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小説
Another Episode 14








「実の所さぁ」

「ん?」

「その機動六課って、本当に役立つのか?」


 コーヒー豆を挽きながら、ディアスは問いかける。音楽のかかっていないバーで、ひときわ大きく聞こえてくるその音と、仄かに漂う香りが心地好かった。長椅子に寝そべっていたヴィレイサーはゆっくりと身を起こすと、不思議そうに首を傾げる。


「お前らしくないな。調べていないのか?」

「いや、ちゃんと調べたさ」


 挽く作業を終えたのか、彼はクリアファイルに入った資料を指差す。


「古代ベルカ式の継承者にして、騎士カリムのご友人である八神はやて。彼女を筆頭に、戦技教導隊に所属するエース・オブ・エースこと高町なのは、そして心優しき金の閃光と謳われるフェイト・T・ハラオウン……いやぁ、見事なまでに豪華な面子だよな」

「分かっているのなら聞くな」

「それでも、聞かずにはいられないだろ。
 特に、騎士カリムの今後にかかわるのなら、なおさら」


 出来立てのコーヒーが目の前に置かれる。ディアスの言うとおり、カリムにとって有益でなくては自分たちのしてきたことの意味がなくなってしまう。だが───


「いや、構わない」


 ───だが、ヴィレイサーの考えは違った。


「有益かどうか……それも大事ではあるが、カリムにとって機動六課と言う存在が大切かどうか、俺はその方が気になる」

「…お前らしいな」


 ディアスは微笑し、コーヒーを一口。


「けど、どうしたんだ、急に?」

「何がだ?」

「前なら、お前が騎士カリムを支えると断言すると思っていたが、さっきの言葉はまるで、機動六課とやらに任せるみたいな言い方だ」

「別に、前と変わってなどいない」


 口ではそう言うが、内心ではディアスの言葉を肯定していた。最も、この変化のきっかけはあまりよくないものだったが。カリムからの信頼を失ってしまったこと──それが、なによりの原因だ。もちろん、女性として異性には話せない内容だってあることは理解している。だが、イストに何をされたのかは言えたはずだ。それを言ってもらえなかった。それだけでカリムからの信頼と、彼女への忠義を失くすのはどうかと思うが、既にイストの殺害に関与した身だ。これ以上は、自分以外の者にカリムを支えてもらうしか他にないだろう。


「まぁでも、騎士カリムはまだ多忙だろうし、あの方は付け入られる隙を作りやすい。
 狙っているってのもあるけど、それを逆手に取られちゃあおしまいだな」


 カリムは大分交渉にも慣れてきたと思う。ただ、ディアスの言うように隙を見せることが多くなった。それはもちろん交渉の手段でもあるのだが、失敗すれば付け込まれることだってある。基本的にはシャッハやヴェロッサがフォローに回ってくれるので、そこまで困った事態には陥っていないが。


「…今度のパーティーは、厄介だな」


 ヴェロッサから聞かされた話だが、本局からまたパーティーの誘いが来たらしい。ただし今回はヴィレイサーが同行できるのは会場の入り口まで。場内に入れるのは招かれた客人だけらしい。一応、ヴェロッサも入室することはできるのだが、彼だけでは対処しきれない場合もある。


「だから、俺にこれを頼んだんだろ?」


 抛られたのは、社員証。片手でキャッチして、出来を確認する。相変わらず仕事が速い。なによりその出来も見事だ。


「アコース捜査官も一緒なのに、潜入するのか?」

「俺は、自分の目で見たものしか信じない」


 踵を返し、ヴィレイサーはさっさと出て行く。残されたディアスは、いつものことだと納得して彼を見送った。


「機動六課、ね」


 設立が近いと言うこと、そしてディアスが言っていた豪華な面子で構成された部隊との情報が明かされ、ニュースにもちょくちょく取り上げられている。部隊に召集された面々は誰もコメントを寄与していないようだが。

 カリムの親友、八神はやて。確か以前、シグナムと名乗った騎士が主と称していた女性だ。シグナムとヴィータは何度かシャッハと模擬戦をしに訪れているものの、はやてと会う時は二人きりで話すそうなので実際にはまだ1度も会ったことがない。


(まぁ、表情からして仲が良いのは分かるけど)


 カリムに大きな怪我を負わせてしまったあの日から、自分は罪に負けないよう罪を飼い殺しにしようと決めた。カリムの幸せ守るためならなんだってするつもりだ。彼女を傷つけるものは何もかも排除しつくす──その決意は、今も変わらない。だが、変わったこともある。

 イストの1件から、カリムからの信用を失ってしまった気がしてならない。それは自分の考え過ぎなのかもしれないが、どちらにせよ今更詫びる気は毛頭ない。どうせいつかは彼女の前から“消えなくてはならない”のなら、早い内からその下準備を進めておいた方がいいだろう。

