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小説
Episode 9 学院祭(後編)








 ティアナとの話を済ませて、足早に学園へと戻っていくレイス。昼過ぎになったお陰なのか、人込みも少しは減ってきた印象を受ける。やがて校門まで戻ると、アインハルトの姿があった。


「アインハルトさん」

「あ、おかえりなさい、レイスさん」


 声をかけると、アインハルトも駆け寄ってきてくれた。出迎えてくれたこと、歩み寄って来てくれたことが嬉しくて、レイスは笑みを浮かべた。


「どうしたんですか?」

「え?」

「急に笑ったような気がしたので……」

「あぁ、出迎えてもらえたことが、嬉しくて」


 実際に口にするのは中々恥ずかしいものだが、隠してしまうとアインハルトの機嫌を損ねてしまうだろう。なにより、言えることならばちゃんと言って、伝えたかった。


「そ、そうでしたか。嬉しいのなら、良かったです」


 急に言われたものだから、アインハルトの顔はあっという間に赤くなった。その顔をじっくり見たいものだが、レイスもつられて顔を赤らめており、互いに視線を交わせなくなってしまう。まだまだ恥ずかしさは抜けないようだが、悪い気はしない。


「と、ところで」

「はい?」

「レイスさん、昼食は……」

「まだですよ。今日は朝早かったので、お弁当も持ってきていなくて……」

「でしたら、一緒に食べませんか?
 リオさんとリオさんのお母様に、ルーフェンの郷土料理を教わって、作ってきたんです」

「それじゃあ、お言葉に甘えて」


 昼過ぎとは言え、来場者の多くが未だに食事を取っている。自分らの教室で食べることが望ましいだろう。途中で飲み物を購入し、並んで教室へと足を運ぶ。


「学院祭の方は、順調みたいですね」

「えぇ。迷子ぐらいはあるようですが、それ以外には目立ったトラブルもないようです」


 外部からの人の出入りは多いものの、教師や教会騎士が目を光らせているので大きなトラブルは滅多に起きないようだ。レイスとしては、アインハルトを始めとしてユミナやコロナ、ヴィヴィオらが何かに巻き込まれたりしないか気がかりだったが、どうやら杞憂に終わりそうだ。


(巻き込まれる頻度で言えば、僕の方が高いんですけど……)


 ティアナと話したことで、より強くホワイトライダーとその持ち主について意識せざるを得なくなったが、今は気にしていても仕方がない。一先ずはこの幸せを噛み締めていたかった。


「あら、2人で学院デートかしら?」

「レイダー……」

「相変わらずつれない態度ね、レイス」


 プリメラに対し、レイスは普段と変わらずに冷ややかな態度だった。アインハルトも警戒は解いていないものの、彼女に若干ほだされている気はしていた。

 レイスはしばし考え、やがて問いを投げる。


「レイダー、ホワイトライダーについて知っていますか?」

「……さぁ、知らないわ」

「本当ですか?」

「えぇ、本当よ。少なくとも、“ホワイトライダーについては”、ね」


 含みのある言い方に、レイスは更に問いを重ねる。アインハルトも彼女の発言に気付いたようで、耳を傾けた。


「では、ホワイトライダーの持ち主については何か知っているんですか?」

「えぇ。名前と性別くらいだけど……知りたい?」

「もちろんです」

「…知ったら、戻れないわよ?」

「え?」

「ホワイトライダーのマスターが今どう動いているのかは知らないけど、少なくとも貴方が情報を得たら直接的な動きを見せるでしょうね。
 それも、貴方自身か、或いは……それ以外に対して」


 アインハルトを指さし、彼女にも危険が及ぶと言うプリメラ。相手のことが未知数なだけに、それだけは避けたかった。レイスはまだ、心のどこかで誰も巻き込みたくないと願う気持ちがあるのだ。


「まぁ、そう簡単に話せないのは私も一緒だけど。
 ホワイトライダーの持ち主に監視されている可能性もゼロってわけじゃないんだから」

「それは……」

「私に危険を冒させるだけの覚悟、いつか見せてごらんなさい」


 いつもの妖艶な笑みを見せ、プリメラは去っていく。自分の考えだけで情報を引き出す訳にはいかないと改めて感じ、レイスは溜め息を零す。


「レイスさん……」

「大丈夫です。すみません、心配をおかけしてしまって」

「では、改めて」

「そうですね」


 止めていた足を再び進め、教室へ向かう。クラスメートは全員が遊びまわっているか学院祭の出し物にいそしんでいるかのどちらかのようで、教室には誰もいなかった。アインハルトとしてはレイスと親しくできるから寧ろ幸いだ。


