小説
第30話 「落日」
「ほう、貴様の得物は銃剣か」
「そういうアンタは、弓か」
セイバーという称号を冠しているアポロンの武器が、剣ではなく弓矢である事に、デュアリスは少しばかり驚く。
「そうだ。が、セイバーの称号も伊達ではない」
それを証明するように、アポロンは背中に背負っている剣の柄を揺らす。
「敢えて不得手な弓で貴様と戦うが、決して貴様を過小評価している訳ではない」
自分と瓜二つの顔が目の前で笑っている光景はあまり快いものではないが、何故かデュアリスの内には苛立ちは沸き上がって来なかった。
「貴様が、私にコレを抜刀させてくれるその時を楽しみにしているぞ」
矢筒から3本の矢を指に挟み、弓に備えて弓弦を引くアポロンの笑みはまるで、これから始まるであろう戦いに心を踊らせている─────嬉々としたものだった。
何故それが、自分に分かるのだろうか?
(そんなの、決まっている!)
銃剣を両手に構え、デュアリスも笑った。
(俺も、アイツと同じ気分だからさ!)
デュアリスとアポロン。2人が引き鉄を引いたのは同時だった。
魔法少女リリカルなのはStrikerS-JIHAD
第30話 「落日」
相殺の爆発で起こり、舞い上がった煙の中を、デュアリスはアポロンに向かって走りだし、突き抜けた。
接近戦は確かに苦手な部類に入るが、からきし出来ない訳ではないし、アポロンに剣を抜かせてみたかった。
「ショート!」
《Short Ballet.》
小さな魔力弾を右手の銃口に生成し、それが完了次第、アポロンに放つ。
「その程度!」
アポロンはそれを、矢、もしくは背負った剣で対処せず、弓に薄い魔力を纏わせて弾いた。
確かに、この程度の攻撃で倒せるはずなどないし、デュアリスもそれは理解している。だが、形を失った魔力弾の本当の狙いは、この部屋を微かな魔力で満たす事だ。
なのはとレイジングハートに魔力運用のコツを教えてもらい、彼女と同様に、特大の集束砲を放つ際に空間の魔力を再利用する方法を会得したのだ。
「ブレード!」
《Short Blade.》
今度は、左手にある銃剣のナイフに魔力を薄く纏わせて、アポロンの弓とぶつけ合う。
この際、別に魔力を纏わせる必要はないと思えるが、教わった魔力の運用を独自に変更したデュアリスにとっては、これも切札への布石になり得るのだ。
「はぁっ!」
しかし、やはり本家の騎士は強く、得物が不得手な弓であるにも拘わらず、アポロンは押し返してきた。
「クリティカル………!」
「ッ! デストラクト!」
《Destruct Blade.》
「……アロー!」
鍔迫り合いの状態で、アポロンは魔力だけで作り出した矢を弓にセットし、瞬時にデュアリスへと放つ。だが、それよりも早くデュアリスはその場から飛び退き、迫る矢を銃剣のナイフで切り裂いた。
「ふむ。銃剣でありながら接近戦に持ち込み、更に銃撃戦を拒むか」
空中に逃げたデュアリスを見上げながら、アポロンは次の矢を構え、次々と放つ。
「これくらいなら!」
迫りくる矢に対し、デュアリスは冷静に捌き続ける。
(今度は魔力を纏わせないか)
ただの矢を飛ばすと、デュアリスは銃剣に魔力を付与せずに弾く。その変化が、アポロンには気がかりだった。
これでも幾度も戦場を駆け抜けてきた。微かな変化─────それも、戦に関係ないかもしれない事でも、彼は常にその変化に注目してきた。それが、彼を戦場で勝利へと導いた鍵だった。
「何れにせよ、俺の魔力を無駄に消費する訳にもいかぬな」
