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小説
第31話 「不屈」




「はああぁっ!」


 回転を加えながら双剣を横に振るアフロディテ。リュウビは体躯を屈め、アフロディテに向かって走り出す。そして交錯する刹那、リュウビは両刃剣の刀身でアフロディテの腹部を殴打しようとする。


「甘い!」


 だが、アフロディテは直前でそれに気がつき、片方の剣でそれを弾くと、勢いを完全には殺さず、リュウビから伝わってくる押す力を利用して前転するように足を蹴ってリュウビの背後を捉えると同時にもう片方の剣を使って斬りかかる。


「させない!」


 リュウビも傭兵のメンバーである為に、そうそう簡単にやられたりしない。双剣を持つアフロディテに対してリュウビは両刃剣だけ。手数で勝るアフロディテの方が一見して有利ではあるが、それでもリュウビは押されるばかりではなかった。


《Moment Dash.》


 イーブンが補助魔法として動きを速めてくれる。ソニックムーブと同じと思われがちではあるが、このモーメントダッシュはそれよりも発動している時間が短い。本当に一瞬だけしか速度を速められないのだが、上がるスピードはソニックムーブを遥かに凌ぐ。

 着地したばかりのアフロディテの背後に一気に迫ると、刃を彼女の首目掛けて振るう。しかし、アフロディテはそれをあらかじめ予測していたかのように、容易く避ける。追撃に向かおうとしたリュウビだったが、その瞳に翡翠色の魔力弾が映った。


(誘われた!?)

「……タービュレンス!」


 配置されていた魔力弾が、アフロディテの命令に従い、カッと光を発生させる。急制動をかけてすぐさま後ろへ下がろうとしたリュウビだったが、背後から誰かに掴まれる。


「なっ!?」

「退路は、断ったわ」


 いつの間にか、アフロディテに背後を取られていた。慌ててもがくが、それは屈強な彼女の力の前で無力を表すだけに終わってしまう。次第に、魔力弾で形成 されていた魔法陣から風が逆巻き始める。それに従って、アフロディテは徐々にそこへ近づく。リュウビを投げ込むつもりなのだろう。


「このっ!」

「あぐっ!?」


 咄嗟に、リュウビは後頭部でアフロディテの顔面に頭突きをする。よもやそんな攻撃をしてくるとは予想外だったのか、彼女はリュウビを離してしまった。解 放されたリュウビは、そこから畳みかけようと迫るが、足音で肉薄してくることが分かったのか、アフロディテは頭突きされた箇所を手で覆いながらもシールド を展開してリュウビの一閃を防ぐ。


「アフロディテ! どうして世界を壊すの!?」

「先に言った通り……理不尽が赦せないからよ!
 理由など、いつだって些細な物………問う方が愚行だわ!」


 分からないと言った様子で問うてきたリュウビに対し、アフロディテは怒りを籠めた視線で睨む。きっかけは、理由は………なんだって、いつだって些細な事。それは、なんとなくではあるがリュウビにも分かった。彼女自身、そういうことはある。

 だが─────


「だからって!」

「『他者を巻きこむのは間違いだ』と、そう言いたいんでしょ!?」


 ─────そう、理解ある者まで手にかけるのは間違いだ。それを知りながらも、アフロディテはゼウスの計画に乗った。何故彼女がそこまで彼に従うのかが読めない。


「確かにリュウビの言う通りだわ。でもね、世界には劇薬が必要不可欠なのよ!」


 交差させた双剣のそれぞれに、風が集束していく。集束砲か速射砲かは分からないが、直射型だと直感が告げていた。


(だったら!)


 リュウビは、アフロディテがそれを解き放つよりも先に彼女に向かって走り出す。


「テンペストカノン!」


 そして、交差させていた双剣で『X』を描くように振るうと、風がその形をかたどってリュウビへと迫った。彼女は直前では無く早めに跳躍してそれをかわし てやり過ごし、しかしアフロディテが速射砲を準備していたと分かると、防御の為にイーブンの形態をダブルセイバーに変更する。


「わわっ!?」


 だがダブルセイバーの形態にした瞬間、リュウビは真下に向かって急降下してしまう。武器が予想以上に重すぎて支えられないのだ。幸い、速射砲は頭上を掠めたので回避に成功したが、アフロディテに武器が上手く扱えていないことが露呈してしまった。


「どうやら、貴方がそれを扱うにはまだまだ時間を要するみたいね」


 今までリュウビが練習を怠けていた訳ではない。それでも、まだ完全に扱うには時間が必要だったためにこうなってしまった。


(足場があればやれるけど………)


