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小説
Episode 6 決意を胸に








 学院祭に向けて、多くのクラスが出し物の準備を進めていくある日───。

 レイスはいつもの時間に起床して学院に向かうはずだったのだが、目が覚めたにも拘わらず、どこかぼんやりとしていた。


《マスター、そろそろベッドから出た方がよろしいかと》

「え? あ、もうそんな時間でしたか」


 アズライトに促されて枕元にある時計に目をやると、彼女の言う通り起きた方がいい時間だった。上半身を起こし、伸ばしたり捻ったりと気分を切り替えようとするが、零れる溜め息はどこか重たかった。


《夢見が悪かったのですか?》

「そうですね。内容もですが……その、少しリアルでしたよ」


 苦笑いしながら呟くレイスの顔には、疲労の色が浮かんでいた。


「ヴィクトーリアさんに話した方がいいとは思いますが、今日は時間もないですから、帰ってからにしますよ」

《では、忘れない内に先の2点に関して記録しておきます》

「ありがとうございます、アズライト」


 朝食は間もなくできるだろうが、先にシャワーを浴びることにしてレイスは部屋を出た。

 これまでは学院まで自転車に乗って一直線に向かっていたレイスは、最近になってその進路を変更して少し遠回りするルートを選ぶようになった。理由は1つだけだが、彼からすれば充分すぎるものだ。


「アインハルトさん、ごきげんよう」

「ごきげんよう、レイスさん」


 碧銀の髪をツインテールに結った少女、アインハルト・ストラトス。彼女はレイスの恋人で、少し前から一緒に学院へ登校している。この申し出は友人のユミナに背中を押されたアインハルトからされたもので、彼女は特にこの時間を気に入っていた。学院では恥ずかしさもあってあまり積極的になれないからだ。

 唐突にレイスが手を近づけてきたため、思わず背筋を伸ばす。だがその手はアインハルトではなく肩に乗っていたアスティオンを撫でた。


「アスティオンも、ごきげんよう」

《にゃあ》


 期待した自分が恥ずかしい。アインハルトは顔が赤くなっていないか気になったが、レイスは特に気にしていないようだ。女心に疎いと常々感じているが、そんなところも彼らしいと思えてしまう。


「行きましょうか」

「はい」


 レイスは自転車を押して歩くため、登下校の際に手を繋いだことは未だにない。ちなみにデートもまだ片手で数えるほどしかしていなかったりする。色々としてみたいことはあれど、そこまで急がなくてもいいのではないかと思っている。


「今日は学院祭の準備、放課後もやるんですよね?」

「えぇ。競技台も頑丈な物にしないといけませんから」


 アインハルトは学院祭でアームレスリングの選手を任されたのだが、これまでの練習で競技台をいくらか破損させてしまっている。それだけ大きな力のぶつかり合いなのは間違いないのだが、練習中にまで壊しては申し訳ない気持ちでいっぱいだ。ちなみにそんな競技台を作るのはレイスの役目だったりするため、ますます申し訳なさに拍車がかかっていた。

 やがて学院が見えてきた時、ふとレイスの足が止まった。


「レイスさん?」

「……あ、すみません。今、見知った顔を見たような気がして」

「…特には、見当たりませんけど」

「気のせいみたいですね」


 苦笑いして、1度アインハルトと別れる。自転車を所定の位置に置くためだ。その時、またも視線を感じて周囲を見回す。だが誰の姿も見当たらない。隠れられるとすれば、駐輪場の向かい側にある校舎だが、そこにも誰も見受けられなかった。レイスは頭を振って、昇降口で待ってくれているアインハルトのもとへ急いだ。





◆◇◆◇◆





 学院祭が近いこともあり、平常授業は4限目まで。昼食の後に、準備の時間が割り当てられている。レイスはユミナに言われて飾り付けに使えそうな材料を取りに、今は使われていない教室に足を運んでいた。そしてなんの疑いもなく教室に入った瞬間、背後でガチャッと鍵のかかった音が響いた。


「……え?」


 慌てて扉と鍵に触れるが、どちらともびくともしない。諦めて窓の方に触れるが、こちらも動かなかった。


「いったい、どうして……アズライト、誰かに連絡を」

《それが……手当たり次第試みたのですが、誰にも繋がりません》

「えっ……」


 つまり、隔絶されてしまったわけだ。どうして──考えるが、一向に答えは出てこない。そして突如として室内が暗転した。かと思えば、ものの数秒で明るくなる。さっきと変わったところはないように思えたが、背後から殺気を感じて振り返る。そこにいたのは───


