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小説
第32話 「黄昏の熾天使」




 カッカッと軍靴を鳴らしている様に歩くその姿勢は、人がいれば幾人かの者はその美しさに振り返って見目をもう1度その目に焼き付けようとするだろう。だが、それはあくまで“人がいれば”という前提の下、成り立つ結果だ。

 今、彼女が歩いている場所には人っ子一人いない。あるのは、穢れを知らない純白の壁と廊下、そして天井だけ。時折現れる窓から外を覗いてみると、何故か 綺麗な庭が見えた。見事な剪定が成された木々と、その中央に備えられた噴水。荘厳な造りをしているここにピッタリと言えるだろう。

 が、そんな景色に目を奪われている暇はないので、彼女は歩みを止めずに一瞥しただけだった。白銀の髪が揺れ、整った姿勢はまったく崩れない。リズムを変えずに歩く彼女が立てる足音も、もちろん1度も狂ったりはしていない。歩く度に響く音も、一定の音量が守られている。

 ふと、その足音が急に聞こえなくなった。彼女が歩みを止めたのだ。


「ここ、みたいね」


 彼女─────エクシーガは、目の前に聳え立つ、これまた真っ白な扉を見てそれだけ呟く。静止していたのは、僅かな時だけ。さっさと扉を開け放ち、彼女は白い閃光に呑まれた。


「来たね」


 やがて、自分以外の声が聞こえたのでゆっくりと目を開く。エクシーガの前に居たのは、ニクスだった。彼はあどけなさの残る顔に笑みを張りつけていた。よほど戦いたかったのか、それとも殺戮が好きなのか………。どちらにせよ、エクシーガにはどうでもいい話だった。


「ニクスね」

「あぁ。とは言っても、それは字だよ。
 真名はヘルメス。改めてよろしく」


 ニクス改め、ヘルメス。彼の名を1度だけ反芻すると、エクシーガは腰に携えていた長剣を抜く。紫紺色の燕尾服が揺れ、すぐに止まった。無駄のない動作だとヘルメスにもすぐに分かった。


「もうすぐにでも戦う姿勢だね?」

「あら、話し合う余地でもくれるのかしら?」

「君が僕らの軍門に下る………それ以外に、戦いを避ける道はないよ」

「だとしたら、交渉は決裂ね。それも、最初から決まっている形だわ」

「それは残念」


 ちっとも残念そうな表情はなく、ヘルメスはいつもの笑みを見せているだけだった。だが、すぐに表情を引き締めると同時に彼の周囲に持ち手を取りさらわれた状態の銃身みたいなものが展開される。


「そうだ、君に見せるのは初めてだったね」


 言いながら、ヘルメスは右手に握っている拳銃を見せる。普通の物よりも銃身は長め。それは黒では無く藍鉄色のみで塗装されており、ただのライフルではないことが窺える。


「僕の愛機、バルディエルだ」


 言い終えるや否や、ヘルメスは銃口をエクシーガに合わせた瞬間、引き鉄を引いた。それに倣って、彼の周囲に展開されていた銃身からも次々と魔力弾が発砲される。それに対して、エクシーガはたった一歩踏み出しただけ。否、ヘルメスにはそう見えた。


「遅いわ」


 だが、本当は違う。エクシーガは一歩を踏み出した直後、一気に加速してヘルメスの後ろに回り込んだのだ。彼女は首筋にピタリと刀身を当てている。このまま畳みかけようと、それを振りかぶる。


「ッ!」


 しかし、それがヘルメスに届くことはなかった。


「それらの兵器は、全てバルディエルが制御している。僕が引き鉄を引かずとも君を撃てるのさ」


 周囲に迫り、次々と魔力弾を放ってくる銃身。それらを一瞥して、エクシーガは大した動揺も見せずに空へと身を躍らせる。


「追え、メルクリウス!」


 ヘルメスが指示すると、エクシーガが走った軌跡の周囲を駆け回り、そして弾丸を幾度となく放つ。

 彼がバルディエルをメインにして操作している銃身─────メルクリウス。これらはヘルメスが扱うIS、ニクス・アーセナルの中に収められている様々な 砲塔とは違って、ある特殊能力がある。そして、基本的にはバルディエルが操作を担当しているため、ヘルメスに負担をかける量がほぼ皆無になる。圧倒的な力 でエクシーガを追い詰めていく。


「フェイト……だったっけ、あの女」


 唐突に、ヘルメスの口からフェイトのことが出たのでエクシーガは無意識のうちに意識をそちらに向けてしまう。その刹那の隙に、メルクリウスの1つが放った魔力弾が、エクシーガの頬を掠める。早くも背中に冷や汗を伝わせてしまった自分に内心で毒づく。


「彼女は、君よりも速く動いていたよ」


 挑発のつもりなのか、ヘルメスは嗤っていた。が、エクシーガは冷ややかに「そう」と返すだけ。少し驚いた表情を一瞬だけ見せて、それをすぐに笑みで掻き 消すと、ヘルメスはバルディエルの引き鉄を何度か引く。殻に覆われて、通常のものよりも一回りも二回りも大きめの魔力弾がエクシーガに迫る。