 地上に上手く着地して、リュウビはダブルセイバーフォームを解除する。


「呆けていていいの?」


 イーブンがブレードフォームになった刹那、アフロディテの嘲笑うような声と共に集束砲が彼女に着弾した。










魔法少女リリカルなのはStrikerS-JIHAD

第31話 「不屈」










「………意外ね」


 濛々と立ち上る煙から視線を外さず、アフロディテは溜息混じりにそう零す。彼女の視線の先には、既の所でシールドの展開が間にあったリュウビの姿があった。とは言え、その衝撃は相当のものだったのか、少々辛そうな表情をしている。


「まさか、間に合うなんてね」


 ふっと微笑すると、アフロディテはすぐに次の手を打った。リュウビに向かって手をかざすと、彼女は今度は時計回りに走り出した。恐らく直射型と分かって いるからだろう。直射型ならば、例え進路上に撃たれたとしてもモーメントダッシュでかわせるし、それを使わずとも跳躍すればいいだけだ。


「それで避けられるかしら?」


 しかしアフロディテは余裕の笑みを崩さない。リュウビがそれを訝しむと同時に、速射砲が放たれた。集束砲と比べて威力は落ちるものの、それでも発生、着弾までの速度は勝っている。

 飛来してきたそれを、リュウビは跳躍してかわした。自分の斜め後ろで、それが着弾して壁が崩れる音が響く。


「終わりだと思わないことね」

「え……きゃっ!?」


 次いで耳に入ったのは、アフロディテの声。しかもそれは、リュウビの耳元で聞こえた。ハッと気がついた時、アフロディテは双剣をリュウビに向かって振り 下ろしている所だった。両刃剣で防御しようと試みるが、アフロディテは先に振るった剣でそれを払いのけ、続く2撃目でリュウビの顔面を斬る。


「また?」


 しかし、リュウビはモーメントダッシュを使って上体を急いで逸らす。そのお陰で、顔面を真っ二つに斬られるという悲劇的な結果を避けることはできた。だが、完全にかわせた訳ではなく、頬を微かに斬ってしまっている。

 素早く避け続けるリュウビに、アフロディテは困惑してしまう。こうも仕留められないとなると、苛立ちを募らせるものなのだろうが、生憎とこの程度で腹を 立てるほどの安っぽいプライドは持ち合わせていない。と言うのも、怒りの矛先はずっと人間に向いているからだ。そこに向けた憎悪に比べれば、これは怒る程 ではなかった。


《Are You OK?》

「うん、平気」


 心配そうに聞いてきてくれたイーブンに、リュウビは笑みながら返す。頬を斬っただけなのでさしたる被害ではないのだが、それでも主を心配しない愛機など無いだろう。

 ツーっと伝った血を拭い、リュウビはどう攻めるべきか悩んでしまう。手数では圧倒的にアフロディテの方が優勢にいる上に、自分はカタストロフィーの中で は最も弱く、どちらかと言うと戦闘に秀でてはいない。気落ちしてしまうかと思われるだろうが、しかしリュウビは笑っていた。アフロディテが武器を構えてい るが、その動きが一瞬だけ止まる。


(ヴィレイサーの言った通りだ)


 敵が優位にいるときこそ、慌ててはならない─────何度もヴィレイサーに教わったことだ。己が得意としているスキルを最大限に活かしてこそ、勝機が見 出せる。今の状況は、まさにそれだろう。こんな状況下で笑えるのはおかしいというのは、どうやら誰にでも当てはまる様で、アフロディテは確かに一瞬だけで はあるが動きを止めた。


「ふぅ………」


 大きく息を吐いて、リュウビは両刃剣を構える。自分が得意なのは、いったいなんなのだろうか? 接近戦も砲撃戦も得意とは言えない。スピードだって、御世辞にも速いとは言い難い。だから聞いた。だから探した。ヴィレイサー、エクシーガ、ヴァンガー ド、そしてデュアリス。彼らに自分が得意なことは何かを訊ねた。


「イーブン・クレイドル」

《了解》


 みんながみんな、口を揃えてこう言った。

 『不屈だ』と。


「はあぁっ!」


 カートリッジを1つ使って、リュウビは走り出した。







『えぇー? で、でもそれって、戦闘に何の関係もないんじゃ………』

『そんな事無いさ。諦めないって気持ちは、誰にも負けてない』


 4人が揃って『不屈の心』と答えたことに目を丸くしたリュウビは口を尖らせる。もっと力に関してのことが出ると期待していただけに、少々気落ちしてしまう。だが、デュアリスはそんなリュウビの気持ちを汲み取って頭を撫でてくれた。


『そもそもリュウビは、どういうことを言われると思っていたんだ?』

『それが分からないから、こうして聞いたんだよ』


 ヴィレイサーの問いに、リュウビは出された紅茶を一口飲んでから答える。


『もしかして、速さとか砲撃とか言われるのを期待していたの?』

『うっ………』


 エクシーガに言い当てられて言葉に詰まったリュウビを見て、くすくすと彼女は笑った。そこまでおかしいことではないと思うのだが、怒ったりはしない。する程のことでもない。


