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小説
第35話 「終極の最果て」






「おかえり、フェイト」

「うん。ただいま、ヴィレイサー」


 笑むヴィレイサーの頬に、フェイトがそっと手を当てる。彼女もまた微笑むと、彼をそっと抱き締める。


「おかえり、ヴィレイサー」

「……あぁ、ただいま、フェイト」


 フェイトの言葉に数瞬だけ呆けたヴィレイサーだったが、すぐに返事をする。そして、彼女を守るように立ち上がり、ゼウスを見据えた。


「時間をくれて助かったよ」

「なに、人並みには優しさを持ち合わせているつもりだからな」


 ゼウスも微笑し、しかしすぐにそれを面から消して得物を構えた。


「が、故に俺は俺の道を変えるなどという愚行はしない。
 武器を取れ、ヴィレイサー。今度こそ、終いにしてくれる!」


 ブレードで虚空を薙ぎ、ゼウスは一歩だけ踏み込む。その次の瞬間には、一気に距離を縮めてヴィレイサーを間合いに収める。


「俺は、負けない!」


 甲高い金属音が響く。1度だけでなく、2度、3度と剣戟は続いた。


「ヴィレイサー………」


 刃をぶつけ合う2者を見詰め、フェイトは静かに呟く。


「ゼウス、お前はどうしてそうも世界を壊す?」

「愚問だな。ヘラを失った……それが所以であると、幾度となく言ったはずだ!」

「だがお前は、そのことを受け入れているはずだ! ヘラを殺した憎しみを、悲しみを! それらを知りながら、受け止めながら、何故そうも破壊して解決しようとする!?」

「人間は、所詮は歴史を繰り返す愚者に過ぎん。否、歴史と言うよりは過ちと言った方が正しいか」

「誰一人として、微罪にすら穢れない人間なんて、この世界のどこにも居やしない!」

「だから破壊(リセット)するのだろう!」

「総てを無かったことに出来ると!?」

「【出来るか否か】ではない! 【やるかやらないか】だ!」


 重い一撃がヴィレイサーを弾き飛ばす。腕力でもゼウスの方が上手のようだ。こうも絶望的では、気力を失ってしまいそうだ。


(怖いな)


 尻込みする自分に苦笑いして、一歩下がる。ゼウスから発せられるは、巨大なプレッシャー。今にも呑まれそうな勢いを持っている。


(けど、退けない理由は俺にもある)


 チラリと後ろに目を向けると、フェイトが心配そうに見詰めている。


(虚勢なんて張らなきゃ良かった)


 約束だけは、必ず守る。それがヴィレイサーの唯一の支えだ。


「蒼雷(そうらい)!」


 雷鳴が轟く。そしてすぐに、ゼウスが振るった刃から蒼い雷が真っ直ぐにヴィレイサーへと迫った。


「チッ」


 舌打ちして真横に飛んでかわすが、雷の行き着く先にフェイトがいることに気がついた。


(形振り構っていられなくなったか?)


 ゼウスならば武装していないフェイトを攻撃してこないと思ったが、どうやらそれは甘い考えだったようだ。


《Sonic Move.》


 バルディッシュがソニックムーブを発動させたので、ヴィレイサーはすぐさまフェイトを抱えて雷を回避する。


「もらった!」

「チィッ!」


 頭上にゼウスが回り込んできたので、咄嗟にフェイトを離そうとするが、今は自分がバルディッシュを使っていることを思い出し、既の所でその手を離さずに済んだ。


「フェイト(お荷物)を抱えたままでは、な」

「言ってくれるじゃないか!」


 確かにゼウスの言う通りだ。フェイトを抱えたままでは思うように動けない。しかも、バルディッシュをヴィレイサーが使っている今、フェイトは正しくお荷物だった。


《ヴィレイサー、私ならもう大丈夫だから》

《……分かった》


 念話で魔力が少しではあるが回復した旨を伝えると、ヴィレイサーは逡巡しながらも頷いてくれた。


「バルディッシュ、モードリリース」


 ゼウスを蹴り飛ばし、少しでも余裕が出来た瞬間にヴィレイサーはバルディッシュをフェイトに返した。


「高速移動は普段から出来るから、攻撃をかわすのは大丈夫だと思う」

「そうなると、攻撃は………」

「まだあまり」

「了解」


 近づいてくるゼウスに向かってバスターライフルの引き鉄を数回引いて、少しでも時間を稼ぐ。


「死ぬなよ」

「ヴィレイサーもね」


 ヴィレイサーから少しだけ魔力を分けてもらい、フェイトは微笑する。つられてヴィレイサーも笑みそうになるが、表情を引き締めたまま彼女の頭に1度だけ手を置くと、すぐに走り出した。