「なるほど。君達の信頼は中々だね。いや、それとも君が特別なのかな?」

「どういう意味かしら?」


 ヘルメスの言うことの意味を理解しきれず、逆にエクシーガが問い返す。前者は「信頼が高い」と言うことだと分かる。しかし、どうしてそれが【特別】に繋がるのかが分からない。


「人間と言うものは、優劣をつけられるのが嫌な生き物だからね。特に他者より自分が劣化していると相手に評されるのは御免だろう」


 会話しながら、バルディエルにメルクリウスの操作を任せつつ、自身も魔力弾を操る。


「しかもそれが、拐われたばかりの相手だとしたら尚更、ね」

「理解しかねるわね。どうして拐われた相手と一緒に比べられることが嫌になるのかしら?」

「1つは、自身の強さにある程度の自負があるから………それなら、自分よりも惨めに拐われた奴の方が優秀と知らされることになるからね」

「下らないわね。フェイトが貴方ごときに拐かされたのは隙に付け込まれたからだと私は考えているわ。故に、貴方の言うそれは私には当てはまらない」

「その様だね。
 もう1つの特別性は、君が冷酷な人間だから、かな」

「フェイトなんてどうなってもいいと、私が考えているから………そういうことかしら?」

「正解」


 ヘルメスがニッコリと笑んだ瞬間、エクシーガの周囲をメルクリウスが囲み、逃げ道を一瞬にして奪う。彼女は思わず、静止してしまう。逃げ道は───── それを考える余裕をヘルメスが与えてくれるはずがない。足を止めたエクシーガの死角から、数個の魔力弾が迫る。が、それを悟られる危険もある為、ヘルメス はバルディエルに命じた。


「撃て」

《Fire.》


 メルクリウスからも、一斉に射撃が行われた。爆風と黒煙が息を吐かせる暇さえ与えずに次々と起こる。


「ヘルメス、貴方は勘違いをしているわ」

「何っ!?」


 エクシーガの声が聞こえた。いや、それは別に驚きに値しない。先の攻撃で仕留めきれない可能性は考慮していた。だがエクシーガの声は、“彼の背後から聞 こえてきた”のだ。先程までの位置から背後を取る速度と、その軌跡を見せないほどの実力。それを目の当たりにして、ヘルメスは微かに戦慄する。否、感じた のは戦慄だけではない。少しだけそれに勝るのは、高揚感。永らく戦場で生き、そしてまた同じく永らく戦場から離れていた自分には、もう感じることすら叶わ ないと思っていたそれを感じさせるエクシーガ(敵)を前に、ヘルメスは思わず笑みをこぼしてしまう。


「私とフェイト……速いのは、私よ」


 凛とした声。美しく、気高い。それだけで彼女が強者だと思わされるほどだ。


「それが、君の力か」


 ゆっくりと振り返ると、エクシーガの背には羽が生えていた。ヴィレイサーが使っていたヴィーナスシステムと同じだとすぐに気付く。が、彼とは対照的で、 正しく天使と形容するに相応しい見目だった。左右にそれぞれ12枚の、総計24の翼。それは、彼女の特徴的な美しい白銀の髪と同じ色をしていた。


「ヴィーナスシステム……黄昏の熾天使(ダスク・セラフ)」


 新たに左手に備えられた、鏃が連なった鞭の様な武器、アサルトチェーンを振るい、エクシーガは天啓の如く宣った。










魔法少女リリカルなのはStrikerS-JIHAD

第32話 「黄昏の熾天使」










「黄昏の熾天使(ダスク・セラフ)………ね」

「別に、神を気取る気は毛頭ないわ」


 妖艶に微笑し、そして─────


「ただ……貴方に勝つ!」


 ─────アサルトチェーンが振るわれた。


「ぐっ!」


 避けきれず、ヘルメスはシールドを展開してそれを防ぐ。しかしその一撃は重く、シールドを破壊するには至らなかったものの、ヘルメスを驚愕させるには充 分過ぎた。怯みを見せてしまった彼に、エクシーガは畳み掛ける様に一気に肉薄する。ヘルメスが展開したままのシールドに向かって、一直線に駆ける。


「貫け!」


 そしてスピードを緩めずにシールドを剣尖で貫き、ヘルメス目掛けて直進を続ける。


「残念」


 しかし、ヘルメスは新たなシールドを展開する。最初のシールドを貫いた際に、少なからずスピードを落としてしまったエクシーガは、それを破壊できずに終わる。


「くっ!」


 すぐさま距離を取ろうと離れようとしたエクシーガだったが、ヘルメスが新たに展開したシールドはただのそれとは違う。


(噛まれている!?)


