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小説
Another Episode 16








「…うん、こんな感じかしら」


 管理局の蒼い制服に身を包み、それに皺ができたり綺麗な髪が絡まったりしていないか姿見で確認するカリム。今日は管理局が主催するパーティーに出席するのだが、本当は行きたくなかった。前にもパーティーに出たのだが、その時はヴィレイサーに迷惑をかけてしまった。だから今回も──最初はそう思っていたのだが、どうやら彼は入口までしかついてこられないらしい。だからと言って、迷惑がかからないわけではないが。


(私がもっとしっかりしないと!)


 そう意気込んで、しかし空回りしてしまうところが情けない。それも、結局ヴィレイサーに甘えたいだけなのかもしれないが。


「…支度できたか?」

「あ、えぇ。大丈夫よ」


 部屋の外から聞こえてきた声で我に返り、向こうで待っているヴィレイサーのもとへ急ぐ。外へ出るとヴィレイサーはカリムを一瞥した後すぐに歩き出した。彼女もすぐにその後へ続く。


「…ヴィレイサー」

「何だ?」

「私は、大丈夫だから」

「だから?」

「いつまでも、守られているばかりは、嫌だから」

「…それでも、俺はお前を守る」


 不意に足を止めて振り返ったヴィレイサーの表情は、どこか寂しそうだった。


「…往かないでね」


 おずおずと差し出し、握られた手。カリムも不安そうにヴィレイサーを見詰める。彼が寂しそうなのは、カリムを守れなくなったら自身がもう用済みだと感じたからだろう。だが、カリムはそんなことはしない。いつまでも守ってもらう立場に甘んじることをよしとしないからこそ機動六課の建設を急ぎ、しかしそれが余計にヴィレイサーを苦しめているのかもしれないと思うと、お互いに辛かった。


「約束、して。約束してくれるまで、離さないから」

「…俺は一向に構わないがな」


 このままパーティーに行かせなくて済むのであれば、寧ろ握ったままで構わない。互いに見詰め合い、やがてカリムはヴィレイサーへと身体を預けるように寄りかかり、腕を回して抱き締める。


「そんな意地悪、言わないで。
 そんなことを言われたら、私……貴方を離せないわ」

「…カリム、すまな……」


 謝罪の言葉を言い切る前に、カリムの人差し指が唇にそっと当てられた。どこか寂しげに、そして儚げな笑顔を見せながら彼女は首を振る。


「言わないで。その言葉を、言ってはダメよ」


 聞きたくないと、駄々をこねる子供を感じさせる声色。若くして教会騎士と言う立場に就いているものの、ヴィレイサーの前では年相応で、なにより甘えたがりな一面が強く出る。そんな自分をいつも優しく受け入れてくれるから、カリムは心底ヴィレイサーを愛していた。


「……カリム」

「…えぇ」


 やがてどちらともなく離れ、車に向かって歩き出す。カリムが後部座席に乗り込んでから、ヴィレイサーも運転席に入る。ちらりとルームミラーで彼女を確認すると、視線が重なった。窓から見える景色よりも、後ろからでもいいからヴィレイサーを見ている方が楽しいから。

 そして車は走り出した。管理局の主催するパーティー会場へ───。





◆◇◆◇◆





「それでは、こちらにご記名ください」


 2人がやって来たのは、最近新しくできた規模の大きなタワービルだった。5階にあるスペースに設けられた受付でカリムは自身の名を記し、ヴィレイサーの方を見る。彼が来られるのはここまでのため、少しばかり離れると思うとなんだか寂しく感じてしまう。


「じゃあヴィレイサー、また後で」

「…あぁ」

「大丈夫よ。ロッサもいるし、クロノ提督も来ているだろうから」

「分かっている」

「……でも、心配してくれてありがとう」

「…別に」


 そっけなく返すが、その場を離れようとしない。それが嬉しくてカリムもしばし留まったが、後続の人に迷惑をかけるわけにもいかず、やがて歩き出す。身分証を提示し、改めて確認を行ってからパーティー会場へ入っていく。既に多くの人が来ており、カリムは一先ず接点のある人物を探すべく場内を歩き回った。


「…ディアスの所にでも行くか」


 一方のヴィレイサーは、カリムが会場に入ったのを確認してからどう時間を潰すか考えた。どうせ彼女が出てくるまで時間を要するのは間違いない。すぐここに駆け付ける事態になってもいいように近場に居るべき点を考慮すると、ディアスが開いている酒場に行くのがいいだろう。


