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小説
第34話 「フェイト」





「意思奪う者(イオ)を使えば、傀儡にすることもできる。
 利用価値はあるさ」

「ゼウスがそこまで仰るのなら、僕は構いませんが………」

(だ、れ………?)


 自分の耳に、微かに聞こえてくる会話。私はそれを耳にしながら、問いかけてみる。声に出したと思ったのだが、何故か己が発したはずの声は一切聞こえてこなかった。


(私……ここは………?)


 私は、私が誰で、いったいここがどこなのか見当がつかなかった。夢の中にいる様な、ぼんやりとした感覚に近く、しかしそれよりも遥かにリアルな気配がある。身体を動かそうと試みるが………出来なくてすぐに断念した。


「あの男……ヴィレイサーだったか? あ奴に対しては甚だ、期待が出来るはずだ」

(ヴィレイ……サ、ァ………?)


 『ヴィレイサー』という、忘れられない名前。それを思い出した瞬間、私の中に彼が鮮明に蘇る。紫銀の長い髪と、同じ色をした吊り目。そして、意志を貫き通す姿勢。


(ヴィレイサー……私が、愛した………)


 そこまで思い出しかけた時、私の中に何かが流れ込んできた。身体が………と言うより、頭が熱く、痛みを伴った。ドクンドクンと、心臓が大きな鼓動を刻む。


「ほう? 少しは意思奪う者(イオ)に抵抗するか」

(嫌……だ………! 嫌だ! ヴィレイサーを忘れるなんて…絶対に嫌!)


 奪われていく思考。それに抗うのは、並大抵のことではない。激流に対抗するみたいで、意思奪う者(イオ)の奔流は凄まじくて私はもがくしか出来ない。手放したくないと、必死になって叫ぶ。忘れたくないと、心の底から訴える。


(ヴィレイサー……ヴィレイサー!)


 助ケテ─────その言葉が紡がれた時、私はきっと、私では無かったと思う。


「ふむ、ようやっと意思奪う者(イオ)が浸透したか」


 ゼウスはゆっくりとフェイトに翳していた手を退ける。


「俺の声が分かるか?」

「……はい、主」


 意思奪う者(イオ)に意識を支配されたフェイトが、抑揚のない機械的な声で返事をする。どうやら成功したようだ。それが分かると、ゼウスは笑んだ。これで、準備は整った。後は、彼奴等を迎え撃つだけだ。


「名を授けよう。
 そうだな……フドゥル。これが、貴様の名だ」

「はい、主」


 フェイト─────フドゥルは、先と変わらず無機質な声で返事をするだけだった。











魔法少女リリカルなのはStrikerS-JIHAD

第34話 「フェイト」










(わた……し………私は、誰?)


 しばらくしてうっすらとだけど意識を取り戻す。目の前にあるのは、真っ白で大きな扉。左側には、玉座に座る男が1人。そして、右手には何か武器の柄の様なものが握られている。


「どうかしたか、フドゥル?」

(フドゥ、ル? それが、私?)


 玉座に腰掛けている男が、私に声をかけてくる。だが、私は返事をするよりも先に自分がフドゥルと言う名前だと認識することに精いっぱいだった。しばらくぼんやりしていると、確かに自分がフドゥルと名付けられたことをおぼろげに思いだす。


(そうだ。この人は、私の……主)


 そこでようやっと、私はその男が自分の主ということを思い出す。


「いえ、大丈夫です。主」

「……そうか」


 私は、主の剣。主を守り、主の為に戦う。ただ、それだけの存在だ。


(あ、れ………? 何か、大事なこと……忘れて、る?)


 ふと、視界の隅に何かが走る。だが、それに手を伸ばして触れようとするよりも早く、それは霞んで消えてしまった。私にとって大事なことなんて……ない。大事なのは、主だけ。私はそう胸に刻んだ。と、その時─────


「来たか」


 ─────主の言葉を耳にして、私は目の前にある扉に視線を向ける。大きな扉が、音もなく開かれていく。やがて入ってきたのは、1人の青年。青紫色の長い髪を揺らして、鋭い視線を主に送っている。


「時間をかけたか?」

「案ずるな。貴様が来るであろうことは、確信していた」

「そりゃどうも」


 会話からして、主と彼は知り合いみたいだ。

 ふと、彼と視線が合う。一瞬だけだが、彼の瞳が寂しそうになった。それを見て、私も胸が締め付けられる。


(な、に? 今の、何?)