デュアリスの真意を探る為に大量の魔力を消費するなど、愚の骨頂。それこそ、無尽蔵の魔力があるのなら話は別だ。
矢を殺到させたとしても、デュアリスは体勢を崩していないし、崩したとしても勝利を掴むにはまだ彼の体力も魔力も、有り余っているだろう。
「ならば!」
アポロンは弓を持ち手を中心に、腕に纏わせる様に折り畳む。折り畳まれた弓の内からは、仕込みナイフが飛び出し、その光輝く刀身は獲物を待ち受けているみたいな印象を与える。
「斬り伏すまで!」
跳躍し、一気にデュアリスまでの距離を詰める。アポロンは、デュアリスが間合いに収まる時には既に、右手にある弓に備わった刃を振り上げていた。
「ぐっ!」
咄嗟に、スピードを上げて回避しようと試みるが、アポロンの左手の拳がそれを許さない。
「かはっ!?」
完全に叩き込まれた一撃にデュアリスは呻くが、次に迫り来る弓の一閃を喰らう訳にもいかず、銃剣を交差させて刃を受け止める。
「まさか、弓を振るうなんてな………」
キチキチと刃と刃が噛み合う音が、戦いの緊張感を高める。
「貴様らは、武器の使い方を固定化してしまっている。
弓はただ矢を射る為の道具ではない。仕込みナイフを使えば殴打、切断。弓の尖端での刺突も可能だ」
鍔迫り合いを続け、やがてデュアリスは周囲に魔力弾を展開する。
それを見て、アポロンは飛び退く。
「矢はこの様にも使えるぞ!」
鏃の尖端に魔力を強く込めて、魔力弾が偏っている場所に向かって投げる。
「鎌鼬!」
ジャベリンみたく投げられた矢は、魔力で構成された鎌鼬を纏い、デュアリスの魔力弾を次々と破壊していく。デュアリスはその光景を見て、魔力弾の操作を止めて大きく右側に迂回しながらアポロンに迫る。
あの矢を正面から受ければジャベリンの様な勢いで体勢を崩され、追撃を喰らう可能性があったし、それを紙一重でかわそうとすれば、ドリルの様に矢の周囲を忙しなく回転している鎌鼬の餌食になったからだ。
アポロンは武器の形状を変えずに、様々な手立てを持っていた。
「まったく……とんでもない奴だよ、アンタは!」
「褒め言葉として受け取っておこう!」
再三に渡って、鍔迫り合いと簡易的な銃撃戦を繰り返した。
(魔力散布は上々だな)
それほどの大量の魔力を消費した訳ではないが、幸いな事にアポロンには魔力を散布している事に気付かれてはいない様だ。
(問題は、どうやって追い込むか、だな)
例えなのはから教え聞いた集束技術を使ったとしても、一撃でアポロンを仕留めなければ反撃されてこちらが痛手を受けるしかない。
(ともかく、やるしかない!)
デュアリスはアポロンと鍔迫り合いをしたままの体勢から飛び上がり、彼の背後に回ろうとする。
「させるか!」
だが、ふっと押しあって拮抗していた力が弱まった瞬間、アポロンはデュアリスの行動を見抜き、大剣を握り一閃する。
(かかった!)
しかし、デュアリスはアポロンが大剣の柄を握った時点でニヤリと笑む。そして、ほんの僅かな時間だけ飛行して、振るわれた一閃よりも遅れて彼の背後に降り立つ。
「もらった!」
「まだ!」
銃剣の尖端にあるナイフでアポロンに迫るが、彼は大剣から手を離し、ナイフで刃を受け止めた。刃と刃が噛みあい、独特な音を立てる。
「くっ………!」
「速さでも、俺の方が上手の様だ…な!」
「うあっ!?」
ナイフを拮抗させたまま、しかしアポロンはすぐに体勢を崩させようと、デュアリスの足の甲を踏みつける。痛みに負けて顔をしかめたデュアリスに対し、アポロンはバランスが崩壊した好機を逃さず、彼を押し倒す。
「ふんっ!」
「ぐっ!」
