[携帯モード] [URL送信]

小説
Another Episode 12








「ディアス、いるか?」

「おー……」


 裏路地から入って入り組んだ奥へと足を踏み入れると、そこには小さな酒場がある。人などまったく来ないように思えるそこに、ヴィレイサーは周囲に人気がないことを確認してから入っていく。店内は灯りが一切点されておらず、しかし声を投げかけると確かに返答があった。


「頼みがある」

「いきなりやってきていきなり頼むのか? 相変わらず世間話をしない奴だなぁ、お前は」


 ディアスと呼ばれた男は、齢はヴィレイサーより3〜4つ上と思われる。


「地上本部の男、イスト……こいつに関する情報が欲しい」

「しかもこっちの意見を無視……前は可愛げある子供だったのに」

「…前の俺は、もう死んだと思ってくれ」


 ヴィレイサーの昔を知る理由は、彼もまたカリムに近しい立場にいたから。


「騎士カリムの身体に触れていた」

「…殺すのか?」

「分からない」

「機動六課の設立に必要な資金源なんだろ? だったら、資金を先に出させるしかないんじゃないか?」

「代価が、1度で済むと思うか?」


 返答に詰まる。ヴィレイサーはディアスを一瞥し、彼の言葉を待った。


「…まぁ、騎士カリムの身に危険が及ぶと言うのに、何もしないなんてことはないが」


 ディアスはかつてカリムの執事をしていた。しかし、「やりたいと思ったことをやる」と言う心持ちから、ヴィレイサーに執事を任せてからすぐに仕事を辞めてしまい、様々な仕事をしていた。それから十数年、こうして再会に至ったわけだが、彼は探偵の仕事をしていた。本業は情報屋だが、「それだと公務員の方々に知られたら面倒だからな」と言うことで探偵と言うことにしている。


「それで? お前、こいつを手にかけるのか?」

「まだ分からない。いいところと繋がりがあったら、そっちに処理してもらう方がいいだろう」


 ヴィレイサーが言ういいところとは、暴力団のことだ。彼らに厄介ごとを押し付けてしまおうと言うことだろう。それにはディアスも賛成だった。自分の手を血染めにするのは、あくまで最終手段にしてほしい。


「それじゃあ、適当に探っておく」

「ん」


 ディアスが仕事を了承してくれたところで、ヴィレイサーは出ていく。彼が活動するのは、夜がメインだ。今は寝かせておこう。


「さて、俺も仕事に行くか」


 カリムとはしばらく会いたくなかった。後ろめたいことをしているからではなく、彼女と顔を合わせづらいから。


(未練がましいんだよ……! 心底、ヘドが出る)


 自分に舌打ちして、ヴィレイサーはシャッハから預かった仕事のリストを眺める。八つ当たりはどうかと思うが、苛立たしい気分のまま人と接するのは御免だ。魔物の討伐と、ロストロギアの回収をメインに進めることにして、彼は足早に目的地へ走った。





◆◇◆◇◆





「あ、ヴィレイサー」

「シャッハ。…客人か?」

「えぇ」


 報告のために任務から戻ると、シャッハが紅茶を持って応接室へ向かっているのが目に入った。


「…昨日の方か?」

「いいえ。今日の方は地上本部ではなく、クロノ提督の同僚だそうです」

「クロノの……なら、信用はできそうだな」

「まったく……大事なお客様の前では、本音は隠してくださいね?」


 並んで歩き出し、シャッハは更に続ける。


「“私のように”、ね」

「ん」


 つまり、シャッハも信頼に足る人物かどうか気掛かりだったと言うことだ。昨日の1件から彼女もカリムの僅かな変化に気が付いているのだろう。詮索はしないが、大きな心配を寄せ、最善の道を探す──それが、シャッハのやり方だった。自分とは違ってとても聡明で、正しい方法だと思う。だから、自分がすることは誰にも明かしてはならない。どれだけ近しい者であっても。

 本当は戻ってくるのは嫌だったが、少しは頭を冷やすことが出来た。自分の勝手がカリムを傷つけているのだと思うと、やはり不安は拭えない。幾ら彼女から距離を取ろうとしても、どうしても傍に居たいと願ってしまう。その矛盾が、苦しくて堪らない。


「失礼します」


 ノックして、シャッハと共に入室。一礼する際に一瞥した男は、クロノが推薦しただけあって好印象をもてる感じだ。


「ありがとう、シャッハ」


 紅茶を運んできてくれたシャッハに礼を言って、次いでヴィレイサーを見る。口を開こうとしているが、中々声を発せないでいる。喧嘩したばかりなのだ。当然だろう。


「…それで、先程の続きですが」


 結局、カリムが言葉をかけることはなかった。


(チッ……)


