[携帯モード] [URL送信]

小説
Another Episode 11








「…カリム、起きろ」

「ぅ、ん……? ヴィレイ、サー?」


 一緒のベッドで寝ていたが、2人とも狭苦しさを感じることはなかった。乱れた髪を整えてやりたいが、今は部屋に戻ってもらうことを優先してもらいたい。戻らなければ、シャッハがここへすっ飛んでくるだろう。小言を言われるのは御免だ。


「部屋に戻れ」

「うん……でも、まだ眠いの」


 ヴィレイサーに甘えるようにして抱き付き、目を閉じる。溜め息を零し、カリムの寝間着が乱れていないことを確認して、ストールをかけて彼女を抱き抱える。シャッハは朝早くから起きているが、この時間は朝食の準備とスケジュールの確認をしていることだろう。


「手間をかけさせる」

「ごめん、なさい」


 眠たそうに返事を返すカリムを、優しくベッドに寝かせて頬を撫でる。


「ヴィレイサー」

「何だ?」

「…怒ってる?」


 満月の夜、2人は必ず悪夢に魘される。その後、一緒に寝るのが当たり前になっていた。カリムが気にしているのは、そのことだろう。


「別に。俺の方こそ、お前に迷惑をかけてばかりだろ」

「いいの。貴方が迷惑だと思っていても、私は絶対にそうは思わないから。
 ヴィレイサーに頼ってもらえているって思ったら、凄く……嬉しい」


 ベッドの中から手を出し、ヴィレイサーと繋ぐ。まだ温い手から伝わってくる熱が、心地好かった。カリムは微笑むと、時間になるまで寝ることにして目を閉じる。


「おやすみ、カリム」


 すぐに小さな寝息が聞こえてきた。それを確認してから、ヴィレイサーは静かに手を離させ、彼女の部屋を出ていく。二度寝しようと思ったが、目が覚めきってしまった。このまま大聖堂へ足を運んで、いつものように懺悔することに。


「…少し、冷えるな」


 春になったとは言え、朝はまだ肌寒い。大聖堂の前まで来て、その重たい扉をゆっくりとあけていく。荘厳な造りをした室内に、木製の扉が立てる独特の音が木霊した。

 一歩一歩、歩みを進めていく度に響く足音。この音が、ヴィレイサーは好きだった。しっかりとした足音が響くのは心地好い。カリムの足音も、どんなものかよく覚えている。祭壇の前まで来ると、片膝をついて手を結ぶ。目を閉じ、自身の罪を思い起こして懺悔する。幾ら懺悔したところで、自分のしてきた大罪が赦されるわけではない。自身を戒め、罪に呑まれるのではなく飼い殺しにすることを決めた心を忘れないための懺悔。だが、それは果たして懺悔と呼べるものなのだろうか。


(…俺の知ったことじゃない)


 真実がどうであれ、自分が懺悔と称しているのであれば、それでいいじゃないか──ヴィレイサーは立ち上がり、大聖堂を後にした。





◆◇◆◇◆





「騎士カリム、午後からはお客様がいらっしゃいますので」

「ありがとう、シャッハ」


 朝食を食べ終えて、今日のスケジュールを確認するカリム。彼女の手伝いをするヴィレイサーも、その予定に耳を傾ける。


「…客人ってのは?」

「地上本郡の方よ。前に話した、機動六課を設立してもらうための資金提供をお願いしようかと思って」

「…そうか」


 地上本部の人間は、機動六課の設立に反対している人間も多い。そんな人間に、資金の提供を願い出るなど本来はあり得ない。だが、それを可能にするだけの説得力がカリムにはある。それでも、好意的に思われていないのであれば心配もする。


「ヴィレイサー」

「ん?」

「私、頑張るから。頑張って、機動六課の設立に着手してみせるわ」

「…まぁ、あまり気負うなよ」

「えぇ、ありがとう」

「別に」


 正直なところ、ヴィレイサーは機動六課の設立が成功するかどうかなんてどうでもいいと思っている。彼がすべきことは、自分に課せられた罪と責を忘れず、贖罪することだけ。他のことなど、不要でしかない。