押されてゴロゴロと転がったデュアリスに向かって飛びかかり、アポロンは彼の顔面の直上からナイフを立てて一気に降下する。それを受け止める自信は彼にはなかった為、デュアリスは後転してかわし、立ち上がりざまに追撃に来させぬ様に魔力弾を放ちながら更に距離を取る。
「そらぁっ!」
放たれた魔力弾は、アポロンの足元に転がっていた大剣を振りまわした事で容易く弾かれる。
「喰らえ!」
大剣はその重みから、一閃すれば引き戻すのに時間がかかる。デュアリスはそれを狙って、アポロンが魔力弾を弾いた刹那、砲撃を仕掛けた。
《Load Cartridge.》
「ツインカノン!」
銃剣を頭の後ろまで一旦持ってきて、それを前面に振り戻すと同時に、紫紺色の砲撃がアポロンに迫った。
「ぐ……うおおおぉぉ!」
咄嗟に、アポロンは腕に折りたたまれていた弓を前面に展開して、更に腕を交差させて砲撃を受け止めつつ鼓舞するように咆哮する。
「負ける……かあああぁぁ!」
この好機を逃す訳にもいかず、デュアリスは更に魔力を注ぎこんだ。次第に、砲撃はその大きさを先程よりも増していく。
その瞬間、ピシッと何かが砕けた様な音が耳に入った。すぐさま、自分の愛機を見る。だが、トワイライトにはどこも異常は見受けられない。
《敵側の武器でしょう》
デュアリスの視線に気がついて、トワイライトは意見を断言する。
「このまま………押し切る!」
《Yes!》
デュアリスの決意に応じるべく、トワイライトは最大限のサポートをしようと、今の砲撃の出力を上げようと試みる。だが─────
「射殺せ、絶風! 風王の断絶(インビジブル)!」
─────ゴオッと一際大きな風の音がした。
デュアリスはそれに気がついた瞬間、魔力を注ぎこむのもまともに中断せず、無理矢理その場から離れた。彼の銃からの攻撃はどちらも生きていたが、アポロンの一射によってぐにゃりと捻じ曲がる。かと思うと、途端にそれらはあっという間にこの空間から消え去ってしまった。
「な、何だ……今のは………」
「よくぞかわした………そう褒めてやろう」
先程よりも疲れは見受けられるが、それでも未だに涼しげな顔をするアポロンの足元には、彼が今までしていたと思われる弓の断片が転がっていた。
「風王の断絶(インビジブル)は、全ての攻撃、或いは物質を。有無を言わさず捻じ曲げ、そのまま断ち切る技だ。
だが、いかんせん弓が耐えられない技でな。このままでは壊されるだけだっただろうから、文字通り一矢報いたというわけだ」
ナイフを片手でくるくると回しながら弄び、そして構える。
「では、次はナイフ(コイツ)でいかせてもらおうか!」
アポロンは身を屈め、1つの弾丸となりデュアリスに突撃する。デュアリスは慌てて体勢を立て直したばかりな為、捌き切れずに腹部を浅く斬られる。
「くっ!?」
痛みに耐えながらも、反撃にと魔力弾をこさえた銃剣をアポロンの頭部に向け─────ようとして、再び走った痛みに驚き、引き鉄を引く時間が僅かに遅れる。
ダァンと銃特有の音が響き、木霊する。だが、その時には既にアポロンは場所を移動しており、今度は横からデュアリスに迫っていた。
「うおっ!?」
真一文字に振るわれたナイフを屈んでかわし、しかし目の前に迫った蹴りまではかわしきれず、デュアリスは蹴飛ばされる。
(くそっ!)
距離が開いたからと言って、これは好機ではない。寧ろ危険だ。蹴飛ばされて地面に身体が落下してから立ち上がるまで何秒を要するかは分からないが、先程のアポロンの速さを考えれば、その何秒が何十秒と同じだろう。
(だったら………!)