 エクシーガの振るった刃は、少しだけだが確かにシールドを貫いている。だが、そこから引き抜くことが出来ない。


「シールドは守るためだけのものじゃないのさ」


 はっとして顔を上げると、メルクリウスが射撃の態勢に入っていた。


「自律兵器は、貴方だけのものじゃない!」

《Fragment.》


 エクシーガの声に応じる様に、アタラクシアがコアと柄だけ残して刀身を分離させる。


「へぇ?」


 ヘルメスはそれを面白そうに見ているだけで何もしない。シールドに噛まれていた長剣は、刀身が分離したことで2つの欠片が残されていた。これ以上の展開は無駄と判断して、シールドを解除する。

 メルクリウスはエクシーガに対して射撃を行うと、その場から動き出す。しかし、放たれた砲火はどれも分解された刀身、フラグメントによって防がれる。


「だけどいいのかな、武器を手放すような真似をして?」


 言うが早いか、ヘルメスはISによって開かれた自身の武器庫からパルチザンを取り出す。薄緑色の柄を両手で掴んで回転させ、それを止めて前面に振り下ろすと同時にエクシーガに斬りかかる。


「ただのパルチザンとは違うよ」


 一閃を跳躍してかわすと、エクシーガはすぐさまアタラクシアを長剣に戻した。それを見届けてから、ヘルメスは再びエクシーガに迫る。


「トート……それがパルチザン(これ)の名だよ」


 パルチザンは普通の槍と違って刺突だけではなく切断にも長けているために、突き刺してからそれを引き戻すモーションを必要とせず、そのまま振って斬るこ とを可能としている。しかも、メルクリウスの存在によって、唯一の隙─────パルチザンを手元に引き戻す際に接近する機会─────を完全に失くしてい る。ヘルメスは、エクシーガの高みに未だに君臨していた。


「アタラクシア!」


 命じて、フラグメントモードを解除してセイバーフォルムに戻す。長剣に戻るまでの時間は大して必要ないのは、流石は優秀なデバイスと言ったところか。


「少し、干戈を交えようか」


 メルクリウスをその場に待機させるように命じて、ヘルメスはバルディエルを左ポケットに無造作に入れてトートを構える。それに応じるように、エクシーガ は静かに降り立ち、長剣を両の手でしっかりと握る。もちろん、アサルトチェーンは邪魔になるので解除しておく。これはヴィレイサーが扱うバスターライフル と同じで、使わない際にはデバイスの収納機能に収めておくことが出来る。ヘルメスはそれを確認すると、うっすらと笑みを浮かべて、地を蹴って一気に駆けだ す。


「やるね!」


 ガキィン! と強い金属音が無音の世界に響く。ヘルメスはトートを下段に構えて刺突の体勢を見せたが、エクシーガはその場から一歩も動かずに静かに見据えている。よほ どの自信があるのか、はたまた先程披露したスピードを活かして逃げるのか………。何れにせよ、ヘルメスにとっては楽しみでしかなかった。距離が零になった のは、笑みを消した瞬間だった。ヘルメスは下段にしていたトートの向きを変えて、刃を上に向かせる。刺突ではなく、切断で使用したのだ。


「流石は熾天使(セラフ)だ」

「だから、気取る気はないと……言った!」


 長剣で下段から振り上げられたトートを受け止めると、エクシーガは一旦後退して動きを止めていたトートから長剣を離す。そしてそのまま振り上げきられた所で、自ら速いと自負するスピードを活かしてヘルメスへと最接近する。


「もらった!」

「まだまだ!」


 干戈を交え、激しく響く金属の不協和音。静寂に支配された世界が、音によって色合いを豊かにしていく。が、それが生み出されたのは、全て戦いから。決して相容れぬが故のその音は、どれだけの剣戟を重ねようとも何れも不和に終わってしまう。


「エクシーガ、君は僕に理由をきかないのか?
 何故ゼウスに付き随うのか、と!」

「聞いた所で、どちらの立場も変わりはしないわ!
 それとも………話したいとでも?」

「僕は、他の奴らとは違うからね。話しておく分にはいいと思うんだ。
 無論、君の意思の変化などどうでもいい。不変なら、それでまた戦えばいいだけだからね」

「なら、聞きましょう。
 ヘルメス。どうして貴方は、ゼウスに付き随うのかしら?」


 剣戟が止み、互いに距離を取る為に少し退く。空いた距離は大きく、どちらも間合いに入ってはいない。だが、ヘルメスにはメルクリウスを操作する、バル ディエルがある。命じるのは主であるヘルメスからバルディエルへ。そして次いでバルディエルからメルクリウスに伝えられる。それまでの過程があるとは言 え、武器を下ろしたこの状況は正に好機。攻撃してこないとは思えなかった。


「僕がゼウスに随う理由は、他者とは少し違う。
 アテナ達の様な新しい者達は【感謝】。ポセイドンらみたく、殺戮を愉しむ者は【渇きを潤すため】。アポロンのように、【実力を買われた】者もいる」

