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小説
Another Episode 17








「〜♪」

「上機嫌だな」

「あっ、ヴィ、ヴィレイサー」


 執務室で鼻歌交じりにソファーに腰かけていたカリムだったが、それをヴィレイサーに見られていたと知るとかぁっと顔を赤くしていく。


「何か嬉しいことでもあったのか?」

「えぇ。ほら、六課の記事よ」

「六課……機動六課のことか」

「そうよ」


 カリムが機動六課の資金繰りに走って早数年。彼女の願いは叶い、今機動六課は順調に、稼働しているらしい。記事には先日、リニアモーターに積まれたレリックと呼ばれる結晶型のロストロギアを回収しに襲撃を行ったガジェットドローンを撃退し、レリックを無事に保護した旨が書かれていた。

 後で映像を見せてもらったが、確かに腕の立つ魔導師ばかりで今後の活躍も期待できることは間違いなさそうだった。


「……そういえば、新任のシスターが入ったそうだな?」

「えぇ。確か、セリカだったかしら。
 可愛くて人気のシスターよ。興味あるの?」

「…いや、興味はない」

「でも、気になる……そういうこと?」

「まぁ、な」


 流石にディアスから悪い意味で気を付けるように言われたとは話せないため、適当に受け答えを返しておく。だが、カリムは不服なのか少し膨れっ面になった。


「どうした?」

「……別に。どうせ私は可愛げがないですよ」

「何を言っているんだ?」


 訝しむヴィレイサーを見て、本当に分かっていないのだなと理解する。それでもまさか焼き餅を焼いたなどと言えるはずもなく、カリムは「なんでもないわ」と繰り返すのだった。


「ならいいが……もう夜もいい時間だ。さっさと寝ろよ」

「…えぇ、ありがとう」


 それだけ言い残して、ヴィレイサーは踵を返す。そして部屋を出たところで、件のシスター、セリカの姿を見つけた。ここ数日、彼女の行動を見ていた限りでは怪しい部分は見受けられなかった。もっとも、何か目的があったとしたらそう簡単にぼろを出すことはないだろうが。


(今日も特に目立ったところはない、な)


 追いかけようかと思ったが、ヴィレイサーは大聖堂へ足を向ける。

 機動六課が設立してからと言うもの、この大聖堂で懺悔をする機会が増えた。それだけ六課に仕事を任せる機会が増えているのだが、不思議と嫌な気分にはならない。寧ろこうして落ち着いた時間を過ごせるのは嬉しかった。


(まぁ、自分の罪を忘れるのもどうかと思うが)


 その反面、イストを追い込んだことを忘れてしまいそうになる自分がいることが少しばかり怖かった。忘れないように──その一心で今日も祭壇の前に膝をつき、己の罪を意識する。


(それでも……いつかは、報いが来るのかもしれないな)


 このままでいいはずがないと言うことは分かっている。軌道に乗り始めたばかりとは言え、今や機動六課が大きな支えになっているのだからここらが引き際なのかもしれない。

 自分は今の所教会に入り浸っているただの人間だ。魔導師でもなければ、ここに所属しているわけでもない。教会が無関係を貫けば迷惑がかかることもないだろう。


「……俺もそろそろ寝るか」


 悪い方向に考えてばかりだが、これも性分だと自分に言い聞かせて立ち上がった。だが───


「あら、もういいんですか?」


 ───妖艶な声が背後からかかり、ヴィレイサーは弾かれたように振り返る。先程カリムとの話に上がった新任のシスター、セリカだ。


「いつも熱心に膝をついていらしたのに」

「……今日は気が乗らないんだ」

「ふふっ、そうですか。では、今夜は私とご一緒しますか?」

「くだらない冗談はやめろ」

「つれないですね。私のことをあんなに熱心に調べていたのに」

「………………」


 セリカの言葉に、ヴィレイサーは何も言えなかった。自分で大きなミスをやらかしたのならまだしも、そんなことをした覚えはない。なのに気付いたと言うことは、やはり彼女はディアスの睨んだ通りただ者ではなさそうだ。


「だんまりですか? まぁ、私はもう任を果たしたのでこれで失礼します。
 明日には無限書庫に用がありますからね」

「俺を始末しないのか?」

「ご心配なく」


 踵を返しかけたセリカだったが、ヴィレイサーの問いかけに振り返った──かと思えば、たったの1歩で距離を詰められてしまった。


「この私が、見逃すはずがありませんよ」


 ドスッと鈍い音が響いた。だが、ヴィレイサーの耳にはそんな音は届いておらず、ただただ目を見開くしかできない。それもそのはずだ。セリカがいつの間にか嵌めたグローブから閃いた鋭い爪が、胸を貫いているのだから。