「ゼウス!」


 走りながら、1射だけバスターライフルで集束砲を撃つ。ゼウスの足下に着弾したそれは、床を穿ち、砂礫を飛び散らせる。


「目眩ましのつもりか!」


 ゼウスは、立ち上る砂礫によって出来た煙にも惑わず、自分の真上を向いて嗤う。


「甘い!」


 振り下ろされた一閃は、ゼウスの体躯をまったく捉えない。拮抗が続く。


「ヴィレイサー、貴様は言ったな。『死を受け止められていながら、こんなことをするのは間違いだ』と。確かに俺は、ヘラの死を受け止めている。理解もしているつもりだ」

「なら!」

「が……“だからこそ”世界が憎いのだよ!」

「何ぃ」

「貴様に分かるか!? 拠を失った者がどんな想いか!」

「……分からないかもな」

「ほう?」

「だが、推し量ることは出来る! 俺も、世界そのものが憎かった!」


 母と慕うクイントを始めとする、同じ部隊の仲間の多くを失った。その喪失が、形容できぬほどの憎悪を生み出したのもまた事実。


「然りとて、世界を壊したところで、何も変わりはしない!」

「戯け! 貴様はただ、何も出来ぬと逃げたに過ぎん! 世界を壊す……この劇薬が成就してこそ、世界は真に変わる!」

「そんなのは机上の空論だ」

「分かれ、ヴィレイサー! 貴様が机上の空論と評するそれこそが、机上の空論だ!」


 所詮は水掛け論。相互に退く意思はなく、ただそれが最善だと信じるに他はない。


「理解など、一時の感情に流されて行った妄言に終わる。それを知っているから……この道を見出だしたのだ」

「それが総てだと……人の真理だとでも宣う気か? ならばゼウス、お前は世界を知らなさすぎる」

「当然だ。俺は全知全能な神ではない。誰とも変わらぬ、凡庸な人間だ」


 ブレードを構え直し、ゼウスは左手に美麗な装飾が施された盾を握る。対してヴィレイサーは、太刀だけ。バスターライフルを使いすぎたので魔力の温存に入ったのだ。これからは下手に魔法の乱発は出来ない。


「が、彼奴等は聞く耳など持ってはくれなかった。だからヘラは、異種などいないと説くことに粉骨砕身した」

「だけど……それでも人は変わらなかった」

「フェイト………?」


 それまで干戈を交える2人を見守ってきたフェイトが、初めて口を開く。


「私の家族が言ってた。『世界はいつだって、こんなはずじゃないことばかりだ』って。
 理不尽だって叫んでも、どれだけ必死になっても、助からないかもしれないって思ったら、何も信じられない……目の前にある温もりさえ、触れたら凍りついてしまいそうに見えてしまう」

「そうだ。だから、俺達は………」

「でも、ゼウス。
 貴方は、間違ってる」

「何?」


 伏せていた顔を上げて、フェイトはゼウスを見据える。澄んだ赤い瞳は、優しげだ。


「もちろんこれは、あくまでも私の意見だよ。だから貴方と対峙してしまうのは、ある意味では必然だと思う」

「フェイト・テスタロッサ・ハラオウン……貴様は何を知っている?」

「私は……手を差し出してくれる人がいることを知っている。世界が幾ら理不尽でも、私はあの子達の為に出来ることがある……それを、知っているよ」


 フェイトはこれまでに、幾人もの子供達と接してきた。もちろん、拒まれた時だってある。それでも彼女は知っているのだ。自分が出来ることがあると。


「そんなの、ちっぽけなことなのかもしれないし、今後に保証なんて出来ないよ。でも……だけど! 私は、私が手を差し出したことを後悔しない! 子供達の笑顔が、その証明になるんだ!」

《Sonic Drive.》


 一瞬だけ、金の閃光が世界を覆う。それが晴れた時、フェイトは真・ソニックの衣装に身を包んでいた。


「ふっ……ふふふ、ははは!」


 想いを総て吐露したフェイトに、ゼウスは高らかに笑う。その笑みにあるのは、嬉々のみ。


「ヴィレイサー、貴様よりもよっぽどな意見を宣ったぞ、彼女は」

「口じゃあ勝てないのは知っていたさ」

「よく言う」


 ゼウスが視線だけヴィレイサーに向けると、彼は大して悔しそうな表情もせず、笑っていた。


「面白い。面白い意見だな、フェイト」


 ブレードの切っ先が、フェイトに向けられる。突撃してくるのか、或いはフェイントでヴィレイサーを襲撃するのか。どちらだか皆目見当もつかないが、フェイトはライオットブレードを二刀流にして身構えた。


「貴様らは、【例え現実が残酷であろうとも、手を差し伸べる者がいる】と………しかし、それでは総ては救われない。救おうとも、時間を要する間に命を落とす者もいよう。
 対して俺は、【世界を総て消し去り、最初からやり直す】とした。が、これでは理解ある者も殺し、死する者はただ反感を抱き、憎しみにまみれるだけ………か」


 一息吐いて、ゼウスは残った玉座に立つ。ヴィレイサーとフェイトを見下ろすのは、過信から来るそれではない。


(俺が、恐怖している? この2人を、畏怖しているというのか)


