[携帯モード] [URL送信]

小説
第33話 「ヴィレイサー」





 彼女を好きになったのは、いったいいつだっただろうか?

 それを真剣に考えてみると、1つの答えが出てきた。『明確な時期は分からない』という、なんとも情けない答えだ。だが、これを答えられる人間は本当に限られてくるだろう。

 今の自分には、彼女を好きだと感じた時期など、どうでもよかった。

 笑む彼女が好きだ。

 優しい彼女が好きだ。

 自分を好いてくれる彼女が………好きだ。

 この答えを、彼女はまだ知らない。聞かれることがあれば、或いは答えるかもしれないが、自分から口を割る気にはなれなかった。自分は、彼女を傷つけた。戦いに敗れたとは言え、しばらく行方をくらませていた。そして、待たせている。


「俺はいったい、どれだけアイツを待たせているんだろうな」


 自問してみる。が、答えなんて返ってくるはずが無い。自嘲的な笑みを零して、止めていた歩みを再び進めた。立ち止まる事など、赦されない─────そう思っていたのに、彼女なら笑って言ってくれる気がした。『待ってるよ』と。

 それはもしかしたら、己が願望にすぎないのかもしれない。だが、それでも良かった。進むべき道は、決して変わらないのだから。


「ここ、か」


 やがて立ち止まり、ヴィレイサーは眼前に聳え立つ真っ白な扉を見上げた。一切の穢れを持たない、純白の扉。そのはずが、その清潔さにはどこか恐怖感を植え付けられそうになる。気高く、美しく………それでいて、何もかも見透かされそうで怖い。

 自然と、腰に携えている愛機を握る手に力が籠る。感触を確かめるように、何度か柄を握っては離す。それを繰り返している間、エターナルは一言も発さない。自分が出る幕ではないことを理解しているのだろう。長年連れ添った愛機だけに、寄せる信頼は絶大だ。


「怖いな………」


 ここで自分が彼女を助けだせるかどうかがカギとなってくる。もしも失敗したら─────そう考えただけで、足がすくんでしまう。

 勇気を分けてもらおうと、ロングコートのポケットに忍ばせているある物に手を伸ばす。外には出さず、お守りの様にそれに願いを籠めながら握る。


「必ず、アイツと一緒に帰る」


 自分に言い聞かせるように言って、ヴィレイサーは扉を開いた。




















 最初に目に入ったのは、玉座を模した椅子に座しているゼウス。そして、彼の隣にいる仮面を被った女に視線が集中してしまう。


「来たか」

「時間をかけたか?」

「案ずるな。貴様が来るであろうことは、確信していた」

「そりゃどうも」


 ゼウスは椅子から立ち上がらずに、ヴィレイサーを見下ろしている。が、その瞳に侮蔑は欠片もない。見下していないことに、少なからず驚く。


「この女のことがどれほど大事なのか……その気持ちを俺が推し量ることはできん。
 が、それでも貴様にとって大切な人間だと言うことは分かる。だからこそ、俺はお前に聞きたいことがある」

「聞きたいこと?」

「貴様は……貴様たちは何故、俺達の意志に賛同しない?
 フェイト、だったか? コイツが大事であるのなら……あの時、目の前で奪われたあの時に名を叫んでいた貴様なら分かるはずだ。俺の行動理念………ヘラを奪われたことで捻じ曲がった俺の夢が」

「ヘラが望んだ、差別のない世界を作る………それはきっと、崇高で、美しくて……だけど難しいことだって知っていたんだろ、お前も、ヘラも。
 だけど、だからこそ叶えたいと思った。難しいからって言って、問題を解くのを止める数学者がいないように、お前らはやり遂げようとした。
 それらは尊敬するよ、本当に」

「ならば………」

「だけど、だからこそ認めたくないのさ。ネジが飛んだお前の理想は、賛同してくれそうな奴すら殺す、ただの殺戮だ。」

「貴様も、この女を失えば正気を保てないと思うがな」

「あぁ、お前以上に壊れる自信があるぜ」


 自嘲して、ヴィレイサーは太刀から手を離す。ゼウスは未だに武器を手にしていないが、どこからどんな攻撃がくるのか分からない状態でそれは危険だが、攻 撃してくる意思は感じない。もしここで向こうが攻撃してきたら、全力で回避するつもりだし、それが失敗したらその時はその時。潔く己の死に様を受け入れる 覚悟だった。


「正気を保てないって言ったけど、お前は今のところ正気さ。でなきゃ、俺達に猶予なんてくれないだろ?
 お前は本当は、迷っているんじゃないか? ヘラの願いを曲解したことを薄々感じ始めてきた………だから俺達と戦って、知りたかったんだ。自分が選ぶべき道を………」