 が、主がいる手前、余計な挙動は慎むべきだ。私は内に抱えた困惑を顔に出さずに不動を貫く。

 主は椅子から立ち上がらずに、彼を見下ろしている。しかし、私のことを一瞥すると、彼に向かって口を開いた。


「この女のことがどれほど大事なのか……その気持ちを俺が推し量ることはできん。
 が、それでも貴様にとって大切な人間だと言うことは分かる。だからこそ、俺はお前に聞きたいことがある」

「聞きたいこと?」

「貴様は……貴様たちは何故、俺達の意志に賛同しない?
 フェイト、だったか? コイツが大事であるのなら……あの時、目の前で奪われたあの時に名を叫んでいた貴様なら分かるはずだ。俺の行動理念………ヘラを奪われたことで捻じ曲がった俺の夢が」

(フェイ……ト? それは、誰?)


 主の口から出た、『フェイト』と言う単語。それが強く頭の中に残る。記憶の彼方に葬ろうとすればするほど、強く意識してしまう。


(主……私は、フドゥルですよ)


 言わずとも、主は分かっているはずだ。それでも、私は言わずにはいられなかった。私の視線を気にする事無く、主は青年と話を続けていく。


「ヘラが望んだ、差別のない世界を作る………それはきっと、崇高で、美しくて……だけど難しいことだって知っていたんだろ、お前も、ヘラも。
 だけど、だからこそ叶えたいと思った。難しいからって言って、問題を解くのを止める数学者がいないように、お前らはやり遂げようとした。
 それらは尊敬するよ、本当に」

「ならば………」

「だけど、だからこそ認めたくないのさ。ネジが飛んだお前の理想は、賛同してくれそうな奴すら殺す、ただの殺戮だ。」

「貴様も、この女を失えば正気を保てないと思うがな」

「あぁ、お前以上に壊れる自信があるぜ」


 私を一瞥する主に、彼は自嘲している。


(私は………私は、フドゥル)


 必死に私は自分に言い聞かせる。自分は主の為に存在している事と、そしてフドゥルだと。だが、彼が『フェイト』と言うだけでそれは上手くいかなくなる。私の中の何かが、その『フェイト』という言葉に反応しているみたいだ。


「正気を保てないって言ったけど、お前は今のところ正気さ。でなきゃ、俺達に猶予なんてくれないだろ?
 お前は本当は、迷っているんじゃないか? ヘラの願いを曲解したことを薄々感じ始めてきた………だから俺達と戦って、知りたかったんだ。自分が選ぶべき道を………」

「ふっ、何を言うかと思えば。
 戯言を。俺は俺が進むべき道を知っている。世界は、どうあっても差別を廃さない。ならば世界から人を消し去る! それが、俺の道だ!」

「結局、相容れないってわけか。
 ゼウス。俺は俺の道を譲らない。俺の願いは、お前を倒さなきゃ叶えられないからな」

「そうだ、それでいい。理解し合う事など、所詮は無理だ。
 さぁ、貴様の願いを叶えて見せろ!」

「あぁ、やってやるよ。
 世界は壊させない。そして、返してもらうぞ! フェイトを!」


 彼─────ヴィレイサーと言ったか?─────の視線が、私を射ぬく。その瞬間、まるで私は私ではないように感じて、恐怖する。


(消サナキャ! 私ノ……私ト、主ノ為ニ!)


 恐怖に震える私に、ヴィレイサーが言った。


 「帰って来い、フェイト!」

(違ウ……違ウ! 私ノ名前ハ、『フドゥル』ダ! 『フェイト』ナンカジャ、無イ!)


 抜刀して、ヴィレイサーはいきなり私に斬りかかってくる。その行動に迷いは見受けられない。その剣尖の軌跡を予想して、私はヴィレイサーの剣峰を、上体を僅かに後ろに反らしただけでかわす。


「フドゥル、奴を殺せ」

「はい、主」


 次の攻撃に移ろうとしたヴィレイサーだったが、それよりも早く主が私に命じる。


(ソウ、ダ……私ハ、『フドゥル』ナンダ!)


 フドゥルと呼ばれたことに、私はなんの違和も感じない。だって私は、フドゥルなんだから。フェイトじゃない。私は、フドゥルだ!