 自分の出生を呪い、家を焼いて逃げ出し、カリムに大怪我をさせた挙句、人を殺める状況を作り出した。そんな罪に穢れきった自分が彼女の傍にいることなどできない。これもまたあくまで自分の見解だが、自分勝手と罵られようと構わない。何れは己がしてきた罪が露呈するだろう。たとえそうでなくとも、カリムを傷つけた罪から逃れたくはない。己と言う存在がある時点で、カリムの重荷になるのであれば消し去るべきだろう。


(例えそれが、俺の命をつぶしてでも……成し遂げられるべきだ)


 それを叶えられなければ、せめて行方を晦ませるしかないだろう。


(問題は、俺にそれだけの度胸があるかどうか……だな)


 決意なら幾らでも秘めることが出来よう。だが、それを実行に移すだけの覚悟が果たして自分に持てるのか。答えは、まだ出そうになかった。


「ヴィレイサー、どこに行っていたのですか?」

「まぁ、ちょっとな」


 聖王教会に戻り、カリムの所に顔を出しておこうかと歩いていくと、反対側からシャッハが慌ただしい様子で駆け寄ってきた。今日は月に2回だけある感謝日で、教会は休みだ。それでも礼拝をする者は多々おり、シャッハと数名のシスターは休日を返上してまで仕事をしている。


「すみませんが、1つ頼みたいことが」

「何だ?」

「実は、騎士カリムが風邪をこじらせてしまったみたいで……」

「あいつが? 珍しいな」


 彼女は体調管理を怠るようなことはしない。シャッハや自分が傍についているのだから、なおのこと。


「ここ最近、機動六課の設立に奔走しているようですからね」

「それで交渉する本人が倒れては元も子もないだろうに……」

「えぇ。ですから、ご自愛するようにヴィレイサーからも厳しく言っておいてください」

「分かった」


 自室で休ませていることを聞いて、道具を揃えてから足を運ぶ。


(機動六課……そこまでして設立したい理由ってのは、なんなのかな)


 妹分であるはやての夢を叶えたいと言うのと、そして自分の仕事量を軽減したいと言っていた気がする。彼女は嘘をつくのが下手だ。これは間違いなく本当のことだろう。だが、然程躍起にならなくてもいい気がする。はやてやなのは、フェイトほどの人材ならどこもかしこも喉から手が出るほど欲しいだろう。はやて曰く、自分の部隊を造りたいとのこと。そうまでして何がしたいのか、まったく分からない。


(まぁ、どうでもいいか)


 どうせ何れは自分には関係なくなるのだ。カリムのことを任せられるかどうか──今は、それだけ見極めればいい。


「カリム、入るぞ」

「えっ!? あ、ま、待って!」


 扉を開けてから言われても困る。素直に寝ているかと思いきや、彼女は寝間着に着替えている途中だった。


「…悪い」

「う、ううん」


 下着だけの姿を見、すぐに背を向けた。出て行って、また入るのが面倒だったからそうしたのだが、今思えばそれは失敗だったかもしれない。幾ら付き合いが長いとは言え、着替えているのだから彼女からしたら出て行って欲しいだろう。


「もう、大丈夫」

「ん」


 振り返ると、顔を真っ赤にして視線を泳がせていた。ちらちらとこちらを見ては、恥ずかしさに負けたのか顔を俯かせる。いつものヘアバンドを外している姿は、少し新鮮だった。


「風邪をひいたらしいな」

「えぇ。ごめんなさい、迷惑をかけて……」

「俺に迷惑をかけるのが、お前の仕事だろ」

「…それが嫌で、私は機動六課の設立を頑張っているはずなのに……風邪をこじらせてしまうなんて……」

「何か問題でもあるのか?」

「え?」

「それのどこに問題があるんだって聞いてんだよ」


 椅子に腰かけ、背凭れに寄り掛かる。木製でできた物特有の軋んだ音が部屋に響いた。カリムはしばらく黙ったまま。彼女の答えを待つべく、ヴィレイサーも口を噤む。


「それでも私は、貴方に迷惑をかけたくないの」


 弱々しい声。まったく論理的ではない言葉しか出てこないのが残念でならないのだろう。


「論理的ではないな」

「…ごめんなさい」

「別に責めているわけじゃない。お前は、俺に迷惑をかけるのが嫌なんだろ?」

「えぇ」

「なら、それでいいんじゃないのか」

「でも、そうしたら論破できないわ」

「俺を負かしたいのか?」

「そういう、わけでは……」


 ごろんと寝転がり、ヴィレイサーに対して背を向けた。自分の言いたいことを探るように小さく唇を動かすカリム。そんな彼女の言葉を待たず、ヴィレイサーは続けた。


「平行線のままだが、お互いに譲れないんだ。仕方がない」

「うーん……よく、分からないわね」

「だろうな。
 だが、俺は1つだけ分かっているつもりだ」

「何を?」

「お前は、俺を大事にしてくれている……そうだろ?」

「…えぇ、もちろん」


 自分の思いに気付いてくれた彼に、カリムは顔を綻ばせる。そしてようやく気が付けた。カリムは彼を想うからこそ、彼に迷惑をかけたくない。逆に、彼は自分のために奮闘してくれている。