「ふっ、何を言うかと思えば。
 戯言を。俺は俺が進むべき道を知っている。世界は、どうあっても差別を廃さない。ならば世界から人を消し去る! それが、俺の道だ!」

「結局、相容れないってわけか。
 ゼウス。俺は俺の道を譲らない。俺の願いは、お前を倒さなきゃ叶えられないからな」

「そうだ、それでいい。理解し合う事など、所詮は無理だ。
 さぁ、貴様の願いを叶えて見せろ!」

「あぁ、やってやるよ。
 世界は壊させない。そして、返してもらうぞ! フェイトを!」










魔法少女リリカルなのはStrikerS-JIHAD

第33話 「ヴィレイサー」










「帰って来い、フェイト!」


 抜刀して、ヴィレイサーはいきなりフェイトに斬りかかる。迷いが無いと言えば嘘になるが、それでも彼女を助け出したい気持ちの方がずっと上回っている。

 鳥の頭を模した仮面が、頭の上半分を覆い隠している。ツインテールに結ばれていたはずの金色の髪は、真っ直ぐに下ろされていた。そんな彼女はヴィレイサーの剣峰を、上体を僅かに後ろに反っただけでかわす。


「フドゥル、奴を殺せ」

「はい、主」


 次の攻撃に移ろうとしたヴィレイサーだったが、それよりも早くゼウスがフェイトに命じる。フドゥルと呼ばれた彼女はそれになんの違和も感じず、頷き、傍らにあった雷斧を引き抜き、と同時にそれでヴィレイサーの腹を両断しようとする。


「フェイト、お前………!」


 舌打ちして、ヴィレイサーはフェイトから距離を取るために後退する。驚くヴィレイサーとは対照的に、フェイトは眉1つ動かさない。表情を凍りつかせた様に、どのパーツも微動だにしない。


「フドゥルは今や、俺の手駒だ。そうも容易く、催眠術がとけると思うな」

「催眠術……ねぇ」


 フェイトと干戈を交える中で、ヴィレイサーはゼウスを一瞥する。それほどの余裕は、本当に一瞬だけ。すぐにフェイトに視線を戻すと、仮面から覗いている彼女の眼からは光が失われていた。


「この世に至るまで、総てが発展してきた訳ではない。失われた秘術が、この催眠術もその内の1つだ。
 いいことを教えてやろう。ソイツは思いの外、抵抗意思が強くてな。施した催眠術を持続させる為に、その仮面をさせてある」

「つまり………」

「……そうだ。意思奪う者(イオ)……即ち、仮面を壊せば呪縛から解き放たれる」

「わざわざ、教えてくれるとはな」

「努々、勝てると思うな。フドゥルの戦い方にはアレンジを加えたからな」


 饒舌に語るゼウスの口調は、この状況に愉悦している訳ではないようだ。寧ろ、どこか悲哀さえ感じる。大切な人を傷つける悲しみを知りながらも、それでもゼウスは己が願いを叶えるべく棘の道を進む所存だ。今更、他者のことを考慮してやる余裕などない。


「言うだけは……ある!」


 元々の戦闘力に加えて、それ以外にも新たに加えられた戦闘スタイル。それに翻弄され始めたヴィレイサーは、舌打ちして更に下がる。ゼウスがどう動くのかは分からないが、距離を取っておいた方がいいことは確かだろう。

 左右に半月の形をした刃を備えた雷斧を振るうフェイトの髪が、音もなく舞う。その美麗な光が、今は脅威に見えてしまう。仮面の奥にある光の失せた眼が、ある時の命じるままに動く傀儡ということを表していた。


「フェイト!」


 意味もなく、ヴィレイサーは彼女の名を叫ぶ。それが何か状況を変える訳ではないことは、自分がよく分かっているのだ。幾度となく試して、それと同じ数だ け、あの優しい声が返らないと知らされる。自ら崖に向かって歩みを進めているみたいで、傍から見たら頭がおかしい人間と思われるかもしれない。だが、それ がどうした? それの何が悪い?


「フェイト……届かないって知っているから、好き勝手言わせてもらう」


 届かないから……聞こえないから、言えることだってあるのだ。


「俺はな、実は世界の存亡なんてどうでもいいんだ。ゼウスがこの世を破壊しても、それとも存続しても………どうだっていいんだよ。
 俺は………俺はただ、お前を助ける為だけに、ここに立っているんだから」


 返事は、返ってこない。分かりきっていたし、もう頭の中では理解しているつもりだ。それでも、心のどこかで彼女に刃を向けることに抵抗を覚えない自分を 畏怖していた。ゼウスの言うことが、なに1つ偽りのない言の葉という確証はないのだ。ならば、少しぐらい干戈を交えることに恐怖してもいいはずなの に………。だのに、自分にはそれがなかった。


「何でだろうな、フェイト?」


 問うてみる。が、もちろん返事などない。それどころか、彼女は攻撃の手を緩めない。雷斧を両手持ちして、回転しながら切りかかる。太刀で1度防いだとしても、次いで攻撃されるのがオチだ。ならば、距離を取って─────その判断は、遅かった。


「トライデントスマッシャー」


 抑揚のない声が、部屋に響いた。次いで、雷鳴が轟く。三叉の光芒が跳躍したばかりのヴィレイサーを直撃する。ヴィレイサーは、避けるよりもシールドを展開して防御する事を選んだ。シールドを張り終えた直後、相殺された事で爆発が起こり黒煙が立ち上る。


