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第23話 「信念」
目の前で毒々しさを放つ魔力の奔流。
そして、その奔流の行き先にある3つの魔力球。
それを今にも解き放とうと、目一杯に弓弦を引くアルテミス。
「消えて。」
冷酷な声と瞳がヴァンガードを戦慄させる。
「デッド・トライアングル!」
そして、死を運ぶ三角形が放たれた―――――!
「させるかぁっ!」
[Load Cartridge.]
「氷花停流!」
強度のあるシールドを展開し、その表面に、更に氷花停流を加える。
アルテミスの放ったデッド・トライアングルは、ヴァンガードのシールドに大きな衝撃と共にぶつかる。
「ク、オオオオォォォォォォ!!!」
だが、それに負けぬよう気力を奮う。
氷花停流の効力が発揮され、徐々にデッド・トライアングルが凍っていく。
(行ける!)
そう確信したヴァンガードだったが、予想外の事が起きる。
(砲撃を凍らせる気ね………。
そうはさせない………。)
アルテミスだ。
彼女は再び弓弦を引く。
「“第2射”。」
「なっ!?」
こんなにも強大な砲撃を、すぐに2射目を撃つ。
アルテミスはそう言ったのだった。
「デッド・トライアングル………。」
そして、もう1射が放たれた。
「こなくそ!」
これ以上シールドが保てられるはずもなく、当然、ヴァンガードは危険に晒される。
「なら! インソムニア・スノウ!」
[Insomnia Snow.]
アークティックが強く発光し、白い微粒子がヴァンガードを捕らえていたバルーンに付着する。
「凍れ!」
ヴァンガードの叫びに応じ、白い微粒子は一気にバルーンの全身を凍らせた。
ワイヤーも切断し、アルテミスの砲撃をかわす事に成功した。
魔法少女リリカルなのはStrikerS─JIHAD
第23話 「信念」
「ハァ、ハァ………。」
なんとか砲撃をかわしたヴァンガードは、地上に降り立ち、肩で息をする。
(くそ………。
全ての12神を同時に相手にするにしても、個々に撃破するにしても、どっちにしろ、一筋縄で敵う相手じゃないな………。)
自分を見下しているアルテミスに視線を向け、ヴァンガードは内心、舌打ちする。
「まさか、バルーンから脱するとはね。
そういえば以前にも、そんな事があったわね。」
ドゥーエを助け出した時の事だと、ヴァンガードはすぐに理解した。
あの時も、今と同じように『インソムニア・スノウ』を使い、脱した。
これは、自分の魔力を雪のように舞わせ、相手に付着させた後、その身体を凍らせるというものだ。
それは、実体である人間だろうと、幻影で模られた物だろうと関係無い。
「アークティック、全開で行くぞ。」
[Yes,My Master.]
二刀流のアークティックを、フェイトのライオットザンバーと同様に重ね、巨大な大剣へと変貌させる。
「大剣の形で、私を捕らえられる?」
「俺の大剣は、他のよりも違う構造になっているから平気だ。」
ヴァンガードの大剣は、瞬時に重みを変更する事ができるのだ。
移動する時は軽く。
逆に攻撃する時は重くなる。
「そう………。」
ヴァンガードの答えに、アルテミスは面白がっている。
「なら、行くわよ!」
突撃してくるアルテミス。
彼女は魔力刃を出し、未だに膝をついているヴァンガードにそれを振り下ろす。
だが、それよりも早く、ヴァンガードは跳躍してそれをかわす。
アルテミスの背後に回り込み、すぐさま大剣で叩き斬ろうとする。
しかし、後ろに目があるみたいに、双頭の龍(ツインハルパー)が動き出し、ヴァンガードの大剣を受け止める。
「残念。」
「まだだ!」
彼女の双頭の龍(ツインハルパー)に掴まれた大剣を引き離そうとせず、ヴァンガードは魔力を大剣に注ぐ。
「このまま凍らせる!」
「チィッ!」
ヴァンガードの戦法に、アルテミスはさせまいと離れようとするが─────
「逃がさない!」
─────それよりも早く、ヴァンガードの氷が双頭の龍(ツインハルパー)を凍らせた。
「このぉ!」
アルテミスはバルーンを生成し、それでヴァンガードを攻撃する。
それを見たヴァンガードは、さすがに無理だと判断し、その場を離れる。
しかし、アルテミスの双頭の龍(ツインハルパー)は封じた。
これで、アレに魔力を吸い取られる事も、先程の砲撃を撃つのも無理だろう。
「よくも!」
バルーンと共に、ヴァンガードに迫るアルテミスだったが、突如として、その動きが止まる。
「なっ!?」
「インソムニア・スノウだよ。
気が付かなかったかい?」
彼女とバルーンは、ヴァンガードによって足を凍らされていた。
「悪いけど、これで終わりだ………。」
大剣の切っ先に魔力を集中させる。
「君達が世界を殺そうとする理由、それは納得する奴もいる。
だけど! 分かり合う人まで巻き込むなんてのは間違いだ!」
「所詮、私達を分かるなんて事、無理なのよ………。」
「どうしてそうやって、自分だけの中に閉じ籠る!?