「ヴィレイサー」

「何だ?」

「ヴィレイサーも、私を大切にしてくれていたのね」

「…さぁ、どうだろうな」


 その素直じゃないところさえ、愛おしい。


「ねぇ」

「ん? あぁ」


 呼ばれて、彼女の方を見るとシーツの端からちょこんと手を出していた。それが意図するところを察し、ヴィレイサーは傍らに椅子を持ってきて座り、そっと握る。嬉しそうに笑む彼女の頬にそっと触れる。


「少し熱があるな」

「えぇ。ヴィレイサーの手、心地好いわ」

「何もしていない。ただ触れているだけだ」

「それだけでも、いいの」


 握り返し、カリムは静かに目を閉じる。相当疲れが溜まっていたのだろう。しばらくしてすぐに小さな寝息が聞こえてきた。


(…放してくれないみたいだな)


 寝付いたので握った手を放そうかと思ったのだが、残念ながらそれは叶わないようだ。


(まぁ、いいか)


 どうせ看病を頼まれたのだ。この場を離れられないのだから、このまま手を繋いでいてもいい。


(これが俺の甘さ、か)


 結局自分は、彼女を手放せないのかもしれない。今だって、振り払おうと思えば手をのけることはできるはずだ。だがそれをしない──否、出来ないと言うことはこれが自分の限界なのだろう。


「…ふん」





◆◇◆◇◆





「んっ……ヴィレイサー?」

「…起きたか」


 数時間後、カリムが目を覚ました。手を放させ、室内のカーテンを閉めていく。


「もう、夕方なのね」


 窓から差し込む橙色の日差しを目に、次いで壁時計を見る。4時間ほど寝ていたようだ。


「ほら」

「あ、ありがとう」


 差し出されたコップを受け取り、ゆっくりと飲んでいく。冷たい水が火照った身体をゆっくりと冷やしてくれた。額にはいつの間にか濡れタオルがされていて、シーツの上に転がったそれはヴィレイサーがまた冷やしに行った。


「タオル、貴方が?」

「いや、シャッハだ。お前が手を放してくれなかったからな」

「あ……ご、ごめんなさい」

「…別に。お前にとって必要なものだったんだ。謝ることはない」

「ありがとう」


 空になったコップを下げてもらい、額に手を当てる。まだ少し熱っぽいようだ。溜め息を零し、おずおずとヴィレイサーに声をかける。


「ね、ねぇ」

「何だ?」

「汗、拭いてもらってもいいかしら?」

「…シャッハを呼ばなくていいのか?」

「えぇ。あ、でも……」

「ん?」

「傷……見るのが嫌なら、シャッハを呼んで」


 背中にある、深い切り傷。それは自分がカリムを守れなかった罪の象徴みたいなものだ。それを目にするのは、確かに抵抗がある。だが、ずっと避けているわけにもいかない。彼女だって、誰かに傷を見せるのは嫌なはずだ。


「いや、いい。俺がやる」

「…お願い」


 背中を向けてから、上の寝間着だけ脱いでいく。


「もう、大丈夫よ」


 脱ぎ終えたことを伝えると、ヴィレイサーの足音が聞こえてきた。寝間着を脱いだことで、外気が直接肌に触れる。少し寒気がしたが、それもすぐに慣れた。


「拭くぞ」

「え、えぇ」


 鼓動が早まっていく。緊張と羞恥、それと僅かな恐怖。だが、僅かながらでも恐怖を抱いてしまった自分が申し訳ない。彼だって辛いはずなのに、恐怖を感じているなんて嫌だった。


「んっ……」


 冷たいタオルが、肌を撫でるように優しく当てられた。傷はもう痛まないが、その周囲に近づいていくにつれて当てられているタオルの力が弱くなっていく気がした。それは決して勘違いなどではないだろう。


「…傷、痛むか?」

「いいえ。それは、本当に大丈夫。もう痛くないわ」

「…そうか」


 その後は、黙々と汗を拭いてくれた。会話は一切なかったが、やはり彼に触れられていると安心する。次第に心地好い温もりが遠ざかっていく。そろそろ寝間着を着ないといけないようだ。


「…え?」


 が、後ろから両手が回されたのに気が付いたカリムは、思わず着替えの手を止める。


「あ……ヴィ、ヴィレイサー?」


 そして、後ろに引き寄せられたかと思うとぎゅっと抱きしめられた。


「…無茶、すんなよ」

「…えぇ、ありがとう」


 ヴィレイサーの手にそっと触れ、カリムは笑む。


「少しの間だけでいいから……こうして、いて」

「ん、了解した」







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