「さて、そのためにも私も頑張らないと!」

「はりきるのはいいが、空回りするなよ」

「もう、心配性なんだから」

「お前が心配をかけすぎるからだ」

「ふふっ、そういうことにしておいてあげるわ♪」


 柔和な笑みを浮かべるカリム。昨晩とは違い、明るい笑みだった。痛々しさも、儚さもない。それを見て安堵し、ヴィレイサーは踵を返す。これから仕事と、客人への応対を確認しなくてはならない。


「ヴィレイサー、今日のお客様は大事なお方です。無礼のないようにお願いしますよ?」

「なら、俺に手伝わせなきゃいい」

「そうやって対人を避けてばかりいると、成長できませんよ」

「構わん」

「まったく……これでは、騎士カリムも貴方も、お互いに離れられないようですね」

「…それが欠点だと言うことは、理解しているつもりだ。
 少なくとも俺は、カリムを離す必要がある」

「だからと言って、厳しく当たっては……」

「そこまでしなきゃ、離れてくれないだろ」


 シャッハの言いたいことも分かる。なにより自分は罪人だ。カリムの傍に居ることはできても、彼女の心を縛ることは赦されない。


「ですが、騎士カリムを泣かせた暁には……分かっていますね?」

「…泣かせずに離せとは……無理を言う」


 止めていた歩みを進め、ヴィレイサーはシャッハのおもてなしを手伝った。





◆◇◆◇◆





「今回は出資金の支援を買って出てくださり、本当にありがとうございました」

「いえいえ。とは言え、まだ確定したわけではありませんが」

「あ、そうでしたね。すみません、急いてしまって」


 午後になって、カリムのもとへ1人の男がやって来た。齢は40代で、恰幅の良い男性だ。建物に入るまで、コートで管理局の制服を隠してもらうようお願いしたのだが、快く了承してくれた。聖王教会の信者はあまり、そう言った制服を目にするのは好きではないらしい。教会に来る者となれば、もちろんひもじい思いをしてきた者も少なくない。そんな彼らからすれば、管理局の人間は贅沢に感じるのだろう。


「ですが、イスト様がお力添えしてくださって光栄です。
 地上本部の方は、機動六課の設立に反対する方が多いので……」


 イストと呼ばれた男は、地上本部でそれなりの地位にいる。彼が所属するのは、地上本部の首都防衛隊。レジアス・ゲイズが防衛長官を任されている。そんな彼の考えに同意する者は多く、事態を大勢で判断する本局と折り合いが悪い。そのため、機動六課の設立は難航している。


「聖王教会の騎士であり、なにより管理局の理事官たる貴女からの熱い要望です。耳を傾けない方が、おかしいですよ」

「ありがとうございます」


 頭を垂れ、対面に座すイストに謝辞を述べる。


「とは言え、人間は出資を募るにはやはり見返りを求めてしまう生き物です。そう一筋縄にいかないことは、ご理解頂きたい」

「もちろんです。出資者たる皆様には、決して損はさせません」

「有能な部隊……そう、断言してよろしいのですね?」

「はい、是非」


 良い方向に話が進んでいくことに、カリムは内心で喜んでいた。出資者を求めるのはこれまでも行ってきたが、地上本部の上層部と接するのはこれが初めてだ。だが、これを通せば必ず、機動六課の設立に着手できる──そう確信したカリムは、自信をつけていく。


「…それにしても……」

「はい?」


 ふと、話が変わった。イストの眼が、じっくりとカリムを品定めするように動く。


「いい体つきをされていますな」

「えっ!?」

「あぁ、これは失敬。騎士カリムは、いつも聖王教会で仕事をしていると小耳に挟んだのですが……」

「え、えぇ。その通りです」

「それなのに、しっかりとした肉体を保っていて……いやはや、正直羨ましい限りです。
 この歳にもなると、やはり体つきが気になるものでした」

「そ、そうなのですか」


 安堵し、カリムは驚きで渇ききった喉を潤すために水を一口。だが、イストの目は妖しい光を湛えたままだった。


「是非とも、教えて頂きたいものですなぁ」


 立ち上がり、カリムの後ろに来ると髪に触れた。


「な、何をなさるのですか!」


 慌てて立ち上がり、声を荒らげるカリム。それに対しても、イストはまったく意に介した様子は見せない。


「ひ、人を呼びますよ!」

「よろしいのですか、そんな浅はかなことをして?」

「浅はかなのはどちらですか!」

「欲しいのでしょう? 機動六課を設立するための資金が」

「そ、それは……!」


 ここに来てようやく、カリムは気が付いた。つまり、資金を提供する見返りに身体を差し出せと言うのだ。


(そんなこと、出来るわけが……! でも、ここで私が断ってしまったら、はやての夢が……)


