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小説
想いを、いつか








「レイ、さん?」

「うむ、そうじゃ」


 友人、フーカ・レヴェントンの口から出た名前に、リンネは愛らしく小首を傾げる。しばらく考えたところで、それが誰を指しているのか気付いた。


「先輩のこと、だよね」

「そうじゃ」


 2人が話題にしているのは、フーカが所属しているナカジマジムで特訓相手をつとめている少年、レイスのことだった。リンネが彼を先輩と呼ぶのは、同じように特訓の相手をしてくれたから。さん付けで呼ぶよりも、しっくり来るのだとか。


「こないだレイさんの手料理を食べたんじゃが……今思い出しても美味じゃった」

「そうなんだ」


 正直なところ、リンネはあまりレイスが得意ではない。なにせ異性と接する機会など全くなかったうえに、特訓の際に決定打を打ち込めずに終わったことがあるからだ。無論、仲が悪い訳ではないし、仲良くなりたいとも思っている。だが、機会が少ないのだから仕方ないだろう。


「リンネ。レイさんと仲良くなりたいんじゃろ?」

「それは、まぁ」

「なら、今度の送迎はレイさんに任せたらええ」

「えっ!? む、無理だよ。それに、1人でいけるから」

「ダメじゃ。ご両親からもお願いされとるし、1人では絶対に行かせん」


 つい先日から、リンネの両親は夫婦で仕事へ行ってしまった。自宅にはもちろん何人かのメイドもいるのだが、専属の運転手は両親の仕事へ同行してしまったのだ。運転手不在の中、学校へ行くのは電車やバスが必要になる。


「でも、先輩だって学校あるよね?」

「大丈夫じゃ。1日休む訳じゃなし。レイさんなら引き受けてくれるはずじゃ」

「まだ話していなかったんだ」


 てっきり既に話を通してあるかと思ったが、どうやらこれから頼むらしい。


「まぁわしから頼む訳にもいかんしのぉ。リンネ自身が望んだら、レイさんは引き受けてくれるはずじゃ」

「そうなのかなぁ」


 大して親しくもなければ、彼にはなんのメリットもない。こんな依頼を引き受けるとは、到底思えなかった。





◆◇◆◇◆





 翌日───。

 リンネはいつもと違い、学校に向かうべく駅のホームに立っていた。そしてそんな彼女の隣には、さも当たり前のように、レイスの姿が。


(昨日の今日で本当に引き受けるなんて……)


 ちらりと彼を横目で窺うと、何か調べている様子だ。内容までは分からないが、黙しているのはあまり好ましくない。


「あの、先輩」

「はい?」

「何を調べているんですか?」

「これから乗る電車の混雑具合や、他の駅での乗降率などですよ。フーカさんから『登校中にリンネをへとへとにさせたら赦しません』と言われたので」

「もう、フーちゃんは昔から心配性なんだから」

「僕は、フーカさんの気持ちが分かります。リンネさんに何かあったら嫌なのは、みんな一緒です」

「先輩も、心配ですか?」

「もちろんですよ」


 そんな話をしている内に電車がやってきた。車内は既に席がうまっており、座れそうにない。


「リンネさん、ここへ」

「え?」


 レイスに言われて背中を預けたのは、反対側のドア。リンネは何故ここなのか不思議に思っていると、レイスは彼女の前に立つ。


「ここから終点まで、こちらのドアは開かないみたいなんです」

「なるほど」

「ですが、乗車率は高めですから、潰されないようつとめます」

「え? そこまでしなくても……」

「まぁまぁ、初日ですからできることはさせてください。不要なら、明日からしなければいい訳ですし」

「そう……ですね」


 今から口を酸っぱくしても仕方がない。そう思ってリンネが溜め息を零した時だった。乗車率の高い駅に到着し、多くの人が乗り込んでくる。


「リンネさん、すみません」

「いえ」


 思っていた以上の人数に驚きはしたものの、レイスが壁になってくれたので苦しくない。


「先輩こそ、辛くはないですか?」

「まぁ、鍛えていますからね」


 頼もしい言葉に、リンネは思わず頬が緩む。幸い、電車が次に止まるのは終点なので、レイスも大して苦しくならずに済んだようだ。


「ありがとうございました、先輩」

「もういいんですか?」

「はい」


 学校まではここから歩いてすぐだ。レイスもこれ以上食い下がる訳にもいかないため、彼女の言葉に従って踵を返した。


(そうだ。今日の授業、料理実習があったよね)