ここで体勢を整えるのは得策ではないと判断し、デュアリスは一旦、空中に逃げた。
「そう来ると思ったぞ、少年!」
「なっ!?」
だが─────
「これで………終わりだ!」
─────アポロンはデュアリスの行動を見抜き、あろう事か先に空中に移動していたのだ。
彼のナイフが、ギラリと鈍く光る。
「させるかよ!」
《Calamity Rain.》
トワイライトのコアが発光し、肉薄してくるアポロンの周囲を魔力弾で埋め尽くす。
「ほう?」
しかし、アポロンはそれに対して恐怖も驚きもしない。ただ、楽しんでいるだけ。
そして、魔力弾が一斉に彼へと襲いかかった。
「どうだ!?」
《…Master!》
状況を把握しようと、トワイライトに聞いた瞬間、彼は警告の声を発する。それと同時に、多くの魔力弾に晒されたと思われたアポロンが姿を現した。
「まだ無事なのかよ………」
『いい加減、嫌になる』と付け加えそうになったが、ここで挫けそうになる要因を自らに取り入れるなんて愚行を犯す気にはなれず、デュアリスは諦めて呑みこんだ。
「喜べ。これでも少しは私を手こずらせているのだぞ?」
「そりゃあ、とても光栄だよ」
大仰に肩を竦め、デュアリスは迫ってきたアポロンに向かって魔力弾を数発放つ。
放たれたそれらは皆、かわされ、弾かれる。
(やっぱり、接近戦の中で一番の武器はナイフかな)
繰り出される攻撃をかわしつつ、反撃を試みるが中々決定打は打ち込めない。そんな中、デュアリスはかつてリュウビと一緒に考えていた事を思い出す。
それは【接近戦に使う武器の中で最も強いと思うものは何か】と言うものだ。その中で、デュアリスもリュウビも、ナイフについて話した事があった。
ナイフは、相手が銃などの遠距離からの攻撃方法を持っていた際には確かに、接近するまでに一苦労だろう。だが、目の前にいるアポロンの様な手練の騎士であるならば、そんなのは瑣末なものにしかならない。
そして、銃には『構え』『停止』『引き鉄を引く』という3つの動作が必要となる。『構え』は言わずもがな、銃を構える事。そして『停止』は、構えてから微調整する必要性がある為。そして、最後に『引き鉄を引く』………と言う事だ。
だが、ナイフは違う。『抜き』の一動作だけであらゆる角度からの攻撃を可能としているのだ。その上、ナイフは突き出しと引き戻しの際にも斬る事が出来るので、一撃で『突き』と『戻し』による攻撃が出来る。
先程、腹部を斬られた際に反撃しようとして出来なかったのも、引き戻しの一撃を喰らったからだ。
「喰らえ!」
「おっと!」
ナイフの腹を上向きにしたり横向きにしたりと、アポロンはデュアリスに攻め立てる。
(だが、アポロンは………ここぞって時に大振りになる。
そこを狙えば……或いは!)
そして、その瞬間は訪れた。
「沈める!」
(来た!)
《Gravitation Force.》
大振りになったのをいい事に、デュアリスはトワイライトにあるナイフから相手を引き寄せる魔力を発生させ、アポロンのナイフと銃剣のナイフの尖端同士をぶつけ合う。
「むっ!?」
「これで………!」
《Positron Blazar.》
紫紺色の閃光が走った。
「…っ、はぁ、はぁ………」
肩で息をしながら、デュアリスはアポロンが吹っ飛んだ方向に目をやる。途中にあった巨大で美麗な造りをしている柱は折れており、土煙が濛々と立ち上っている。
「……これは、中々」
「はは、そりゃあこっちの台詞だぜ………」
項垂れていた頭を上げて、アポロンは笑う。立ち上がろうとするその足にはふらつきが見受けられる。どうやら、ダメージは通ったようだ。
「……こうもやってくれるとはな。
ならば、こちらも出し惜しみすまい」
(まだ何かあるのかよ………)
アポロンにはまだ隠し玉があるのか、彼は持っていたナイフで足元に何かを描いていく。
デュアリスの方も、散布した魔力を再利用し続けると言う隠し玉を駆使しているとは言え、アポロンがただ武器だけに熟練の腕を持っている訳ではないと言うのは少々厄介だった。