 自分さえ従えば、大事な者の夢を潰されないで済む──そう思うと、カリムは急に萎縮してしまう。


「さて……それでは、失礼しますよ?」


 反論しないのをいいことに、イストはカリムの服に手をかけた。ボタンが外され、黒い下着と白磁のように美しい肌が僅かに顔を覗かせる。


「…騎士カリム、失礼します」


 だが、それ以上先は進まなかった。ヴィレイサーが、新しい紅茶を持ってきてくれたのだ。


「ヴィ、ヴィレイサー……!」

「……何を、なさっているのですか?」


 室内の空気が一気に変わった。戦闘の経験が皆無なカリムでもはっきりと感じられる殺気が、ヴィレイサーからひしひしと放たれる。


「失礼。騎士カリムが、貧血を起こしたようでして」


 真実を話す前に、イストが言ってしまった。だが、ヴィレイサーがそれを信じる可能性はまずない。


「…では、申し訳ありませんが騎士カリムの体調のためにも、本日はお引き取りください」

「分かりました。新たな日取りは、こちらからお知らせします」


 イストは荷物を纏めると、再びカリムへ迫り、耳元で囁く。


「後日を、楽しみにしていますよ」


 身体を小さく震わせた彼女を一瞥し、イストは部屋を出ていく。


「あぁ、見送りは結構」

「…畏まりました」


 ヴィレイサーも、もちろん彼が失せるまでは振る舞いを崩さない。やがて扉が閉まりきり、車が聖王教会から離れていくのを窓から確認した後で、カリムを見る。カーペットを敷いた床にへたりこんでいる彼女に手を差し出す。


「…カリム」


 しかし、彼女がそれを握る気配はなかった。


「しっかりしろ」


 強引に立ち上がらせて、椅子に座らせる。目の前に冷たい水を差し出すと、ようやく我に返った。


「ぁ……ありがと」


 怖い思いをしたのだと、すぐに分かった。


「何をされたのか、話せるか?」


 その問いに、カリムはすがるようにして彼を見詰める。だが、中々口を開こうとしない。言葉を探っているのか、或いは言えないのか。


(もしも後者だとしたら、俺は……)


 彼女から視線を外さずに、ヴィレイサーは内心で渦巻く戸惑いに呑まれていく。それを知る者は、誰一人としていなかった。


(やっぱり、話した方が……でも、そしたらはやてに申し開き出来ない……!)


 ヴィレイサーと同様にカリムもまた、自分の責任や義務に押し潰されていた。聖王教会の騎士で、しかも管理局の理事官でもあるのだから、毎日が重圧で辛いはずだ。だからこそ、はやてとの約束を守らなければならないと強迫観念に駆られ、言うに言えない状況に追い込まれてしまっていた。