 内心で舌打ちして、邪魔にならない所に直立する。期待なんてしていなかったはずなのに、いざカリムに何も話してもらえない事実と向き合うと、心がざわつく。


「悪く言うと、懐疑的な者が多い状況なんです」

「無理もありません。自分らにとって有益でなければ、出資したのに損をしたと思いたくなります」

「いや、お恥ずかしい話です」


 新部隊の設立がここまで面倒だったとは知らなかった。交渉役のカリムはよくやっていると思う。自分だったら間違いなく不毛な言い争いをしてお開きとなるだろう。


「失礼。……どうした?」


 離席した男は、通信を始める。微かだが、緊急の案件だと知らせる音がした。何か事件だろう。

「ともかく、今は人手が足りない。一先ず信頼のある部隊から人をかき集めてくれ。
 いや、大変失礼しました」

「何か事件ですか?」


 自分よりもずっと近くに居たカリムの耳にも、やはり緊急を告げる音が聞こえていたようだ。


「それが、流れの魔導師が何名か、ビルに立て籠っていまして……」

「では、急いで戻られた方が……」

「そうですね。すみませんが、本日はこれにて」

「はい。シャッハ、送って差し上げて」

「畏まりました」

「…あの」

「はい?」


 それまで黙っていたヴィレイサーだったが、差し出がましいと分かりつつも口を開いた。


「先程、人をかき集めるよう指示をなさっていましたが、人手不足なのですか?」

「…はい。今日は大規模な演習があって、ほとんどの人員がそちらに……」

「では、ここは俺が行きます」

「ヴィレイサー……!?」

「それで、少しでも懐疑を払拭できないか、働きかけて欲しいんです」

「ですが……」

「長く放置していると、マスコミが面倒ですよ」


 多少の煽りなら構わないだろう。相手の顔色が悪くなったのを見て、畳み掛ける。


「機動六課は確かに新人を募集しますが、彼らを教導する者も有名人ですから」

「有名人?」

「ヴィレイサー、それは……」


 釘を刺そうとしてきたカリムを手で制し、無言で頷き返す。


「それはまだお話し出来ませんが、騎士カリムから聞いたので間違いないかと」


 カリムに対する信用は誰からもあつい。その彼女が、それも聖王教会の騎士と言う立場にある者が、嘘など言うはずがない。そういう先入観は、少なからず持たれているものだ。


「では、お願いします」

「分かりました」


 交渉成立だ。多少強引だが、カリムはそういった攻め方が苦手だ。自分がしゃしゃり出たのは正解かもしれない。


「待って、ヴィレイサー!」


 さっさと歩き出したヴィレイサーの腕を掴み、カリムはじっと見詰める。何を言えばいいか悩んでいるようだ。


「その……ちゃ、ちゃんと、帰って来てね?」

「お前との約束を反故に出来るほど、俺は勇敢じゃない」


 約束は守る──口ではそう言いながらも、ヴィレイサーは腕を離させてきた。だが、これだけは譲れない。彼と喧嘩したままだなんて、絶対に嫌だ。頑なに拒むカリムを見て、観念したように溜め息を零した。


「まだ何かあるのか?」

「あ、あの……私、ヴィレイサーに謝らなきゃって……それで、その……」


 うまく言葉を繋げられない。しどろもどろしていると、再び溜め息を零した彼が、優しく頭を撫でてくれた。


「帰ったら、なんでも聞いてやる。だから今は、俺を信じて待っていればいい」

「ヴィレイサー……」

「大丈夫だ。俺はどこにもいかないから」

「…分かったわ。それじゃあ、気を付けて」


 渋々と、彼女の手が離れた。ヴィレイサーは踵を返し、通路を歩きながらふと思う。我ながら、“嘘”が上手になったな──と。





◆◇◆◇◆





《周囲の避難、完了しました》

「ありがとうございます」


 目的地に着くまでの間に、ヴィレイサーは周辺住民の避難と、人質の有無を確認するようにお願いしていた。現場に到着した時、人質はいないことが確認された。それでも突入しないのは、相手がかなり上手だから。流れの魔導師は、意外と手強いことが多い。理由は、違法な改造を施した質量兵器の所持や、どこかの研究所から逃げ出した立場だから……などなど、様々だ。


「敵は複数だ。ロアーを使う」

《Roar setup.》


 ロアーと名付けられているのは、ただの鎖。ヴィレイサーはそれを左手に装備した状態で、物音を立てずに侵入していく。彼は戦闘面もそこそこだが、こういった潜入なども得意とする。残念ながら、それ専門の者に比べると劣ってしまうが、戦闘との両立をこなすのは難しく、致し方ない。


「サーチャーは……なし、か」


 間抜けな犯人ではないのは、このビルを占拠した時点で分かっている。鮮やかなやり方に、寧ろ称賛したいぐらいだ。サーチャーが設置されていないのも、迎え撃つだけの腕前を持っていると考えられる。