「太陽に禊ぎ、神託をその身に受けよ。我は太陽(神)の代行者にして太陽(神)そのもの。
夜が明けるから目覚めるのか? 否。ならば目覚めるから夜が明けるのか? 否。断じて否。
太陽(我)が促すのだ。故に目覚める。故に夜が明ける。太陽神の元、それは約束される」
勝手に進んでいくアポロンの詠唱を、デュアリスは何故か止める気にはなれなかった。いや、正確には“止められない”と言った方が正しいか。彼から発せら れる気迫─────プレッシャーと言った方が正しいだろうか? ともかく、威圧は凄まじいもので、デュアリスの動きを封じているみたいだった。
「神託神殿(デルフォイ)」
アポロンの詠唱が完了した刹那、空間が歪んだ。真っ白な何かに、部屋全体が塗り潰されていく。
やがてそれが収まった時、部屋は大きく様変わりしていた。先程まで戦っていた場所とは違い、清潔感に満ちた純白な壁と床、そして天井。部屋の四隅には、何かの像が鎮座しており、床と天井の中心には丸い太陽が描かれていた。
「……あ、あー」
いきなり聞こえてきた気だるそうな声に、デュアリスは驚く。ここには自分とアポロンしかいない。よもやアポロンがそんな声を出すはずがない。だが確かに、今の声はアポロンの口から発せられていた
「ようやっと俺が出てこれたぜ」
アポロンとは違う口調を訝しく思うデュアリスの視線に気が付いたのか、彼は笑って口を開いた。
「初めましてだな。俺の名前はヘリオス。
この空間、神託神殿(デルフォイ)の住人だ」
「ヘリオス………」
「俺はな、神託神殿(デルフォイ)から出られない決まりなんだ。
だから、お前と戦う為にはアポロンに神託神殿(デルフォイ)を開いてもらって、アイツの身体を借りる必要性があるのさ」
「じゃあ、アポロンは………」
「今頃はぐっすりさ」
自分の身体の胸元を指で差し、ヘリオスは傍に転がっていた大剣を拾う。
「アポロンの家は代々、俺と神託神殿(デルフォイ)を受け継いで生まれてくるが、使いこなせる奴はそんなにいねぇ」
淡々と語り、剣尖をデュアリスに向けてヘリオスは鋭い目付きになる。
「お喋りはここまでだ。お前はどれだけ俺を楽しませてくれるか……見物だぜぇ!」
剣尖を向けたまま、ヘリオスはデュアリスへと肉薄する。すかさず、魔力弾で反撃を試みたデュアリスだったが─────
「何………!?」
─────“魔力の結合が出来ない”。
「おらぁっ!」
「くっ!」
咄嗟に、僅かに身体を反らしてかわし、銃口をヘリオスに向ける。しかし、やはり魔力を結合させる事が叶わなかった。
「どうして!」
「あぁ、言い忘れていたがデルフォイ(ここ)じゃあ魔力は一切使えねぇぞ」
ニヤリと笑って、ヘリオスはデュアリスを捕まえようと手を伸ばす。デュアリスは跳躍して逃れるが、ヘリオスは大剣をブーメランの要領でぶん投げてきた。
「うわっ!?」
銃剣を交差させて身体へのダメージを軽減するが、大剣の重みは凄まじく、デュアリスは簡単に弾き飛ばされる。
「純粋な力勝負しか出来ない。それがここ、神託神殿(デルフォイ)の神託(ルール)だ」
圧倒的な不利に立たされたデュアリスは、ここが、ヘリオスが唯一いられる空間と言う点に着目していた。
(出られない空間はない。もし出られないのなら、アポロンだって外に脱出するのは無理なはずだ)
だがそれは、アポロンが今まで1度も神託神殿(デルフォイ)を使った事がない場合と、或いはアポロンの意思で解除される場合を除いた時だけに限られる。
(床も天井も、そして壁も全部変化している)
周囲を見回し、最初にいた場所と比べてどれだけの変化があるかを調べる。
「そらそらそらぁっ! 呆けている暇があんのかぁ!?」
デュアリスが何もしてこないのがつまらないのか、ヘリオスは執拗に攻めてきた。大剣を振るい、弓を引き、小刀を投擲し………様々な攻撃が繰り出される。
「くそ!」
飛んで、弾いて、時には痛みに顔を歪めて。デュアリスは回避と防御に徹しながら遂に違いを見つけた。
(あの女神像だ!)