『だって、ヴィレイサーは接近戦が得意だし、エクシーガはスピードが取り柄だし………』

『そんな事を言ったら、俺だって皆無じゃないか』

『そんな事無いよ。ヴァンガードは、遠近両方の戦闘が得意だよ』

『そりゃどうも』

『で、デュアリスは砲撃が上手。なのに、私だけ何も無い気がするんだもん………』

『あぁ、そういうことか。
 けど、リュウビが一番な事って言ったらそりゃあ【不屈】が挙がるよな?』

『同感ね』

『右に同じ』


 納得したヴィレイサーの言葉に、エクシーガ、次いでヴァンガードが同意するのを見てリュウビは不満そうにする。


『そうやさぐれなるなよ、リュウビ』

『だって、それって単に【諦めが悪い】ってことでしょ?』


 剥れるリュウビを宥めるデュアリスに思った事をそのまま言うと、何故か彼はしばし呆然として………そしていきなり笑いだした。否、彼だけではなく周囲にいる皆が笑っている。


『な、何でそこで笑うの!?』

『いや、まさかそう受け取るとは思わなかったからな』

『いい? リュウビの不屈は、【諦めが悪い事と同義ではない】のよ』

『ま、ますます意味が分からないんだけど………?』


 未だに笑んでいるヴィレイサーとエクシーガの言うことの意味が分からず、リュウビは首を傾げる。すると、今度はソファーに座っていたヴァンガードが口を開いた。


『お前は俺達と違って思いやりがあるってことさ』

『そう。リュウビの不屈は【戦いの最中に相手を思いやり、ただ倒すのではない】っていうことだ』

『そ、それはそうだけど………』


 確かに、敵が如何に非道であってもリュウビは相手への配慮を忘れなかった。それは、ヴィレイサー達の様にただ戦い、ただ倒しているのとは違う。戦いの最 中であろうと、何故このような行動に出たのか、どうして戦っているのか。その理由を問いただし、説得を試みてきた。無論、上手くいかなかった時もあったの だが、裏を返せば説得に成功したこともあったと言うことだ。そして、戦いが終わった後も話を聞いたり、いろいろと便宜をはかってきた。そんな彼女だからこ そ、戦いを中途で投げ出すことはなかった。故に、4人は口を揃えて【不屈】を挙げたのだ。


『だけど、それって強さに繋がるのかな?』


 如何に思いやりがあろうと、自分には技術が無い。ヴィレイサーやエクシーガの様に強さも無ければ、デュアリスやヴァンガードの様に秀でた所もない。ならば自分は弱きままだ。


『自分で言うのもあれだけど、戦っている時に相手の身になって得なことってないだろうし………』

『なら、捉え方を変えてみろ』

『捉え方?』

『えぇ』


 ヴィレイサーもエクシーガも同じ意見らしく、考え始めたリュウビを見てそれぞれカップに口をつけた。







「クロスウィンド!」


 迫ってくるリュウビに対し、アフロディテは双剣を交互に3回ずつ振るって衝撃波を放つ。毎度の様に跳躍してかわすと踏んでいたアフロディテは、リュウビの真上に先回りする。


「2度目は無いわ」

「それは……私の台詞だよ!」


 直上に回り込んだアフロディテは、余裕を持ったままで未だに笑っている。が、それもすぐに凍りついた。


「なっ!?」


 リュウビは、イーブンの形態をダブルセイバーフォームにすると、その巨大な刀身で衝撃波を全て防ぎ、それが完了したと同時にアフロディテに向ける。斬りかかろうとしていた彼女は、いきなり向けられた巨大な刃に驚き、動きを止めてしまう。


「もらった!」


 その隙を突いて、リュウビは尖端の尖った魔力弾を数個、差し向ける。アフロディテはダブルセイバーに突っ込む寸前で気がついたので、向かってきた魔力弾を双剣で簡単に弾く。


「モーメントダッシュ!」

《Moment Dash.》


 そして、イーブンをブレードフォームに戻した後、リュウビはまた高速移動でアフロディテの背後に回り込む。目くらましとして放った魔力弾が功を奏したようで、彼女が気付く前に回り込む事が出来た。


「ブレードラッシュ!」

「後ろか!」


 奇襲時に声を出すのは頂けないが、リュウビはアフロディテなら必ず既の所で気付くと思った故に、声を発した。だが、理由はそれだけではない。気付かせたかったのだ。自分が今から攻撃すると言うことを。

