「それでは、行ってきます」
「私たちも後で顔を出すわ」
「ハルにゃんやヴィヴィちゃんによろしくな〜」
いつものように玄関まで見送りに来てくれるヴィクトーリアとジークリンデの言葉を背に、レイスは学院へと向かう。いつもより少しばかりだが早めに家を出た理由は、今日から行われる学院祭にある。特に義務ではないが、クラスで行う出し物によっては、こうして早めの登校を必要とする場合もあるのだが、レイスは何か出し物に参加するわけではなく、単なる雑用係だ。早くに登校したからと言って、やらなければならないことが山積みになっている訳ではない。
ならば、何故こうも登校時間を早めたのかと言うと、ユミナからアインハルト用の衣装を真っ先に見てあげて欲しいと言われたからだ。最初は同じクラスなのだからいつでも見られると思ったのだが、コロナも自分のために衣装を見せてくれたことを思い出し、アインハルトもそう感じているだろうと考えたため、ユミナの誘いを承諾した。
自転車を走らせて到着した時、何気なく腕時計を見て時間を確認するといつもと同じ時間を要したはずなのに、早く到着したように感じられた。或いはアインハルトがどんな衣装を着るのか気になって早く着いたと言う可能性もすてきれないが、もしそうならば中々に現金なことだ。逸る気持ちはないと言い聞かせつつ教室へ続く階段を上り、廊下を曲がったところでユミナの姿が見えた。
「おはようございます、ユミナさん」
「あ、おはよう、レイスくん。アインハルトさんなら教室にいるから」
「分かりました」
それだけ言葉をかわすと、ユミナは講堂を使うための最終確認をしてくると言って再び歩みを進めた。レイスも教室へ歩き出し、教室へ入るべく扉を開いた。だが───。
「え……?」
レイスの視線の先には───。
「……え?」
何故か、着替え中のアインハルトの姿があった。互いに今の状況を呑み込めず、ただ呆然と見詰め合うばかりだ。だが、もちろんそんな状態でいれば、レイスの頭にはワイシャツのボタンが全開にされ、隙間から覗く綺麗な肌と水色の下着が焼き付けられていくわけで───
「す、すみませ───」
「レ、レイスさん!?」
───初心な彼には刺激が強かったのか、謝りきる前に気絶し、その場に倒れ込んでしまった。アインハルトはすぐさま駆け寄ろうとしたが、自分の格好を思い出して手早くジャージを着こんだ。
「アインハルトさん、着替え終わった……って、レイスくん!?」
そこへ確認から戻ってきたユミナに手伝ってもらい、なんとか保健室へ運ぶことができた。
「ごめんね。まさか着替え中に入るとは思わなかったから。
まぁ人の家でもなければアインハルトさんが遊びに来たって状況でもないし、ノックする方が珍しいよね」
「私も、鍵をかけるなりすれば良かったです」
顔を真っ赤にするアインハルトに対し、「見られたのがレイスで良かった」などと冗談めかしても言わない方がいいだろう。
「アインハルトさんも着替えた訳だし、私もそろそろ衣装に着替えないとね。じゃあ、また後で」
「はい」
ぱたぱたと忙しなく駆けていくユミナに、内心で感謝しながら保健室に戻る。しかしいざレイスが目を覚ましたらなんと言えばいいか分からずに頭を抱えてしまう。
(レイスさんに、見られて……!)
その時の光景を思い出すだけで、顔から火が出そうなほど真っ赤になる。深呼吸を繰り返して気持ちを落ち着かせていると、レイスが目を覚ました。最初は自分がどうしたのか分からずにしばらく呆然としていたが、アインハルトの顔を見て何があったのか思い出し、同じように顔を赤らめる。
「その……すみませんでした」
「い、いえ……こちらこそ、つまらない物をお見せしてすみません」
「え?」
「あ……いえ」
考えていた言葉とは違うものを口走ってしまい、互いにどうしたらいいか分からず沈黙が流れた。
「その……つまらないなんて思いませんでした。ただ、とても綺麗でしたよ」
「えっ……」
「あっ……」
フォローのつもりが、墓穴を掘ってしまった。ますます顔を赤くする2人を止められる者はこの場に誰もいないため、またも長い沈黙が続く。
「も、戻りましょうか。ユミナさんたちを手伝わないといけませんから」
「そ、そうですね」
アインハルトに上着を取ってもらい、袖を通しながら歩みを進める。まだ互いに妙に意識してしまうものの、だいぶ落ち着いてきた。
「2人ともおかえり〜」
先に戻っていたユミナは、もちろん余計な詮索などせずに迎えてくれる。
「ユミナさんも、衣装に着替えたんですね」
「うん。まぁ、単なるスーツだけどね」
「でも、似合っていますよ」
「えへへ、ありがとう♪」
レイスの言う通り、クラス委員として活躍するユミナの【できる女性】としての一面が感じられる素敵な衣装だとアインハルトも思っていた。しかも落ち着きのある色合いだけに、少しばかり羨ましくもある。