部屋の四隅に鎮座している女神像が新たに加わっている事に気がつき、近場にあった女神像を1つ破壊した。
「へぇ? ソイツに気が付くとはな。いい勘してるぜ」
デュアリスが銃剣の尖端にあるナイフを深々と女神像に突き刺し、壊したのを見てヘリオスは楽しそうに笑った。
「だが、それだけじゃあ無理だな」
「何?」
余裕を見せるヘリオスはデュアリスに壊した女神像を見る様に顎で示す。ゆっくりと振り返ると、丁度女神像の欠片が元に戻り始めていた。
「なっ!?」
「ソイツはな、四隅にある全部を同時に壊さなきゃ何度でも甦るのさ」
デュアリスが呆然としているのを楽しそうに見詰めながら、ヘリオスは表情を歪めた。
「どうだ、絶望したか? ならその顔を見せてくれよ。
俺はな、何度も何度も何度も何度も何度も………何度も! そういう絶望した顔を見て楽しんできたんだ。
人が絶望する時こそ、楽しいもんはねぇぜ」
「俺は……………がる」
「あ?」
「俺は、絶望しても立ち上がる。そうさ……生きている限り、負けじゃない!」
「はっ! おもしれぇ、おもしれぇぞ、お前!」
デュアリスの反論に、ヘリオスは高らかに笑って対峙した。
(四隅の女神像を同時に壊すには、やっぱりナイフを突き刺して………)
デュアリスには、女神像を破壊する手立てがあった。魔法を使わなくとも、恐らく確実に破壊できるだろう。先程、ナイフを突き立てた時、女神像はあっさりと壊れた。それだけ脆いと言う事だ。
深い溜め息を吐いて、デュアリスはヘリオスに向かって走り出した。
「そらっ!」
接近を阻止する為に、ヘリオスは小刀を投擲する。それをナイフで弾き、デュアリスはスピードを緩めずにヘリオスに向かい続ける。
「ならよぉ!」
大剣を構え、デュアリスが間合いに入った刹那、円を描く様に大地を抉りながら刃を回転させる。
「おっと!」
しかし刃が大地に付けられた瞬間、デュアリスは強く踏み込んで跳躍する。
「バカが!」
それでかわしきるのを易々と認めてくれるほど、ヘリオスは柔な騎士ではなかった。デュアリスの体躯を下から切り裂こうと、大剣を容易く掬い上げる。
「悪いな」
「何っ!?」
だが、それこそがデュアリスの狙いだった。彼は自分に向かって振り上げられている刃に乗り、切り裂かれずに勢いに任されて隅っこまで飛ばされる。
「もらった!」
眼前と右側にある女神像に向かって、銃剣のナイフが射出される。
「おいおい、それじゃあここから出られねぇぞ?」
ヘリオスは焦らずに女神像の末路を見守っていた。
やはりその造りは脆いのか、あっさりと砕けてしまう。そしてすぐに、元の形に戻り始めた。
「残念だったなぁ!?」
怒声と共に、デュアリスに向かって大剣が飛んできた。走ってそれを間一髪のところでかわし、呼吸を整える為にまた溜め息を吐く。
(いや……“これでいい”)
デュアリスにはまだ、焦りは生じていなかった。まだ賭けは生きているからだ。次の女神像を一瞥し、近い方に向かって駆け出す。
大剣は先程、ヘリオスが投げたばかりなので彼の手元にはない。ならば、今が好機だ。走りながら、先の2つの女神像に向かって放ったナイフをパージして、新たなナイフを取り付ける。
「武器はアポロンの専門なんだぜ?」
目の前に立ったヘリオスが、デュアリスに肉薄する。
「俺はどっちかって言うと………無手の方が好きなんだよぉ!」
「しまっ………!?」
アポロンとの戦いで、【相手は武器を使う】と言う先入観を植え付けられたと気付いた時には、鳩尾にヘリオスの蹴りが入っていた。
「ゴホッ!」
「止まったな?」
痛みに耐えかねてスピードを緩めてしまったデュアリスは、ヘリオスに一気に畳み掛けられる。
「おらおらおらぁっ!」
手刀、足刀、肘、膝、頭………ありとあらゆる体躯の一部が武器となり、デュアリスを襲った。
(くっ……技はどれも、出鱈目か!)