「だったら、貴方は?
 そう解説をするからには、そこには当てはまらないと見るのが正しいと思うけど」

「ふふ、エクシーガは鋭いね。
 ヴィレイサーなんかよりも優れているんじゃない?」

「だから、なんなのかしら?」

「ヴィレイサーを裏切ったりしても、平気なんだ………って、言いたいだけさ」

「私は、彼を裏切ったりしない。そんなことをする益が無いわ」

「……彼にも言ったけど、人は見返りを求めて動くもの。
 それって、愚かだと思わないかい?」

「絶対、なのかしら?」

「それはないだろうね。だけど、大半の者はそういうものさ」


 エクシーガに背を向けて、ヘルメスは天を仰ぐ。その瞳には嗤詆があるだけ。


「僕はただ、“憧憬を抱いた”だけさ」

「ゼウスに、憧れを………?」

「君が不思議に思うのも無理はないだろうね。彼は、『世界を壊す』と言っているのだから、その姿に憧憬を持つのはおかしい、と。
 だけどそれは、“相手が赤の他人だったら”という前提の下の話だと思うよ」

「……なら、貴方とゼウスはいったい?」

「ゼウスは、“僕の父”だ」

「父親………!? そんな、彼と貴方の見目にはあまり差が無かったわ!」


 ゼウスは、大きく見積もっても20代後半。対してヘルメスは、20代前半と言ったところだ。だとしたら、ゼウスがヘルメスの父に当たるなど、まずあり得ない。


「まぁ、そう思うのが当然だろうね。だけど、いつの世にも例外と言うものはある。
 僕はね、“常人より老化しやすい病を患っている”んだ。見目は20代でも、まだまだ幼い子供なんだ」

「病気………」

「僕はね、この奇病の所為で周囲からはバケモノ扱いされていたのさ。僕だって好きで老化している訳じゃないって言うのに………」


 嘆息して、ヘルメスは天井に向けていた視線をエクシーガに戻す。瞳は相変わらず褪めたもので、ヘルメスが如何に世の中に対して興味を持っていないのかが分かった。


「父は、ヘラの様に差別をなくそうと奮闘していた。けれど彼女は、反対派の人間によって殺された………故に、世界を壊そうと決めた訳だけど、常人からしたらそれは、突拍子もないことなんだろうね。
 だけど、だからこそその常人は常人ではない。常人だったら、こういう突拍子もないことぐらい認めてくれると思わないかい?」

「………」


 エクシーガは何も答えない。確かに、いくらゼウスの行動が常軌を逸していると言っても、理由は人それぞれだ。嘗て創世の書を手にした自分さえ、ヴェルファイアが見せてくれた自然を残そうと、それの障害となる者をすべて排除しようとしていた。気持ちは、分からなくもない。


「僕が父に憧れたのは、1度決めた行動を貫き通す、その姿勢。正に初志貫徹と言ったところかな。
 それに、父は僕の命の恩人でもあるからね」

「老化し易い身体故の短命………」

「そう。だけど、国家が光闇の書なんてものを作ってくれたおかげで、僕はそれに登録されたプログラムとして命を授かった。これで、戦闘で死ぬことはあっても病に蝕まれる心配もなくなった。
 ただ赦せないのは、国が僕らを駒として使い始めたことだ。その所為で、みんなが傷ついた。みんなが闇に呑まれた。光の届かない闇に、ずっとね」

「それを、ゼウスが契約者となって貴方達を救った………」

「光闇の書の契約者……つまりは、主となったゼウス(父)は、ヘラと共にいつも僕らを優しく迎えてくれた。だからこそ、誰もが皆、赦せないのさ。ヘラを殺し、ゼウスを永遠の棺に葬り、僕達を閉じ込めた人間が、世界がね!」

「……確かに、理不尽だわ」


 それまでただ確かめるように言葉を紡いでいたエクシーガが、唐突にヘルメスに同意的なことを言う。彼は首を傾げ、エクシーガと視線を絡める。


「だけど、世界は理不尽に溢れてしまっているだけじゃないことを、貴方は知っているはずよ?
 ヘラとの思い出、ゼウスへの憧憬、同士との会話………それらが、貴方の拠として存在しているわ。大切な、記憶として………」

「エクシーガ……面白いことを言うね」


 一瞬だけ驚いた表情を見せたヘルメスだったが、すぐにその表情を消して笑う。嘲笑とまではいかないが、それでも人を小馬鹿にした様な笑みだ。


「君は確か、創世の書事件の後にヴィレイサー達と行動を共にしたんだったね」

「どうしてそれを………!」

「情報収集はお手の物だからね」


 データが勝手に閲覧されていたと言うことは、こちらを揺さぶってくる可能性がある。エクシーガは、自然と緊張してしまう。


「君の様に、何か辛いことが遭ってから幸福を手に入れたのなら、それは確かに大切な記憶になり得るだろうね。ましてやそれが、君を変えるきっかけになったのなら尚更。
 だけど僕は違う。まったくの逆さ。ヘラと、仲間と出会った後に殺されたんだよ? そりゃあ心も荒んで、その記憶すら憎しみによって褪せてしまうと思わないかい?」