「さて、どうす……くっ!?」


 この場にとどまってフェイトの出方を待ったヴィレイサーの傍を、金の光が駆け抜けた。交錯したのは、ほんの一瞬。煙を突き破ってきたのが何かは分かったが、よく回避が間にあったなと自分をほめてやりたくなってしまう。


「まぁ、今はそんな余裕はないけどな!」


 エターナルがアラートしてくれる。背後を振り返った刹那、金の鳥─────否、鳥の仮面を被ったフェイトが強襲してきた。


「ったく、どうしてこうも………!」


 少しだけ立ち位置を変えてみるが、フェイトは的確にこちらの位置を察知しているようで、雷斧は幾度もヴィレイサーを掠めてはまた消えていく。


「意思奪う者(イオ)を被ったものに、目くらましは通じないぞ。ヴィレイサー」

「流石に、そこまで教えてくれる敵はいないか」


 苦言を呈するよりも先に、よもや敵が情報を漏らしてくれるはずが無いと思いなおし、ヴィレイサーはこのままでは勝機を見いだせないことに苛立つ。


「なら!」


 黒煙の中ではこちらが視界を奪われるだけ。ヴィレイサーは、煙の中から身を躍らせる。瞬間、フェイトと交錯した。目が合う。しかし、褪めた瞳はヴィレイサーを映すどころか先に視線を逸らされてしまった。

 ヴィーナスシステムを起動させて、速度を上げる。これならフェイトを振り切れる自信があった。“数秒前までは”。


「嘘だろ………?」


 今、自分の隣にはフェイトがいた。その速度はヴィレイサーのそれに容易く追いつける程だ。元々機動力が高い彼女なら、もっと上へいけるかもしれない。もしそうなれば、ヴィレイサーはフェイトの軌跡を見誤る可能性もある。早々に彼女を取り戻さなければならない様だ。

 肉弾戦を仕掛けようと、ヴィレイサーはフェイトの両肩を掴んだ。そのまま、一気に急降下していく。足場のない空中では、ヴィレイサーの攻撃はあまり威力を持ちえないからだ。

 だが、一瞬だけフェイトが笑った気がした。そう思った時も時、ぐるんと強制的に一回転させられた。かと思うと、いつの間にか肩を掴んでいたはずのフェイトが視界から消えている。しかも、今度は自分の首に腕が巻かれていた。


(しまった、絞め技………!?)


 ゼウスのアレンジは、どうやら肉弾戦にも対処できるものの様だ。このままでは、締め落とされるか地面に叩きつけられるかしかない。普段なら後頭部で頭突きをして相手を怯ませるところだが、生憎と仮面をしている彼女にそれは通用しない。


「だが、まだまだ肉弾戦では甘いな!」


 押さえられているのは、首から上だけ。それ以外は自由が利くとなれば、やることは1つ。人は誰しも、首を絞められた際はそれを解こうともがき、自分の腕を巻かれている腕に当てるだろう。だが、それが功を奏すかどうかの確実性は無い。


(今は、気道を確保することは必要ない)


 冷静に、ヴィレイサーは足をフェイトの内股の間を通らせ、膝を折ってそのまま踵を叩きつける。


「カハッ!?」

「悪いな!」


 絞めが緩んだ所で、ヴィレイサーはフェイトから離れ、再度背中に回り込んで拘束する。


「サンダーフィールド!」


 鬱陶しい虫でも払うみたく、フェイトは苛立ちを籠めた口ぶりで全身から雷を発生させる。当然、ヴィレイサーはそれから離れるしかない。恐らく、サンダー アームの発展魔法だろう。そんなことを悠長に考えながら着地すると、すぐにフェイトが飛びついて来た。まるで雷を纏った獣の様だ。


「やる!」

「当然だな」


 雷斧を縦横無尽に振るうフェイトの攻撃パターンは出鱈目だ。普段の彼女と同じと思っていたら痛い目を見ていた事だろう。だが、今のフェイトの攻撃はまるで喧嘩屋のように単調なもの。途中で軌道を変えたりは出来ない様だ。

 だとすれば勝機はある─────ヴィレイサーは、振り下ろされた雷斧を太刀で弾いて、懐に迫る。


(何だ? 今の……違和感が………)


 簡単に雷斧が弾けたことが腑に落ちず、ヴィレイサーは思わず攻撃の手を緩めてしまう。何事も、驚きになれると言うのは無理難題と言うものだ。懐に入りこんだヴィレイサーが太刀を真上から振るおうとするのを見て、フェイトは膝を折って身を屈める。


(アッパーか!?)


 ヴィレイサーが振り切るよりも先に、フェイトは攻撃を成功させるだろう。だが、ここで退く事も間に合わない。


(だったら、俺もこのまま行かせてもらう!)