 簡単なお菓子作りだが、レイスへのお礼に作ってみよう──そう決めたリンネは、いつもより笑みを浮かべて学校へと向かった。





◆◇◆◇◆





 2日目───。

 リンネは学校へ到着するなり机に突っ伏してしまう。友人らが何事かと心配そうに声をかけるが、彼女は「大丈夫」の一点張り。明らかに大丈夫ではないのだが、深く聞くこともできなかった。


(どうしよう……)


 リンネが頭を抱えているのは、例のクッキーが原因だ。別に失敗した訳ではないのだが、昨日の内に渡せば良かったものを「翌日も会えるから」と思っていたところ、電車の混雑で砕けてしまったのだ。幸い粉々にはならなかったものの、こんな割れたものを渡すなどできるはずもない。故に、こうして突っ伏していると言う訳だ。


「そういえば……ベルリネッタさん、今朝は男の人と一緒だったよね? もしかして、彼氏?」


 友人のその何気ない問いかけに、室内がしんと静まり返る。誰もがリンネの返答に耳を傾けているのは明らかだが、隠すことでもないので躊躇わず口にする。


「彼氏ではありません。ただの友達です」


 自分に恋だの彼氏だのまだ早すぎる──リンネはそう続けようとしたが、先に友人が口を開いた。


「そっか。かっこいいからてっきり彼氏かと思っちゃった」

「……え?」

「私も思った! 優しそうだし、きっといい人だよね!」

「先輩が……」


 友人の評価に、リンネは心がざわつくのを抑えられない。悪い評価ではないのに、何故こんなにもモヤモヤするのか分からなかった。





◆◇◆◇◆





《あー……それは、あれじゃ。恋じゃな》

「そ、そうなのかな?」


 風呂上がりの時間にいつものようにフーカと話すリンネ。今日、学校で感じたことを素直に話すと、フーカは恋だと指摘された。


「でも、安直じゃないかな?」

《安直じゃったら悪いとでも言うんか?》

「そうじゃないけど……」

《人を好きになるんに、大事な理由はなくてもええはずじゃ。
 恋愛とは違うが、わしもリンネのことが好きじゃよ。好きになった切っ掛けのは、お前が優しいから……それだけじゃ》

「フーちゃん」

《リンネ、今度お花見に行く時が勝負じゃ!》

「勝負?」

《うむ。お前の恋心、しっかりとレイさんに伝えるんじゃ》

「い、いきなり!?」

《先手必勝じゃよ、リンネ》

「え、えぇ……?」


 拳を閃かせるフーカに、リンネは苦笑いするしかできなかった。


《せっかくじゃから、自分で誘ってみた方がええ。そういうことじゃからリンネ、あとはファイトじゃ♪》

「ちょ、ちょっと、フーちゃん!?」


 フーカは一方的に言いきると、通信を切ってしまった。リンネは呆然とするしかなく、ぱちぱちと目を瞬かせる。


「えっと……」


 最初こそフーカに押される形で通信画面を開いたリンネだったが、いざ通信をしようと思ってもあと一歩のところで踏み出せない。

 10分、20分、30分と時間が過ぎていき、やがて就寝時間を迎えてしまう。夜更かしは好まないリンネにとって、就寝時間を過ぎるのは良くないことだ。せっかくフーカが背中を押してくれたにも拘らず、結局足踏みで終わってしまう。

 諦めてもう寝よう──そう決めた時、リンネ宛に通信の呼び出しがかかった。相手が誰なのか示す欄には、レイスの名前が。


「は、はい」


 慌てて通信を繋いだリンネ。声に出ていないか気になったが、確認するのも恥ずかしかったので黙っておく。


《リンネさん、こんばんは。夜分にすみません。
 今、少しだけ時間よろしいでしょうか?》

「も、もちろんです」

《実は先程、フーカさんからお花見のお誘いがありまして……同行しようかと思うんですが、構いませんか?》

「え? えぇ。 でも、どうして私に?」

《リンネさんだけでなく、参加する人全員に聞いていますよ。なにせ女性が多いですから、お邪魔ではないかと思いまして》

「そういうことでしたか」


 真面目なレイスらしい考えに、リンネは微笑する。改めて同行は問題ないと伝えると、挨拶を交わして通信は切れた。本当に最小限にしてくれたようだが、少しばかり寂しくも思う。

 リンネは頭を振って気持ちを切り替え、ベッドに入る。


(そっか。先輩も、来るんだ)


 そう思うと、顔がにやけてしまう。それに気付いて恥ずかしく感じながらも、リンネはにやけるのを止めることができなかった。





◆◇◆◇◆





「ではレイさん、リンネを頼んます」

「分かりました」


 花見の当日───。

 場所を確保してから買い出しに向かおうと言うノーヴェの提案に合わせて、まずはベストポジションを見つける。そしてミウラとレイスが作ったお弁当以外に、飲み物やお菓子、遊び道具を買いに向かった。ただし、リンネとレイスはお留守番だ。


(ふ、二人きり……!)