「ヘルメス………」

「『だったら、今から思い出を作ればいい』なんて下らないことを言わないよね?
 ……はっ、バカバカしい。そんなことをする暇があるぐらいなら、この憎しみに染まった心の思うままに世界を壊す道を選ぶさ」

「なら、私がやることは1つね」

「ん?」

「ヘルメス……貴方を止めてみせるわ」

「……僕は君を殺すよ? それでも、君は“止めるだけ”でいいの?」

「えぇ。それが、私の選んだ道だから」

「ふーん………まぁ、そこまで言うのならやってみれば?
 だけど、勝つのは僕らだ!」


 ヘルメスがバルディエルを強く握った。その指示を待っていたかのように、バルディエルは1度だけコアを発光させる。次いで、空中に控えていたメルクリウスが動き出した。

 エクシーガは地を蹴って駆けだし、そのままスピードを一気に上げていく。最高速度を出すには、ある程度のスピードを身体に慣らしていかなければならない為、少々時間がかかるが、これでも充分だ。


「チッ!」


 舌打ちして、ヘルメスも空へ身を躍らせる。それに数瞬遅れて、彼が立っていた場所に長剣が振り下ろされた。エクシーガの一閃だ。


(私よりも早く反応した?)


 だが、よもや彼が避けるとは思ってもいなかったのか、エクシーガは戸惑いを覚える。彼女の姿を見失ってからシールドを全方位に展開したのなら、まだ防が れたとしてもおかしくはない。しかし、ヘルメスはそれをせずに、しかもエクシーガが接近していることに気がついていきなり空へと逃げたのだ。


「バルディエル!」

《Mercury Gatling.》


 バルディエルは、メルクリウスをエクシーガに向ける。銃口から、次々と魔力弾が迫ってきては、エクシーガの動きを制限しようと彼女の周囲に配されてい く。それでも、エクシーガは上がってきたスピードを落とさず、針の穴に糸を通す様に僅かな隙間を確実に見つけて、そして確実にすり抜けていった。


「なるほど。大体、これぐらいの速度か」

「なっ!?」


 メルクリウスの包囲網から突破した瞬間、エクシーガの隣にはヘルメスが並んでいた。それも、彼女とまったく同じ速度で。


「くっ!」


 驚きと焦燥に駆られたエクシーガは、慌てて長剣を振るってヘルメスを突き放そうとする。振るわれた一閃に、ヘルメスは少し速度を落としただけであっさりとかわした。そのお陰で、2人の間に距離が開く。しかしそれは、ヘルメスの攻撃の手を緩めた訳ではない。


「ふっ」


 笑って、ヘルメスはエクシーガの長剣の間合いにギリギリ入らない位置を保って、バルディエルの引き鉄を引いた。乾いた銃声の後、1滴の赤い雫が床に大きな花を開く。それは、飛び飛びではあるが幾つも開いていく。


「くっ………!」


 左肩を押さえて、エクシーガは早々に治癒魔法を使って止血する。アサルトチェーンを振るうには、ここでこの怪我を放置しておく訳にはいかないのだ。


「僕も速さには自信があるんだよ?」


 その声は、エクシーガの進行上から聞こえてきた。すぐに視線を前に戻した時には、ヘルメスとメルクリウスが、それぞれの銃口を光らせていた。


「これで終わりかな?」

《Stardust Shot.》


 無数の魔力弾が、エクシーガへ襲来した。


「……トート」


 着弾した自信はあるが、油断は禁物。ヘルメスは、いつエクシーガが来てもいい様にトートを手に持つ。濛々と立ち上る黒煙からは、人影は確認できない。


「……っあああぁぁ!」


 煙が、ヘルメスをも呑みこもうと近づいてくる。その瞬間、エクシーガはそれを突き破ってヘルメスの直上から姿を現した。


「おっと!」


 しかし、ヘルメスはそれを平然と受け止める。彼はエクシーガが向かってくる時、微かだが笑っていた。もしかしたら、どこから出てくるのか予測していたのかもしれない。


「よく耐えたね?」

「お誉めの言葉、ありがとう」


 ヘルメスの賛辞に、エクシーガは興味を示さずにそれだけ返す。男女の差故なのか、ヘルメスを押しきることはできなかった。彼はエクシーガの刃を押さえながら、余裕の表情を崩さない。それがはったりではないことは、なんとなくではあるがエクシーガにも分かった。


「一部はシールドで防いで、残りは御自慢のスピードを活かしてかわした………そうでしょ?」

「ッ!?」


 ヘルメスはエクシーガに質問では無く、確認をしてきた。まるで、エクシーガがその行動を取ったのを最初から見ていたような言い草だ。


「貴方の動体視力も中々なのね。だったら!」


 鍔迫り合いから、エクシーガは後ろに退いて一気に速度を上げる。そして、ヘルメスの周囲を縦横無尽に駆け巡る。


「やはり、どこにいるのかは見えない様ね?」


 今度は、エクシーガが笑みを零す。メルクリウスの銃口が周囲をぐるぐると、せわしなく動き回っている所を見ると、どうやらエクシーガの軌跡を追えていない様だ。


(今度こそ!)