 刀身を真っ直ぐに向けていたが、それを立てる事で柄の先での殴打に変更する。フェイトは曲げた足を伸ばそうとした瞬間それに気がつき、少し身体を右にずらして顎に正拳が入る。しかし、それと同時に太刀の柄が肩を殴打した。

 肉を切らせて骨を切る─────その戦法を、ヴィレイサーは迷わず選択した。自分が痛手を負おうと、それを顧みずに相手に攻撃する。正に捨て身としか言 えないこの戦法を選ぶことに、ヴィレイサーは恐怖しない。別に命が惜しくない訳ではない。だが自分は、生きることに対する執着心が生半可ではない。必ず生 きると、自負がしている。


「ほう」


 ゼウスは、ヴィレイサーの行動を見て1度だけ驚いた顔つきになる。が、すぐに面白そうな表情になると、玉座から立ち上がり、手で空を切る。すると、ヴィレイサーの頭上に雷雲が発生する。


「天雷(ライトニングフォール)!」


 鋭い霆撃が、ヴィレイサーを襲う。落雷の間を縫うように駆け抜けて避けると、眼前にフェイトが降り立った。雷斧の尖端に魔力を集束し、金色の雷霆が放た れる。漆黒の翼を強くはためかせて急制動をかけると、すぐさま直上に駆けあがる。速射砲ではなかったことが幸いし、なんとか回避に成功すると、ヴィレイ サーはフェイトの真上に移動して急降下していく。

 対して、フェイトはただヴィレイサーを見上げているだけ。興味を示さないのか、はたまたカウンターを狙っているのか………。何れにせよ、ここで仕掛けなければフェイトを助け出す機会がまた遠ざかってしまう。

 意思奪う者(イオ)がある限り、バスターライフルでの閃光(フラッシュ)による牽制は意味をなさないだろう。ならば、速さを活かしてなるべく少ない回数で確実に意思奪う者(イオ)を壊さなくてはならないだろう。


「フェイト!」

《Load Cartridge.》


 エターナルが、ヴィレイサーの吼号に応じるようにカートリッジを排出する。薬莢が飛び出し、一足先に落下していく。フェイトの横を掠めた時も時、彼女が動いた。顔を上げてヴィレイサーを睨み、回転しながら上昇する。

 交錯する─────そう思っていたヴィレイサーは、太刀を横に倒して後ろに振りかぶる。その刹那、フェイトは雷斧を投擲する。回転しながら迫るそれを、 ヴィレイサーは先程、雷斧を弾けたことで持った違和感を信じる。恐らく雷斧は、フェイトが振り易いように軽めにしてあるのだろう。それでいて、強い一撃を 繰り出せる。ゼウスが意思奪う者(イオ)を使ってアレンジしただけあって、中々の強さだ。


「ヴォルト」


 雷斧を太刀の一閃で薙ぎ払った時、冷淡な声がヴィレイサーの背後からかかった。振り返った時には既に、フェイトはヴィレイサーの胸に手を当てていた。瞬間、雷の球体に閉じ込められる。


「うああああああぁぁぁぁっ!?」


 霆撃が、幾度となくヴィレイサーを襲い、その意識を奪おうとする。


「……っの!」


 だが、ヴィレイサーはそこから力技で脱する。痺れた身体で、下りていくだけでもふらついてしまう。覚束ない足取りで着地すると、ふらふらとそのまま数歩歩いて、倒れてしまった。


「あぁ……くそ!」


 何か手立ては─────身体を起こし、何気なくポケットに手を突っ込んだ時、指先にあるものが触れた。


「……悪い、忘れてた」


 ヴィレイサーは急に、誰かに謝った。それに対する返答は、何も無い。だが、“彼”が怒っていないことは何となくだが分かる。


「俺、俺だけでフェイトを救おうとするとか………バカだよな。俺は弱くて、情けなくて……誰かがいないと何もできない愚図さ」


 自嘲の笑みを浮かべて、ヴィレイサーはフェイトを真っ直ぐに見詰める。自然と、ポケットにある物を握る力が強くなる。


「だから、力を貸してくれ」


 凛とした声が、部屋に響く。


「……バルディッシュ」

《Yes,Boss.》


 刹那、ヴィレイサーの左手に作られた拳が金の光華に全身が包まれた。電の閃光を思わせる、その美麗な光。それは、フェイトの瞳に確かに映った。微かに、その眼が揺れる。


「よく見ろ、フェイト。俺は、お前の力で……お前を助ける」

《Stand by Ready.》

「バルディッシュ・アサルト……セットアップ」

《Sat up!》


 フェイトから預かったバルディッシュ。ヴィレイサーはそれを、エターナルと共に使うことを決めたのだ。

 光が収まり、ヴィレイサーは一歩踏み出す。足が地に着いた時、体躯に帯電していた電がバチバチと音を立てる。

 解かれていた紫銀の髪は、フェイトがいつもしていた黒のリボンで一条に束ねられ、彼女と同等の速さを得るためなのか、ロングコートは脱がれており、肘ま での長さのあるオープンフィンガーグローブと、肩が露出しているのが目立つ。少しでもスピードを上げるためには、装甲を薄くしなければならない。が、ヴィ レイサーにはそれが難しく、故に肩を出し、ロングコートを抛った。


