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小説
Episode 7 アインハルト・ファン・クラブ








 お昼時───。

 いつもならばユミナを含めた3人で昼食を取る時間だが、生憎と彼女はクラス委員に任された仕事があり一緒には過ごせそうになかった。そこでたまには二人きりで食べたいと言うアインハルトの申し出により、レイスは彼女と一緒に屋上へと続く階段を上っていた。だが───


「アインハルトさん、どうかしたんですか?」

「え?」


 ───どうにも、アインハルトに落ち着きが見られない。二人きりと言う状況に緊張しているのではないかと思ったが、そんな感じではない。


「それが……確かではないのですが、少し前から何やら視線を感じているんです」

「それは……アインハルトさんが可愛いからとかでは?」

「そ、そうなのでしょうか?」

「他に考えつかないんですが」


 苦笑いするレイスを、アインハルトはじっと見詰める。それに気が付き、思わず自分を指差して目を丸くする。


「え、僕ですか?」

「レイスさん、また誰かに好かれたのでは?」

「いや、流石にそれは……復学したばかりですし、ここのところはアインハルトさんと居る時間が多いですから」


 確かにレイスの言う通りだ。ならばいったいなんなのか。いくら考えても答えには辿り着けそうになかった。

 見当をつけるのは諦めて、屋上の適当な場所に腰をおろす。


「でも、もしレイスさんが言ったように私を好いている誰かだとしたら……どう思いますか?」

「どうと言われましても……被害さえなければいいかなぁと。
 アインハルトさんのことを目で追ってしまうのは、ごく自然なことですから」

「……え?」

「え? あ、いや……」


 自分の発言を顧みてとんでもないことを口にしたと気付き、レイスは慌てて弁明しようとする。


「す、すみません、変なことを言って……」

「いえ、そんなことは」


 互いに顔が赤くなっていくのを感じ、黙ってしまう。レイスは変なことと言ったのが気になり、アインハルトが先に口を開く。


「レイスさんは、そんなに変だと思いますか?」

「え?」

「もしそうなら、私も変と言うことになります。
 私だって、レイスさんのことを目で追いかけて……あっ」


 つい口走ってしまった。アインハルトは茹で蛸が如く顔を真っ赤にして、伏せてしまう。そんなところも可愛らしく、レイスはつい笑ったしまった。


「笑わなくてもいいじゃないですか」


 膨れっ面になるアインハルトを宥めてから、今は気にしても仕方ないと言って昼食を取ることに。


「そういえば、二人きりで昼食を取るのは久しぶりですね」

「えぇ。いつもはユミナさんが一緒ですから」

「……怒っていますか?」

「まさか」


 ユミナと3人でお昼を過ごすと決めたのはアインハルトが決めたことだ。怒るはずがない。寂しさは時たま感じるものの、嫌に思ったことは1度だってない。


「レイスさん」

「はい?」

「そ、その……口を、開けてください」

「……へ?」

「だ、だから……口を開けてください」


 いきなり何かと思ったが、アインハルトの必死の訴えに頷き、言われた通り口を開く。すると彼女はお箸で卵焼きを取り、その口へ運んでくれた。


「あ、あーん」


 消え入りそうな程か細い声でそう聞こえてきた。つまりは食べさせてくれると言うわけだ。


「…うん、美味しいです」

「ほ、本当ですか?」

「本当ですよ」

「良かったです。レイスさん、料理上手ですから、お口に合わなかったらどうしようかと」

「上手と言っても、特別舌が肥えている訳ではありませんから」


 安堵するアインハルトにもう1度「美味しかった」と伝えると、今度はレイスがおかずを箸で取った。


「では、アインハルトさんも」

「え?」

「ですから、あーん」

「えっ!? あ、えっと……あ、あーん」


 こんなところを誰かに見られた暁には恥ずかしさで気絶してしまいそうな気がした。





◆◇◆◇◆





 放課後になり、アインハルトとレイスは一緒に特訓しているヴィヴィオ達と合流するために教室を出ようとしていた。しかし───


「これは……?」


 ───2人の机の中に手紙が入っていた。どちらも差出人は分からず、中身の文章も一言一句違わないものだった。


「どうしましょうか?」

「とりあえず、ヴィヴィオさん達には先に行っていてもらいましょう」


 アスティオンにメールを送信してもらってから、並んで教室を出ていく。行き先は部活棟にある一室で、今は何かの集まりが使っているらしい。一応ノックすると、中から返事があった。誰もいなかったら無駄足になってしまうと思ったが、杞憂だったようだ。


(EFC?)


 扉に貼り付けられた紙にはそれだけ書いてあった。恐らくここで活動している部の名前だろう。それ以上は気にも留めず、2人は一言断ってから中に入る。


「失礼します。あの、呼び出されて来たのですが……」

「わざわざご足労頂き、ありがとうございます。ようこそ、EFCへ」


 応対してくれたのは、2人の少女だった。どちらも中等科の制服を着ており、顔立ちも似ている。双子の姉妹のようだ。


「アインハルト様、貴女が来てくれるのを待っていました」

「え、私?」

「そうです。なんたって私達は、EFCですから!」


 完全にレイスを置いてきぼりにする彼女らは、アインハルトをまじまじと見詰め、嬉しそうに手を取り合う。


「えっと……話が見えないのですが。そもそもEFCとはいったい……?」

「よくぞ聞いてくれました! EFCとは……アインハルト様ファンクラブの略です!」


 高らかに言い放つ姉妹。動きを練習したのか、ポーズを取るまでとても綺麗に揃っている。その流麗な動きに感心したのか、レイスは呑気に拍手していた。


「わー、凄いですね」

「レイスさん、感心するところではないと思いますが……」


 やはり彼はどこかずれているようだ。





◆◇◆◇◆





「改めまして、EFCの会長をしている、ニアと言います」

「ニアの妹で、EFCの副会長、リアです♪」


 出された紅茶を前に、アインハルトは2人から自己紹介を受けていた。だが、今彼女が最も気にしているのは、レイスと一緒に呼び出されたにも拘わらず、“座っているのは自分だけ”と言う状況だ。レイスはアインハルトの隣で立たされており、紅茶も渡されていない。明らかに彼をわざと省いている。