「さようなら、ヴィレイサー・セウリオン」


 遠慮など知らぬ彼女は、血がつくのも構わず勢いよくヴィレイサーの身体から爪を引き抜いた。そのまま倒れ込む彼を一瞥することもなく、セリカは今度こそ踵を返した。


(これが、俺への……罰、か……)


 不思議と、苦しさは感じられない。この痛みが、死へと向かっていく事実が、怖くはなかった。これが自分が犯した罪の贖罪に繋がるのなら、これでいいのかもしれない。

 だが───


(あぁ、けど……あいつは、カリムは…………俺が死んだら、悲しむのかな)


 ───ふと、カリムの顔が頭をよぎった。

 ずっと自分のしてきたことをひた隠しにして、それなのに彼女には何も隠すなと言葉を荒らげ、そして泣かせてしまった。まだそのことを謝ることができていない。


(いや……それだけじゃ、ない)


 謝ったらそれで終わりなんかじゃない──ヴィレイサーは力を籠めて拳を握り締め、必死に身体を起こす。


(俺は……俺は! 俺は、あいつの傍にいたいんだ!)


 自然と、涙が零れていた。身体の奥から湧いてくるそれを拒んだところで意味などない。痛みを堪えながら、ヴィレイサーは己の願いを切に叫んだ。


「死にたく、ない……!」


 すると突然、その言葉を聞き届けたかのように扉が開かれた。その先にいたのが誰なのか、ヴィレイサーは確かめることはできなかった。誰かが来てくれたと言う事実に、安心してしまったからだ。





◆◇◆◇◆





 ヴィレイサーがセリカに刺されてから2週間後───。

 シャッハが見回りの際に重傷だった彼を見つけ、いち早く病院へ運んだことで無事に一命を取り留めることができた。治療も幸いし、後遺症などはまったく出ずに済んだ。


「ヴィレイサー、騎士カリムとはまだお会いにならないのですか?」

「……会えるわけ、ないだろ」


 窓から外を眺めながらぶっきらぼうにそう返す。あの時、生きたいと強く願ったことが切欠で、多少なりとも自分のこれからについて考えがまとまったと思う。


「失礼するぜ。やっぱり刺されても死ななかったなぁ、ヴィレイサー」

「ディアス、なんてことを言うのですか」

「本当のことだ。構わない」


 むっとするシャッハを制し、スーツ姿で現れたディアスに視線を移す。胸にはいつ振りかは分からない弁護士バッジがつけられている。


「まさかお前の世話になるとは思わなかったけどな」

「そりゃこっちの台詞だ。お前を世話するなんて死んでもあり得ないと思っていたよ」


 軽口を叩きながら、ディアスは鞄から資料を取り出す。これからについての流れをざっと纏めてくれたようだ。


「……短いな」

「……お前、それは本気で言っているのか?」

「あぁ」


 ヴィレイサーが指摘したのは、刑期のところだった。イストがこれまでしてきた不正、そして罪に対して真摯に向き合っている姿勢を鑑みれば少ない刑期で済む。しかし、それを短いと言ってきた。


「黒星は嫌なんだけどねぇ……」


 引き受けた仕事の数こそあまりないが、ディアスはこれでも自分の仕事に真剣に取り組んでいる。だがヴィレイサーとの間で互いの意見が一致しないとなると、弁護がかなり手間になる。


「騎士カリムにも会わないって言うし……お前、気でも狂ったんじゃないか?」

「そうかもな」


 ディアスの言葉に同意しつつ、しかしヴィレイサーは言葉を続けた。


「もしくは……これまでが狂っていたのかも、な」


 結局、刑期はヴィレイサーが望んだ通りのものとなった。新暦75年から新暦79年の4年間、最初こそ戸惑いはしたものの、ディアスの名義でカリムから手紙が来ては、それを糧に過ごすのだった。





◆◇◆◇◆





「これが、俺とカリムの話だ」


 話し終えるとともに深い溜め息を零すヴィレイサー。話の途中で淹れた紅茶は既に冷めているものの、一方的に喋ったせいで渇ききった喉にはちょうど良かった。対面に座し、耳を傾けていたレイスは開口一番問うた。