 私は主に頷き返して、傍らにあった雷斧を引き抜き、と同時にそれでヴィレイサーの腹を両断しようとする。


「フェイト、お前………!」


 舌打ちして、彼は私から距離を取るために後退する。彼が「フェイト」と言う度に、私は苛立つ。私はフドゥル。フドゥル以外の何者でもない。

 私が刃を振るったことに驚くヴィレイサー。その表情を見ても、私は眉1つ動かさない。

 ヴィレイサーは私と干戈を交えながらも主と会話を成立させている。その余裕が憎たらしくて、私は攻撃の手を緩めずに、寧ろ更に速めた。すぐに彼の余裕は失せた。本当に一瞬だけの余裕。それを消しされて、私は思わず嗤ってしまう。


「言うだけは……ある!」


 元々の戦闘力に加えて、それ以外にも新たに加えられた戦闘スタイル。それに翻弄され始めたヴィレイサーは、舌打ちして更に下がる。ゼウスがどう動くのかは分からないが、距離を取っておいた方がいいことは確かだろう。

 左右に半月の形をした刃を備えた雷斧を振るう私は髪を音もなく舞わせる。一見して美麗な光景だったことだろう。だがその光が、ヴィレイサーに脅威を与えていることが、彼の表情から見てとれる。


「フェイト!」

(ウルサイ!)


 意味もなく、ヴィレイサーは“誰か”の名を叫ぶ。が、私はそれを仮面の下で嘲笑う。それが何か状況を変える訳ではないのだ。


(脅威ジャナイ。勝テル!)


 一方、ヴィレイサーは幾度と彼女の名を呼び、それと同じ数だけ、あの優しい声が返らないと知らされる。自ら崖に向かって歩みを進めているみたいで、傍から見たら頭がおかしい人間と思われるかもしれない。だが、それがどうした? それの何が悪い?


「フェイト……届かないって知っているから、好き勝手言わせてもらう」


 届かないから……聞こえないから、言えることだってあるのだ。


「俺はな、実は世界の存亡なんてどうでもいいんだ。ゼウスがこの世を破壊しても、それとも存続しても………どうだっていいんだよ。
 俺は………俺はただ、お前を助ける為だけに、ここに立っているんだから」

(ナ、ニ………? 私、ハ……コノ人ヲ、知ッテイル?)


 返事をしてしまいそうな私が、私を押しのけて出てきそうになる。思わず、攻撃が止まってしまう。


(私ハ……誰?)

「何でだろうな、フェイト?」

(違……ウ! 私は………私は『フドゥル』! 『フェイト』ナンカジャナイ!)


 問うてみる。が、もちろん返事などない。それどころか、彼女は攻撃の手を緩めない。雷斧を両手持ちして、回転しながら切りかかる。太刀で1度防いだとしても、次いで攻撃されるのがオチだ。ならば、距離を取って─────その判断は、遅かった。


「トライデントスマッシャー」


 抑揚のない声が、部屋に響いた。次いで、雷鳴が轟く。三叉の光芒が跳躍したばかりのヴィレイサーに直撃する。ヴィレイサーは、避けるよりもシールドを展開して防御する事を選んだ。シールドを張り終えた直後、相殺された事で爆発が起こり黒煙が立ち上る。


「さて、どうす……くっ!?」


 この場にとどまってフェイトの出方を待ったヴィレイサーの傍を、金の光が駆け抜けた。交錯したのは、ほんの一瞬。煙を突き破ってきたのが何かは分かったが、よく回避が間にあったなと自分をほめてやりたくなってしまう。


「まぁ、今はそんな余裕はないけどな!」


 エターナルがアラートしてくれる。背後を振り返った刹那、金の鳥─────否、鳥の仮面を被ったフェイトが強襲してきた。


「ったく、どうしてこうも………!」


 少しだけ立ち位置を変えてみるが、フェイトは的確にこちらの位置を察知しているようで、雷斧は幾度もヴィレイサーを掠めてはまた消えていく。


(私ニ、目クラマシナンテ通ジナイ!)


 フェイトが被らされている意思奪う者(イオ)は、視界を奪われることが無いのだ。どんなに煙が立ち上っていようと、どんなに闇に閉ざされていようと、敵が見えなくなることはなかった。

「なら!」


 黒煙の中ではこちらが視界を奪われるだけだと判断したのか、彼は煙の中から身を躍らせる。その瞬間、私と交錯した。目が合う。しかし、私はヴィレイサーを視界に映すのが急に怖くなって、視線を逸らしてしまう。

 振り返ると、彼は背中に黒い羽根を生やしていた。


(アレ、ハ………?)


 ふと、その色彩と形状に見覚えがあった。前もこうして、見上げる形でアレを見ていた気がする。頭を振って視線を戻すと、彼は一気に駆けた。その速度は先のものよりも遥かに上がっている。だが、私はそれにあっさりと追いつく。


「嘘だろ………?」


 隣にいるヴィレイサーが、平然と追いついた私を見て驚いている。

 肉弾戦を仕掛けようと、ヴィレイサーが両肩を掴んできた。そのまま、一気に急降下していく。だが、私はそれを待っていたのだ。口角を僅かに上げて笑む。 そして次の瞬間、ぐるんと強制的に一回転させてやる。それが終わると、自分はヴィレイサーの腕から脱して、今度は彼の首を腕で絞めていた。


(死ネ!)