「おや、君は……?」

「…レオーネ提督」


 だが、踵を返そうとする彼にかかった声に振り返ると、そこには三提督が1人、レオーネ提督が立っていた。柔和な笑みを浮かべ、レオーネは付き添いの面々に先に行っているよう伝えるとヴィレイサーに歩み寄った。


「久しぶりだね。確か、ヴィレイサーくんだったかな?」

「……憶えておいででしたか」

「騎士カリムが、よく君の話をするものだからね」

「それは……申し訳ありません。つまらないことを言わないよう、進言しておきます」

「いやいや、寧ろ構わないさ。前は仕事のことばかり話していたから堅苦しかったのではないかと心配していたのだが……君や義弟のアコース査察官、クロノ提督と多くの人物について話してくれて光栄だよ」

「そうでしたか……生憎と、仕事中のことは滅多に口にしないので」

「ふふっ、彼女は君に心配をかけたくないそうだから、あまり苦労を言いたくないのだろう。
 時に、今から時間はあるかね? 会場に入る前に人と会う約束をしているのだが、よかったら君にも付き添ってもらいたい」

「自分が、ですか? 分かりました」


 少し考えてから、ヴィレイサーは頷き返した。レオーネはほっと安堵し、待ち人のいるバーへ向かっていく。その道中、何故自分を同行させるのか問うた。


「先日、騎士カリムから私を含めた3人の提督へ直々に依頼があってね」

「依頼、ですか?」

「あぁ。彼女にしては珍しく、資金の提供をお願いしたいと」

「それは……」


 カリムが依頼をするのも珍しいが、その内容が資金の援助ともなればますます驚いたことだろう。


「なんでも新設したい部隊があるそうでね。
 時空管理局本局、古代遺物管理部……通称機動六課。これについて、君の意見を聞きたくてね」

「何故自分なのですか?」

「簡単に言ってしまうと、騎士カリムの考えを知りたいのさ」

「…彼女が自身の考えを偽っていると?」

「まさか。だが人間誰しも、自分の考えや気持ちを総て吐露できるとは思えない」

「それで、自分にお声掛けを」

「そういうことだ」


 やがてレオーネはバーに足を踏み入れた。店内には他の招待客が何人もおり、とても話ができるとは思えなかった。しかし、マスターとおぼしき男性がレオーネの姿に気が付くと、すぐに個室へと案内してくれる。


「待たせてすまないね、クロノ提督」

「とんでもない。こちらこそ貴重なお時間をありがとうございます」


 先に個室で待っていた人物には見覚えがある。


(クロノ・ハラオウンか)


 カリムの友人たる彼と話をしたことはないが、腕のたつ魔導師であり優秀な提督だとよくヴェロッサが言っていた。こちらに気付くと、一礼だけしてくれたので、ヴィレイサーもそれに倣う。


「さて、2人に付き合ってもらったのは前述したように機動六課について聞きたいからだ」

「現在、ロストロギアなどの捕捉、管理などは管理局を中心に行われています。そこに聖王教会と繋がりの深い部隊を新設すると言うのは、局にとってもあまり快くないものだと思いますが」

「ほう、意外だね。君はてっきり、騎士カリムに賛成していると思っていたよ」

「賛成も反対もしていません。自分にはあまり関わりのないことですから」

「確かに彼の言うように、現在も陸士部隊に人員が回せずに局の内部でも確執がある分、機動六課もそれに巻き込まれることは必至でしょう。
 しかし、ロストロギアは厳重なる封印が必要になります。それをこなせる魔導師もまた数が少なく、増えることはメリットでもあります」

「いい意味で厄介事を押し付けられる、悪い意味で言えば実力のある魔導師を独占されるともとれますね」


 クロノの言うように、長期的な目で見ていけばメリットの方が圧倒的に高い。多少のデメリットすらも霞むほどに。だが、それを見逃さない面々がいるからこそ部隊を新設するのは非常に面倒なのだ。


「部隊を新設、そして維持していく費用……それらを出すだけの価値があるとは思えません」


 今この段階で価値をつけるのは早計と言えよう。しかしそれを指摘しないのは、部隊新設に価値があると明言できないからだ。ヴィレイサーは揚げ足を取る気はないが、クロノは今後もこういった場が増えてくるだけに慎重を貫いた。