全身を武器にして襲い来るヘリオスに、デュアリスはその動きに注目してなんの武術なのかを予測しようとする。だが、まるで喧嘩屋の様に攻撃の方法はバラバラだった。
「そぅらぁっ!」
「ッ!?」
しかし、そこでヘリオスが突いてこようとした拳の形を見て目を見開く。
「おっとぉ!」
「何ぃっ!?」
デュアリスが攻撃を受け止めたので、ヘリオスは少なからず驚く。彼の拳の形は、握り拳だが、親指を中指に当てている形─────中高一本拳だった。
「楔(キーラ)の指の型………そうか、お前が使っているのは、カラリパヤトゥか!」
「へぇ? よく知ってんじゃねぇか。
だがなぁ……知っているからって俺に勝てる訳じゃねぇんだよおぉ!」
「ぐあぁっ!?」
カラリパヤトゥとは、インドに古くから伝わる、オイルを用いたマッサージ医療を併せ持つ医部同術武術である。一説によれば、これを達磨大師が中国に伝え、中国武術が生まれた………とまでされており、武術の元祖の様な存在なのだ。
「経穴(マルマン)を!?」
カラリパヤトゥは、経穴(マルマン)と呼ばれる箇所を断つ事が出来る。
(ヴィレイサーから聞いた事はあったが………)
地球の出身者の中で、武術に長けているのは彼だけ。その彼から色々と武術を聞いていたお陰で、ヘリオスが使っていたのがカラリパヤトゥであった事はすぐに分かった。だが、それだけだ。
(腕が………)
経穴(マルマン)を断たれた右腕が、徐々に重たくなっていく。痺れが回っているのだと理解した時には、ヘリオスに腕を掴まれ、空中に投げられていた。
「死んじまええぇっ!」
蹴りがくる─────デュアリスはすぐさまそれに気がつき、可能な限り身を捻ってかわそうとする。
「マハーシヴァキック!」
ゴオッと蹴りで空を切る音が響いた。既の所で紙一重でかわし、デュアリス右腕をだらんと下げたまま、残りの2つの女神像に向かって走り出した。
「トワイライト!」
《Twin Shot!》
2丁だった銃剣を左右の側面で連結し、ナイフをそれぞれの女神像に発射する。そして、動かない女神像はその白い荘厳な造りをした岩の身体にナイフを呑み込む。
「爆ぜろ!」
《Unlimited Explode.》
デュアリスがトワイライトに命じた、その瞬間─────
「何ぃっ!?」
─────先に破壊して、既に再生していた2つの女神像も壊れた。
「デュアリス! テメエェェ!!」
ヘリオスは神託神殿(デルフォイ)が消えてしまう前に、彼へと走り出した。振り返ったデュアリスの首を掴んだ………が、それと同時に彼は意識を手放す事を余儀なくされた。
「ぐっ……うぅ………」
アポロンはゆらゆらと疲れ気味な状態を隠そうともせずに立ち上がる。その瞳には、驚きと感心。そして、僅かな嬉々が宿っていた。
「よもや、ヘリオスを退けるとはな」
「女神像を壊した時、ヒントをもらえたからな」
トワイライトを合体させたまま、デュアリスは銃口を彼に向ける。
「ナイフを突き刺して壊した時、ナイフの尖端が折れたんだが、女神像はそれを含んだまま再生していた。つまり、一定の範囲内にある物も含んで女神像の形を再構築するんだろ?」
「ふふ、そこまで見抜くとはな。流石だ」
アポロンが称賛をくれたと言う事は、どうやら間違いではないらしい。
「だから俺は、ナイフで女神像を壊して、それを再構築の際に像の内部に入る様にしたのさ」
「そして、残りの2つを壊すと同時に、先の2つの中に仕込まれたナイフを爆発させた………と言う訳か」
「あぁ、正解だよ」
ナイフを爆破させるあの魔法は、距離に限界がない。故に、遠くに離れても起爆出来たのだ。
「しかし、どうやら貴様はヘリオスに経穴(マルマン)をやられたようだな」
下げているしか出来ない左腕は、動かせない訳ではない。だが、それに近い状態である事に変わりはない。
(魔力散布は充分だ。後はただ、やり抜くだけ!)
