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小説
想いを言葉に 〇








「レイス、男の人はどんな風にチョコを渡されたら嬉しいんやろうか?」


 そんな唐突な問いかけ。しかも、バレンタインなどに縁も所縁もない自分に投げられた。だから、問われた側のレイスは答えるどころか呆然としてしまう。やがて口を開くが、苦笑い気味に言った。


「えっと……ジークリンデさん、それは僕に聞いても答えは出ないと思いますが」


 身寄りのないレイスを弟分として見ているジークリンデは、彼の返答に頬を膨らませる。


「そんなことないやん。レイス、今年はたくさんもらえるやろ」

「まさか。クロスロードさんじゃないんですから」


 レイスはそう一笑に伏すが、実のところ彼に想いを寄せる人物は少なくない。確かにクロスロードよりは少ないかもしれないが、それでも多い方になるだろう。


(でも、レイスは鈍いからなぁ……ハルにゃんは苦労しそうやわ)


 ハルにゃんこと、アインハルト・ストラトスはレイスに想いを寄せているが、恥ずかしさに負けて未だに気持ちを伝えられていない。また、レイスもかなり鈍いため、下手をすればストレートに言わない限り好きだと思ってもらえない可能性すらある。


「じゃあ、例えばレイスはどんな風にもらえたら嬉しいん?」

「僕ですか? さぁ、想像できませんね」


 はぐらかすと言うより、本当に分からないと言った感じだ。


(むぅ、これが分かればノアちゃんにええ報告出来たんやけどなぁ)


 クロスロードの相棒、ノアもまたレイスを好いているらしい。本人も言っていたのだが、端から見ると、好きと言うより可愛がりたいと言うある種の母性本能から来ている好意にも思える。しかし前述したように本人が好きだと言ったのだから間違いないだろう。


「ほら、1つくらいあるやろ? 甘えられながらとか、大胆にとか」

「うーん……強いて言うなら」

「言うなら?」

「その人の気持ちが1番伝わる形なら、渡し方とかは特に気にしません」

「……レイスって、不意に大人やね」

「どこがですか。これくらい、クロスロードさんも言うと思いますが」

「そうなんかな……そうやったら、ええんやけど」


 寂しそうに呟くジークリンデ。彼女の気持ちを代弁するように、ツインテールも心なしかしょげているように見える。

 ジークリンデがこんなにも不安になるのは、意中の相手たるクロスロードがこれまでの女性からの告白を全て断っていることにある。自分以上に素敵な女性から想いを告げられても結ばれることを選ばなかった彼が、自分を受け入れてくれるか、不安でたまらなかった。


「そんなことを言っていては、いつまで経っても想いは成就しないと思いますけど」

「恋愛してへんレイスにだけは言われたくないんやけど……」


 膨れっ面になって睨んでくるジークリンデに、レイスはまた苦笑いを返すだけだった。

 一方、別室ではヴィクトーリアに呼び出されていたクロスロードが呼びつけた本人と共に紅茶を飲んで身体を温めていた。


「エドガー、すっかり料理上手になったな」

「これも貴方からのご指導の賜物です」

「流石に紅茶の淹れ方は指導した覚えがないんだけど……」


 クロスロードはエドガーに料理をいくらか教えたのだが、彼の言うようにお茶の淹れ方まで教えたことはない。こればかりはエドガー自身の勉強によるものだろう。


「それで、話って言うのは?」

「単刀直入に言います。
 ジークのことは、どう思っているんですの?」


 真剣な眼差しと、はぐらかすことを赦さぬ雰囲気。それでもクロスロードは気圧されることはなく、紅茶で喉を潤してから重たく口を開いた。


「ジークが、俺のことを好きだってことは……薄々だけど、気付いていたよ」


 彼はそこまで鈍感ではない。なにせジークリンデも、なのは達ではないにしろ、想いをきちっと伝えてきているのだから、寧ろ気付かないはずがない。彼の顔には申し訳なさがはっきりと浮かんでおり、ヴィクトーリアとエドガーには逡巡しているようにも見えた。


「けど、応えられないし、今更応えるなんてずるいことだから」

「……えぇ、とてもずるいと思います。
 女性の気持ちを知りながら、見向きもしようとしないなんて」

「え?」

「無論、貴方の身体のことは理解しています。それ故に、ジークの気持ちに応えることを止めていることも。
 でもあの子だって……ジークだって、それを知った上で想いを持っているのですよ?」