 『リュウビは、誰よりも強い不屈の心を持っている』─────デュアリスの優しい声色と共に、その言葉が脳裏に甦る。

 『貴方は、誰よりも相手のことを思いやれる優しい人よ』─────エクシーガの笑みと共に言われたそれが、全身を鼓舞してくれる。

 『リュウビは、絶対に負けないさ』─────ヴァンガードの確信を滲ませた声が、いつまでも自分を戦わせてくれる。

 『お前は優しい。それは甘さじゃなく、強さだ』─────ヴィレイサーの言葉が、背中を押してくれる。


「そんなもの! ブレードロール!」


 片方の剣で、アフロディテはリュウビの両刃剣を受け止める。しかし、1撃目は間に合わず喰らってしまう。それでも、受け止めたと同時に双剣に風を発生させ、鎌鼬がリュウビを襲った。


「ぐうぅっ!?」


 その痛みに、リュウビは呻く。このまま鍔迫り合いを続けていては先にこちらがやられるのは明白だ。だが─────


「それでも!」


 ─────退く訳にはいかない。


「何っ!?」


 シールドを全身に纏い、鎌鼬の中に突っ込む。よもや突破してくるとは思いもしなかったのだろう、アフロディテは驚きの表情を浮かべた。そのまま、リュウビは両刃剣を振るう。無論、アフロディテとてそう易々と攻撃を喰らってやるほど甘くはない。


「させるか!」


 振るわれた一閃を、アフロディテは右手の剣で弾く。続いて、風を纏わせた左手の剣で斬りかかる。モーメントダッシュは使えなかったのか、それとも別の理 由があるのかは分からないが、リュウビはそれを避けようとはせずに弾かれた両刃剣を思い切り自分に引き戻し、その勢いを殺さずに逆に左手にあったそれを弾 き、そのまま背中から回ってアフロディテに一太刀浴びせる。


「くっ!」


 押されたアフロディテは苦々しくリュウビを睨むと、急降下していく。リュウビは真上に位置を移してからダブルセイバーフォームに切り替えて直上から強襲した。これならば、重心をずらされない限りは直下するだろう。


「ふん」


 だが、アフロディテは攻撃するよりも早くリュウビのその一手に気がつき、少しだけ下がる。それを見届けてから、リュウビはブレードフォームに変更してから降り立った。その瞬間─────


「最速の風(ロードストーム)!」


 ─────発生速度の速い速射砲が放たれた。リュウビは急いでシールドを展開し、着弾に備える。しかし、アフロディテは腰だめにそれを放ったのか、リュウビの展開したシールドには当たらず彼女の足元を抉った。


「どうして………?」

「砂塵(サンドストーム)!」


 不思議に思ったリュウビを余所に、アフロディテは次の手を打った。抉られた床の小石が、カタカタと音を立てて舞い始めた。


「え!?」


 慌ててその場を離れようとしたリュウビだったが、そこではたと気がつく。周囲が、既に砂塵に取り囲まれていることに………。


「さっきの速射砲は、これを発生させるため………」

「正解」


 リュウビの呟きを耳ざとく聞いていたアフロディテが答えた。


「ただの竜巻だと、先の鎌鼬の1件の様に突破してくる可能性もあったからね」


 リュウビがその鎌鼬にやられた痛みに顔を顰めるのとアフロディテが語りだしたのはほぼ同時だった。


「まぁ、私としては別に突っ込んでもらってもいいのだけれど。
 その方が、貴方が早めに死んでくれそうだから」


 挑発しているのか、アフロディテは確かに嗤っていた。

 彼女は、手近にあった岩を双剣で適当な大きさに切り裂き、リュウビを閉じ込めている砂塵に向かって放り投げる。風に乗せられて、それはいつでもリュウビに攻撃できるようにぐるぐると回っている。