その選択をし続ける限り、君は………君達は独りだ! 同調できるはずだ! そうやって、殻に閉じこもらなきゃ!」
「分かったような口を聞くな!」
「あぁ、分からないさ………。
分からないから言ってんだよ!」
ヴァンガードは、そこで会話を止める。
「これで終わりだ………。 フリジッド・ブラスト!」
大剣から放たれた水色の砲が、アルテミスとバルーンを呑みこんだ。
中央にあった噴水は粉々に砕かれ、水飛沫があがる。
それが虹をかけるが、ヴァンガードにはそれが悲しくみえた。
「こんな事をしなくても、俺達は分かり合えたのに………。」
苦々しく呟き、アルテミスの姿を探す。
「アルテミス………。
少なくとも俺は、君達を理解したかった………。」
悲しく目を伏せたその時─────
ザシュ!
─────ヴァンガードの腹部が斬られ、血潮が飛んだ。
「ここね………。」
ティアナが呟いた前には、扉があった。
「行くわよ?」
後ろを振り返り、スバル、エリオ、キャロに確認する。
「うん!」
「「はい!」」
3人とも、決意を秘めた瞳でティアナを見詰め返し、頷く。
その決意を汲み取ったのか、扉が開いた。
中に入ると、そこは今までの荘厳な造りとは違い、純白の壁で覆われていた。
正方形のその部屋に、4人は周囲を警戒しながら入っていく。
「っ!」
逸早くティアナが敵を見つける。
彼女がクロスミラージュを構えた先には─────
「女の子………?」
─────エリオやキャロと、さほど変わらない歳の少女がいた。
「………。」
その少女は黙って座ったままだったが、やがて動き出す。
立ち上がり、4人をゆっくりと見回す。
その目が、エリオを見て止まる。
そう思った瞬間、彼女の姿が消えた。
「うわっ!?」
否、物凄い速さでエリオに突撃したのだ。
それを紙一重の所でかわし、ストラーダで彼女の背後から斬りかかる。
しかし、それを予め読んでいたかのように、彼女は天井に急上昇する。
「速い!?」
「あの速さ………。」
「フェイトさんと同じぐらいですよ!?」
スバルは少女の速さに驚き、エリオとキャロは、彼女の速さがフェイトのものだと理解する。
「とにかく、ここで翻弄されたら勝ち目は無いわ!
散開して隙を窺うわ!」
ティアナの指示に従い、4人はバラバラの位置に散らばる。
それでも、フルバックのキャロの近くには、スバルがいる陣形を取る。
さすがにエリオをキャロの傍においては、あのスピードに慣れた者がおらず、こちらが苦戦を強いられる。
バラバラになったティアナ達を見、少女は1度地に下りる。
そして、自身の身の丈以上もある長銃を構える。
「エリオ!」
「はい!」
それを撃たせまいと、ティアナは魔力弾を放ち、エリオはスピードを活かして、接近戦に持ち込もうとする。
しかし─────
「遅い………。」
─────少女はポツリと呟き、再び天井へと急上昇する。
目標を失ったティアナの弾丸は、壁にぶつかる。
しかし、なんとかエリオは彼女に喰らいつこうとする。
長銃を持ったままでは、エリオに追いつかれる。
誰もがそう思っていたが、少女のスピードはエリオのそれを遥かに上回った。
「そんな!?」
エリオが驚き、背後を取られる。
振り向いても間に合わない判断した彼は、急降下する。
しかし、そんなエリオの目の前に、少女が先回りした。
「っ!?」
「1人目………。」
長銃をエリオに向け、少女は引き金を引いた。
ドォォォォン!
爆発が起こり、周囲が煙で満たされる。
「エリ……モガッ!?」
エリオの救援に向かおうとしたスバルだったが、それをティアナが制する。
「静かに………。
大きな声を出したら、私達の居場所までバレる………。」
「で、でも、エリオは!?」
声をなるべく低くして会話するティアナ達は、エリオと少女が戦っていた箇所に目を向ける。
「多分、寸前でソニックムーブを使って回避したと思う。
一瞬だけだけど、エリオの魔力光が確認できた。」
「そっか………。」
安堵の息を漏らすスバルだったが、物音が聞こえ、そちらに目をやる。
「ッ! ティア!」
スバルは小さな物音を聞き取り、いきなりティアナを突き飛ばす。
その直後、ティアナが先程までいた箇所に、魔力弾が走る。
「っ! この煙っている状態で!?」
ティアナ達は、未だに少女を捉えきれていない。
だというのに、少女の方が早くに撃ってきた。
「スバル!