 エクシーガは長剣を振りかぶると、ヘルメスの背後から肉薄した。長剣の間合いまで、残し数センチ。そこまで迫った刹那─────


「見えているよ」


 ─────エクシーガを嗤うヘルメスの表情が瞳に映った。


「くあぁっ!?」


 急制動をかけて、白銀の翼をはためかせて回避行動を取ろうとする。しかし、ヘルメスが振り返ったと同時に振るったトートの間合いに、彼女は充分過ぎるほ ど侵入してしまっていた。もう、それから逃れることはできない。腹部が、浅めだが確実に真一文字に斬られる。血が僅かに伝い、気持ち悪い。


「ど、どうして………!」

「君は、僕が手立てを出し切ったと思っている様だけど、実際は違うんだよ」


 そう言って、ヘルメスは1度目を閉じて、そして再び開いた。そして、それに合わせるように“彼の全身に開眼された瞳が具現する”。

 一瞬、その恐怖で悲鳴をあげそうになる。いや、ここで悲鳴をあげないものの方が少ないだろう。それほどの恐怖。そして異端の存在だったのだ。


「この目はアルゴス……僕が使役している使い魔だよ」

「つ、使い魔………?」

「君達が生きる世から見れば、あり得ない生物もいるものさ。
 アルゴスは、百眼の怪物とも呼ばれているんだけど、僕がゼウスから退治を命じられた際、そのまま使い魔にしたんだよ」

「じゃあ、私の動きが見えていたのは………」

「すべてアルゴスが見ていたからだよ!」


 種明かしを終えた所で、ヘルメスはトートで突き刺そうとしてくる。長剣でそれをいなして、エクシーガはそのままヘルメスの懐に潜り込もうと肉薄する。し かし、ヘルメスはトートで対処しきれないと分かると、バルディエルに引き鉄を引いて、更にはメルクリウスで魔力弾を雨霰のように大量に降らせる。


「このままじゃあ、じり貧で君が負けるね」


 手数では圧倒的にこちらの方が振りだ。ならば、少しでもヘルメスの武器を確実に破壊しなくてはならない。エクシーガは、ヘルメスとの戦闘を避けてメルクリウスを破壊しようとする。


「アサルトチェーン!」


 左手に、鏃を幾つも連ねた武器が具現化する。そして、カートリッジが排出されたかと思うと、その長さは数倍となる。


「ブレイク!」


 純粋な力技。エクシーガは、アサルトチェーンを思い切り真横に振るって、そこに控えていたメルクリウスを次々と破壊していく。それを避けたものは、長剣で容易く斬り伏せ、攻撃が迫ってきた際には長剣をフラグメントに切り替えて防御と攻撃を同時に行った。


「やるね」

「これで、貴方の武器は残りバルディエルとトートだけね」

「……それはどうかな?」

「え?」


 ヘルメスがまったく微動だにしない。それを不思議に思った時、背中に嫌な気配を感じてその場から急降下して離れる。その時も時、エクシーガの頭上を複数の魔力弾が走った。


「そんな!」


 彼女に向かって魔力弾を放ったのは、“メルクリウス”だった。


「そんな………あれは確かに、全部破壊したはず!」

「本当にそうだったかな?」


 ヘルメスが聞いてきて、エクシーガはふと、メルクリウスに対して行った攻撃の中で覚えた違和感を思い出す。攻撃が当たった時、確かに妙だった。銃身だけとは言え、それなりの強度を持っていて然るべきそれが、まるで粉末を固まらせただけみたいに脆かった。


「そう。君が破壊したと思っていた物は全て、融解したんだよ」

「融解………」


 何かに気が付いたエクシーガの表情を見逃さず、ヘルメスはネタを明かす。融解という単語を聞いて、エクシーガは合点が言ったと言う顔つきになる。


「僕のメルクリウスは、雪を凝固させて出来たものなんだよ。そして、それを魔力で編めば出来上がりと言う訳」

「と言うことは、攻撃が当たる瞬間に融解させれば、完全に壊れたりはしないと言う訳ね?」

「正解」

「だったら、これはどうかしら?」


 絶望するかと思いきや、エクシーガは笑って長剣をフラグメントの形態にする。


「すべて貫け!」


 エクシーガが命じた瞬間、それらはメルクリウスに向かって一直線に飛んでいく。が、また融解されてしまい、フラグメントは空を切るだけに終わる。


「また凝固させたところで狙うという算段だろうけど、残念ながらそうはいかないよ」

「……戻って」


 ヘルメスに考えついた一手を読まれていたエクシーガは、諦めてフラグメントを長剣に戻す。しかし、その時ある違和感に気が付いた。


「雪?」


 全てのフラグメントに、何か白いものが付着している。それは、よく見ると雪の様に思える。


「凝固」


 瞬間、ヘルメスの声が響いた。そして、長剣に戻ったアタラクシアがあっという間に凍りついていく。メルクリウスを全て消費してまで、ヘルメスはエクシーガの得物を減らす道を選んだ。