 鼓舞する意味で、ゼウスはヴィレイサーとフェイトの2人を見下したのだ。


「どちらにせよ、【人は差別を繰り返すと言う愚かな末路】しか持ち得ないと言うことか」


 深い溜め息を吐いて、ゼウスは首を振った。


「行き着く先が同じであるならば、我等が雌雄を決することで定まる過程が、世界を左右する訳だ」

「俺は、負けない」

「私達は、負けない」


 ヴィレイサーとフェイトはそれぞれの得物を構えて高らかに言い切る。

 最果てに待つ結末は同じかもしれない。その過程での道のりは大きく違えるのに、待ち受ける果てが変わらないと言うのは、どうにも不思議なものだ。


「ならば来るがいい! 存分に迎え撃とうではないか!」


 走り出したヴィレイサーとフェイトを、ゼウスはブレードと盾を構え直して迎えた。


「はぁっ!」

「温い!」


 先に仕掛けたフェイトの攻撃を容易く受け止め、しかし背後から迫るヴィレイサーに対しては振り向くことなく盾で受け止めた。


「不意打ちが通じるなど……よもや信じている訳ではあるまい」


 両者の攻撃を受け止めたまま微動だにしないゼウスだが、次に誰よりも早く動いたのは彼だった。フェイトのライオットブレードを押し返すと共に、ヴィレイ サーに向かってバックステップの要領で退くと、急に押されたヴィレイサーは鍔迫り合いには持ち込まず、ゼウスに倣うようにして後ろに跳んだ。押し返された 側のフェイトは、追撃をしようと着地寸前のゼウスに肉薄するも、彼は重力に従うのではなく、自らの意思で先に片足を着く。それと同時に足場を確保した彼 は、そこから迫ってくるフェイトに対して蹴りをお見舞いしてやる。


「かはっ!?」


 息が詰まる。だが、踞るのではなく攻撃に転じることを選んだフェイトは、ライオットブレードをカラミティの大剣型にしてその場から一気に振り下ろす。


「チッ」


 ゼウスはその間にブレードをヴィレイサーに向かって投げており、少しでも彼の接近を遅らせてフェイトを叩こうとしたのだが、彼女の方が早く攻撃に転じ、仕掛けられたので止める。


「逃がさない!」


 背後に高く跳躍して逃げたゼウスに、フェイトはライオットブレードを素早くスティンガーに切り替える。それが完了した瞬間に、右手にあるライオットブレードをゼウスに向かって投擲した。


「そんなもの!」


 当たるよりも早く、左側に避けたゼウスには掠りもしない。


「はっ、あぁっ!」


 すると、ヴィレイサーがそれを待っていたかのようなタイミングで真下から躍り出た。


「寂しいものだな!」

「何!?」


 太刀はゼウスの持つブレードよりも細身の刃で、幾ら切断力を高めているとは言え、非殺傷設定を用いるヴィレイサーが使うのは滑稽と言えた。


「得物の形状を変えないとは……それとも、それだけの力も尽きたか!」


 鍔迫り合いが続き、しかしヴィレイサーもゼウスもその場から一歩も退かない。


「その程度では!」

「どうかな?」

「? ……くっ!?」


 ヴィレイサーはゼウスが押し返す力を利用して後ろに飛び退く。次いでゼウスの目に入ったのは、フェイトのライオットブレードだった。魔力供給の為に結ば れている線を利用して、フェイトはゼウスの死角に回り込んで、そこから先程投げたライオットブレードを、彼に向けて反対側のライオットブレードを振って迫 らせたのだ。


「ぐっ……くぅ………!」


 ヴィレイサーが鍔迫り合いを行ったのは、ゼウスにこのことを悟らせないため。彼の背後にライオットブレードを隠していたのだ。


「やるっ!」


 迫ってきたライオットブレードを捌けず、ゼウスはダメージを負う。


「もらった!」


 左手に装着したリボルバーハデスのスピナーが回転して唸り声を上げる。


「絶対の守護(イージス)!」


 武器を掴まれる前に、ゼウスは盾でヴィレイサーのリボルバーハデスと相対する。


「硬い!?」

「果たして壊せるか?」


 ニヤリと笑うゼウスは、その盾の力を信頼しているのだろう。ガリガリとぶつかり合う金属音がけたたましく鳴り響く。


「ヴィレイサー!」

「雷皇(ユピテル)」


 援護しようとするフェイトは焦りのあまり、声を張り上げて自分の位置をゼウスに教えてしまった。


「きゃっ!?」

「フェイ…ぐあっ!」


 フェイトが霆撃に晒されたのを見て、ヴィレイサーはそちらに意識を向けてしまう。その一瞬が、ゼウスには好機でしかない。絶対の守護(イージス)でヴィレイサーを押し退けると、そこから動きを停滞させることなくブレードで袈裟懸けに切り裂こうとする。既の所で太刀で致命傷を避けられたが、流れるような動作で、1度として止まらなかったゼウスの一撃は凄まじく、ヴィレイサーは床に向かって一気に叩きつけられた。


「幾ら2人がかりであろうと、その絆が貴様らにとっての弱みだ」

「なんだと………?」

「ヴィレイサー、貴様は先程、フェイトが攻撃を受けた際にそちらに目を向けたな。敵を前にして、そのような愚行は即座に命取りになろう」


 空から見下ろす今のゼウスの姿はまるで、天啓を宣う神々しさを醸していた。2対1と言うこの状況。普通に考えれば、人数の勝るヴィレイサーとフェイトが優勢に思える。だが、ゼウスはそんな2人がかりの状況すら意に介さなかった。