「初めてだったので、形はイマイチなんですが……でも、味はリオさんからお墨付きを頂きましたから、大丈夫です!」

「では、早速」


 アインハルトは緊張の面持ちだが、リオとその母親からお墨付きをもらったのならば問題はあるまい。レイスのその予想通り、味は申し分ない。彼がにこやかな笑みを見せると、アインハルトもほっと安堵の息を漏らす。


「美味しいです」

「良かった。初めてで不安でした」

「そこまで気にしなくても……アインハルトさんが僕のために作ってくれたのなら、それだけで嬉しいですし」

「それでも、私としては美味しく食べてもらいたいんです。
 では、残りは私から」

「え?」

「レイスさん。はい、あーん」

「えっと……どうしてもしなきゃ、ダメですか?」

「ダメです」


 前は差し出すだけでも恥ずかしがっていたが、今は少し慣れてきているようだ。一方のレイスは未だに恥ずかしいままで、彼女がどうしてここまで積極的になったのか疑問であり、少しばかり羨ましくも思う。


(まぁ、焦っても仕方ないですよね)


 アインハルトが差し出してくれた分を口に運びながら、レイスはこの瞬間の幸せを堪能するのだった。





◆◇◆◇◆





 昼食を終えた2人はその足で学院を周る。既に競技台は直っているのだが、クラス代表者にも休息は必要だとユミナが言ったことで、自由時間をもらっている。


「レイスさん、お化け屋敷に入ってみませんか?」

「お化け屋敷ですか」


 高学年の生徒が作った力作とのことで、既に学院内外で見事な出来だと上々な評価を得ているらしい。アインハルトに手を引かれるまま、お化け屋敷へと向かう。列はそれなりに出来ているが、長くないのですぐに入れそうだ。


「アインハルトさんは、お化け屋敷は初めてなんですか?」

「えぇ。1度もありません。レイスさんは?」

「僕は……あぁ、以前フェイトさんと入ったことがありますね」

「……え?」


 レイスも入ったことはないだろうと予想していたアインハルトだが、彼の返答に目を丸くする。そして見る見るうちに不機嫌な顔になっていった。


「そうですか、フェイトさんと」

「え? あ、いや、別にあれはデートとかではなく……。
 僕がまだ、自分を殺そうとしていた時のことで」


 各日、ヴィヴィオやリオ達と出掛けた時のことだと話すと納得してくれたが、それでもアインハルトの機嫌は未だに斜めだった。


「むぅ」

「あ、あはは」


 剥れる彼女に苦笑いするしかできず、レイスは頬を掻く。しかしいざお化け屋敷に入っていくと、雰囲気に呑まれたのかアインハルトは身を強張らせる。一方のレイスは全く気にしていないようで、自然とアインハルトの手を取った。


「こ、こんなことで赦したりしませんからね」

「分かっていますよ。でも、怖そうだったので」

「こ、怖がってなんて───!」


 そこまで言った矢先、陰から脅かしに来たお化けが目の前に出てきた瞬間、アインハルトの悲鳴が響き渡った。


「あ、あの……アインハルトさん?」

「な、なんですか?」

「歩きにくいんですが……」


 彼女が悲鳴を上げてからと言うもの、レイスの腕にしがみついて離れようとしない。驚く度に腕を掴む強さが増して痛いのだが、温もりのない義手で彼女を安心させられる訳もない。


「レイスさん」

「はい?」

「私は、怖いんです」

「はい」

「理由は、それだけで充分じゃないでしょうか?」

「……はい」


 僅かながら涙を眼尻に溜めているところを見ると、どうやら本当に怖いようだ。握力はともかくとして、普段見られない一面を目にできると、やはり可愛いと思ってしまう。


「レイスさんは、どうして怖くないのですか?」

「どうしてと言われても……造りは精巧ですし、驚きはしますよ。
 でも、結局は作り物ですからね」

「うぅ……私だけ怖がるなんて、なんだか恥ずかしいです」

「そんなことはありませんよ。
 それに、僕からすれば愛らしい一面だと思いますから」

「そっ、そんなことありません! 愛らしくなんて……」

「アインハルトさんが認めようと認めまいと、僕の受ける印象に変わりはありませんけどね」

「もう、レイスさんは意地悪ですね」

「こんな風になるのは、アインハルトさんに対してだけ、ですよ」

「ほ、本当に意地悪です」


 真っ赤になった顔を見られまいと視線を背けるアインハルト。その反応も、レイスにとっては愛らしいものだった。

 無事にお化け屋敷を出ると、アインハルトはすぐに離れてしまった。いつまでもくっついているのが恥ずかしかったのか、はたまた周囲の目が気になったのかまでは分からないが。