《Riot Blade.》


 ライオットブレードを逆手に持ち、ヴィレイサーは閉じていた目を開いた。意志の強い紫紺の眼が、フェイトを射ぬく。







「よう、バルディッシュ」

《ヴィレイサーですか》


 メンテナンスポッドに浮かぶ、バルディッシュ。傷はついていないが、ヴィレイサーはメンテナンスにかけておくことにした。


《いい顔つきになられましたね》

「酷かったからな、あの時は」


 苦笑いして、ヴィレイサーは顔を俯かせる。


《どうかなさいましたか?》


 しかし、俯かせた顔を一向に上げないヴィレイサーに、バルディッシュは訝しむ。


「いや……ただ、文句の1つでも言われるかなと思っていたからさ」

《私はデバイスです》


 一言で一蹴されて目を丸くするヴィレイサーだったが、ポッドに背中を預ける。

 フェイトを攫われて自暴自棄になっていた頃、ヴィレイサーは1度だけバルディッシュを壊そうとしたことがある。結局、泣き喚いてそれをする気力すらなく なったが。以降は、自分の手元にあるだけで自分が狂ってしまいそうだったから、こうして事あるごとにメンテナンスに出したり、人に預けたりしていた。


「なぁ、バルディッシュ。1つ、頼みがあるんだ」

《なんでしょうか?》

「俺と共に、フェイトを助けてくれないか?」

《何故私に言うのでしょうか?》

「俺はさ、逃げ続けているから。フェイトから、ずっとな。
 アイツを助けるには、アイツを向きあう必要があるんだ。だから、お前と一緒じゃないといつまでも逃げ続けそうで………アイツを見捨てそうで、怖いんだ」

《……分かりました。ご協力致します》

「本当か?」

《サーを助け出すことは、私の願いでもあります。そのためにも、協力は必要不可欠と考えます》

「……あぁ、ありがとう」







 バチバチと軽雷の音を立てるヴィレイサーを見て、フェイトは何故か一歩、後ろに下がる。ゼウスはそれを目ざとく見て眉を潜める。催眠術が解けかかっているのかもしれない。


「なるほど。それだけの男と言うことか」


 ゼウスとて、人の心の中が覗ける訳ではない。フェイトに催眠術をかける際に、いくらかの抵抗は確かにあった。だが、それは誰にでもあることだ。易々とか かる者もいれば、フェイトのように抵抗を試みる者もいる。その時、彼女がどうして抵抗していたのかは知らない。だが、今の彼女を見ればおおよその見当はつ くものだ。恐らくは、ヴィレイサーが抵抗するのを手助けしたものだろう。


「フェイト、俺は手加減なんてしてやれるほど優しい奴じゃないからな」


 一歩、踏み出す。刹那、ヴィレイサーとフェイトはその場から消えた。否、正しくは駆けだしたのだ。ゼウスは2人の軌跡を見逃さず、天井に目を向ける。干戈を交える2人の刃は幾度となく金属音を響かせている。

 二刀流になったヴィレイサーは、逆手に持っているライオットブレードを順手に持ち替えると、今度はエターナルを逆手にする。


「くっ!」


 苦い顔をするフェイトが持っているのは、変わらず雷斧だけ。手数で不利な彼女は、距離を取って魔力弾で体勢を整えようと、ヴィレイサーに背を向けて駆けだす。ヴィレイサーはそれを逃さず、彼女と同じ軌跡を辿った。スピードは、未だにフェイトの方が速い。


「逃がすか!」


 それに追いつこうと、ヴィレイサーも徐々にスピードを速めていく。その手が、もう少しでフェイトに届くと思われた、その時も時。


「ッ!」


 いきなりフェイトが背後を振り返り、雷斧を振るった。まったくスピードを落とさずに雷斧を流れるような動作で繰り出されたそれにヴィレイサーは舌を巻い た。が、ヴィレイサーはその一撃が来ると予想していた。更に、ISのマルチロックオンでフェイトの腕や肩が僅かでも動いたら見逃さないようにしていた。


「遅いな」


 ヴィレイサーは、フェイトの直上に来ていた。思わぬ速さに、フェイトの瞳が見開かれる。それを見逃さず、ヴィレイサーは彼女を元に戻せる希望を少しだけ見出す。


「フェイト!」


 性懲りもなく、彼女の名前を呼ぶ。こんなやり方で呪縛(催眠術)から解き放てるなんて思っていない。それでも、叫べずにはいられなかった。今の自分にできるのは、これぐらいだから………。

 直上から仕掛けようと、ヴィレイサーは逆手に持ったライオットブレードを振り上げ、そのまま意思奪う者(イオ)を 割ろうと剣尖を差し向ける。しかし、フェイトは錐揉みしながら急降下して、着地と同時に身を屈めて跳躍する。その跳躍によって得た力で速度を上げると、 ヴィレイサーの背後を取った。振り向きざまにライオットブレードを真一文字に一閃するが、フェイトは上体を反らすだけでそれをかわすと、順手に持たれてい る太刀が今度は縦に真っ直ぐ迫る。雷斧の柄で受け止めると、フェイトは鍔迫り合いには持ち込まず、速度を上げていなし、ヴィレイサーに突進する。フェイト の空いた左手が、ヴィレイサーの頭を鷲掴みにした。