「あ……」


 友人のために、相手が誰であろうと臆することのないヴィクトーリア。そんな彼女の言葉に、クロスロードは今まで自分のことばかり考えていたことに気付かされる。


「貴方の優しさは否定しませんわ。ですけど、その優しさで却って傷ついている人もいることは、忘れないでください」

「はは、そうだよな。
 自分のことばっかりで……情けないよ」

「私から言えることはそれくらいです。
 これからどうするかは……お任せしますわ」

「…ありがとう」


 クロスロードは残った紅茶を飲み干し、急いで席を立つと、ヴィクトーリアに笑いかけてから部屋を出ていった。恐らくはジークリンデのもとへ行くのだろう。


「……はぁ」

「お嬢様。私も片付けをして参ります」

「えぇ、お願い」


 ヴィクトーリアの気持ちを察してか、エドガーも部屋を出ていく。残った彼女は少しだけ寂しそうな顔を見せたが、それも一瞬だけ。すぐに普段の表情に戻る。


(私も、情けないわね)


 クロスロードに初めて出会ったのは、子供の頃。ジークリンデが殲撃の特訓に不安を感じてしまい、1人で特訓から逃げてしまった。その時助けてくれたのがクロスロードだったのだ。

 事情を知ったクロスロードはジークリンデの特訓に付き合うことを決め、その中でジークリンデは彼を好きになった。そして、ヴィクトーリア自身も彼のことを───。


「…止めましょう」


 これ以上考えたところで、何か変わる訳ではない。なにより自分はジークリンデのために諦めた身だ。なのに、未練がましくするのはよくないだろう。

 ヴィクトーリアは気持ちを切り替えるように、ぐっと身体を伸ばした。





◆◇◆◇◆





「ここ、ですね」


 同じ頃───。

 アインハルト・ストラトスはある1軒の家の前に居た。約束した時間を再確認し、時間通りに来たことを確かめると早速呼び鈴を鳴らした。


《はぁーい?》

「ユミナさん、こんにちは。アインハルトです」

《うん、今開けるね〜》


 ここは友人のユミナの家。今日はどうしても彼女にお願いしたいことがあって訪ねた。すぐに扉が開かれ、ユミナがひょっこり顔を出す。彼女に招かれて家に上がろうとするアインハルトだったが───


「ユミナちゃーん、お力を貸してくださーい!」


 ───聞きなれた声が聞こえてきた瞬間、慌てて家に入り、扉を閉める。

 それから数拍遅れる形で、扉に何かが当たった音が響く。いったい何があったのか、考え込むこともない。アインハルトは扉を開けたくはなかったが、ユミナの家の前にずっと倒れさせておくわけにもいかないだろう。仕方なく、ゆっくりとドアを開ける。


「えっと……ノアさん、大丈夫ですか?」

「うぅ……酷いですよ、アインハルトちゃん!」

「すみません。ですが、反射的に……つい」

「むぅ……まぁ、いいでしょう」


 ノアは怒るでもなく叱るでもなく、あっさりとアインハルトの言い分を受け止めた。しかし彼女がここに来た理由を考えると、一緒にいるのは落ち着かない。


「それで……ノアさんはどうしてウチに?」

「決まっているじゃないですか。恋愛マイスター・ユミナちゃんの意見を聞きに来たんですよ♪」

「変なあだ名をつけないでください」


 どうせ言っても改めないだろう。ユミナは溜め息をつきながらも、2人をリビングに通した。


「まぁお互いに同じ用事とは思うけど……」

「当然! レイスに喜ばれるチョコレートの渡し方と、告白の仕方を教えてください!」

「わ、私にも是非」


 前のめりに依頼してくるノアとアインハルト。今までもアドバイスしてきたはずなのに、一向に告白しないのが何故なのか不思議でならない。


「ノアさんは、別に私のアドバイスなんて必要ないと思いますけど……」


 積極的でスキンシップも過多な彼女のことだから、既に告白は済んでいると思ったのだが、どうやらそんなことはないようだ。


「いやぁ、やっぱりいざ気持ちを言おうとすると、恥ずかしくて」


 珍しく顔を赤らめるノア。こんな乙女な一面が垣間見られるのは滅多にない。故にこのことをクロスロードに伝えると「まさか」と言って信じてもらえなかったこともしばしばあるとかないとか。


「……今回、私からのアドバイスはありません」

「えぇっ!?」

「ど、どうしてですか?」

「今までアドバイスした通りに動いたことがあったかな?」


 ユミナにしては珍しく、ジト目で2人見る。図星をつかれた当人らはもちろん黙ってしまった。


「……まぁ、チョコレートを作るお手伝いはするから」

「「ありがとうございます」」


 アインハルトもノアも、どうやらユミナには頭が上がらないようだ。あまり甘やかしてばかりではいけないと思いつつ、突き放すことはできず、3人で早速作ることに。


「ふっふっふっ……今年の私には、秘策があるんですよ」


 チョコレートを湯煎でとかす最中、ノアは唐突にそう言うと、イメージ画像を見せた。


「『自分にチョコを塗ってレイスに舐めてもらおう大作戦』です!」

「えー……」


 ドヤ顔を見せるノアにユミナは呆れるものの、ライバルの大胆な姿勢にアインハルトは焦りを見せる。


「私だって、大人の姿になればそれくらいできます!」

「本当ですかね〜? まぁ、できたとしてもスタイルは私の方が勝っていますけどね♪」

「そんなことありません!」

「あります!」

「ありません!」


 早くも言い争いに発展した2人をユミナは止めることもせずに自分のチョコレートを作っていく。


(あーぁ、どうしてこうなっちゃったのかなぁ)