「それにしても、理解しがたいわね。貴方はどうして、鎌鼬の中を突っ込んできたのかしら?」

「どうしてって言われても………ただ、アフロディテと話がしたいと思ったから、とか?」

「そこで貴方まで疑問形になってどうするのよ………」


 呆れているのだろう。アフロディテの口から溜息が零れたのをリュウビは聞き洩らさなかった。どうやら少しは話し合いが通じそうだ。


「バッカじゃないの?」


 が、そう思ったのも束の間、アフロディテから返ってきたのは冷ややかな声だった。視線を声がした方に向けてみるが、生憎砂嵐に動きを制限されているためよく見えない。


「私はそういう奴らを何度も見てきた。その度に、私が何をされたか………どれだけ屈辱的だったのか、貴方に分かるはずが無いわ!」

「アフロディテ?」


 初めて怒りを露わにした彼女に、リュウビは思わず怖気づいてしまう。見えないはずの彼女の顔が、憎悪に歪められているのが分かった。


「リュウビ……貴方は言ったわね、『彼らとなら一緒に歩いていける』と。
 でもそれは、結局一部の人間とだけしか関わらない。他の奴はいらないってことじゃない?」

「違う! 私は、私が住む世界で生きる人達を、誰一人として見殺しにしない!」

「綺麗事を………! 例え貴方がそうでも、他者は違う! 他者は貴方を蹴落とし、果ては貴方の大切な人さえ殺す!」

「それは絶対じゃないよ!」

「そうよ。故に、互いに否定しきることはできないわ」

「……アフロディテ、どうして貴方はそこまで世界を憎むの?」

「世界? 違うわ………私が真に憎いのは人間よ!
 私は人が大っ嫌いなの!」


 世界では無く、人間が嫌い。アフロディテの形相は憤怒と憎悪に満ち、見るものすべてを戦慄させる。


「私はね、赤子の頃に両親に捨てられて孤児院で育ったの」

「え?」


 突如として訥々と語り始めたアフロディテは、リュウビの訝しんだ声に耳を貸さずに続ける。砂塵が舞い、時折砂利と岩が擦れる音が響く。それでも、リュウビの耳にはアフロディテの声が綺麗に届いていた。


「孤児院は私以外にも何人かの子供がいたわ。別に仲が悪い訳でもなく、不自由なく育った」


 ならば、ここまで人間を嫌いになれるはずが無い。いったいアフロディテに何があったと言うのだろうか? リュウビは、それを考えずにはいられなかった。思考をぐるぐると廻らせて、しかしアフロディテの言葉から耳を離さない。


「だけど、私が大人になっていくにつれて、周囲は変わっていった。
 私の見目に、現を抜かす愚者共が出てきたのよ」


 それまで変化のなかった砂嵐が、急に収縮し始めた。じりじりと周囲から狭まっていく砂嵐に、リュウビはどう脱出するかを改めて考える。


「人に好かれるのは、別に嫌なことではないわ。
 ……でもそれが、“ただ欲求を満たすためだけ”だとしたらどう?」

「欲求を満たすだけ………?」

「平和な世界に生まれた貴方には、分からないでしょうね………“慰み者”の痛みが! 苦しみがあっ!」

「ッ!?」


 慰み者─────つまりアフロディテは、身体を弄ばれたのだ。それも、同じ孤児院で育ったものたちに。


「死ね! 死ね! 死ねえええぇっ! 死んでしまえ!」


 当時のことがフラッシュバックしたのか、アフロディテは急に錯乱し出した。それまでゆっくりだった砂嵐が、一気に迫ってきた。


「イーブン!」

《Double Saber Form.》


 リュウビは、真上の口が閉じてしまう前にそこまで一気に上昇すると、迫ってきていた小石や砂礫から目を庇う様に腕でそこを覆い隠し、更に岩から身を守れるようにイーブンの形態をダブルセイバーにする。


(くっ!)


 重たい─────その言葉が口を突いて出てしまわぬよう必死に唇をきつく結び、例え腕が千切れそうになっても懸命に巨大な剣を持った。


「……これで終わる」


 アフロディテは、完全に閉じた砂嵐を見てそう呟き、続いて溜息を零した。そこには、感心、呆れ、驚き………ともかく、様々な感情が入り混じっていた。一番多いのはきっと、“仕留められなかった”自分への侮蔑だろう。


「………そう思っていたのに」


 改めて深い溜息を吐くと、先程までの戦闘までは抱いていなかった怒りが、瞳に宿り始める。アフロディテの鋭い眼光が射抜くのは、不屈の心を持った少女。 彼女の額からは血が少しだけ流れており、その傷が恐らく先程の砂嵐を突破する際に何かで切ったものだとすぐに予想がついた。


「存外、しつこいのね。リュウビ」

「みんなが教えてくれたから。私は、絶対に折れない………不屈だって」


 着地して、リュウビは膝をつく。成功するかどうか分からないギャンブルに無理をした所為で、心臓が今にも張り裂けそうなほど早く鼓動を刻んでいる。


《Master.》

「うん、大丈夫」


 イーブンが心配してくれるが、リュウビは笑んだ。無理をしているのはお互い様だ─────彼女の笑みが、そう言っている気がした。

 リュウビの額からは血が出ており、それは砂嵐から脱する際に突出してきた小石に切られたのだ。その血は止血する程のことでもないし、魔力が大事なのでこれ以上消費する訳にもいかないので放っておく。ゆっくりと伝い、目のすぐわきを通りぬける。


「………せっかく生き延びたのだから、それを祝して昔話を続けてあげる」


 楽しそうに嗤うアフロディテに、リュウビは未だに戸惑いを覚えずに入られない。何故彼女はここまで狂ってしまったのだろうか?