《Haken Form.》


 瞬間、バルディッシュはハーケンフォームに切り替わる。いつの間にか順手に持ち直されているそのヘッドが腹を殴打した。痛みに呻くと、ふっと力が弱ま る。次いで蹴りがまた腹に入り、フェイトはヴィレイサーから離される。中空で腹を押さえるフェイトだったが、右手にバルディッシュを持ったヴィレイサーが 迫ってきてまた下がる。防戦一方になりかけているフェイトは、片手で回す様にバルディッシュを扱うヴィレイサーに確実に追い込まれていった。


《Load Cartridge.》


 バルディッシュを後ろに振りかぶったのに合わせて、カートリッジが使われる。衝撃波を飛ばすかと思いきや、ヴィレイサーは光刃の大きさを大きくしてフェ イトに迫った。真一文字に振るわれるそれに対して、フェイトは先とは違い、振るう力が最大限になる前にヴィレイサーに向かって突っ込み、懐に入って殴打を 真横に来たところで止める。


「なら!」


 するとヴィレイサーは、太刀を抛ってバルディッシュを両手に持ち、柄で雷斧を押さえながらスピードを上げる。いきなり上がった速度に、フェイトは一瞬だけ息が詰まる。このまま壁にぶつけられては、それこそ容易く意思奪う者(イオ)が破壊されるだろう。ゼウスの命を確実に守るため、フェイトは雷斧の柄をヴィレイサーの腹に向かって、刃を自分の方に傾けて振るう。舌打ちして、ヴィレイサーはターンしつつその状態から脱する。


「ハァッ!」


 エターナルを拾ったヴィレイサーに、フェイトが背後から強襲する。咄嗟に、バルディッシュで受け止めると、カートリッジをセットするリボルバーが露出 し、装填していたカートリッジを全て吐き出す。雷斧の刃の尖端がそこに僅かに入ると、口が閉じる。フェイトが引き抜こうとするが、もう遅い。


「もらった!」


 エターナルが、今度こそフェイトの意思奪う者(イオ)を破壊しようと迫りくる。


「そうはさせん!」

「なっ!?」


 が、フェイトとヴィレイサーの間に、いきなり巨大な盾が出現して阻まれる。声の主を睨むと、彼は笑った。


「俺が手を出さないとでも思っていたのか?」

「……ゼウス」


 玉座から立ち上がり、ゼウスは刃の長いブレードを手に取り、空を薙ぐ。


「ヴィレイサー。貴様は2つのデバイスを使っているようだが……いつまでそれを続けられるか、見物だな」


 床を蹴ってヴィレイサーより高い位置まで跳ぶ。直上に来たところで、兜割の要領でヴィレイサーの頭に向かって刃を振り下ろす。飛びのき、回避したヴィレイサーは迫ろうとする前にフェイトの攻撃をいなす。


《Riot Blade.》


 双剣のスタイルに戻して、今度はそれぞれ順手に持つ。左右からフェイトとゼウスがそれぞれ迫り、己の得物を3人が同時にぶつけあった。甲高い音が部屋に木霊する。ヴィレイサーの頬を汗が伝い、僅かに押された。


「フドゥル、先行しろ」

「はい、主」


 ゼウスの命に応えるべく、フェイトは雷斧を少し離してヴィレイサーの勢いを殺さぬまま、エターナルを雷斧で手前に叩きつけると同時に、ゼウスも鍔迫り合いを止める。勢いが弱まらないままだったヴィレイサーは、前のめりに倒される。


《Sonic Move.》


 ソニックムーブを発動させて、ヴィレイサーはゼウスとフェイトの振り下ろしをかわす。ゼウスから命じられたフェイトは、傀儡の如くそれに従い、ヴィレイサーを追う。次いで、ゼウスがフェイトの後ろからそれに倣って飛翔する。


「はぁっ!」


 先にフェイトが仕掛け、雷斧が雷を纏ってヴィレイサーに迫近する。フェイトの真下に潜り込み、一閃をかわすとともにその場で一回転して腹を裂こうとするヴィレイサー。だが、フェイトはそこから更に速度を上げてヴィレイサーの剣をかわす。


「速い!」

「呆ける暇は、ないだろう!」

「くっ!」


 フェイトを追撃しようとするヴィレイサーの前に、ゼウスが来る。彼は切っ先をヴィレイサーの眉間に向けて突き刺そうと肉薄する。ライオットブレードでい なし、刃はライオットブレードの刃に沿って外側を通らされる。刹那、いなされた刃を横に倒し、更にそれを手前に引いてヴィレイサーの頭部を切ろうとする。 その白刃を、頭を右に傾けてかわす。


「まだ!」


 そこで動きを停滞させず、ゼウスは手前に引いた刃を掴み、そのままヴィレイサーに向けて押し込んで首を跳ねようと肉薄した。ゼウスの前にはライオットブレードがあるが、殺傷設定ではないそれを差し向けた所で、大した痛手にはならない。