 去年のバレンタインには思いもしなかったこの状況に、自分を恨みがましく思ってしまう。

 そもそも、レイスを好いているのはこの2人だけではない。何を隠そうユミナとて、彼に強い想いを寄せているのだ。彼を1番に好きになったのは自分だと自負している。なにせアインハルトとレイスが知り合う前から自分は面識があったのだから。

 レイスは優しく、自分に親身になってくれた。去年のバレンタインだって、チョコレートを贈ったのは自分だけだった。恋なんてまだ早いし、レイスも興味がないだろうからこのままでいい──そう思っていたら、いつの間にかライバルができてしまったと言う訳だ。


(自分のことながら情けないなぁ)


 アドバイスすればするほど、自分が恥ずかしくなる。自分にも勇気があれば、こんなにもライバルに焦らされることもなかったかもしれない。


「あれ、ユミナさんも作るんですか?」

「……そうだよ。レイスくんに」

「「えっ……」」


 素直に言ったらどんな反応をするのか気になったから答えたのだが、思っていた以上に2人は驚いていた。と言うか、驚いた上にあまりに衝撃的だったからなのか固まってしまった。


「あ、あー……お世話になった人に贈る、いわゆる友チョコって奴ですね」

「な、なるほど」


 ノアは勝手に解釈し、アインハルトもそれに納得してしまう。ユミナは否定も肯定もせず、2人にチョコレート作りを再開するよう促した。


(流石に、意地悪かな)


 そう考えたものの、自負の作ったチョコレートが“数ある内のただの1つ”として扱われるのはやはり快くない。最悪、出し抜く形になってでもレイスの印象に残って欲しいと思ってしまう。


「ユミナさん」

「ん、なぁに?」

「お互い、頑張りましょう」


 唐突に言うものだから、最初はアインハルトの言葉の意味が分からなかった。しかしこの状況で言うのだとしたら、もう恋愛事に他ならないだろう。


「知っていたの?」

「なんとなく、ですけどね」


 苦笑いする友達に、ユミナも笑みを零した。





◆◇◆◇◆





 2月14日、バレンタインデーがやってきた。

 ダールグリュン邸でも、一生懸命に作ったチョコレートを手にしたジークリンデが玄関の前で仁王立ちしている。


「……ジーク、“まだ”そこにいるの?」

「せやかて、恥ずかしいんよ」

「はぁ……」


 大きな溜め息をつくヴィクトーリア。なにせクロスロードにチョコレートを渡しに行くとジークリンデが口にしてから既に2時間もこの状態だ。溜め息もつきたくなるだろう。


「早くしないとチョコレートが溶けてしまうわよ?」

「大丈夫や。ちゃんと遮熱用のラッピングしたんやから───「槍礫!」───わあぁっ!?」


 チョコレートは溶けないから問題ないと言おうとした矢先、ジークリンデの足元に魔力弾が飛来した。幸い当てる気はなかったようだが、いきなりのことに驚いてしまう。


「ヴィ、ヴィクター……?」

「あ・の・ね! 確かに遮熱用のラッピングはしたけども、それはあくまで暖房対策に施したのよ? 貴女に足踏みをさせるためにしたのではありません!」

「そ、そうなんやけど……」

「早く渡さないと、貴女のチョコレートも【その他大勢の内の1つ】になってしまいますわよ」

「そ、それは嫌や!」

「だったら、早く行きなさいな。
 それと……渡すまで家には入れません!」

「えっ!?」

「エドガーも、ジークを甘やかさないで頂戴ね」

「畏まりました」

「えっ!?」

「それと、レイスにも伝えておいて。ジークは絶対に家に入れないようにって」

「えええぇぇっ!?」


 ジークリンデに反論をさせないまま、ヴィクトーリアは彼女の首根っこを掴み、屋敷の外へと抛り出した。


「うぅ……渡すまで入れてもらえへんなんて」


 別に野宿が辛い訳でもなければ、無一文と言う訳でもない。ただ、勇気のないまま放り出されるのは不安で仕方ないのだ。そこへ───。


「あれ、ジーク?」

「ふぇ!?」


 幸か不幸か、クロスロードがやってきた。彼はジークリンデが頭を抱えているのが不思議なようで、首を傾げるばかり。一方のジークリンデは想い人の突然の来訪に驚き、困惑していた。