「ブラッティナイオ?」


 ───狂気の笑みを浮かべた兄、ハスラーだった。


(幻術? それにしては、殺気が……)


 はっと我に返り、慌ててその場から退く。それから僅かに遅れる形で、レイスが立っていた床を魔力弾が抉った。鋭い攻撃は、以前対峙した時と同様に感じられる。


(応戦するしかない、ですよね)


 アズライトを起動させる。普段ならダブルセイバーを使うが、生憎と室内はそんなに広くない。ナイフの形態での戦闘は久しぶりだが、大丈夫なはずだ。


(でも、この状況をどうにかしないといけませんね)

《Delude style.》


 バリアジャケットの形状を切り替え、鎖付きの杭もあれば手数に困ることはないはずだ。走り出し、レイスは刃を閃かせた。



 同じ頃───。


(レイスさん、連絡来ないですね)


 競技台の材料運びを手伝おうと思ってメールを送ったアインハルトは、彼からの返事が一向に来ないことを不思議に思っていた。返信するだけなら、アズライトに文章を打ってもらうことだってできるのだから、余程のことがない限りすぐに返信できるはずだ。なのにそれがないと言うことは───


「まさか……!」


 ───つい先日、襲撃してきたプリメラのことを思い出し、慌てて教室を出ていく。


(まさか彼女が、また!?)


 今朝、見知った顔を見たような気がしたと言っていたのだから、可能性は低くないだろう。だが、今レイスがどこにいるのかは分からない。彼のことだから寄り道はあり得ないだろう。ならば旧校舎にいると考えていいはずだ。


「こら、廊下は走ってはダメよ」

「あっ、すみません……」


 教師に目撃されてしまった──が、注意してきた教師を見て目を見開く。


「あ、貴女は……!」

「はぁい、アインハルトちゃん♪」


 レイダーの二つ名を持つプリメラが立っていた。


「ど、どうして貴女がここに!?」

「当然、愛しいレイスに会いに来たから……って言うわけじゃないけどね」

「え?」

「非常勤講師になったのよ。ここの、ね」

「えっ……」


 思わぬ言葉に、アインハルトは絶句してしまう。つまりこれから、ずっとレイスを狙える位置にいると言うことだ。身構えるアインハルトを見て、プリメラはくすくすと笑った。


「別に取って食おうってわけじゃないわ。これでも教職者になるわけだし」

「それは……」

「まぁ信用ならないって言うのも分かるけど。それに、略奪愛って燃えるわよね?」

「っ!」


 ぽんっと肩を叩かれ、耳元でそんな言葉をかけられては驚くなと言う方がどだい無理な話だ。


「あ、私が奪うのもありだけど、他の子が貴女から奪っていくのもありよ?」

「そんなことは聞いてません! それより、レイスさんに何かしましたか?」

「あら、今日は1度も見かけていないけど?」

「え?」


 プリメラが嘘をついている可能性がまったくないわけではない。だが、彼女ならば包み隠したりしないはずだ。寧ろ自慢してくるに違いない。


「こんなに可愛い子を置いて、どこに行ったのかしらねぇ」


 言いながら、頬をつついてくるプリメラ。レイスにさえ、そんなことさせていないと言うのに、遠慮の欠片もない。


「もう行きます」


 プリメラの手を振り払い、先に進むアインハルト。だが、プリメラも一緒に歩き出したことに気が付き、足を止める。


「まだ何か?」

「私も探すのを手伝おうと思って、ね」

「どうしてですか?」

「そりゃあ家族だし、生徒だもの。向こうがどう思っていたとしても」


 少しだけ寂しい顔を見せたプリメラだったが、その様相はすぐに消えてしまった。彼女の真意は分からないが、今は一緒に行動した方が心強いだろう。


(後でレイスさんに何を言われるか……)


 そう考えただけで、かなり気が重たくなってしまった。





◆◇◆◇◆





 足早に旧校舎へ向かうと、微かだが魔力を感じた。慎重に進みながら、ある一室を横切ろうとした時、プリメラが足を止めてじっと扉を睨む。


「ここからみたいね」

「レイスさん……!」

「待って」


 慌てて入ろうと手を伸ばすアインハルトを制し、プリメラがそっと手をかざす。


「随分と厳重な結界ね」

「破るには、どれくらいかかりますか?」

「そうね。念入りにやるのが私の信条だから、5分って言いたいところだけど……可愛い弟のためだし、1分もかけずにやってやろうじゃない」


 愛機のブラックライダーもそれに応えるようにコアを光らせた。


「侵食開始」


 楽しげに呟くと同時に、結界が徐々に色を変えていく。その光景は強奪者(レイダー)に恥じないもので、確実に効力を奪っている。


(流石に、速い……)