「2人がかりでもゼウスとはギリギリ対等出来る程度か」

「私にもう少し魔力が残っていれば、この状況も違ったのかもしれないけど………」

「多分、それも折り込み済みで戦わせたんだろ」


 ヴィレイサーもフェイトも、魔力量はそれなりにあるとは言っても無尽蔵と言う訳ではない。対してゼウスもまた、恐らくは残りの魔力量はあまりないだろう。フェイトをフドゥルとして傀儡の状態を維持し、多くの大技を使った。対処もほとんどが盾かブレードだ。


「貴様らは優しすぎる……故に、どちらかが傷つけば反応が鈍るぞ。先のように、な」

「言ってくれるじゃないか」


 確かに、ゼウスの言うことは否定出来ない。ヴィレイサーも、この状況が自分達の絶対的な有利を確約している訳ではないことを分かっている。他にも、仲間 がやられた場合には激情したり錯乱したりと、冷静さを欠く結果を招くことだってある。無論、一概に不利だと断定できる訳ではないが、それと同時に、必ずし も有利になりえるとは限らないのだ。


「決めさせてもらうぞ、ヴィレイサー、フェイト!」

「あれは………」

「光闇の書………」


 切札として使われるとは思っていたが、実際に出てくるとなるとやはり悔しいものがある。


「来い、ニンフ!」


 ゼウスより一歩前に踏み出した場所に魔法陣が展開される。


「召喚魔法か」


 魔法陣から、焦げ茶色の翼が第一に現れる。そして、それが大きく羽ばたきを見せた瞬間、全体像が具現した。鋭い嘴に、鈍く黒光りする爪………現れたのは、大きな鷲だった。


「行け!」


 ゼウスの命に、ニンフは吼号を上げて翼をはためかせると同時に飛び出し、一気に加速する。


「くっ!」


 光速の弾丸となって襲来するニンフを、身を屈めてかわす。あの速度のまま壁に突っ込むかと思われたが、急制動をかけて直上へと飛んでいく。


「とんだ機動力だな………」

「ニンフは、今で言う使い魔だ」


 振り返ると、ゼウスはその場から動こうとしない。


「ヴィレイサー」

「あぁ、もしかしたら………」


 小声で話しかけてきたフェイトが皆まで言うより先に彼女の言葉を察したヴィレイサーは頷く。


「使い魔は魔力の供給次第で人の姿にもなれると聞くが、私が生きた時代には、その代わりに動物としての力を総て上昇させた」

「だからあんな急制動をかけても平気だった訳か」


 真上を見ると、ヴィレイサーとフェイトのどちらを攻撃しようか決めあぐねているのか、或いは狙いをつけているのかは分からないが、2人の頭上を旋回している。


「……フェイト」

「うん!」


 ヴィレイサーの目配せにフェイトは頷いて、すぐさま駆け出す。ライオットブレードを大剣型に切り替えると、ゼウスはあっという間にフェイトの間合いに収まる。


「喰らえ!」


 そして、そんなフェイトを援護するように、ヴィレイサーはバスターライフルを2挺構える。


(ニンフが攻撃してきた際、ゼウス自身は仕掛けて来なかった……もしかすると、召喚中はその場から動けないのかもな)

「我が盾を忘れたか? 絶対の守護(イージス)!」


 フェイトのライオットブレードがゼウスを捉えるよりも先に、彼女とゼウスの間に巨大な盾が出現した。


《Sonic Move.》


 イージスが巨大化した瞬間、フェイトはソニックムーブを使って速度をあげる。


「捉えた!」


 そして、急降下してきたニンフに対して、ヴィレイサーはゼウスに向けていた銃口をそちらに変えて、引き鉄を引く。


「何っ!?」

「はああぁっ!」


 盾を巨大化させて攻撃を防いだまでは良かったが、その所為でゼウスはフェイトがソニックムーブを使うところを目に出来ず、気付いた時には背後を取られていた。輝かしい光刃が、今にもゼウスに当たる。そう思われた矢先─────


「あぐっ!?」


 ─────フェイトの進路上を一筋の光芒が駆け抜けた。


「フェイト!」


 幸いにも、フェイトは額の右側を切っただけ。傷口も浅い。


「仕留められなかった………?」

「そんな………」


 フェイトを横から襲撃したのはニンフだった。ヴィレイサーのバスターライフルを既の所でかわしたニンフは、主の救援をすべくフェイトを襲撃したのだ。


「読みは正しい。俺はニンフを召喚している間はその場から動けなくなる」


 ヴィレイサーとフェイトの考えを見透かして、ゼウスは肩に下り立ったニンフを撫でる。


「諸刃の剣ではあるが、お前達2人のスピードに追いつくには、これしかなくてな」


 神速で翻弄してくるニンフに、ヴィレイサーもフェイトも動きを制限される。無闇にゼウスに近づこうと、翼爾(よくじ)なニンフに妨げられるだけだ。かと言って、フェイトにニンフの相手を任せて、バスターライフルで遠距離からゼウスを狙ったとしても、絶対の守護(イージス)で防がれてしまう。


(そうなると、ニンフに集中した方がいいか)