「エース・オブ・エース、提督の妹君、闇の書事件解決のキーマン……彼女らの実力と才能は買いますが、部隊を任せられるかは怪しいですね」

「ふむ」

「……確かに、実力者揃いではありますが彼女たちはまだまだ若い。しかし裏を返せば、だからこそ今の内に経験させるべきだと思います」


 クロノの返しは中々だった。既に注目を集めているメンバーの多い部隊だ。今から経験を積ませるのは今後にとって大きなメリットになるだろう。


「かのエース・オブ・エースは、教導隊にも所属しています。何名かスカウトして育てることも可能でしょう」

「……うむ、機動六課のメリットとデメリットはよく分かった。
 やはりデメリットは避けられないようだが、それは部隊を新設したからには通らざるを得ない道だ」

「では……」

「あぁ。前向きに検討しようと思う」


 レオーネの英断に、クロノはほっと溜め息を零す。対してヴィレイサーは表情を変えないまま頷くだけだった。


「そういえば……六課にはヴィータくんも加わるのかね?」

「えぇ」

「ふふっ、それならいっそのこと、ミゼットとラルゴも後ろ楯として巻き込むのもいいやもしれん」

「よろしいのですか?」

「あぁ。特にミゼットはヴィータくんと面識があるし、気に入っているらしいからな」

「そうでしたか。では、お手数ですが」

「うむ。2人とも、話を聞かせてくれてありがとう」

「……では、自分は失礼します」


 これ以上自分に話はないだろうと思い、ヴィレイサーはさっさと離席する。呼び止める声もないため、バーを出たところでディアスから通信が入った。


「何だ?」

《いきなり悪いな。暇しているなら店仕舞いを手伝ってくれ》

「……畳むのか?」

《昼夜逆転の生活は飽きたからな》

「分かった。15分ほどかかる」

《おう、急ぎじゃないからのんびり来い》

「あぁ」


 通信を終えるや否や、カリムが持っているであろう端末に終わったら連絡するよう伝え、ディアスの言う通りのんびりとした足取りで向かった。

 路地裏を通っていくと、扉に移転の知らせが記された張り紙があった。


(畳むんじゃないのか)


 やはり根っからの仕事人間だけはある。そう簡単に店を畳むとは思わなかったが、それでも移転させる必要をあまり感じられない。


「ディアス」

「お、来たか」


 扉を開けると既に丁寧に清掃が行き届いており、椅子や机も整理されていた。


「何で俺を呼んだんだ?」

「いやいや、ちゃんと言っただろ。手伝って欲しいって」

「それにしてはもう片付いているみたいだが?」

「ある程度は、な」


 言いながら、ディアスは缶コーヒーで喉を潤した。掃除した後だからなのか、食器類は使わないつもりのようだ。


「実は店を移動させようと思ってな」

「今度は何をやるんだ?」

「聞いて驚くがいい! 次は日中に喫茶店、夜はバーをやるぜ」

「……どれだけ仕事に励む気なんだ」


 ヴィレイサーの反応に、しかしディアスは気にする気配すらない。


「いいんだよ。やりたいことをやるだけだし、店の時間も適当だからな」

「本業の方はいいのか?」

「バカ。本業が喫茶店兼バーだ」

「……情報屋の仕事はどうする?」

「もちろん続けるさ。収益で言えばそれが1番なんだから」

「ふーん」

「まぁ、情報を買ってくれる客を増やさなきゃいけないけど」

「目処はあるのか?」

「ないね」


 あっけからんと笑うディアスだが、それが本当なのかどうかはヴィレイサーにも分からなかった。相変わらず食えない男だが、提供された情報に救われているのは間違いない。


「あ、そうそう。1つくだらない情報をやるよ」

「……何だ?」

「近々、聖王教会に新しいシスターが回されてくるらしいんだが……どうやらそのシスター、結構な美人らしいぜ」

「……本当に下らないな」


 ディアスの言いたいことがよく分かった。この時期にシスターが新たに教会に入ってくるのは珍しい。しかし彼は「回されてくる」と言った。つまり“何かやらかしたはずだから注意しろ”と言う意味だろう。


(シスターに注意しろと言われてもな)


 まずは何があったのか調べる必要があるが、自分では荷が勝ちすぎている。シャッハかヴェロッサに協力してもらった方が確実だろう。


「……カリムからだ。もう戻る」

「はいはい、ぞっこんって奴ね」


 ディアスの茶化しを無視して、ヴィレイサーはカリムの元へ急いだ。








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