 ゼウスとの特訓によって、ある程度ではあるが肉弾戦にも対処できるようになった。このままでは、締め落としてもよし、或いは地面に叩きつけられてもいい。何れにせよ、彼はもうここで終わりだ。


(勝ッタ………!)


 が、ふと何か違和感を覚える。本当にこれでいいのだろうか?そんな迷いが、胸の内に少しだけ芽生える。そのお陰で、ヴィレイサーからの攻撃に気が付かなかった。彼は足を私の内股の間を通らせ、膝を折ってそのまま踵を叩きつけてきたのだ。


「カハッ!?」

「悪いな!」


 絞めが緩んだ所で、ヴィレイサーは私から離れ、再度背中に回り込んで拘束してくる。


「サンダーフィールド!」


 鬱陶シイ………鬱陶シイ、鬱陶シイ鬱陶シイ鬱陶シイ鬱陶シイ!私は何かに取りつかれたみたいに彼への憎悪を増幅させると、全身に雷撃を発生させて無理矢理引き離す。そして、すぐに彼に向かって踊りかかった。


「やる!」

「当然だな」


 雷斧を縦横無尽に振るって、出鱈目に攻撃する。だが、どれも掠るばかりでそう簡単には当たってくれなかった。そもそもこの大きさの雷斧を振りまわすには どう考えても双頭の筋力を使うだろうが、これは軽い素材で作られているのでその心配はない。だが、その代わりに通常のものよりも弾かれ易いのだ。


「?」


 恐らくそれに気が付いたのだろう。彼の表情が一瞬だけだが確かに変わった。だが、その瞬間に彼の攻撃の手が緩んだ。懐に入りこんだヴィレイサーが太刀を 真上から振るおうとするのを見て、私は膝を折って身を屈める。ここで体術に切り替えれば、今度こそ彼に攻撃を当てられるだろう。ヴィレイサーが振り切るよ りも先に、私は攻撃を成功させるだろう。だが、ここで退く事も間に合わない。

 しかし、驚いたことにヴィレイサーはそのまま攻撃の姿勢を取った。刀身を真っ直ぐに向けていたが、それを立てる事で柄の先での殴打に変更する。私は曲げ た足を伸ばそうとした瞬間それに気がつき、少し身体を右にずらして顎に正拳が入る。しかし、それと同時に太刀の柄が肩を殴打した。

 肉を切らせて骨を切る─────その戦法を、ヴィレイサーは迷わず選択した。自分が痛手を負おうと、それを顧みずに相手に攻撃する。正に捨て身としか言 えないこの戦法を選ぶことに、ヴィレイサーは恐怖しない。別に命が惜しくない訳ではない。だが自分は、生きることに対する執着心が生半可ではない。必ず生 きると、自負がしている。

 舌打ちして、私は更に攻めたてようと拳を握り直した。だが、そこで主がヴィレイサーに対して攻撃しようとしているのが目に入り、すぐにその場から下がる。その刹那─────


「天雷(ライトニングフォール)!」


 ─────鋭い霆撃が、ヴィレイサーを襲った。咄嗟にその場を退いた私が視線を向けると、彼は落雷の間を縫うように駆け抜けて避けている。


(主ノ命令ハ、絶対!)


 主から言われた通り、彼を殺すために眼前に降り立つ。雷斧の尖端に魔力を集束し、金色の雷霆が放った。彼は漆黒の翼を強くはためかせて急制動をかける と、すぐさま直上に駆けあがる。速射砲ではなかったことが幸いし、なんとか回避に成功すると、ヴィレイサーは私の真上に移動して急降下していく。


「フェイト!」

《Load Cartridge.》


 彼のデバイスが、その吼号に応じるようにカートリッジを排出する。薬莢が飛び出し、一足先に落下していく。それが私の横を掠めた時も時、動いた。顔を上げてヴィレイサーを睨み、回転しながら上昇する。

 交錯すると踏んだのか、ヴィレイサーは太刀を横に倒して後ろに振りかぶった。それを確認してから、私は雷斧を投擲する。回転しながら迫るそれを、ヴィレイサーは太刀で簡単にはじいた。