 待機しているゼウスは徐々に魔力を回復出来る。ならば、早期に決着をつけるべきだろう。


「フェイト」


 彼女の耳元で、ヴィレイサーは囁く。


「やれるか?」

「やるよ」


 ヴィレイサーの確認に、フェイトは力強く頷く。心強いその一言に、総てを任せた。


「行くよ!」


 フェイトはライオットブレードを二刀流のスティンガーへと形態を変えると、一気に加速してニンフへと迫る。次いで、ヴィレイサーもフェイトとは別方向からニンフに刃を向けた。互いの剣鋩がニンフに突き刺さる─────かと思いきや、急降下されてかわされる。


「見事な剣気だな」


 全力でニンフを迫撃しようと様々な方向から仕掛けるヴィレイサーとフェイトだが、やはり人よりも翼爾なニンフには決め手を当てられない。焦燥感が募れ ば、ニンフだけでどちらも撃墜できる可能性もあるが、ゼウスはそれが叶う率が低いと踏んでいた。あの2人ならば、ニンフすら退ける気さえしてならない。

 ヴィレイサーとフェイト、そしてニンフ。虚々実々を繰り返す3種の軌跡が入り乱れている。


「うっ………」


 その時、長いこと高速戦を繰り広げていたフェイトが呻き声を上げる。ニンフに裂膚された額の裂傷が再び痛みだしたのだ。その一瞬の隙をついて、ニンフがフェイトへ躍りかかった。


《Oval Protection.》


 ニンフの鉤爪がフェイトに触れる前に、バルディッシュが主を楕円形のシールドに包み込む。


「もらった!」


 ニンフがシールドに弾かれた刹那を狙って、近場を飛行していたヴィレイサーが肉薄する。裂帛に似た音が、俄に聞こえた。


「浅かったか」


 裂いたのは、片翼だけ。しかも浅い。だが、それでも確かに速度は落ちた。


「頼んだぞ、フェイト」

「うん!」


 ヴィレイサーから抛られた太刀をキャッチして、フェイトはそれを構える。ヴィレイサーはそうしてからニンフを追った。ある程度スピードを落とすことは出来たようで、なんとか見失わずに済んでいる。


(後はニンフを俺に引き付けてからが勝負だな)


 魔力弾を数個だけ展開すると、ニンフの進路を妨げるように何度も迫らせる。怒りの矛先を自分に向けさせるためだ。吼号を上げたのを合図に、ニンフがヴィレイサーへと進路を変えた。それを確認してから、ヴィレイサーは全速力で逃げる(・・・)。真っ直ぐ行った先には、フェイトが太刀を構えて不動を貫いていた。


「……見えた」


 太刀の刀身を、ISのマルチロックオンで拡大して見詰めると、自分の姿以外にニンフの姿が見えた。


(本来の鷲よりも巨大なことが仇となったようだな!)


 ケイオスフィールドを展開して、一瞬だけその場から消えたように錯覚させる。そして、刀身に映ったニンフを、直上から捉えた。


「終わりだ!」


 スティレットが、ニンフの翼に突き刺さる。


「くっ、これ以上は………!」


 痛みに苦しむニンフを光闇の書に戻し、ゼウスは深い溜め息を吐く。


(魔力量も限界が近いか………が、それは恐らく奴らも同じ)


 太刀を受け取って、ゆっくりと着地したヴィレイサーとフェイトを一瞥し、最後の一手を使うしかないと確信した。だが、ゼウスはそれを行うか否か、迷う(・・)。


(致し方ないとは言え、俺にそこまでの権利はない。が、悲願を叶えたいと思うのもまた、事実)


 光闇の書を強く握る。果たして残された手立てを実行してまで、勝利を手中にすべきなのだろうか? ゼウスには分からなかった。


《同志よ》


 光闇の書を使って、敗れた同志に問う。


《俺はアレ(・・)を使うか否か、あぐね果てている。貴公らの魔力を使ってまで、階を上り詰めることが、果たして最善かどうか………》


 ここまで来て、ゼウスは初めて迷いを見せた。それほどの魔法を使うと言うことなのだ。


《はぁ?》


 だが、最初に返ってきたのはゼウスも予想外の返事だった。「耳を疑った」とでも言いたげな返答。そして呆れを滲ませ、小馬鹿にしたような返事に、ゼウスの方が耳を疑う。


《ゼウス、テメェはバカか? 俺らが何のために今までテメェに付き従ったと思ってんだよ》

《ポセイドンの言う通りだよ、ゼウス》

「ポセイドン……アルテミス………」

《私は、私を作ってくれた貴方しか、知らないから》

《ハハッ! 俺は面白けりゃあそれでいいぜ!》

《個々人の意見は違えど、貴方に忠義を誓ったことは皆、等しくあります》

「アテナ、アレス……ヘファイストス」

《寧ろ賛同しねぇ奴がいたら、ソイツをぶっ殺す》

《忘れたのかしら? 私は、貴方とその理想を愛しているのよ》

「ディオニュソス、ヴァン………」

《兄上、我等が誰に救われ、誰に忠義を捧げたかお忘れですか?》

《ゼウス、貴殿の騎士となった私に泥を塗る気か?》

「デメテル、アポロン………」


 同志から返るは、迷いを一刀のもとに切り裂く、凄烈で、そして気高き言葉。


《父上》

「ヘルメスか」

《皆の言う通りです。個々の願いに違いはありますが、それは貴方とかわした契りの前には儚いものです。誰もがヘラとな平穏を望み、故にこの身を捧ぐと進言したはず………ならば、貴殿がすべき道は1つを置いて他にはありますまい》