「…な、なんでもないわ」


 それは、ヴィレイサーにとっては予想外の一言だった。


「あの方の言っていたように、単に貧血を起こしてしまって……」

「カリム」


 彼女の両肩を強く掴み、揺すって言葉を遮らせる。


「俺もシャッハも、お前の健康に気を遣って食事を出しているんだぞ? 貧血なんて、嘘だろ?」


 聞きたくなかった。彼女が何もなかったと言ったのが怖かった。本当のことを、言って欲しかった。でなければ、自分は───。


「ほ、本当に貧血よ」


 だが、彼女は偽り続ける。刹那、パンッと小気味よい音が響いた。


「ヴィ、ヴィレイサー?」


 叩かれたカリムは、痛む頬に手を当てながらヴィレイサーを見やる。


「…カリム」


 だが、普段の彼とは違っていた。冷徹な双眸が、貫くように見下してくる。


「俺に2度も同じ問いをさせるな」

「わ、私は、嘘なんて……!」

「もう1度だけ聞く」


 声を荒らげた訳でも、強く言われた訳でもない。なのに、ヴィレイサーの言葉に黙らされるだけのプレッシャーが込められていた。


「あの男に何をされた?」


 それでも、カリムは答えない。答えてしまったら、妹分のはやての夢が水泡に帰すことになる。それは、彼女と契った自分が最もしてはならない大罪だ。


「答えろぉっ!」


 ヴィレイサーの一喝が、無意識の内に口を開かせようとする。怖い。このまま彼に従わなければ、きっと後悔する──薄々、分かっていた。それでも彼なら、自分に付き従ってくれるはずだ。そう、信じている。


「大丈夫、だから……」


 その言葉は、嘗てヴィレイサーが彼女を守れなかった時に言われたそれと、まったく同じだった。声色も、不安に彩られた笑顔も。


「私、何があっても大丈夫よ」


 自分を自分で守るように、カリムはぎゅっと自身の体躯を抱き締めた。


「…機動六課の設立……お前が傷ついてまで、なすべきことなのか?」

「当然よ。だって、機動六課が正式に稼働してくれれば、私も凄く嬉しいもの」


 どう頑張っても、カリムの笑みは儚いままだった。ヴィレイサーは苛立たしげに舌打ちする。そんな彼の言動が、カリムには不思議で仕方がなかった。彼はいつも、自分のために頑張ってくれている。機動六課の件だって、行く行くは自分にとって益になるのに、彼は乗り気ではない。


「ヴィレイサーだって、機動六課の設立に奮闘してくれているじゃない」

「…吐き違えるな! 俺は、新部隊設立なんてどうだっていいんだよ!」


 明かしてはならない本心。苛立ちから、ヴィレイサーは堪えきれずに吐露してしまった。


「俺が優先するのは、聖王教会とお前のことだけだ」

「そ、そうだとしても、いつか私のためになるわ!」

「不確かな可能性に踊らされるな! そうやって妄執するから、足元を掬われるんだ」

「ヴィレイサー……」

「カリム、何があったのか話せ。弄ばれてからじゃ遅いんだよ」

「私は……」


 顔を俯かせ、カリムは逡巡する。自分が取るべきはいったい何なのか、分からなかった。ヴィレイサーの言うことも分かる。心配してくれるのはもちろん嬉しい。だが、彼に甘えてばかりな自分が嫌だった。いつも傷だらけになって帰って来る彼を見て、甘えるだけでなく役に立ちたいと躍起になり、そして見出だしたのが、機動六課だった。この部隊を設置することで、ヴィレイサーが背負う負担は軽くなる。そうすることが、一番だと信じている。もちろん、私情だけで部隊の設立を決め込んだ訳ではない。ちゃんとはやて達のことだって考慮した結果だ。だから───。


「…私は、何もされていないわ」


 だから、例えヴィレイサーに叱られても構わない。大好きな彼のために、自分は穢れてもいい。


「……そうか」


 彼は溜め息混じりにそれだけ言うと、踵を返した。


「ヴィレイサー?」

「俺は、お前からの信頼も失ったわけか」


 話せば良かった──そう思って彼の名前を呼んだ時には既に、扉は閉められていた。










◆──────────◆

:あとがき
好ましくない方が多いとは思いますが、カリムが危ない目に……!

そんなカリムですが、ヴィレイサーに楽になって欲しい、はやての夢を叶えたいと言う想いを叶えられるよう、危うさがより目立ちます。

そしてヴィレイサーは、そんなカリムを守ることしか考えていません。
作中でも口にしていたように、機動六課の存在など彼にとってはどうでもいいことです。

ここまで来ればお分かりかと思いますが、ヴィレイサーが彼を手にかける予定でした。直接的、間接的はともかくとして。
まぁ最初はその予定だったんですけど、レイスと話をさせることやカリムのところに改めて戻ってくることを考えると、流石にその罪状はまずいかなぁと思いまして却下しましたけど(笑)






[*前へ][次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!