「ヴォルト」


 雷斧を太刀の一閃で薙ぎ払った時、既に私は彼の後ろにいて、ヴィレイサーの胸に手を当てていた。瞬間、雷の球体に閉じ込められる。


「うああああああぁぁぁぁっ!?」


 霆撃が、幾度となくヴィレイサーを襲い、その意識を奪おうとする。それを見ていて、何故か心の奥底で誰かが叫んでいる気がした。「止めて!」と………。「ヴィレイサーを傷つけないで!」と………。


「……っの!」


 気付いた時にはヴィレイサーはそこから脱していた。しかし、痺れた身体で下りていくだけでふらついている。覚束ない足取りで着地すると、ふらふらとそのまま数歩歩いて、倒れてしまった。


「あぁ……くそ!」


 苛立たしげにしている彼を殺すのなら、今しかない。私は雷斧を構え直し、その切っ先をヴィレイサーに向けると、主の顔を窺う。殺せと命ぜられたのは確かだが、ちゃんと再確認は行うべきだ。私の視線に気が付いてくれたのか、主は頷いた。


(今度コソ……死ネ!)


 視線をヴィレイサーに戻した時、彼は自嘲の笑みを浮かべて私を真っ直ぐに見詰めてきた。それが怖くて、私は一瞬だけ怯んでしまう。それがいけなかった。


「……バルディッシュ」

《Yes,Boss.》


 凛とした声が、拡声機も使っていないのに私の耳に入った。刹那、ヴィレイサーの左手に作られた拳が金の光華に全身が包まれる。電の閃光を思わせる、その美麗な光。それは、私の瞳に確かに映った。


(ナ、ニ……何ナノ、アレハ?)

「よく見ろ、フェイト。俺は、お前の力で……お前を助ける」

《Stand by Ready.》

「バルディッシュ・アサルト……セットアップ」

《Sat up!》


 フェイトから預かったバルディッシュ。ヴィレイサーはそれを、エターナルと共に使うことを決めたのだ。


(バル……ディッ、シュ………?)


 やがて光が収まると、彼は一歩だけ歩みを進める。足が地に着いた時、体躯に帯電していた電がバチバチと音を立てる。

 解かれていた紫銀の髪は、フェイトがいつもしていた黒のリボンで一条に束ねられ、彼女と同等の速さを得るためなのか、ロングコートは脱がれており、肘ま での長さのあるオープンフィンガーグローブと、肩が露出しているのが目立つ。少しでもスピードを上げるためには、装甲を薄くしなければならない。が、ヴィ レイサーにはそれが難しく、故に肩を出し、ロングコートを抛った。


《Riot Blade.》


 ライオットブレードを逆手に持ち、ヴィレイサーは閉じていた目を開いた。意志の強い紫紺の眼が、フェイトを射ぬいた。

 バチバチと軽雷の音を立てる彼を見て、フェイトは何故か一歩、後ろに下がる。


(私、知っている? あの光を、私は知っているの?)


 光に怖気づいた訳じゃない。だが、今の私が私ではないと認めてしまいそうな気がして怖い。内に眠る誰かが、目覚めそうな気がする。


「フェイト、俺は手加減なんてしてやれるほど優しい奴じゃないからな」


 ヴィレイサーが、一歩踏み出した。刹那、2人はその場から消える。否、正しくは駆けだしたのだ。干戈を交える2人は、天井で刃を幾度となく金属音を響かせている。


「くっ!」


 苦い顔をする私は、二刀流となった彼と違って雷斧だけ。手数で不利な私は、距離を取って魔力弾で体勢を整えようと、ヴィレイサーに背を向けて駆けだす。彼はそれを逃さず、同じ軌跡を辿った。


「逃がすか!」


 それに追いつこうと、ヴィレイサーも徐々にスピードを速めていく。その手が、もう少しでフェイトに届くと思われた、その時も時─────


「ッ!」


 ─────私は背後を振り返り、雷斧を振るう。いきなりの攻撃だったはずだ。だが、ヴィレイサーはその一撃が来ると予想していたようで、あっさりとかわされてしまった。

 視線を巡らせると、彼は私の直上に来ていた。思わぬ速さに、私は驚くしかない


「フェイト!」


 性懲りもなく、彼女の名前を呼ぶ。こんなやり方で呪縛(催眠術)から解き放てるなんて思っていない。それでも、叫べずにはいられなかった。今の自分にできるのは、これぐらいだから………。


(ち、が……う? 違ウ、よね?)


