彼女に対して素直になれないのか、自分でも今一よく分からない。何もかもを見透かされている気がするから、それに抗っているのかもしれない。
(抗って、どうするんだか)
1度は違えた道を歩んだから、ティアナに対して未だに敵対心を抱いているから――或いは、そうなのかもしれない。
「…まぁ、綺麗かもな」
「ありがとうございます」
いつもと違う、妖艶な笑み。晴れ着を着ているからだろう。視線を逸らすとからかわれるが、ずっと見ている訳にもいかなかった。
◆◇◆◇◆
「ヴィレイサーさん」
賽銭とお参り以外はずっと手を繋いでいたティアナが、唐突に離すと紫銀の髪にそっと触れてきた。
「いつまで髪を伸ばすつもりなんですか?」
「別にいいだろ。切るのも面倒だし」
「たまには髪型を変えましょう。いい気分転換になりますから」
「あ、あぁ」
人気の少ない場所に移動させられて、断る暇もなく適当な場所に座らされる。
「サイドにしますか?」
「いや、一条に束ねるだけでいい」
「はい」
聞き入れてくれたティアナは、丁寧に髪を梳いてくる。時折、首筋に彼女の指が走って擽ったい。
「はい、完成しましたよ」
「ん? このリボンは……」
髪に触れると、そのリボンの感触には確かに覚えがあった。黒地に、白のラインと幾何学的な模様が入ったそれは、ティアナがバリアジャケットを展開している際に髪を束ねているものだ。
「気付きました?」
「まぁ、お前のこと……見てるからな」
自分で言って、恥ずかしくなってしまった。頬を掻き、ティアナに悟られないよう顔を俯かせる。
「よかったら、私の髪をお願いでぎすか?」
「ん、了解」
少しでも彼女の恋人らしく振る舞えたら──いつも思っては、空回りしてきたことだった。道を踏み外したからだろうか。随分と焦ってしまう。
「ほら」
「ありがとうございます」
お揃いの髪型に、お揃いのリボン。見慣れたツインテールではなく、ポニーテールにしたティアナは浴衣ということもあっていつも以上に妖艶で美しかった。
「見惚れていましたね?」
「んな訳、あるかよ」
直視できなかった。見ていたら、肯定してしまいそうだったから。それでもいいはずなのに、彼女に対してはどうしても距離を取ろうとしてしまう。
(その方が、いいはずなのに……)
自分は犯罪者だ。執務官たるティアナと一緒に居ること自体、間違いだと思ってしまうことが度々ある。それでもティアナは、この手を離そうとはしなかった。
「私は、ヴィレイサーさんが犯罪者だから選んだんじゃありませんよ。
ヴィレイサーさんだから、好きになったんです」
「…なんだよ、いきなり?」
「また、自分は犯罪者だから……みたいな顔をしていましたよ」
「気のせいだ」
かつて言われた言葉を、また言われてしまった。ティアナは察しがいい──いや、良すぎる。ヴィレイサーにとってはあまり快くないものだ。
(いや、本当は……)
本当は、それがありがたくて堪らないのだろう。彼女なら、自分のことを最も理解してくれるから。そこが好きで好きで仕方がない。ティアナにだけなら、弱い自分をさらけ出せる。
「せっかくですから、このままデートしませんか?」
「どうせ俺に拒否権はないんだろ」
「そうふてくされないでください。せっかくのかっこいい顔が台無しですよ」
「嘘つけ」
だから、もう少し───。
「…でもまぁ、たまにはそれでもいいかもな」
もう少しだけ、彼女に寄り添いたい──抱いた願いが成就することを信じて、ヴィレイサーはティアナの手を握り返した。
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