(奴の切札は恐らく………いや、間違いなく砲撃が切札だろう。それも、特大な集束砲)
デュアリスは、切札の確認を。そしてアポロンはその切札への対処をそれぞれ考えていた。
無音の世界に、2人の呼吸が響く。そして─────
「トワイライト!」
─────最後の一手が幕を開けた。
《Load Cartridge.》
先に動いたのはデュアリス。
アポロンは、大剣を変形させる 刃の中から更に刃が出てきて、広刃の大剣となる。
「スターライトォォ………!」
《Starlight………》
「ブレイカーーー!!」
《Breaker!》
なのは直伝の集束砲を、アポロンの直上から放った。
「強固な護り手(シビュラ)!」
アポロンの叫びにも似た声が轟く。それと同時に、彼が展開した広刃剣の上に更に10個の角をもつ巨大な盾が出現し、デュアリスのスターライト・ブレイカーを一身に受け止める。
「撃ち破れ!」
《Load Cartridge.》
強固な護り手(シビュラ)を容易く壊せないと判断するや否や、デュアリスはトワイライトにすぐさま命じる。コアが、主の願いを叶えるべく点滅し、カートリッジを使いきろうとする。
集束砲の威力がグンと上がり、アポロンは片膝をつく。だが、デュアリスがカートリッジを全て使いきったと見た彼は、ニヤリと笑った。“まだ、彼には明かしていない手の内がある”のだ。
「……輝き散る者(フォイボス)」
シールドと広刃剣が砕け散る。
集束砲が通った!─────だがそれは、間違いだった。
「なっ!? そんな………!?」
先程までアポロンを跪かせていた集束砲が─────スターライト・ブレイカーまでもが、そこから綺麗さっぱり消えていた。
「私に強固な護り手(シビュラ)、そして輝き散る者(フォイボス)を使わせた事は褒めてやろう」
悠然と立ち上がるアポロンに残された武器は、右手にある小刀だけ。一見してデュアリスの方が有利に思えるが、今までの戦い振りを見ればそれが浅はかな考えであるのは明白だ。
「輝き散る者(フォイボス)は、強固な護り手(シビュラ)と広刃剣を犠牲にして、全ての攻撃をなかった事にするものだ。
だが、犠牲になった広刃剣は再び基礎から作らなくてはならないからな。いかんせん、使い勝手が悪い」
片手で小刀をくるくると弄び、空を一閃してその切っ先をデュアリスに向ける。
「貴様はカートリッジを使い果たした。これで、今度こそ決着だな」
「………いや、それはどうかな?」
不敵な笑みを浮かべたのは、アポロンだけではなかった。デュアリスも笑っている。それが虚勢かどうかはすぐに分かった。
「俺がただ集束砲を撃っているだけだと思ったのか?」
その一言が、アポロンに気が付かせた。
「そうさ。この部屋には、俺が大量に散布した魔力が充満しているんだよ!」
デュアリスが銃口を天井に向けると、それを合図に、彼の周囲に数十………いや、数百の魔力弾が出現した。
「捌ききれるか、セイバー!?」
「言われずとも、やり抜くのみ!」
「だったら………喰らえよっ!」
《Meteor Swarm.》
「流星雨(メテオスウォーム)!」
一発の魔力弾が、駆けた。その次の瞬間、数多の魔力弾がアポロンに殺到した。
「調和(キタラ)!」
だが、どの魔力弾もアポロンが振るう小刀によって防がれる。
彼が使っている小刀─────調和(キタラ)は、敵の攻撃に魔力がある場合、それと同じ質量の魔力を刀身に付与する事が出来る。故にアポロンは、被弾しながらも致命的になりそうな攻撃は防げているのだ。
「もらったぁ!」
デュアリスは魔力弾で弾幕を張り、アポロンの背後を取った。
「私の動きを完全に止めるには、些か量が足りないな」
また、散布した魔力を再利用して直射砲を放ってきたデュアリスの一撃を、アポロンは直上に飛んでかわす。そんな彼の周囲に、ワンテンポ遅れて魔力弾が展開された。
「上を開けておいたのはわざとさ!」
そして、足下には淡い光を銃口に宿したデュアリスがいた。今度こそ、アポロンに逃げ場はなかった。
「終わりだ! ガトリング・ブラスター!」
魔力弾と直射砲が、アポロンに一斉に向かった。
「………見事だ」
無数の魔力弾と砲撃に呑まれる中、アポロンは静かに呟いた。
「もう罅割れが酷いな………」
《Don't worry.》
微かではあるが、トワイライトの返事には砂嵐が混じっていた。コアは無事だが、銃剣を象っているそれには罅が入っていた。
「帰ったら、リュウビに怒られるな」
これから確実に起こるであろう出来事を予測して、しかしデュアリスは笑った。【帰れる】─────それが、なにより嬉しかったから。
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