 私は、何故か彼の言葉を否定できなかった。『フェイト』と呼ばれて、私は………。

 そんな私に、直上から仕掛けようと、ヴィレイサーは逆手に持ったライオットブレードを振り上げ、剣尖を差し向ける。それに逸早く気が付くと、私は錐揉み しながら急降下して、着地と同時に身を屈めて跳躍する。その跳躍によって得た力で速度を上げると、ヴィレイサーの背後を取った。そこで仕掛けようとはせ ず、ヴィレイサーが振り向きざまにライオットブレードを真一文字に一閃してきたのをかわし、次いで迫る太刀を今度は雷斧の柄で受け止める。そこですかさ ず、私は速度を上げていなし、ヴィレイサーに突進する。そして私は左手で彼の頭を鷲掴みにした。


《Haken Form.》


 瞬間、バルディッシュがハーケンフォームに切り替わる。いつの間にか順手に持ち直されているそのヘッドが腹を殴打してきた。痛みに呻くと、ふっと力が弱 まる。次いで蹴りがまた腹に入り、私はヴィレイサーから離される。腹を押さえる私だったが、右手にバルディッシュを持ったヴィレイサーが迫ってきたので、 また下がる。


《Load Cartridge.》


 バルディッシュを後ろに振りかぶったのに合わせて、カートリッジが使われる。衝撃波を飛ばすかと思いきや、ヴィレイサーは光刃の大きさを大きくして私に 迫った。真一文字に振るわれるそれに対して、私は先とは違い、振るう力が最大限になる前にヴィレイサーに向かって突っ込み、懐に入って殴打を真横に来たと ころで止める。


「なら!」


 すると彼は、太刀を抛ってバルディッシュを両手に持ち、柄で雷斧を押さえながらスピードを上げる。いきなり上がった速度に、私は一瞬だけ息が詰まる。このまま壁にぶつけられては、それこそ容易く意思奪う者(イオ)が破壊されるだろう。主の命を確実に守るため、私は雷斧の柄をヴィレイサーの腹に向かって、刃を自分の方に傾けて振るう。すると彼は舌打ちして、ターンしつつその状態から脱する。


「ハァッ!」


 エターナルを拾った彼に、私は背後から強襲する。振るった雷斧を、彼は咄嗟に、バルディッシュで受け止め、更にそこからカートリッジをセットするリボル バーが露出し、装填していたカートリッジを全て吐き出させると、雷斧の刃の尖端がそこに僅かに収まる。そしてすぐに口が閉じて、私の移動を妨げる


「もらった!」

「そうはさせん!」

「なっ!?」


 その時も時、私とヴィレイサーの間に、いきなり巨大な盾が出現して阻まれる。主が助けてくれたのだ。


「俺が手を出さないとでも思っていたのか?」

「……ゼウス」


 主の方を振り返ると、彼は丁度玉座から立ち上がるところだった。彼は刃の長いブレードを手に取り、空を薙ぐ。


「ヴィレイサー。貴様は2つのデバイスを使っているようだが……いつまでそれを続けられるか、見物だな」


 主は言うなり、床を蹴ってヴィレイサーより高い位置まで跳んで直上に来ると、兜割の要領でヴィレイサーの頭に向かって刃を振り下ろす。飛びのき、回避したヴィレイサーは、主に迫ろうとする前に私が放った攻撃をいなす。


《Riot Blade.》


 彼は双剣のスタイルに戻して、今度はそれぞれ順手に持つ。そんな彼の左右から私と主がそれぞれ迫り、己の得物をぶつけあった。甲高い音が部屋に木霊する。


「フドゥル、先行しろ」

「はい、主」

《Sonic Move.》


 隙を作るが、ヴィレイサーはソニックムーブを発動させてその場から離脱する。主に命じられた私は、胸の内に芽生えた違和感を抱きながらもヴィレイサーを追う。


「はぁっ!」


 主よりも先に私が仕掛けるため、雷斧に雷を纏わせる。迫る私に対して彼は、私の真下に潜り込み、一閃をかわすとともにその場で一回転して腹を裂こうとしてくる。だが、私はそこから更に速度を上げて、それをかわす。


「速い!」

「呆ける暇は、ないだろう!」


 私を追撃しようとするヴィレイサーの前に、主が来る。主は切っ先をヴィレイサーの眉間に向けて突き刺そうと肉薄するが、彼はそれをライオットブレードで いなし、主の刃はライオットブレードの刃に沿って外側を通らされる。刹那、いなされた刃を横に倒し、更にそれを手前に引いてヴィレイサーの頭部を切ろうと する。その白刃を、頭を右に傾けてかわす。