 アインハルトには到底真似出来ないことを手早く進める姿には感服する。それを見守って間もなく、結界がゆっくりと穴を空けた。


「行きましょう」


 プリメラに頷き返すや否や、中に飛び込むアインハルト。プリメラも続き、内側から開いた穴を閉じる。


「レイスさん!」

「アインハルトさん? それに……」

「はぁい♪」


 最初は驚いた顔を見せていたレイスだったが、ハスラーとの戦いに集中すべく2人を一瞥した後、改めて向き直る。


「アズライト!」


 ハスラーの得物を鎖付きの杭で弾き、素早く鎖で足を引っ掻けてバランスを失わせる。すかさず懐まで飛び込むと、強く一歩踏み出し、勢いを拳に乗せて打ち出す。


「覇王……断空拳!」


 がら空きになった胴にアインハルト直伝の技が決まり、壁に身体を打ち付けるハスラー。そのまま倒れそうになる彼の背後に回り込み、後頭部を掴むと壁を蹴って勢いをつける。


「六十八式・兜割!」


 遠慮なく床に向かって強打したところで、プリメラが手早くバインドを施した。最初はそれを気にして視線を向けたが、何も言わずにレイスはバリアジャケットを解除した。


「レイスさん、大丈夫ですか?」

「えぇ。負傷もありません」


 言葉だけでなく、腕捲りをして怪我がないことを示すレイス。以前なら、そこまでしなかっただろう。ヴィレイサーやカリムと話したことで、少しは変わったのかもしれない。


「“また”狙われちゃったわね?」


 わざとらしく強調するプリメラの言葉に、アインハルトは睨む。しかしレイスは彼女を手で制し、口を開く。


「そうですね。正直、誰かが巻き込まれたりするのは嫌です……だから、僕が守ります。
 アインハルトさんもユミナさんも、コロナさんも……みんな、守ってみせます」


 まっすぐと答えたレイスの言葉に、プリメラもアインハルトも驚いた顔になった。それでも、彼の口からその言葉を聞けたのが嬉しいようで、アインハルトは笑顔を見せる。対してプリメラは不満そうに睨む。


「なら、守ってみなさいよ!」

《Scythe form.》

「分かりました」

《Sagittarius form.》


 鎌が的確にアインハルトの首を狙おうとするが、それより先に強弓に姿を変えたアズライトが刃を弾いた。


「レイス。あんたは爆弾を抱えたって自覚があるの?」

「爆弾?」

「えぇ。恋人やお友達を守ると意気込むのは結構だけど、失敗した時に苦しむのは自分よ?」

「否定はしません。今まで味わった苦しみなどの比ではないと言うことも。
 でも僕は、爆弾を抱えたわけじゃないんです。ただ、この繋がりを失いたくないだけです」


 いつの間にかプリメラはブラックライダーを待機形態に戻していた。レイスは警戒したままだったが、やがて構えをとく。


「……一皮向けたみたいだけど、どうなっても知らないから」

「あの……貴女はどうしてそこまで、レイスさんに固執するんですか?」


 踵を返そうとするプリメラにアインハルトが問いを投げる。しかし彼女は一瞥しただけで何も答えず教室を出ていった。


「レイスさんは気になりませんか?」

「……残念ながら」


 申し訳なさそうに苦笑いする彼の気持ちはよく分かる。これまで血の繋がった家族にされてきた事物を考えれば、当然の反応だろう。


「今は、競技台のことを考えましょう。皆さんを待たせてしまいますから」

「…そうですね」


 そう言ってレイスが手近な資材に手を伸ばした時、アインハルトがその手に事物の手を静かに重ねた。


「さっき、私を守ると強く言ってくれたこと、嬉しかったです。私も、全力でレイスさんを守りますね」

「…はい、ありがとうございます」










◆──────────◆

:あとがき
プリメラが学校の非常勤講師として参戦です。
と言っても、果たしてそこまで絡むかどうかは微妙なんですけどね(笑)

ハスラーが改めて出てきましたが、その事情については追々。

プリメラの言葉に対しても、以前と違って怯まないレイス。
アインハルトのこともそうですが、自分が大切だと思う人のことを守ると言う決意を胸に、頑張っていかせますので、お楽しみにして頂けたら幸いです。

次回はシリアスから離れて、ちょっとギャグ(?)に走る予定ですー。






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