(流石に作って頂いた身としては、文句なんて言えませんが)
もちろんこの衣装はそれなりに気に入っているが、まだまだ恥ずかしさは拭えそうになかった。
「それより、アインハルトさんの衣装はちゃんと褒めたのかな?」
「在り来たりな言葉になってしまいましたが」
「褒めてもらえました」
気恥ずかしそうに頬を掻くレイスと、僅かに顔を赤らめるアインハルトを見て、ユミナは満足気に頷いた。
「うんうん。恋人なんだから、そういうことは忘れちゃダメだからね?」
「ですが、それでユミナさんをないがしろにしてはダメですよ?」
ユミナとアインハルト、2人からじとーっと睨まれ、レイスは苦笑いしながらその言葉を肝に銘じた。
◆◇◆◇◆
学院祭は開始から賑やかな装いを見せていた。聖王教会関係の学院故に、シンプルなものかと思われがちだが、その実敷地の広さや寛容な校風から他と比べても負けず劣らずの華やかさがある。
レイス達のクラス、1年B組は物珍しさからなのか開始早々盛り上がっており、中でも最も盛り上がっているのはアインハルトが対戦相手を務めるアームレスリングの部門だった。ユミナの解説も非常に好評で、アインハルトだけでなく各クラスメートの解説をしっかりこなしている。
「アインハルト選手、さらに連勝を伸ばしました! 早くも20連勝を達成です!」
連勝を続けるアインハルトは疲れを見せず、立候補してくれた来場者に握手する。
「アインハルト選手、順調ですね。衣装も可愛いですし♪」
「い、いや、これは皆さんが……!」
アインハルトが身に纏っているのは、ピンクを基調とした愛らしい衣装。初めて目にした時は本当に自分がこれを着るのかと驚いたのだが、せっかく作ってもらったものを断ることもできず、恥ずかしく思いながらもちゃんと着ていた。
「さぁ、最強のアインハルト選手に挑戦する方はいますかー?」
観客に呼びかけるユミナ。しかし20連勝と好調なアインハルトに自ら望んで挑む挑戦者はだいぶ少なくなってきたのかすぐには手が上がらない──かと思ったが、すっと手が伸びた。
「はいはーい、次は俺がやる」
「では挑戦者の方、どうぞ〜。よろしければお名前を」
「名乗る程の者じゃねぇんだけどな。
ハリー・トライベッカだ。腕相撲1000勝無敗の、な」
「ハ、ハリー選手!?」
「今日はえらく可愛い格好だな? “あいつ”の趣味か?」
「違います! レイスさんにそんな趣味は……ない、と思います」
「ふーん」
にやにやと玩具で楽しむような笑みを見せるハリー。もし彼女の言うように、レイスにこんな衣装を着せる趣味があったらどうしようかと思うが、深呼吸して気持ちを落ち着ける。
「なんと、次の挑戦者は格闘技選手です!
しかもインターミドル都市本選常連のトップファイター! 砲撃番長(バスターヘッド)こと、ハリー・トライベッカ選手!」
「おぉ、詳しいんだな?」
「格闘技ファンなんです〜♪」
「ハリー選手、今日はどうしてこちらに?」
「チビ達から招待状が来たんだよ。
で、そういえばまだお前とは戦ったことがなかったと思ったもんだからさ……そんじゃあやろうぜ、覇王様」
ユミナに促されて競技台に手を置くハリー。その眼差しは真剣で、インターミドルで戦ってきたアインハルトにもはっきりと分かる程に強く、鋭いものだった。気を抜けば一気に持っていかれるに違いない。アインハルトは意を決して、彼女の手を握る。
(握っただけなのに、凄いプレッシャーだ……でも、負けません)
「レディ……ゴー!」
試合開始の合図と共に、2人は全力をもってぶつかり合った。
「わわっ!? しょ、衝撃波が出ました! 魔力が吹き荒れています!」
あまりの衝撃に周囲は少し離れたところから見守るが、ユミナはその場に留まった。無論危険だと判断すればすぐさま離れるが、いきなり全力を出したとなると、そう長くはないだろう。なにより、アインハルトが戦っているのだからそれを近くで見守るのは当然のことだ。
「俺の方が強いんだ……絶対に打ち負かす!」
「いいえ! 推薦してくれたユミナさんや、クラスメートのためにも……ここは譲れません!」
両者共に譲らず、力を拮抗させる。しかしそんな状態で魔力が迸り続けては当然───
「あっ、競技台が……!」
───手製の競技台は耐えきれず、粉々に砕け散ってしまった。
「これはノーコン! 両者、引き分けです」
「す、すみません。競技台を壊してしまって……」
「つい暑くなっちまったよ」
「気にしないでください。寧ろ熱戦だったので皆さんからの寄付も集まりました♪
アインハルトさん、競技台はこっちで直しておくからハリー選手の案内をお願い」
「で、ですが……」
「ハリー選手、後でサインをお願いします♪」
「おう」