「まだ!」


 そこで動きを停滞させず、主は手前に引いた刃を掴み、そのままヴィレイサーに向けて押し込んで首を跳ねようと肉薄した。主の前にはライオットブレードがあるが、殺傷設定ではないそれを差し向けた所で、大した痛手にはならないだろうことは火を見るよりも明らかだ。


「くっ!」


 ヴィレイサーはバルディッシュをモードリリースして手甲に収めると同時に、とんぼ返りして白刃を避ける。

 瞬間、私が雷斧を振りかざして迫る。が、それは太刀で受け止められる。私は肉弾戦に切り替えようと、空いた手で拳を作るものの、それより先に彼がバルディッシュを起動させる。


《Boss!》

「なっ!?」


 しかし、それが振るわれることはなかった。主が死角から仕掛けたのだ。


「そらぁっ!」

「くっ、うっ!」


 そちらをバルディッシュで受け止める彼に対して、私がその隙を見逃すはずもない。私と主の2人から徐々に押され始め、ヴィレイサーはそれぞれの剣を弾いて後ろに下がる。


「エターナル!」

《Buster Rifle.》


 ヴィレイサーは自分の愛機に命じると、主にライフルの銃口を向ける。


「もらった!」

《Boss!》


 しかし、それをさせまいと私は彼の視界の端に“わざと”入る様にして迫る。高速で迫れば、自ずと注意がこちらに向くだろう。そんな私の予想通り、彼は私に銃口を向けた。だが─────


《Leader!》


 ─────主が先にブレードの間合いに彼を収めた。そして彼が振り返った時には裂帛の音。


「くおっ!?」


 どうやら、斬られたのはバリアジャケットだけのようだ。間一髪避けた彼に、私は猛攻を仕掛ける。


 主が言っていた彼の欠点とは、 “2つのデバイスを使用する”ということだ。これに関して彼は不慣れだ。故に、エターナルとバルディッシュから、ほぼ同時に警告が伝えられた場合、彼はどちらの意思を尊重すればいいのか分からなくなってしまう。


「俺は……俺は!」


 バスターライフルを2挺にして、それぞれを狙い撃とうと背後を振り返った刹那─────


「しまっ………!?」


 ─────私の一閃が、ヴィレイサーを捉えた。浅いが、裂膚してしまう。

 地に錐揉みしながら落下する彼を見詰めた瞬間、私の中でドクンと心臓が跳ねた。その強烈な鼓動に、私は思わず止まってしまう。


(何………? 何なの?)


 鼓動が、次第に早まっていく。彼を傷つけたことに対する酷い後悔と自責。そして、それ以上に彼を想うという感情が津波となって私(フドゥル)に押し寄せる。


(フドゥル(私)は、私(誰)なの?)


 先の金色の閃光。ヴィレイサーが魅せてくれたその霹に、私(誰か)は見覚えがあった。


(そう、だ。あれは……あの光は………!)


 心(フドゥル)が、氷解していく。本当の私(誰か)が、静かに目を覚ます。


(フェイト(私)だ)


「俺は何をしに来たのか……何で大事なこと、見失っちまうのかな」


 その時、自身をあざけり、ヴィレイサーがフェイト(私)を見た。その瞳に映るのが、フェイト(私)だと信じて、私は叫んだ。


(助けて……ここから助けて、ヴィレイサー!)


 声なんて、出るはずが無い。それでも私は、叫ばずにはいられなかった。彼の傍に居たい。彼の隣に居たい─────そんなことばかりだ。でも、彼は─────


「今、助けるよ。フェイト」


 ─────彼は、笑ってくれた。

 刹那、ヴィレイサーが走り出す。それと同時に、私も彼に引き寄せられるようにして突っ込んでいく。でもこれは、フェイト(私)の意思じゃない。意思奪う者(イオ)の所為で、まだまともに彼をサポートすることすらできない。それに、ゼウスも後に続いてきていた。

 フドゥルが、未だに床を走っているヴィレイサーに向かって雷斧を振りかぶり、距離が充分に縮まったところでそれを振り下ろし、雷斧で大地を抉る。突き立 てられた雷斧によって意思で出来た床が隆起していく。砂埃が舞い、砂礫がヴィレイサーを襲う。が、ヴィレイサーはそれでも走ることを止めない。少し大きめ の石が飛び出し、ヴィレイサーに迫る。彼はそれを跳躍してかわすと、フドゥルに目もくれずゼウスに向かっていく。