 いきなりの状況に動揺を隠せないリンネ。対してレイスはまったく意識していないのか、のんびりと読書をしている。


「せ、先輩は桜は見ないんですか?」

「まぁ、ちょうど向かい側にもありますからね。リンネさんこそ、見ないんですか?」

「ちょっと、見づらいかなぁって」


 苦笑いするリンネの言う通り、確保したのは巨木の真下だ。見上げると首が痛いだろう。


「あまり好まないかもしれませんが、寝転んで見上げるのもいいと思いますよ」

「いいですね」


 その言葉に従って寝転がり、青空と桜の両方を楽しむ。心地好い温かさに、ほっと溜め息が零れた。


「せっかくだから、先輩も一緒に」

「では、ちょっとだけ」


 リンネの隣に並び、一緒に寝転ぶ。


「綺麗ですね」

「はい」


 微笑み合い、綺麗な桜に改めて目を移す。


(手を握ったら、少しは意識してもらえるのかな)


 ゆっくりとレイスの方へと手を伸ばしていく。しかし、どこにあるか見ようとすれば変に思われるため、完全に手探りだ。幸いなのは並んだ間隔が近いことか。広いスペースを探さなくても良いため、探している内にレイスの手と触れ合った。


「ご、ごめんなさい」

「いえ」


 唐突に触れ合ったものだから、リンネは慌てて手を引っ込めてしまう。これでは改めて握ることはできなさそうだ。


「あ、皆さん戻ってきましたよ」


 しかも幸か不幸か、買い出しに行っていた面々が戻ってきた。これではもう、チャンスは巡ってこないだろう。リンネは内心溜め息を零すのだった。


(積極的にと言ったものの……やっぱり恥ずかしいよぉ)


 全員で昼食を取りながら、リンネは隣に座すレイスをちらちら見ては何もできずにいた。時たまフーカが小突いてくるものの、それでも積極的になる勇気は湧いてきそうもない。


(そもそも先輩は、好きな人とかいるのかな?)


 自分のクラスメートがかっこいいと評するのも、好意を自覚した今なら納得だ。そんな彼が、誰かを好いているのか気になってくる。


(やっぱり、いるよね。ナカジマジムには可愛い子が多いし、アインハルト選手とユミナさんはクラスメートだし……)


 同性の自分から見ても、2人は可愛い。レイスが見向きもしないとは思えなかった。


「レイさん、リンネにも」

「そうですね」

「え?」


 ふと自分の名前が出たことで我に返ると、何故かレイスが卵焼きを取って自分へ向けていた。


「レイさんの作った卵焼きは絶品じゃから、リンネも食べんと勿体無いぞ」

「あ、頂きます」

「では、あーん」

「あーん」


 さも当然のように食べさせてもらったリンネだったが、フーカがニヤニヤしていることに気が付き、顔を真っ赤にしていく。


「あれ、美味しくありませんでしたか?」

「い、いえ、そんなことは!」


 慌てて感想を述べると、レイスは安堵したのか微笑してくれた。思わぬ幸運──と言うよりハプニングに、リンネはじろりとフーカを睨む。


《フーちゃん? 流石に今のは……》

《まぁ、やり過ぎたかもしれんの。じゃが、あまりリンネに足踏みして欲しくないんじゃ》

《気持ちは、嬉しいけど……》


 いつまでもフーカに背中を押してもらってばかりでは、それこそ良くないだろう。リンネはその考えを念話で伝えると、フーカはあっさり承諾してくれた。


(とりあえず、ジュースでも飲んで落ち着こう)


 そう思って手近にあった缶を取り、一口飲んだ瞬間、僅かだがくらっと目眩を起こす。そして───


「先輩」

「はい──っ!?」


 ───リンネに呼ばれたかと思えば、強い力で押し倒されてしまうレイス。いきなりのことに目を瞬かせるしかできない彼は、馬乗りになるリンネを呆然と見上げる。


「先輩は……好きな人は、いるんですか?」

「と、唐突ですね」

「いいから答えてください!」


 リンネにしては珍しい大声。フーカだけは気付いたようだが、状況を見て気付かないフリをすることに。ヴィヴィオ達は遊ぶのに夢中でまったく気にしていなかった。


「いませんけど……どうして急に?」

「学校の友達が、先輩をかっこいいと言っていたので……それを聞いたら、なんだかモヤモヤして」

「モヤモヤ、ですか?」

「焼きもち……だと、思います」

(なんだか、えらく饒舌ですね)