(惜しい敵だな)


 こんな犯罪さえしなければ、まともな暮らしが出来ていただろうに──そう思って、はたと思い出す。以前、カリムが自分の生活は贅沢だと言っていた。それから、流れの魔導師になった者の半数近くが、生活に困っていたとか。改造は、生きていくために必要になって身に付けたことも聞いた。


(生憎と俺は、慈悲なんて持ち合わせていないけどな)


 溜め息を零し、慎重に歩いていく。


「豪く待たせるじゃねぇか」

「…素敵な歓迎をありがとう、諸君」


 待ち伏せされていたようだ。敵は10人以上いる。よくこれだけの同志を集めたものだと感心してしまう。


「テメェ、なんの目的でここに来た?」

「任務だ」

「はっ、命じたままにしか動けない人形かよ」

「これでも選り好みは激しい方だ」


 リーダー格と思われる男と会話をしている内に、彼の後ろや周囲に控えている別の魔導師達が武器を構え始めた。話し合う気は毛頭ないのだろう。


「悪いが、死んでもらうぜ!」


 件の男がそう言うのと同時に、魔力弾や速射砲が迫った。


「よく聞く台詞だが……人殺しには覚悟が必要だと、俺は邪推する」


 ヴィレイサーは鎖をある程度の長さだけ左腕から垂らすと、それを一回転して振り回す。AMFの効力を持ったそれは、迫りくる全ての攻撃を無力化した。


「…ブレイズギア」


 そして、空いている右手で火球を天井に向かって何発も放つ。


「どこを狙っている?」

「見れば分かるだろう」


 狙ったのは、天井に備えられた幾つものスプリンクラー。放たれた炎の弾丸に反応して、一気に大量の水があふれ出す。


「ブリザードギア」


 水のシャワーが、ヴィレイサーの呟きによって氷柱へと姿を変える。


「こ、こいつっ!?」


 驚き、戸惑う連中を余所に、ヴィレイサーはシールドで降り注ぐ氷柱をやり過ごす。その場で待機しているのは性に合わないので、高く跳躍して天井すれすれまで来ると、その位置から拳を突き出し、同時に鎖を射出する。


「なぁっ!?」


 足に絡みついたそれを解くよりも先に、ヴィレイサーが力一杯引っ張る。盛大に仰向けに倒された男は、そのまま引っ張られ、次々と仲間を巻き添えにしていく。


「ギアシフト」


 ある程度敵の位置を固まらせると、スプリンクラーを完全に破壊して更に水を放出させる。


「わっぷ!?」

「な、何だってんだ!」


 質量兵器の類は、水を被れば少しは使えなくなるものがある。然程の脅威がなくなったところで、水浸しになった床に降り立ち、再び命じる。


「ブリザードギア」


 バインドの方が確実だが、敵を捕まえるためだけではなく、スプリンクラーも止める必要がある。凍らせる方が手っ取り早い。


「っ!」


 1人ずつバインドを施そうと思った矢先、ヴィレイサーは慌ててその場から離れる。次の瞬間、先程まで彼が立っていた場所にバズーカが撃ち込まれた。


「味方を巻き込んでやるなよ」

「しょうがねぇだろ。勝手に捕まったそいつらが悪い」

「…一理あるな」


 立ち上がり、バズーカを放ったのが恰幅の良い男だと分かると、溜め息を零した。彼はバズーカだけでなく、他にも多くの銃器を携えていた。スプリンクラーによって濡れているとは言え、どうやら防水加工してあるようでまったく意味がない。


(まぁ、それはあくまで“武器に対して”だけどな)


 次弾が放たれる前に、ヴィレイサーは再び鎖を射出する。狙いは首回りだが、別に男に絡まりさえすればどこだってよかった。


「はっ、俺と力比べでもしようってのか、兄ちゃん」

「その必要はない」


 狙った首回りに絡みつくかと思ったが、男は腕を顔面に持ってきて防いだ。このまま引っ張り合っても、力は間違いなく向こうが上だ。だが、張り合うなんて無駄なことはしなくていい。


「…ヴォルトギア」

「ぐおああぁっ!?」


 鎖を伝って、男の全身に電撃が走る。スプリンクラーで水浸しにしたのはこれが理由だ。


「ギアエンド」


 殺す気は毛頭ない。愛機がその調整もしているので、気絶させる程度の電流しか流さない。


「任務、完了」


 炎熱、氷結、電撃。3つの魔力変換資質を駆使した形となったが、あくまで建物内だったからできただけだ。スプリンクラーがなければ、ここまで早く制圧するのは無理だっただろう。


「…帰るか」


 この後、カリムと話さなければならないかと思うと、少し憂鬱な気分になった。








[*前へ][次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!