「ど、どうしてここに?」

「えっ!? あー、いや……ジーク、何しているのかなぁと思って」


 ヴィクトーリアに素直になれと言われた手前、誤魔化す訳にもいかない。しかしいざ口にすると、中々に恥ずかしいものがある。


「そうなんや」


 ジークリンデは自分が目的になったことが嬉しいようで、照れくさそうにはにかむ。そしてクロスロードの手を取ると、「見せたいものがある」と言って駆け出した。

 程なくして辿り着いたのは、ダールグリュン邸とは逆にある開けた場所。季節を問わず陽気が降り注ぎ、風の心地好い場所だった。幸い芝生も丁寧に整えられており、寝転んでも痛くはなかった。


「えっと……」


 ここでこの言葉を述べて、想いを伝えよう──そう決めたはずなのに、クロスロードが目の前にいると思うとうまく言葉が出てこなくなる。しかも決めたはずの言葉は綺麗さっぱり頭の中から消えてしまっていた。


「あ……」


 押し黙ってしまうジークリンデ。そんな彼女の焦りを察したのか、クロスロードは優しく頭を撫でる。心地好く、穏やかな温もり。ジークリンデは内心で感謝し、言うべき言葉を、伝えたい気持ちを口にした。


「貴方が、好きです」


 か細かったかもしれない。声が上擦って、きちんと届いていないかもしれない。色んな不安が湧いては消え、また湧いてくる。


「俺も、君のことが大好きだ」


 その不安を払拭するように耳に届く言葉。自分の願望が響かせた幻聴などではない。本当に、彼が伝えてくれたのだ。そして、クロスロードは言葉だけでは満足できなかったのか、ぎゅっとジークリンデを抱き寄せて、耳元で囁いた。


「本当に、ジークのことが好きなんだ。世界中の誰よりも、ジークのことを……愛している」

「うん……うん! ウチも、大好きや」


 溜め込んできた想いを総て伝えたい──その願いに背中を押される形で、2人は愛を伝え続けた。

 やがて気持ちが落ち着いたところで、2人はジークリンデが作ったチョコレートを口にし始める。


「ど、どう?」

「うん、美味しいよ。苦味も俺好みだし……ありがとうな、ジーク」

「えへへ♪」

「あーあー、いーですねー」

「うぉっ!?」

「ノ、ノアちゃん!?」


 甘い一時を堪能しようと思っていたクロスロードとジークリンデだったが、いきなり聞こえてきたノアの声に、文字通り飛び上がりそうになる。


「お前、何でここに……って、そうか。レイスか」

「その通り! なんですけど、レイスってば今日は歯医者に行っちゃったんですよぉ!」

「あ、そういえば定期検診って言ってたような……」

「お陰でチョコを渡しそびれるし、マスターとジークちゃんは私に気付かないままひたすらイチャイチャイチャイチャし続けるし……もう、災難ですよ!」

「き、気付かへんかった」

「悪い。俺も気付かなかった」

「わーーーん!」


 さめざめと泣き始めるノア。どう慰めればいいか分からずしばらく黙っていると、突如として泣き止み、けろりとした顔で口を開いた。


「まぁ、収穫があったからいいんですけどね」

「収穫?」

「私とアインハルトのレイス争奪戦に、ついにユミナちゃんも参戦です!」

「収穫なのか、それ?」

「ライバルが増えたんやったら、寧ろまずいんと違う?」


 2人の危惧にノアは「ちっちっちっ」としたり顔で指をふる。


「分かっていませんねぇ……これでレイス・ハーレム化計画が更に加速したんじゃないですか」

「ハーレム化!?」

「おいおい、またそんな勝手に……」

「私はレイスもアインハルトちゃんもユミナちゃんも! みんな幸せにしますよ〜♪」


 鈍い彼がハーレムを築けるのか甚だ疑問だ。しかしもしハーレムになれば、レイスには多くの困難が待ち受けるに違いない。

 主にノアのせいで。










◆──────────◆

:あとがき
逡巡するクロスくんとジークリンデ。最後にはお互いの想いを伝えて恋仲となりました。
とは言え、背中を押してもらわなくてはずっと足踏みしていたのでこれからも時たま立ち止まってしまうかもしれませんが。

そんな2人とは違い、レイスの方はまったく動きなし(笑)
ノアちゃんは、そんな好きなレイスが幸せになれるのなら寧ろノリノリでハーレムを作ってしまうことでしょう。

次回はそろそろ本編に戻ろうと思います。
そちらもお楽しみに。






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