「……残念だけど、私の本当の目的はこれよ」


 しかし、エクシーガはそれを待っていたのだ。彼女はアタラクシアのコアを取り出すと、長剣を虚空に投げる。そして、アサルトチェーンが風を切りながら呻る。


「ギルティー」


 凛とした声の後、アサルトチェーンによって粉々に砕けた長剣が爆発を起こす。


「なっ!?」

「本当のアタラクシアはこっち」


 彼女の手に新たに握られているのは、二等辺三角形の刀。バスターソードだ。そのバスターソードの刀身には、彼女の魔力光である翡翠色のラインが入ってお り、次の瞬間、そのラインに合わせてバスターソードが少しだけ刀身を開く。そして、エクシーガが翼をはためかせると、少しだけ開いたそこから翡翠色の魔力 微粒子があふれ始めた。


「さぁ、今度こそお互いの本気を見せ合おうじゃない」


 妖艶に笑んだ彼女は、バスターソードの切っ先を向けて言う。


「……トート!」


 ヘルメスは珍しく、怒りを見せて槍を構える。恐らくは、メルクリウスを消失させてしまった自分への憤りだろう。


「はあああああぁぁぁぁっ!!」

「うおおおおおぉぉぉぉぉ!」


 吼号が天井へと昇り、部屋全体へと伝わる。それに次いで、甲高い金属音が幾度となく部屋を走る。


「エクシーガ! 嘗て世界を壊そうとした君が、何故こうも僕らの道を阻む!?」

「悪いわね。私は、私の罪を認めているわ。
 だから貴方達の思惑には賛同できない。世界を壊した所で、何れは差別が生まれる!」

「そうさ。仲間内で差別が生まれる可能性もある………。
 それでも、僕らは世界が憎いのさ! 己が私欲に塗れた屑どもの所為で、僕らは蔑まれ、疎まれ………そして挙句は道具になり果てて………!
 人間なんて、汚く穢れた生き物でしかない! だったら、世界に巣食うそれらを殺すのが、僕らの道理だ!」

「違う! 貴方達はただ、逃げているだけよ!
 一部の人間だけを見て、それに絶望して他を見ようともせず、ただ悲しみに暮れて殺戮を重ねる………それは、大罪にしかならない!」

「それの何が悪い! 逃げることの何が悪いって言うんだ!
 誰だって逃げたいさ! 誰だって怖いさ! 差別を受ければ、侮蔑されれば………!」

「ヘルメス………!」

「アルテミスは、己の力を利用された挙句に最も信頼を寄せていた親に捨てられ!
 ポセイドンは、ただ力の発現が遅かっただけという理由で故郷を追われ!
 アフロディテは、慰み者扱いを受けたから、それから逃れただけで殺戮者と呼ばれ!
 誰も彼も、総ては相手が悪いのに! 皆、必死に生きてきただけなのに!」

「それでも、貴方達はその道を辿ってはいけないわ!
 自分達を壊してきた人間を滅ぼす………それは、貴方達を彼らと同義にさせてしまう!」

「だろうね! だけど僕は………僕らは! それをしてでも僕らの居場所が欲しかったんだ!」


 トートの一撃が、エクシーガの頬を掠める。血が伝い、それでもエクシーガは進むのを止めない。


「ニクス……アーセナル!」


 これ以上、手を煩う訳にはいかない。そう判断したヘルメスは、武器庫を開いた。そこに収納されていたのは、全て先程エクシーガが破壊したメルクリウスと瓜二つだ。


「安心していいよ。これらはスターダストと呼ばれる、僕らが生きた時代にあった武器さ。
 デバイスの情報処理能力を活かして、その操作をすべてそれに任せて動かす兵器だ!」


 ヘルメスが言い終えるや否や、一気にスターダストがあふれ出てくる。部屋はたちまち、それで埋め尽くされていく。

 エクシーガを取り囲むように配置されたそれらが、一斉に火を吹いた。


「アタラクシア」

《Maximilian.》


 が、エクシーガの声はぶれない。相も変わらず、美しく気高き姿勢のまま、彼女は淡々と命じた。バスターソードが1度だけ強く発光する。その光がすぐに収まると、エクシーガは翡翠色の球体の中に居た。魔力弾が、次々とその表面に当たっては弾けていく。


「マクシミリアン……並みの防御力だと思わないことね」


 エクシーガが展開したマクシミリアンとは、ヴィレイサーが翼から出している魔力微粒子で作った残像と同様の原理を用いたもので、バスターソードから放出 されている魔力微粒子が、展開している。そして、ヴィレイサーが扱う残像よりも展開している時間、防御力が秀でている。彼女の言う通り、並み大抵の攻撃は 通さない。