「ふふ、不思議そうな顔をしているわね。大方、『どうして私がここまで狂ったのか』なんて考えているんじゃない?」


 言い当てられ、リュウビは思わず一歩後ろに下がってしまう。怖気づいたら喰われる─────分かってはいるが、戦慄せざるを得ない。それほどまでの狂気を含んだ笑みだった。


「下らないことを………。
 いい? 貴方は私が狂ったと思うでしょうけど、本当は違う。真に狂ったのは、私を弄んだ愚図どもよ!」

「そんな………」

「ほぉら、信じられないでしょ?」


 リュウビの反応を予め分かっていたかのように、アフロディテはそれを嗤う。


「それこそが、私が人間を殺す理由。奴らは信じられないから異端を妬み、憎む。そして果ては殺す!
 それが赦せないから! 赦されないから! 私は私を弄んだ愚図どもを殺して殺して殺して………! 殺しつくした!」


 内包した狂気の総てを吐きだすみたく、アフロディテは語る。叫ぶ。それは、まるで嘆いているようにも見えて、リュウビは思った。『彼女は本当は、心のどこかで信じたいのだ、人間を。だけど、今までの愚行が彼女を狂気へと誘う。破滅させろと、自分が叫んでいるのだ』と。


「なのに、その後私は大量殺戮者として逮捕されたわ。どうしてなのかしら?」


 虚空へと投げられた問いかけは、何も得ずにただ消えていく。まるで、空っぽになっている自分を体現しているようで、アフロディテは腹立たしかった。


「私はただ、私を守っただけなのに! 己を救いたかっただけなのに!
 なのにどうして………! どうして私が蔑まれ、排除されなければならない!? どうして私が異端視されて、被害者の方が可哀想だと庇われる!?
 私を助けてくれなかったくせに! 私を見捨てたくせに! 私を……………私を見殺しにしたくせに!」


 吼号を続けるアフロディテの瞳が、次第に潤んでいく。それは、何に対する悲しみなのだろうか? 自分を助けてくれなかった人間への失望? それとも………?


「だから私は、助けてくれたゼウスに従うの。彼の思想と、その人を愛してきたわ!
 ヘラのことなんかどうでもいい! 私は、私を助けてくれたあの人を愛している! だから殺すの! あの人の障害となるもの、総てを!」

「それは……それは貴方が利用されているかもしれないんじゃない?」

「ッ!」


 今まで黙っていたリュウビが開口一番呟いた。それは、アフロディテを驚かすには充分過ぎる一言だった。どんな言葉を浴びせられるか、猛攻が来るかは分か らなかったが、それでもリュウビは気付いて欲しかった。アフロディテの行動には“意思が無い”ということに。ただゼウスに命じられるまま、彼の人形として 戦うなどあってはならない。


「アフロディテ、 貴方には意思がある! それを、他者の為に固定化しないで!」

「固定化するな、ですって………?
 ふ、ふふふ………あはははは!」

「な、何がおかしいの!?」

「リュウビ、貴方は骨の髄まで甘ちゃんね。私は貴方みたいに、そんな甘い考えを持たないわ。
 人間が一番大事なのはなにか分かるかしら?」

「一番、大事………?」


 問われて、リュウビはすぐにデュアリスのことが思い浮かぶ。


「私は、好きな人だよ。愛している人が一番大事」

「あら、素敵な話ね」


 リュウビの答えを聞いて、アフロディテは笑った。だがそれは、すぐに嘲笑の波に呑まれて消える。


「だけど、仲間はどうかしら?」

「そ、それは………」


 愛する人と同じくらい大事な仲間。リュウビにだって、それぐらいいる。迷いが、彼女の思考を支配していき答えを出さぬように強制的に口を閉ざされる。


「そう。大事だと思うのが誰なのかは人それぞれ、千差万別だわ。
 私はそれを知っている。知っているから、私は私がゼウスに心酔しているこの状況を何とも思わないわ」

「そんな………!」

「意思が無いと言われようと、ゼウスを愛すると決めたのは、誰であろう私! 自分自身なのよ!
 リュウビ! 貴方は甘いわ! 相手を想いやろうとする心は立派だから、それだけは褒めてあげる。
 だけど所詮それだけ。立派なだけで、決して何も出来やしない! 甘いだけで、誰も救えはしないのよ!」

「違う!」


 アフロディテに甘いだけと言われて、リュウビはそれを真っ向から否定する。


「確かに私は、甘いのかもしれない。だけどそれは優しさだよ!」

「優しいだけじゃあ、人は救えない!」

「それでも! それでも私は諦めない! 私の優しさは強さだと教えてくれた! みんなが、私は不屈だと言ってくれた!
 だから私は諦めない! 私の優しさで、人が救えると信じているから!」