「ヴィレイサーさんは、騎士カリムのことを……」

「……まぁ、そういうことだ」


 皆まで言わせず、【そういうこと】と味気ない言葉で終わらせたのは、彼が自分に課した誓約があるからだろう。それは端から見れば奇妙かもしれないが、レイスにはその生き方が理解できた。

 自分だって、未だにアインハルトとどこか距離を取ってしまいそうになることがある。彼女を傷つけた報いだと考えれば、当然のことだ。


「レイス。お前がアインハルトを巻き込みたくないからと黙っていたこと、俺には理解できる」


 ヴィレイサーの言葉に面を上げるが、彼の表情は少しばかり険しかった。


「けどな、自分の我を通すだけじゃあ、何も守れない。
 下手をすれば、壊れていくだけだ。そして気付いた時には全部……壊れているだろう」


 人差し指が額にすっと当てられる。ヴィレイサーの言葉がそこを伝って全身に強く響き渡り、重くのし掛かった。


「俺には理解者がいた。それも、ずっと寄り添ってくれる奴が。けど、それに甘えた結果……捕まった訳だ。
 もちろん、甘えることは間違いなんかじゃない。それを続け、相手の気持ちを忘れることがいけない。俺は、そう思っている」

「ヴィレイサーさん……」

「レイス、お前は確かにアインハルトの考えを聞いたんだろう」

「えぇ。でも、それだけでした」

「……気付いたのなら、大丈夫だろうさ」

「……はい」



 一方、アインハルトもカリムからヴィレイサーとの話を聞き終わり、一息吐いた。辛いことだっただろうに、カリムは変わらずに穏やかな笑みを浮かべながら、紅茶を一口飲んで喉を潤していた。


「重苦しい話になってしまって、ごめんなさいね」

「いえ、そんな。貴重なお話をありがとうございました」

「それで……どう、何か思うところはあったかしら?」

「はい」


 頷き、レイスがどれだけ自分を巻き込みたくなかったのか思い返す。自分は彼の気持ちに耳を傾けることができていなかったと痛感し、胸が痛んだ。


「ふふっ、男の人ってみんなこうなのかもしれないわね」

「え?」

「ヴィレイサーもレイスも、守りたいものを守るために、どこまでも愚直に、がむしゃらに……でも、私たちが心配しているのを少し忘れちゃって」


 苦笑いしながらも、カリムはどこか嬉しそうに言った。


「本当に、困っちゃうわね」


 自分のために必死で守ってくれようとするその姿勢が、とても嬉しいのだろう。


「はい。本当に、困ってしまいます」


 その気持ちはよく分かる。だからアインハルトもまた、口では困ると言いながらも苦笑いしながら答えた。


「アインハルト。自分の気持ちを正直に話すのももちろん大切なことよ。
 でもね、話しただけで終わってはダメ。相手の気持ちも、理解してあげなきゃ」

「そう、ですね」

「難しいことだけど、貴女ならそれができるはずよ。
 だって、レイスの好きだという気持ちも受け止められたんだもの」

「……はい!」


 頷き返し、ふと疑問が湧いてくる。少し躊躇ったものの、どうしても聞かずにはいられなかった。


「あの……騎士カリムは、ヴィレイサーさんに想いを伝えないのですか?」

「まぁ、私の立場もあるから。それに……私たちは互いに、好きと言ってはいけない関係なの」

「あ……」


 カリムから聞いた、背中にある傷の話を思い出し、アインハルトは頭を垂れた。


「その気持ちを伝えたら、私たちはきっと、今の総てをなげうってでも一緒にいることを選ぶわ」


 カリムの言う【総て】が正確に何を差しているのかは分からない。だが少なくとも、教会騎士の立場だけではないのだろう。


「そして、いつしか後悔しながら自分を責めてしまう……そんな気がするの」


 それは何もどちらに限ったことではなく、カリムとヴィレイサーの双方に当てはまることだけに、恐らくは避けられないことかもしれない。


「アインハルトもレイスも、自分たちのことを明かし、相談できる人がいる。そのことを、忘れないようにね」

「ありがとうございます」


 笑み、カリムに連れ添われて部屋を出るアインハルト。ちょうどその時、廊下を歩いてきたレイスと目があった。


「あ……」


 謝らなくては──そう思いはするものの、中々言葉が出てこない。すると、レイスがおずおずと手を差し出して切り出した。


「その……よかったら、一緒に帰りませんか?」

「……はい、是非」


 誘われた嬉しさに顔を綻ばせ、差し出された手をそっと握り返す。2人は改めてカリムとヴィレイサーに頭を下げて、教会を後にした。








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