キャロの傍にいてあげて!」
「うん!」
ティアナの指示に従い、スバルはキャロの傍へと駆けだした。
「キャロ、大丈夫?」
スバルが彼女の所に辿り着くと、キャロは身を低くしていた。
「はい。」
声を潜め、敵に狙われないようにする。
やがて煙が晴れ、全員の位置が把握できた。
スバルとキャロの先には、ティアナ、敵の少女、エリオの順で、ほぼ1列に並んでいた。
エリオのバリアジャケットは、多少ボロボロの箇所が見受けられたものの、本人にはさしたる被害も無く、以降の戦闘も問題無いと言えた。
「あなた、七星のメンバーにはいなかったわね。」
ティアナはクロスミラージュを下ろしたまま、少女に訊ねる。
「無理矢理戦わされているの?」
スバルも、相手を刺激しないように優しさを含んだ声でたずねる。
「違う………。」
しかし、彼女はそれを否定した。
「私は、フェイトって人の戦闘データを基盤に造られたの。」
「フェイトさんの戦闘データ!?」
「そう………。
私の名前はステラ。 真名は、アテナ。」
「アテナ………。」
アテナの目の前にいたティアナが、彼女の名を反芻する。
「もう、会話は終わり………。」
呟き、アテナは跳躍する。
そして、長銃を直下に向ける。
「まさか………!?」
ティアナは、アテナの長銃に収束されていく魔力量から、どんな攻撃が来るかを瞬時に判断し、スバルの方へと走る。
「ビッグバン・カノン………。」
引き金が引かれた瞬間、鋭い光芒が直下へと駆ける。
それが着弾したと思った時、そこを起点に巨大な爆発が起こった。
「ウッ………。
アル……テミス………?」
そして、ヴァンガードの方では、アルテミスが彼の腹部を刺した所だった。
「残念でした。」
刃を引き抜き、ケラケラと笑うアルテミスに、ヴァンガードは急いで距離を取る。
「あの砲撃は確かに危なかったよ………。
だけど、今一歩、私を倒すには至らなかった。」
ヴァンガードを追わず、アルテミスはただ淡々と述べる。
「次こそ、貴方の最期よ。」
バッと右腕を上空へと掲げる。
「噴水からの水分、勿体無いからね。」
アルテミスはISを使い、自身の分身となるバルーンを生成する。
「25体が限界ね。」
そう言って、アルテミスはバルーンでヴァンガードの周囲を囲む。
「これで、終わらせるって事か………。」
囲まれたヴァンガードは、バルーン達を見据える。
「えぇ。
貴方の死で、ね………。」
「それはどうかな?」
「ふん………。
負け惜しみを。」
ヴァンガードの自信に満ちた瞳に、アルテミスは不審に思うが、手を振り下ろす。
「やれええええええええぇぇぇぇ!!!」
その言葉に従うように、バルーンが一斉にヴァンガードに迫った。
それを目にしたアルテミスは、確信した。
「勝った。」
しかし─────
「ニブルヘイム………。」
─────そんな言葉が聞こえてきた。
そう思った瞬間、ヴァンガードに迫っていたバルーンが、全て凍りついた。
「え………?」
アルテミスはその光景に、ただ茫然としていた。
そして、凍ったバルーンは一瞬にして砕け散った。
その氷から姿を現したのは、大剣を一閃させた状態のヴァンガードだった。
「ど、どういう事!?」
「どうもこうも、君のバルーンと同じ原理さ。」
大剣の切っ先をアルテミスに向け、ヴァンガードは不敵な笑みを浮かべる。
「俺は、一定の空間内にある空気中の水分を、全て凍らせる事が出来るんだよ。」
そう言ったヴァンガードの足元からは、霧が立ち込めていた。
ヴァンガードがゆっくりと一歩を踏み出すと、その箇所が一瞬にして凍りついた。
「魔力消費が多過ぎるから、濫用は無理だけど。」
「クッ!
怯むな、行け!」
負けじとバルーンを迫らせるアルテミスだったが、ヴァンガードは意に介さない。
「凍てつけ………。」
冷酷な声で呟いた瞬間、バルーンは一瞬で凍りついた。
そして、そのバルーンに手を掲げる。
ゆっくりと、手を閉じていく。
それと連動して、バルーンを凍らせた氷に亀裂が走る。
「砕け散れ!」
ヴァンガードが手を握りこぶしにした時、氷は粉々に砕け散った。
「そ、そんな………。」
空気中の水分、全てを凍らせる。
その力に、アルテミスは成す術が無かった。
それでも─────
「あああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
─────最後まで諦めずに、ヴァンガードに迫った。
「終わりだよ、アルテミス………。」
しかし、そんな彼女の奮闘も虚しく、アルテミスは一瞬で氷付けにされた。
「だけど、君を殺したりはしない。
生きて、人が変われる所を見ていてほしいから。」
凍ったアルテミスを見据え、双剣を構える。
「氷砕閃!」
剣を一閃し、氷だけを砕く。
「世界の全てが、同じになる事は決して無い。
だけど、必ず同調してくれる人はいるんだ。」
氷から落下してきたアルテミスを受け止めながら、ヴァンガードはそう言った。
そして、彼のいる世界が僅かの間歪む。
やがてそれが収まった時、彼の目の前には扉があった。
「勝利、したんだな………。」
ようやく安堵できたヴァンガードは、緊張がほぐれた所為なのか、その場に座り込んでしまった。
「少しぐらいこっちで休んでても、怒られないよな………。」
彼は誰に言う訳でも無く、呟いた。
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