「先に俺の相手をするか? それもよかろう」


 中腰に構えて、ゼウスはブレードを真横に居合の要領で一閃する。


「IS、マルチロックオン」


 その際、ヴィレイサーはそれが振るいきられるよりも早くISを発動させてゼウスが描く軌跡を見定める。そして、走る速度を僅かだが速めると、跳躍してゼウスに向かって足を突き出す。その瞬間、ゼウスのブレードがヴィレイサーの足に喰らいついた。それを待っていたのだ。


「借り受けるぞ」

「貴様っ!」


 ゼウスはブレードを振るう力を弱め切れず、結果としてヴィレイサーをフェイトの方へと弾き返しただけに終わる。


「雷皇(ユピテル)!」


 ゼウスの周囲に、数百近くの雷を帯びた魔力弾が出現する。それが生成されると同時に、次々と飛来した。


「見えているよ」


 だが、ヴィレイサーはそれを嗤う。鏡の様に眩しく光るのは、エターナルの刀身。そこに、魔力弾がどう迫るのかが映っていた。無論、それは全てではない。 残りは、バルディッシュに当たりそうなものだけを選んで教えてもらっている。流石に、この数をどれがどこから来るのか教えてもらうとなると、頭がパンクし てしまう。


「フェイト!」


 ヴィレイサーの叫びに、私は振り返る。今度こそ、私の意思で。


「させるか! 雷帝(レア)!」


 だが、ゼウスはそれを許すまいとする。魔力弾が一斉に上空に向かったかと思うと、そこから霹(いかずち)を轟かせる。ヴィレイサーの周囲にだけ、幾度も霹が降り注いだ。


(ヴィレイサー!)


 私は、まだ動かせない口を必死に開こうとするが、それは叶わない。それでも、私は彼の名を呼ぶ。彼が、私を呼んでくれたみたいに。

 行く手を阻まれながらも、ヴィレイサーは前に進むのを止めない。手を伸ばした先にあるのは、金色の光芒。己が総てを擲ってでも守りたいと願う、たった1人の女性。この程度で、歩みを止める訳にはいかない。ヴィレイサーは更に一歩、新たに踏み出した。


「フェイト……約束は必ず守る。俺は、お前を助ける。
 俺はお前を助けたいんだ! お前と……お前と、一緒に………!」

「ヴォルト・クラッシュ!」


 刹那、黄色い電は全て、蒼く染め上がる。そして、ヴィレイサーの周囲が激しく霆(いかずち)を発生させる。動きが、取り辛い。それでも彼は、歩みを止めることを選ばなかった。故に─────


「爆ぜろ!」


 ─────周囲の雷が発生させた爆発に、その身を呑まれてしまった。


「……終わったか」


 もくもくと立ち上る煙。そこには一切の人影が無い。ゼウスは、今度こそヴィレイサーを仕留めたと思い、それ以上の攻撃はしない。仕留め切れていなかった としても、無闇な攻撃は危険すぎる。死角から反撃してくる可能性もなきにしもあらずだ。いかんせん、先程の攻撃で魔力を消費し過ぎたのもその要因の1つで もある。


「……だから、帰ってこいよ!」


 瞬間、ヴィレイサーが煙の中から踊り出てきた。フェイトは、金縛りにでもあったかのようにその場から動こうとしない。それは正に、神が齎した絶好の機会。逃せるほど、ヴィレイサーには余裕はなかった。


「フェイト!」


 彼女を縛る意思奪う者(イオ)が鷲掴みされる。そして、カートリッジが消費される音に続いて、スピナーが回転しだして唸る。リボルバーナックルと酷似したそれは、母から譲り受けた最期の剣─────リボルバーハデス。


「レゾナンス!」


 吼号と共に、意思奪う者(イオ)が粉々に砕け散った。




















 目の前は、真っ暗だった。ヴィレイサーの手が、私を柵から解放してくれたのが目に入ってから、ずっと闇の中。でも、不思議と怖くはなかった。だって─────


「待たせたな、フェイト」

「……ヴィレイ、サー?」

「あぁ」


 ─────だって、目を開けたらヴィレイサー(貴方)が居るって知っていたから。


「遅くなったな、フェイト。迎えに来たぞ」

「…うん」


 フェイトは満面の笑みを浮かべて、ヴィレイサーの頬に触れる。その感触を確かめるように、幾度か撫でる。


「本当に、ヴィレイサーなんだよね?」

「他の奴に見えるのなら、お前は病気だな」


 前と変わらない、ヴィレイサーのちょっとした意地悪。それすらも、今のフェイトには心地よかった。


「おかえり、フェイト」


 ヴィレイサーのその言葉に、フェイトは目を見開く。が、すぐに笑みを浮かべると、頷いた。


「ただいま、ヴィレイサー」


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