「やっぱり貴方は甘ちゃんだわ! それは単に嫌味を言われているだけよ!」

「それはないよ」


 アフロディテの一言に、リュウビは強く否定せず、そして怒りもしなかった。笑っていた。リュウビは、笑っていた。


「デュアリス達はみんな、誰も嫌味なんて言わないもん。
 だから、私はみんなが教えてくれたこの不屈で勝つ!」

「……戯言を!」


 双剣を構え直し、アフロディテはそれぞれをしばし手で弄ぶ。感触を確かめ、それに納得がいったところで空を薙いで剣尖を向ける。


「お喋りが過ぎたわね。いい加減、死んでもらうわ」

「私は、死なない。だって、貴方を助けたいから………」


 アフロディテと同様に、リュウビは何度もイーブンを握り直す。幾度目かの握り直しに、リュウビは頷いて、両刃剣を下段に構えてそれの剣尖を何故か背後に向けた。


「ほざいたわね! なら、私を救えずに死せ! アンドロギュノス!」


 ゴオッ! と風が啼いた。アフロディテの魔力が膨れ上がっていくのが、肌で感じられるほど分かり易かった。全身を風で包んだかのように、彼女の周囲では翡翠色の風が啼いていた。


「カートリッジ!」

《Load Cartridge.》


 それに対し、リュウビはブレードフォームのままカートリッジを消費する。威力が絶大な反面、取り回しがし辛いダブルセイバーでは荷が勝ち過ぎているためだ。


「死ねえええええぇぇぇぇっ!!」


 今までは砲撃で牽制してきていたアフロディテだったが、今度は彼女自ら仕掛けてきた。アフロディテが大地を思い切りけると、そこは小さくはあるが確かに凹みを生んだ。


「はあああぁぁっ!」


 吼号で自らを鼓舞して、リュウビも一歩を踏みこんだ。

 すぐに、互いの距離が零になる。


「ぐうぅっ!?」

「ははぁっ!」


 得物がぶつかり合い、金属音が響く。それまでの間に、リュウビはいったい何度痛みを感じただろうか? 慌てて己の腕を見ると、浅くはあるが確かに斬られていた。


「鎌鼬………!」

「御名答!」


 アフロディテが纏っていたのはただの風では無く、鎌鼬だったのだ。それを理解して、リュウビは距離を取ろうとする。だが、アフロディテは上手く風を操ってリュウビよりも速く動いて彼女の前に立った。


「くっ!」

「ほらほらほらぁっ! 守るんでしょ!? 救うんでしょ!? どうしたのよぉ!?」


 劣勢に立たされたリュウビを見て、アフロディテは好機とばかりに攻め立てる。腕が、足が、腹が………ありとあらゆる箇所が鎌鼬によって浅い切り傷を作っ ていく。その度に苦悶するリュウビだったが、ふと違和感に気がつく。アフロディテが纏っている鎌鼬はどれも、致命傷になる程の傷では無く浅いものばかり。 しかも、こちらから仕掛けた覚えはないのに、アフロディテの身体のそこかしこに同じ様な傷があった。


「アフロディテ、この魔法は………!」

「気付いた? えぇ、そうよ。アンドロギュノスは、お互いの同じ場所に同じダメージを与えていく魔法。致命傷を与えられないというのもあるけど」

「どうして、こんな真似を!」

「どうしてですって?
 あははは! そんなの決まっているじゃない! 貴方が私を救おうとすればするほど、私が傷ついていくのを見せたかっただけよ!」

「狂ってる………!」

「そうよ、私はもう壊れちゃったの! でもだから何!? だから何だって言うのよぉぉぉ!?
 狂っていたら悪いの!? ふざけるな……ふざけるなああぁっ! 私は私自らの意思で狂っただけだ! だから私は狂ってなどいない! 私は私だ! 私なんだ!」

「アフロディテ………」

「私は狂っていない! 狂ったのは世界だ! 人間だ! 私を見捨てた総てが狂っているんだ!
 なのに………なのにどうしてそれが分からない!? どうしてそれを理解しない!?」

「そんなの決まってる………“知っているから”だよ!」

「なっ!?」

「世界が憎いって、誰だって考えたことがある! 私だって、考えたもの!
 だから分かる。だから知っている。世界が狂っているって!」

「あはは! じゃあ貴方も私達と一緒よ! 世界を、人間を! 総てを殺しましょう!」

「でも、そうじゃない! そうじゃないんだよ、アフロディテ!」

「はぁ?」

「世界は確かに狂っている。でも本当は違う!
 誰もが不幸なの! 誰もが弱い人間なの! だから自分じゃない何かが狂っているって見てしまうの!」

「はっ! そんな言葉を宣ったところで、誰も理解しないし認めないわ!
 自分が弱いと、不幸だと!? 誰がそれを認めるって言うの!?」

「認めなくていいんだよ! ただ、知ればいいの。時折、感じてくれればそれでいいんだよ!」

「それを認められないから………認めたくない程の苦しみが、痛みがあったから! 私は狂った総てを壊すと誓ったのよ!
 誰もが皆、それを受け入れるはずがない!」

「だったら、私が救う!」

「ほざけええええええぇぇぇぇぇっ!!」

「アフロディテ、確かに優しいだけじゃあ救えないよね。それは私も本当は気付いていたよ。
 でも、だからなのかな? だから、私の目指す不屈がなんなのか、分かったよ!」