「応!」


 ヘラを知らぬ者とていると言うのに、聞かされた理想はあまりに気高く、純潔で、故に誰もがその理想郷を求めようとする。ゼウスは光闇の書を開き、天空に掲げる。


「力を借り受けるぞ、同志達よ!」


 ゼウスの言葉に、返るのは無音。しかし、次の瞬間には10の魔力粒子が書に蒐集される。


「魔力が………」


 集まる量は、本当に微々たるものに過ぎない。が、ゼウスに余裕を取り戻させるには充分過ぎる。彼が最後の一手として使ったのは、『同志を光闇の書に戻 し、戻された者が持つ魔力と魔法を自分で使う』と言うことだった。光闇の書は闇の書の様に魔力を蒐集し、蓄えることができる上に、蒐集された者が使ってい る魔法を自分のものにできるのだ。相違点としては、蒐集された者に限らず、光闇の書に束縛された者にも同様のことが言える点と、光闇の書に戻したと言って も、また記憶をそのままに人の形を保てると言う2点だ。


「今度こそ、雌雄を決してくれよう」


 不敵に笑むゼウスはブレードを構えて、しかしすぐには仕掛けて来なかった。


「最期の言の葉をかわすといい」

「……ありがとう」


 仲間と言葉を交わすのは、とても懐かしく感じられる。フェイトは謝辞を述べると、早速口を開いた。


《みんな、聞こえる?》

《フェイトちゃん?》

《《フェイトさん!》》


 問いに返ってきたのは、息を呑む音と、なのはやエリオとキャロの嬉々とした声だった。


《ようやく取り戻したか》

《一先ずは、と言ったところだな》

「ヴァンガードもザフィーラも言ってくれるじゃねぇか」

《それだけ心配したってことだよ》

《取り戻したのなら、ちゃんと帰ってきてくださいよ》

「あぁ、スバル、ティアナ」

《こっちは祝勝会を心待ちにしてるぜ》

《元気に帰ってくるんやよ?》

「うん、ヴィータ。大丈夫だよ、はやて」

《待ってるからね、フェイトちゃん》

《敗れたら承知せんぞ》

「ありがとう、なのは……シグナムも」

《ヴィレイサー、武運を》

《みんな、貴方が強いってこと、知ってるよ》

「ありがとうな、デュアリス、リュウビ」

《ヴィレイサー》

「あぁ、エクシーガ」

《必ず………必ず帰ってきてね》

「分かってるっての」

《待っているわ、夜明けの堕天使(ヴィレイサー)》

「おう、黄昏の熾天使(エクシーガ)」


 会話が終わる。それは同時に、終わりが始まる静寂の開始でもあった。


「……デッド・トライアングル!」

「トライデント・スマッシャー!」


 アルテミスの魔法をゼウスが使役したのと同じタイミングで、フェイトが動く。互いに集束砲のチャージが終わるまでは撃てないが、ヴィレイサーはエターナルの形態を大剣型に切り替えて走り出していた。


「スターダスト!」

「流舞閃光破(りゅうぶせんこうは)」


 ヘルメスが使う円錐形の砲塔が現れた瞬間、走っていたヴィレイサーはその場で一回転して大剣をブーメランみたく抛る。


「穿て!」

「ファイヤッ!」


 放たれた砲火は互いにぶつかり合い、火花を散らす。


「スターゲイズ!」


 デッド・トライアングルに続いて、五芒星の集束砲がフェイトを襲う。


「ブレイズカノン」


 集束砲とフェイトの間に入ったヴィレイサーは、2挺のバスターライフルを使って直射砲を放つ。せめぎ合うのは本当に一瞬だけ。その刹那の間に、ヴィレイサーはフェイトを抱えてその場から離脱する。


(ゼウスの弱点は………)


 おおよその見当はついているのだが、決定打がないこの状況では早計が過ぎるだろう。


「絶望(パンドラ)!」

《Jet Zamber.》


 中空に逃げた2人の周囲を、多数の武器が行く手を阻む様に現れる。


「頼んだぞ」

「うん。気を付けてね」

「あぁ」


 フェイトの雷光が一閃される。紫電一閃、取り囲んでいた剣やレイピアや雷電に包まれて爆散した。


「ライオット!」


 ライオットブレードを1本だけにして、フェイトはゼウスへ肉薄する。


「煌めく一閃(ガブリエル)」


 剣撃を始めたフェイトとゼウスを他所に、ヴィレイサーは光闇の書の位置を探る。


(あった!)