 リンネにしては珍しい気がするレイス。ふと視線をさまよわせると、倒れた缶を見つける。


(まさか……)

「むぅ……先輩、どこを見ているんですか!」

「いたたっ!?」


 強制的に視線をリンネに戻されたかと思えば、いつの間にか目の前に彼女の顔が迫っていた。愛らしい顔と、綺麗な唇が艶っぽく見える。


「私だって、先輩の……こと、が……」


 段々と言葉が掠れていき、最後には口を閉ざしてしまった。そして力も抜けたのか、ゆっくりとレイスの身体に倒れ込んだ。


「すぅ……」

「寝ちゃったんですか?」


 問いかけるが、返事はない。本当に眠ってしまったようだ。

 吐息から漂う独特のアルコールの香りに気付き、先程リンネが口にしたのはお酒だと確信する。


(飲んだ量が気になりますね)


 とりあえずリンネを退かして身体を起こすと、改めて彼女を自分の足に寝かせる。下が芝生とは言え、そのまま寝かせては身体の節々が痛むだろう。レイスはすやすや眠る彼女の頭を優しく撫でて、自身も目を閉じた。





◆◇◆◇◆





「ん……うん?」


 先に目を覚ましたのはリンネだった。身体に違和感はないが、何故自分が寝ているのかすぐには思い出せなかった。


「あ……!」


 しかし程なくして、お酒を口にしてしまったのだと気付き、顔を赤くしていく。なにせレイスに色々と口走ったことも思い出したのだから、恥ずかしくもなる。


(先輩は……)


 ゆっくり身体を起こすと、今までレイスに膝枕をされていたのだと分かった。嬉しくもあり恥ずかしくもあるが、お礼を言おうとレイスに声をかけようとする。


「寝てる?」


 しかし、レイスはまだ眠っており、今伝えても仕方がないと分かると溜め息を零す。中々機会に恵まれないが、何も言葉で伝えるだけが総てではない。リンネは緊張から喉が鳴るも、ゆっくりとレイスに顔を近づけていく。寝ている今だからこそ、できることだ。ゆっくり、少しずつ近づくリンネ。

 あともう少しで、互いの唇が重なる───


「リンネ、さん?」


 ───それより早く、レイスは目を覚ましてしまった。


「え、えっと……髪に、桜の花びらがついていたから」

「あぁ、ありがとうございます」


 キスは見事にお預けとなった。

 しかもレイスはリンネの言葉を信じたのか、追及することもせずに呑気に身体を伸ばしている。


(恥ずかしい……)


 自分だけ振り回されているようで気恥ずかしいが、これも相手を想うからこその結果だ。リンネは赤くなった顔を見られまいと深呼吸し、レイスに向き直る。


「すみません。ご迷惑をおかけしたみたいで……」

「まさか。迷惑だなんて思っていませんよ」

「それなら、いいんですけど……」

「そういえば、あの時何か言いかけていましたよね?」

「え?」

「僕のことをどうとか言っていたと思うんですけど」


 思わぬ追及に冷静さを取り戻しかけていたリンネはかぁっと顔が赤くなるのを感じた。


「あ、あれは……お酒のせいと言いますか……」


 まさかこの流れで「好きです」などと言えるはずもなく、声を小さくしていくリンネ。それでも、何も言わずに終わることの方がずっと嫌だった。


「いつか、ちゃんと言います。だから、忘れないでくれますか?」


 今はまだ、こう言うしかできない。それでもレイスは笑顔で頷いてくれた。


「もちろんですよ」


 そして立ち上がると、手を差し出してくれた。


「行きましょう。皆さん、呼んでいます」

「はい♪」


 リンネは満面の笑みで大好きな人の手を握った。










◆──────────◆

:あとがき
リンネ×レイスでした。
と言っても、今回はフーカの時と同様、気持ちの認識だけに終わりましたが(笑)

このレイスも、誰とも付き合っていないのですが……うん、全員に想われている状態も書いてみたいですね(笑)
アインハルトが圧倒的に不利な気がしま(覇王断空拳)

ぐふぅ……次回はまた本編に戻ります。
と言っても、本編も全然執筆できていないんですけど(ぉぃ)






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