「だったら、それを見せてみなさいよ!
 終末の嵐(エスカトロジー・サイクロン)!」


 鎌鼬を推進力に変えたアフロディテは、一気にリュウビへと肉薄した。それを阻もうと一閃するも、それは容易く避けられ、しかも背後を許してしまう。首根っこを掴まれるや否や、リュウビはそのまま発生した竜巻に呑みこまれる。


「あああぁぁっ!」


 強烈な痛みに、リュウビは意識を手放してしまいそうになる。だが、それを認めまいとアフロディテがその竜巻の中を廻ってリュウビを切り裂く。一太刀浴びせるのに成功すると、再び竜巻に乗って一回転してからもう1度リュウビを斬る。


「負け……ないっ! 私は、負けない!」


 リュウビはイーブンの指示に従い、風の軌道を読んで自らも竜巻に乗る。


「やる!」


 見よう見まねですぐさまできる芸当ではない。もしかしたら彼女には、その才があるのかもしれない。

 アフロディテは先に竜巻から脱すると、そのまま口を閉じてリュウビを逃がさないようにしようとする。しかし、その前に彼女が自分とまったく同じ軌道で脱したのが目に入った。ただ、かなり高く飛んでいる為、着地までは時間を要するのが分かった。


「イーブン、ダブルセイバーフォーム!」

《Double Saber Form.》

「はは! 貴方は学習しないのかしら?
 そんなに重たい武器じゃあ、重さに耐えられなくてすぐに落下してしまうでしょ? 狙いを定めるなんて不可能よ!」

「そうだね。“だから私は、ここに跳んだんだよ”」

「き、貴様………!」


 リュウビがいる場所。そこは─────


「ここからなら………貴方の真上からなら、一気にいける!」


 ─────アフロディテの直上だった。


「これで決める! グランド……ゼロ!」

「舐めるな! 神聖の風(パフォス)!」


 ダブルセイバーフォームの剣尖に魔力を集中させたリュウビに、アフロディテは集束砲で対抗する。お互いの力がぶつかり合い、行き場を失った魔力の奔流が激しさを物語っていた。


「ふざけるな………! ふざけるなあああああぁぁぁぁっ!」

「負けない! 絶対に!」

(こんな甘ちゃんに……何も知らない子供(ガキ)に! 私が負けてなるものか!)

(私は、負けない! 私の不屈は、優しさは………! 相手の身になって考えるもの!
 私が出した答えは………相手の気持ちを、考えを汲み取る力!)

「うあああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!」

「ぐっ……うぅ………!」


 未だに衰えを知らないアフロディテの集束砲に、リュウビの方が危機感を募らせていく。次第に、愛機にも罅が入っていく。小さな欠片がイーブンから剥がれるように舞い、リュウビの頬を撫でた。


《Master.》

「……うん!」


 イーブンの言いたいことが分かった。リュウビは頷き、愛機を信じて動くのを待った。

 そして、突如として爆発が起こる。それは、丁度アフロディテの集束砲とリュウビのダブルセイバーがぶつかり合っていた場所。そして黒い煙からはちらほらと“デバイスの欠片が”舞い落ちてきた。


「は、はは……ははは! 勝った! 勝ったわ!」


 悦楽に浸るアフロディテ。その表情は恍惚に満ちており、勝利を確信していた。それはそうだろう。先程まで使用していたデバイスが壊れたのだ。誰だって勝利を疑わない。

 だから─────


「はっ、あああああぁぁぁぁ!」


 ─────リュウビが黒煙から身を躍らせるとは思いもしなかった。


「そん、な………。
 嫌、いやぁ………ゼウ、ス………この世界を、壊して………」




















「はぁ、は……はぁ………」


 アフロディテを傍らに、リュウビは大きく息を吐く。

 彼女が最後の一撃を決められたのは、偏に愛機の協力があったからこそ、だ。リュウビが持っているダブルセイバーは、片側の刃が完全に壊れていた。それが、先程アフロディテに勝利を信じ込ませた欠片を降らせていた要因だ。

 イーブンが持ちかけたのは、“集束砲とぶつかり合っている側の刃を壊して、その隙に勝敗を決する”というものだった。どうにもギャンブル性の高いものではあるが、それでもリュウビはその策を選んだ。お陰で、イーブンのボディはもうかなりが大破してしまっていた。


「作り直さないとね」


 何とはなしに呟き、リュウビは微笑した。


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