 恐らく光闇の書の処遇が勝敗を大きく左右するだろう。そう予想を立てたヴィレイサーは、援護攻撃を思わせるみたく、フェイトとゼウスの間をバスターライフルで薙ぎ払う。火線が走り、ゼウスは身を捻ってかわすと、真横からヴィレイサーが太刀を持って斬りかかってきた。


「クリムゾンネイル!」


 ブレードではなく魔法で対処したのは、そこから肉弾戦に持ち込むため。片手で受け止め、鉤爪で引き裂こうとする。裂帛が嫌に大きく聞こえた。裂かれたのは、ロングコートだけに済んだ。


「喰らえっ!」


 鉤爪をかわせたヴィレイサーは、再びバスターライフルを構えてゼロ距離から狙い撃つ。


「輝き散る者(フォイボス)!」


 抛られたブレードが目映い光輝を放ち、そしてそれが収まった時には、ブレードとヴィレイサーの砲撃が霧散した。


「はああぁっ!」


 1本のライオットブレードを両手でしっかりと握って、ゼウスの側面から躍り出たフェイトだったが、ヴィレイサーが押し返され、空いた両手で彼女の一撃を受ける。


「今!」

「させるか!」


 光闇の書に迫ろうとするヴィレイサーに気が付き、ゼウスはフェイトを押し返し、更に足蹴して退けたところで光闇の書を庇うように割り込む。


「フローズンレイザー!」

(やはり、か)


 光闇の書は、今やゼウスの力の源。それを破壊すれば………。


「光闇の書、破壊させてもらう!」

「着眼は良し。然れど俺が容易くそれを見逃すと思うか?」

「ヴィレイサー!」


 フェイトに言われてようやっと気付いた。


「轟爆九頭龍神(ごうばくくずりゅうじん)!」


 9頭の龍を象った砂礫が、それぞれに襲いかかる。フェイトは針の穴に糸を通すみたいに小さな隙間を駆け抜け、ヴィレイサーはわざと龍達の中心に身を置く。


(これがラストかな)


 魔力が限界だった。後はフェイトを信じるしかない。


「カートリッジ、ロード」

《Load Cartridge.》


 2挺のバスターライフルの銃口を左右に向けると、全てを薙ぎ払うようにその場で回転しながら引き鉄を引く。


「殲滅する」

《Rolling Extermination.》


 砲撃が、迫る龍の胴に次々と穴をあけていく。崩壊していく龍の合間を縫って進むフェイトは、ゼウスが光闇の書を手にしたのを見る。


(懐にしまわれる前に!)

「チッ! 神聖の風(パフォス)!」


 迫るフェイトは、鳳姿を崩さずに雷光を携えて肉薄していく。対し、ゼウスは風の集束砲で迎え撃つ。


「バルディッシュ!」

《Multi Defenser.》


 向かってくる集束砲にも臆せず、フェイトはそのまま直進する。盾を多重展開して、それぞれで対処すると同時に、衝風していく。


「なっ!?」

「はあぁっ!」


 神聖の風(パフォス)を突き破って現れたフェイトに驚きを隠せず瞠目するゼウス。


「グラディエーター!」


 だが、流石は猛者。すぐに我に返って、今のフェイトと同等に戦える戈剣を装備する。

 左から来る一閃を左手の剣で受け止めると同時に右手にある剣で刺突を繰り出す。フェイトはそれを、ゼウスの左側に回る事でかわし、拮抗させていたライオットブレードで再び切りかかる。常にゼウスの左側に回り込もうとするのは、恐らく─────


「来たか!」


 ─────ゼウスの読み通り、右側からはヴィレイサーが迫ってきた。ナックルと、残った魔力で足に戈甲を施して襲来した彼を、跳躍して後ろにかわし、追撃してきたフェイトは足に装備させた鉤爪で蹴って対処する。

 3人とも一歩も譲らぬ戦いを繰り広げ、竜虎相打つ。

 拳と脚で連撃を行うヴィレイサーを、ゼウスもまた剣と鉤爪と手数の多さでぶつかり合う。右の拳がゼウスの顔面を捉えるよりも先に受け止められ、そして弾 かれる。弾いた剣を逆手に持ち変えて、上からヴィレイサーに向かって刺そうとするが、彼はそれが当たるよりも先に身を屈めると、ゼウスの足を払う。軸足で はなかった右足を払われて銃身をずらされたゼウスだが、その体勢のまま一回転してヴィレイサーとフェイトの接近を妨げる。

 ゼウスの小脇に抱えられた光闇の書。それを1度も漏らさないのは、流石と言ったところか。

 2人の接近を妨げ、ゼウスは受け身も取らずに仰向けに倒れる。と同時に、両足を思い切りあげて後転の要領で起き上がる。そして、地に足をつけると、迫撃してきたヴィレイサーに向かって両方の剣を交差させて拳の一撃を受け止める。


「流石に、流亜(りゅうあ)だな!」

「貴様も、な!」

「ヴィレイサー!」

「翼衛(よくえい)など!」


 ヴィレイサーを翼衛しようとするフェイトを認めず、ゼウスは鉤爪のついた足でヴィレイサーに蹴りを繰り出す。彼が退くならば、そこからフェイトに対処できると考えたのだ。


「おっと!」


 だが、ヴィレイサーは退くどころか両手でゼウスの剣を鷲掴みにすると、そこから背中から回るように跳躍して蹴りをかわす。頭上に待機するヴィレイサーに両剣を掴まれたままではフェイトに対処が出来ない。


「チッ!」

「おわっ!?」


 すると、武器を手放してその場から退いてフェイトの一撃をやり過ごす。


「1度でも手元から離れた武器は、使いものにならないぞ」


 レゾナンスブレイカーでゼウスの剣を破壊しようとするヴィレイサーに接近を試みようとするゼウスだが、その進路を必ずフェイトが阻む。


「貫く閃光(ミカエル)!」


 しかし、ゼウスはまだ戈剣を持ち合わせていた。貫く閃光(ミカエル)を手に、フェイトへと迫近する。流電の速さで接近された側のフェイトは、瞠目しながらも対処しようとライオットブレードを振るおうとする。だが、それよりも早く彼女を幽風が撫でた。