競技台を壊してしまったことを気にしていたアインハルトだったが、ユミナは繰り返し気にしないでいいと言ってくれた。お陰でいくらか気分が楽になったので、ハリーに一言断ってから控室に向かう。
「レイスさん」
「はい?」
「私は少し休憩に入るんですが……レイスさんは?」
「すみません。さっきティアナさんから連絡があって、先日のハスラーの件で話したいことがあるそうなんです」
「そ、そうですか」
一緒に学院を周ろうかと思っていただけに、見るからに気落ちするアインハルト。レイスも同じ気持ちなのか、苦笑いしている。
「ですが、長い時間話し込むわけではないでしょうから、お昼過ぎには合流できると思います」
「分かりました。では、その頃になったら改めて連絡しますね」
「はい。あ、アインハルトさん、待ってください」
「え?」
「腕に怪我がありますよ」
レイスが指摘した箇所を見ると、微かだがかすり傷がある。恐らく先程競技台が壊れた際に、破片が飛んだのだろう。
「これくらいなら大丈夫ですから」
「ダメですよ。それに、僕が気になってしまいますから、せめて絆創膏はしてください」
急ごうとするアインハルトの手を取り、引き止める。鞄に入っている絆創膏を取り出して傷口にそっと張り付けた。
「はい、もういいですよ」
「あ、ありがとうございます」
「いえ」
レイスに腕を掴まれた時の強さは普段よりも大きく感じた。別にそれで痛めた訳ではないのだが、彼が心配しているのだと思うとなんだか嬉しくも思う。改めてレイスに礼を言い、アインハルトは今度こそハリーのところへ向かった。
「アズライト、ティアナさんから連絡は?」
《ありませんが、先程頂いた連絡の通りならあと10分程で到着すると思います》
「それじゃあ、入口で待っていた方がいいかもしれませんね。
この混雑具合ですし、合流が遅れると大変ですから」
《そうですね。では、そのように連絡しておきます》
「はい」
◆◇◆◇◆
「レイス、お待たせ」
「いえ。こちらこそ、お忙しいのにすみません」
10分後───。
事前に聞いていた通り、ティアナが学院に到着した。この混雑する学院内では話しづらい内容なので、近場の喫茶店に向かう。その道中、ティアナは少し周囲を気にしているようだったが、喫茶店に入ると鋭い眼差しは失せていた。
「じゃあ手短に言うわね。でないと、アインハルトが怒りそうだし」
「そ、それはどうでしょう」
既に1回、共に学院を周れないことを気にしていたのは黙っておいた方がよさそうだったが、ティアナは「ふーん」と意味ありげに笑っていた。
「こないだのハスラーの件なんだけどね。
貴方を襲撃する直前に脱走をしたの。それで、対応が遅くなってしまったのよ」
「直前に、ですか」
確かにそれならばティアナからすぐに連絡がなかったのは分かる。それにハスラーは自分が学院に未だに通っていることくらいは知っているだろう。
「問題は脱走の方なのよ」
「と言うと?」
「本人にはその兆候が見られなかったの。それに、簡単に脱走できるような場所じゃない」
「つまり、誰かが唆した可能性がある……と言うことですか?」
「そうなるわね。しかも、さらに困ったことがあって……ハスラーの意識が戻っていないの」
「え?」
「レイスが言っていたように、様子が変だったのを確認したかったんだけど……確保してからずっと意識が戻らないの。今は、植物状態と言って過言はないわ」
「そうですか……」
「何か心当たりはある?」
「……不確かなことではありますが」
「うん、それでも教えて」
ティアナを混乱させてしまわないか気がかりだったが、彼女が言うのだから話すしかないだろう。レイスは重たい口を開き、言葉を紡いだ。プリメラの存在、そしてもう1人、兄か姉がいるかもしれない可能性を伝えた。
「そう……可能性ではあるけど、ホワイトライダーと言うデバイスがあるかもしれないのね」
「はい。ただ、アズライトも知らないそうです」
「どう動いてくるのか分からないと、こっちも対策をどうするか悩むわね」
「今のところ、あれ以来被害はないので大丈夫だとは思うんですが……僕も僕なりに、アインハルトさん達を守っていくつもりです。
もちろん、必要だと思った時は頼らせてもらいます。必ず」
「なら、いいんだけどね。
それじゃあ、話はおしまい。アインハルトが待っているだろうから、早く戻ってあげなさい」
微笑むティアナに促され、レイスはアインハルトのもとへと急いだ。
◆──────────◆
:あとがき
久しぶりの投稿になります。
今回は学院祭、その前編になります。
後編ではアインハルトとのイチャイチャを少しでも増やせたらと思っていますが、果たして(ぉぃ)
とは言え、仕事でばたばたしていて中々執筆できていないんですけど……待っていてくれる方々には、申し訳ないばかりです。
では、また次回の更新で。
|