「くっ!」


 ヴィレイサーはバルディッシュをモードリリースして手甲に収めると同時に、とんぼ返りして白刃を避ける。


《Leader!》


 瞬間、エターナルが危険を知らせてくれる。フェイトが雷斧を振りかざして迫ってきているのが目に入り、太刀で受け止める。次いで、彼女が肉弾戦を仕掛けてくる前に、バルディッシュを起動させてその一手を封じようとする。


《Boss!》

「なっ!?」


 が、それよりも先に入ったバルディッシュの警戒の一言に動きを止めてしまう。振り返ると、ゼウスが斬りかかってきていた。


「そらぁっ!」

「くっ、うっ!」


 そちらをバルディッシュで受け止めるも、今度はフェイトが仕掛けてくる。相手を絞らなくては、いつまで経ってもフェイトを助け出すことはできないだろう。


(だが、どちらから追い詰めれば………!?)


 2人から徐々に押され始め、ヴィレイサーはそれぞれの剣を弾いて後ろに下がる。フェイトよりも速く動けるが、大切な彼女を攻撃するのはどうにも忍びない。


「エターナル!」

《Buster Rifle.》


 ならば、攻撃する相手はゼウスに絞るしかない。彼の動きを少しでも止めるのなら、バスターライフルが一番だ。腰だめに照準を定めて、引き鉄をひく。無論、その一射で仕留められるとはヴィレイサーも思ってはいない。だが、牽制には充分なった。


「もらった!」


 バルディッシュにソニックムーブを使ってもらい、直上からゼウスを撃とうとする。


《Boss!》


 しかし、バルディッシュが再び危険を知らせてきたことで、引き鉄をひく行動に遅れが生じる。フェイトが接近してくるのを視界の端に捉えて、ヴィレイサーはゼウスを撃つのを諦め、彼女に向かってバスターライフルを構え─────


《Leader!》


 ─────エターナルの呼びかけに驚き、振り返った時には裂帛の音が耳に響いた。


「くおっ!?」


 幸い、斬られたのはバリアジャケットだけなので問題はない。しかし、その所為でフェイトからも追撃を喰らいそうになる始末だ。ヴィレイサーは、冷や汗を禁じえない。


「そうか……そういうことか!」


 ゼウスが言っていたことの意味が、今にしてようやっと分かった。彼は、2つのデバイスを使う際の欠点を見抜いていたのだ。そもそもヴィレイサーは最初か ら2つ使っていた訳ではない。この“2つのデバイスを使用する”ということに関しては不慣れだ。故に、エターナルとバルディッシュから、ほぼ同時に警告が 伝えられた場合、ヴィレイサーはどちらの意思を尊重すればいいのか分からないのだ。もちろん、複数人との戦闘で特訓はしたが、ゼウスとフェイト、2人と同 じスタイル、同じ実力の持ち主はそうはいない。だからこそ、先の様に攻撃を躊躇ってしまい、追い詰められてしまうのだ。


「どうすれば………!」


 翻弄されるヴィレイサーは、これ以上攻撃の手を緩められる訳にはいかず、防戦一方となってしまう。


「俺は……俺は!」


 バスターライフルを2挺にして、それぞれを狙い撃とうと背後を振り返った刹那─────


「しまっ………!?」


 ─────フェイトの一閃が、ヴィレイサーを捉えた。浅いが、裂膚してしまう。


「俺、は………」


 地に錐揉みしながら落下する中、ヴィレイサーはぼんやりと考える。自分は、果たしてどちらから相手にすべきなのか?


「畜生……俺は………」


 ドサッと体躯が床に受け止められる。痛む背中を擦ることすら忘れて、雷斧を携えているフェイトを見る。彼女もゼウスも、止めを刺そうとしてこない。


(親切な事で………)


 どうでもいいことだと判断して、すぐに頭から追いやる。深い溜息をついて、ヴィレイサーはゆっくりと立ち上がる。痛みはそれほどではないのだが、足元がふらつく。きっと、自分の行動に迷いが生じているからだろう。


「俺は、何をしたいかって………」


 本当は、気付いているはずだ。自分が今、一番やりたいことは─────


「フェイトを、助けること」


 ─────額に、痛みが走る。敵から攻撃を受けた訳ではない。“自分で自分を殴った”のだ。


「俺は何をしに来たのか……何で大事なこと、見失っちまうのかな」


 自身をあざけり、ヴィレイサーはフェイトを見やる。その瞳に映るのは、果たして今のフェイトだけか。


(俺の妄言かもしれないが、見える気がする)


 フェイトが、「助けて」と言っている気がする。ヴィレイサーは笑み、そしてフェイトに言った。


「今、助けるよ。フェイト」


 刹那、ヴィレイサーが走り出した。と同時に、フェイトも彼に向かって突っ込んでいく。ゼウスも、フェイトに先行させた上で彼女の後に続いた。

 フェイトは、ヴィレイサーが未だに床を走っていることから、雷斧を振りかぶり、ヴィレイサーとの距離が充分に縮まったところで、雷斧で大地を抉る。突き 立てられた雷斧によって意思で出来た床が隆起していく。砂埃が舞い、砂礫がヴィレイサーを襲う。が、ヴィレイサーはそれでも走ることを止めない。少し大き めの石が飛び出し、ヴィレイサーに迫る。彼はそれを跳躍してかわすと、フェイトに目もくれずゼウスに向かっていく。