「あぐっ!?」


 そして、気がついた時にはゼウスによって思い切り倒されていた。硬いコンクリートの床にぶつけられ、呻くように呼気を吐きだす彼女を無視して、ゼウスは貫く閃光(ミカエル)でヴィレイサーを貫こうとする。顔の肌膚(きふ)が微かに裂ける。裂罅から滲む血をなんとも思わず、ヴィレイサーもまたゼウスの顔面に拳を叩きこんでいた。


(今しか……ない!)


 フェイトは即座に立ちあがり、ゼウスが抱えている光闇の書に向かってライオットブレードを構える。


「させるか!」


 彼女を剣で払おうとも、ヴィレイサーに迫近を許してしまう。ならば、最も効果的な方法は─────そのヴィレイサーを盾にする事だ。


「うおっ!?」


 剣花を散らしていた彼とのぶつかり合いを止めて、ゼウスはヴィレイサーを捕まえるとフェイトの進行上に立たせる。


「野郎!」


 もがくヴィレイサーに、しかしフェイトは持ち前のスピードを活かして直上に回り込んだ。そこから一気に急降下して仕掛けるつもりだ。だが、それと同じくして、ヴィレイサーはゼウスの手から離れた。


(今攻撃したら……ヴィレイサーに当たる!?)


 進路上に出てしまったヴィレイサーを見て、フェイトは思わず手を緩めてしまう。


「止まるな」


 幽風よりも、小さな声。だが、フェイトには確かにそれが聞こえた。ヴィレイサーの瞳がそれを物語っている。彼は、自分に「進め」と言っている。


「来い、フェイト!」

「はあああああぁぁぁぁっ!!」


 吼号するフェイトに、ゼウスも彼女が迫激しようとしていることが分かった。だが、ヴィレイサーが邪魔で視界に彼女を捉えられない。

 そして─────


「あ、ぐ………!?」


 ─────フェイトの剣が、ヴィレイサーの腕を貫いた。


「きさ、ま………!」


 それだけではない。ヴィレイサーの腕を貫いた先には、1冊の書物。光闇の書だ。


「義手……だったんだ」

「あぁ」


 フェイトが貫いたのは、ヴィレイサーの左腕。義手となっている部分だっただけに、彼女は安堵の息を漏らす。


「俺の敗北、か………。
 忘れるな、ヴィレイサー。貴様の選んだ道は険しいぞ」

「だろうな」


 ゼウスは、裏切られた同志を纏め上げてきた。そんな彼が言うのだから、苦しいことは確かだろう。だが………。


「けど、みんながいる。俺は、それでいい」

「……それは妄想だ。裏切りにあわないとも限らん」

「そんな事………!」

「貴様が理想を果たすまでの間、幾人の者が消え入るか……見物だな」


 最期までその意志を貫こうとする、その鳳姿。どこか憧れすら抱いてしまう。


「貴様らももう、行け」

「ゼウス!」

「俺達は、俺達で俺達の国を作れば良い。
 例え屍(かばね)だけになろうとも、俺達は俺達を後悔しない」

「……行くぞ、フェイト」

「うん」


 これ以上交わす言葉はない。ヴィレイサーはそう判断して、フェイトを促して踵を返した。


「誰一人として、我が国には踏み込ません。
 何人たりとも……絶対に………」


 微笑し、ゼウスは光闇の書を開く。


「すまなかったな……同志、たちよ………」




















「あ………」


 誰かが小さな声をあげた。その場にいた誰もが、その人物が向けている視線を辿り、そして歓喜する。


「フェイトさん!」

「キャロ……エリオも、ただいま」

「おかえりなさい」


 駆け寄ってきたキャロと、そしてエリオを抱き締めてフェイトは涙を零す。


「心配かけて、ごめんね」

「おかえりなさい……おかえりなさい、フェイトさん」


 久方ぶりの再会。それに感極まって涙を流す各々を一瞥して、ヴィレイサーは大きく息を吐く。


「おかえり、ヴィレイサー」

「意外と遅かったな」

「お疲れさん」


 そんな彼に、リュウビが、デュアリスが、ヴァンガードが言葉をかけてきた。


「おう」


 エクシーガは声をかけてこないが、笑みを浮かべている。彼女らをそれぞれ一瞥して、ヴィレイサーは頷いた。


「……よし、帰るか」


 ヴィレイサーは1度だけ自分とフェイトが出てきた方を振り返る。そこに、ゼウスと干戈を交えた場所へとつながる道はなく、もう2度と会うことはないということを示唆していた。


(とは言え、誰もここに足を踏み入れないようにしないとな)


 後でクロノにでも処理を行う様に伝えようと決めて、ヴィレイサーは止めていた踵を再び動かした。すぐに、隣にフェイトが並ぶ。


「ヴィレイサー、帰ろう。私達の、帰るべき場所へ」

「あぁ、フェイト」


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あきゅろす。
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