「くっ! だが、それでは君も手出しは出来ないんじゃないかい?」


 止めを刺しきれない─────その事実が、ヘルメスに焦りを生じさせていく。胸の内で次第に大きくなっていくそれに、しかし彼はあくまで平静を装う。


「この一手だけ防げれば、それで充分よ!」


 マクシミリアンを起動させたまま、エクシーガは周囲を取り囲むスターダストを蹴散らしていく。一部はぶつかり、また一部は突撃してくるエクシーガをかわ して後ろからまた魔力弾を撃つ。しかし、やはりマクシミリアンの前では無力だった。そして、スターダストからある程度距離が開いた所で、彼女は振り向きざ まにアサルトチェーンを一閃。遅れて、それに砕かれたスターダストが爆散する。


「まだまだあるよ?」


 それでも、数で勝るヘルメスは余裕だった。迫りくる数多のスターダスト。そして、時折バルディエルの引き鉄を引いているヘルメス。戦場を舞う熾天使(エクシーガ)。とてもではないが、駆ける軌跡は見る者を魅了しそうなほど気高く、美しく………そして恐怖を持たせる。


「幾らでも来なさい。私はただ、私の舞い(戦い)をするだけ」


 それでも、エクシーガは笑みを崩さない。不思議と、恐怖は感じなかった。

 とんぼ返りして魔力弾をかわし、それと共に振るったアサルトチェーンがまたもスターダストを駆逐する。次第に減り続けていくスターダストに、ヘルメスは冷や汗を禁じえない。


「流石に、多いわね」


 マクシミリアンに包まれながら、エクシーガは四方八方を取り囲んでいるスターダストを一瞥する。すると彼女は、ふっと微笑んで光速で天井ギリギリまで駆け抜ける。そして、マクシミリアンを解除してバスターソードとアサルトチェーンの尖端を真下に向ける。


「ある程度減らして、最後の一閃に繋げるわよ」

《Yes,sir.》

「穿て、極光の軌跡! ロストセレスティア!」


 エクシーガの咆哮と共に、アサルトチェーンとバスターソードが同時に分離していく。アサルトチェーンは、連なっていた鏃が1つずつになり、バスターソードは先の長剣のフラグメントよりも大きめのそれになっていく。

 そして、残った柄に魔力を籠めて、エクシーガは翡翠色の魔力刃を形成し、翼を大きくはためかせ、白銀の光を煌めかせてから一直線に降下していく。それに倣う様にして、フラグメント群が彼女に続いた。

 スターダストが、砲火をエクシーガに集中する。しかし、それはフラグメントが張ったシールドに防がれて終わる。彼女の背後から狙おうとしたスターダストは、時間差でやってきたアサルトチェーンに貫かれて爆散する。


「はあああああぁぁぁぁっ!!」


 エクシーガが舞う。光刃を迸らせ、淘汰されていくスターダスト。魔力弾を弾くフラグメント。取り漏らしを貫くアサルトチェーン。彼女が描く軌跡は、多くの光を生んでは消し去っていく。


「閉幕(カーテン・フォール)は近いわね」

《Load Cartridge.》


 アタラクシアがカートリッジを複数個消費する。そして、フラグメントが元のバスターソードを模る。翼と、雷を纏ったバスターソードから放出される魔力微粒子は、先程以上に溢れ出ていた。


「断罪の一閃! アルティマ!」


 エクシーガの一閃が、空を薙いだ。静寂は、刹那………否、もしかしたら虚空や清浄よりも短かったかもしれない。が、それはとても永く感じた。そしてその時は、唐突に訪れた。


「な、何だ!?」


 スターダストが、触れられることもなくに絶え間なく爆散していく。ヘルメスはただただ、それを見ているだけしか出来ない。


「何をした! エクシーガアァァッ!」

「なんてことはないわ。ただ、連鎖爆発させただけよ」


 エクシーガがヴィーナスシステムを使っている時に放出される魔力微粒子。これは特殊なもので、連鎖反応を起こす仕組みを持っている。故に、大量の魔力微 粒子を部屋に充満させ、スターダストに付着させて、雷を連鎖させて四方八方に飛び散らせたのだ。そして、それによって全てのスターダストを焼き尽くしたと 言う訳だ。


「僕は………僕らには! 敗北など赦されない!」

「貴方は負けないわ。ただ、私が勝利するだけ」


 トートを下段に構え、ヘルメスは突っ込んでくる。が、エクシーガはその場から一歩も動こうともしない。


「ううぅぅおおおおぉぉぉっ!!」


 その距離が、間もなくトートの間合いに入る時─────


「はあああああぁぁぁぁっ!!」


 ─────エクシーガも、駆けた。

 一瞬の交錯。

 ゆっくりと膝を着いたのは………エクシーガだった。

 しかし、ヘルメスは笑みを浮かべない。その表情は強張ったままで、彼は震えている。その手に握られていたバルディエルとトートは、砕け散っていた。


「雌雄は、決したわ」


 すくっと立ち上がったエクシーガと違い、ヘルメスはゆっくりと体躯を伏せる。


「ゼウ、ス……父さん、世界を…壊して………」


 己の願いを静かに口にして、ヘルメスは意識を手放した。


「さて……帰りましょうか、アタラクシア。私達が生きている世界へ」


 白銀の髪を揺らして、エクシーガは扉から外へと出ていった。


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