「次は……ヴィヴィオさん達のところに行きましょうか」


 アインハルトに連れられてヴィヴィオのクラスに顔を出すと、すぐにコロナが迎えてくれた。


「レイスさん、アインハルトさん、来てくれたんですね」


 嬉々とした表情を見せるコロナに、まさかアインハルトに提案されたとは言えず、苦笑いするレイス。アインハルトも自分が連れてきたとは言わずに店内へと足を運んだ。


「玩具のカーニバルは、今は休憩中なんです。すみません」

「いえいえ」

「でも、料理は助っ人が来たので美味しくなりましたよ」

「助っ人、ですか?」

「では、サンドイッチを」

「僕も同じものを」

「はい♪」


 厨房に消えていったコロナを見送り、助っ人が誰なのか考え、首を傾げる。


「誰、でしょうね?」

「さぁ? でも、コロナさんが言うなら間違いないかと」

「そうですね」


 程なくして出来上がったサンドイッチが持ってこられた。早速一口食べると、アインハルトは静かに頷いた。


「確かに、最初に来た時より美味しいような……」

「この味付けは、もしかして……?」

「レイスさん、アインハルトさん」

「コロナさん」

「サンドイッチを作った人、連れてきましたよ」

「あ、あはは。私が作りました」

「ユミナさん!?」

「どうしてこちらに?」

「うん、ヴィヴィオちゃん達に誘われてね。
 それで、よかったらお手伝いしようかなぁって」


 言いながら、しかしユミナは何か落ち着かない様子だった。


「どうかしましたか?」

「いや、その……初等科の子の制服を貸してもらったから、スカートが短くて……」

「そ、そうだったんですか」

「ごめん、コロナちゃん。厨房に引っ込ませてー」

「無理言ってすみません」


 そそくさと厨房へ戻っていくユミナの後ろ姿を見送ると、確かにスカートが短い。目で追う訳にもいかずすぐに視線を外したつもりだったが、アインハルトがじっと睨んできているため咳払いして誤魔化し、コーヒーを飲んだ。





◆◇◆◇◆





 ヴィヴィオのクラスでゆっくりした後、アインハルト、ユミナの2人と共にクラスの出し物に戻り、閉会まで楽しんだ。

 終焉のセレモニーは校庭にて聖歌を斉唱し、学院祭は幕を閉じた。

 魔法の炎が校庭を照らす中、アインハルトとレイスは少し離れた椅子に並んで腰かけていた。互いにその炎を無言で眺めていたが、不意にアインハルトがレイスの手を握った。しかしレイスもまた、声を上げずにそっと握り返す。指と指とを絡め合い、その温もりを確かめるように握る力を少しだけ強くする。

 ホワイトライダーと、その持ち主の話を聞いてから、そのことが気になって仕方がなかった。不安や恐れと言った様々な感情がない交ぜになってレイスの気持ちを逆なでする。アインハルトもそれに気付いているが、特に言及はしてこない。いや、気付いているからこそ、目一杯楽しませようと心がけているのかもしれない。


「レイスさん」


 声をかけられて彼女を見ると、微かに頬を赤くしているアインハルトが目に入った。艶やかな碧銀のツインテール。吸い込まれそうなほど綺麗な双眸。年相応な柔らかな唇。どれもがレイスを魅了してやまない。そんな愛おしい彼女はちょっと恥ずかしそうに、しかし笑顔を見せていた。その笑顔を曇らせることは、絶対にあってはならない。

 ホワイトライダーとその持ち主と相対すれば、間違いなく危険な事態に陥るだろうし、アインハルトを不安にさせてしまうだろうが、いつまでも立ち止まってはいられない。それにもし、自分と同様に王への憎しみを持っているのなら、いつアインハルトが狙われてもおかしくはない。


「アインハルトさん」


 そっと頬に触れて、指先で唇を撫でる。それが何を意味しているのか気付いたアインハルトは、静かに目を閉じた。レイスもそれに合わせて、ゆっくりと顔を近づけていく。

 この笑顔を、最愛の人を守る。何があっても、絶対に──その誓いを胸に、レイスはアインハルトと口付けを交わした。










◆──────────◆

:あとがき
久しぶりの更新にて、遂にレイスとアインハルトがキスをしましたー!

そんな愛するアインハルトを守りたいと思うレイスですが、流石に無理はしません。
そんなことしたら周囲から怒られますからね(笑)

さて次回の更新ですが、またしばらくは未定とさせて頂きます。悪しからず。






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