「実は、アインハルト様に来てもらった理由は……そこの男にあります」

「僕に?」


 じろりと睨むニアとリア。レイスは2人と初対面のため、何をしたのかまったく分かっていないようだ。


「アインハルト様を見守り続けてからと言うもの、貴方といる時間が明らかに増えています」

(まぁ、恋人ですからね)

「しかも今日は二人きりでお昼を召し上がり、あまつさえアインハルト様に食べさせることを強要していましたよね!?」

「み、見ていたのですか!?」


 まさか目撃者がいるとは思わず、顔を真っ赤にするアインハルト。ニアとリアは「当たり前だ」と言いたいのか頷いている。


「アインハルト様があのような辱しめを受ける必要はありません!」

「そうです! この男が食べさせる側にあるならまだしも、アインハルト様にあんなことをさせて……赦すまじ!」


 どうやら彼女らはアインハルトを大事に想っているようだ。アインハルトとレイスが恋仲にあることを黙っていようと決めたことが裏目に出てしまった。


「あのー……私とレイスさんは、ただの友達と言う訳では」


 さっさと恋人同士であることを言おうとするが、アインハルトは恥ずかしさから閉口してしまう。レイスとて恥ずかしいのだから、当たり前だろう。


「ま、まさか……!?」


 黙ってしまうアインハルトを見て、リアが何かに気がついたらしい。震えながら口を開き───


「お二人は、主従関係に!?」


 ───誤った答えを口にした。


「主従関係なら分かります。主であるアインハルト様が、“ペット”の彼にご飯を食べさせたのですね」

「ペット!?」

「私はレイスさんの主では……」

「ええぇぇっ!? じゃあ、アインハルトさんがレイスさんのペットと言うことに……」

「なりません!」


 主従ならば主と従者、或いは執事と考えるところを、何故か姉妹は主とペットで考えていた。アインハルトもレイスも、訳が分からず首を傾げる。


「では、どういう関係なんですか?」

「それは……」


 恋仲であると告げれば、彼女らの口から広がってしまう可能性が高い。冷やかされたりしたくないアインハルトは、やはり口を閉ざしてしまう。レイスもそんな彼女の気持ちを汲んで、黙っていた。


「では……せめてどちらが攻めで、どちらが受けなのかだけでも……!」

「攻め? 受け?」

(スパーリングのことですかね?)


 顔を見合わせるアインハルトとレイスは、攻めと受けの意味が分からずスパーリングでの攻め手と受け手のことだと勘違いしたまま口を開く。


「私が攻めの場合が多いですね。
 でも最近は、レイスさんに攻めをお願いしていますけど」

「ア、アインハルト様はそれでいいのですか?」

「え? えぇ、もちろんです」


 リアとニアはその回答がショックなのか、呆然と立ち尽くしてしまう。さらにアインハルトは思い出したように口を開く。


「あの、できればファンクラブは畳んでもらえると……非公式なわけですし」


 あまりにも無惨な追い討ちだった。





◆◇◆◇◆





「ニアちゃん、リアちゃん、そろそろ帰らないと」


 アインハルトとレイスが出ていった後も、姉妹は机に突っ伏したまま動けずにいた。見回りをしていたユミナがそれに気がついて部屋を訪ねるとようやく顔を上げた。


「アインハルトさんとは話せた?」

「一応……」

「でも、ショックが大きくて……」

(うーん……2人にインターミドルを薦めたのは間違いだったかな)


 元々はユミナがリアとニアの2人にインターミドルを薦めたのだが、そこで同い年のアインハルトに惹かれたらしく、本人の預かり知らぬ内に崇拝されるまでに至ったようだ。


「まぁまぁ、アインハルトさんだって本来はただの女の子なんだから」


 出自に多少なりとも事情はあるものの、大会に出ていることを除けば自分らとどこも変わらない。ユミナは気落ちする姉妹の肩を叩いて元気づける。


「でも、アインハルト様が受けなのは納得いきません!」

「最初はご自分が攻めだと仰っていたのに……!」

「んー? もしかしたら、あの2人は攻めと受けの意味を取り違えたのかもね。
 スパーリングか何かで考えると、今の返答も分かるし」

「じゃあ、普段はどちらが攻めで受けなのですか!?」

「……レイスくんの攻め一辺倒です」


 ユミナは苦笑いしながらそう評した。










◆──────────◆

:あとがき
EFCこと、アインハルト・ファン・クラブでした。
と言っても出番は今回だけなんですけど。

原作だとアインハルトがクラスでインターミドルでの活躍を取り上げられる機会がなかったので、やってみました(笑)

そして攻めと受けに関しましてはあくまで自分の判断だったりします。






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