「先に俺の相手をするか? それもよかろう」


 中腰に構えて、ゼウスはブレードを真横に居合の要領で一閃する。


「IS、マルチロックオン」


 その際、ヴィレイサーはそれが振るいきられるよりも早くISを発動させてゼウスが描く軌跡を見定める。そして、走る速度を僅かだが速めると、跳躍してゼウスに向かって足を突き出す。その瞬間、ゼウスのブレードがヴィレイサーの足に喰らいついた。それを待っていたのだ。


「借り受けるぞ」

「貴様っ!」


 ゼウスはブレードを振るう力を弱め切れず、結果としてヴィレイサーをフェイトの方へと弾き返しただけに終わる。


「雷皇(ユピテル)!」


 ゼウスの周囲に、数百近くの雷を帯びた魔力弾が出現する。それが生成されると同時に、次々と飛来した。


「見えているよ」


 だが、ヴィレイサーはそれを嗤う。鏡の様に眩しく光るのは、エターナルの刀身。そこに、魔力弾がどう迫るのかが映っていた。無論、それは全てではない。 残りは、バルディッシュに当たりそうなものだけを選んで教えてもらっている。流石に、この数をどれがどこから来るのか教えてもらうとなると、頭がパンクし てしまう。


「フェイト!」


 ヴィレイサーの叫びに、彼女が振り返る。


「させるか! 雷帝(レア)!」


 だが、ゼウスはそれを許すまいとする。魔力弾が一斉に上空に向かったかと思うと、そこから霹(いかずち)を轟かせる。ヴィレイサーの周囲にだけ、幾度も霹が降り注いだ。


「だ、から………!」


 それでも、ヴィレイサーは前に進むのを止めない。手を伸ばした先にあるのは、金色の光芒。己が総てを擲ってでも守りたいと願う、たった1人の女性。


「だから、何だって言うんだよ!」


 この程度で、歩みを止める訳にはいかない。ヴィレイサーは更に一歩、新たに踏み出した。


「フェイト……約束は必ず守る。俺は、お前を助ける。
 俺はお前を助けたいんだ! お前と……お前と、一緒に………!」

「ヴォルト・クラッシュ!」


 刹那、黄色い電は全て、蒼く染め上がる。そして、ヴィレイサーの周囲が激しく霆(いかずち)を発生させる。動きが、取り辛い。それでも彼は、歩みを止めることを選ばなかった。故に─────


「爆ぜろ!」


 ─────周囲の雷が発生させた爆発に、その身を呑まれてしまった。


「……終わったか」


 もくもくと立ち上る煙。そこには一切の人影が無い。ゼウスは、今度こそヴィレイサーを仕留めたと思い、それ以上の攻撃はしない。仕留め切れていなかった としても、無闇な攻撃は危険すぎる。死角から反撃してくる可能性もなきにしもあらずだ。いかんせん、先程の攻撃で魔力を消費し過ぎたのもその要因の1つで もある。


「……だから、帰ってこいよ!」


 瞬間、ヴィレイサーが煙の中から踊り出てきた。フェイトは、金縛りにでもあったかのようにその場から動こうとしない。それは正に、神が齎した絶好の機会。逃せるほど、ヴィレイサーには余裕はなかった。


「フェイト!」


 彼女を縛る意思奪う者(イオ)が鷲掴みされる。そして、カートリッジが消費される音に続いて、スピナーが回転しだして唸る。リボルバーナックルと酷似したそれは、母から譲り受けた最期の剣─────リボルバーハデス。


「レゾナンス!」


 吼号と共に、意思奪う者(イオ)が粉々に砕け散った。フェイトはその場に崩れ落ちる。その体躯を抱き締めて、ヴィレイサーはようやく安堵の息を漏らした。


「待たせたな、フェイト」

「……ヴィレイ、サー?」

「あぁ」


 薄眼を開けて弱々しく口を開いたフェイトは、自分の名を呼んでくれた。懐かしい─────その気持ちが、ヴィレイサーの胸をいっぱいにする。


「遅くなったな、フェイト。迎えに来たぞ」

「…うん」


 文句はなかった。彼女は満面の笑みを浮かべて、ヴィレイサーの頬に触れる。その感触を確かめるように、幾度か撫でる。


「本当に、ヴィレイサーなんだよね?」

「他の奴に見えるのなら、お前は病気だな」


 前と変わらない、ヴィレイサーのちょっとした意地悪。それすらも、今のフェイトには心地よかった。


「おかえり、ヴィレイサー」


 フェイトのその言葉に、ヴィレイサーは目を見開く。が、すぐに笑みを浮かべると、頷いた。


「ただいま、フェイト」


[*前へ][次へ#]

あきゅろす。
無料HPエムペ!