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小説
甘美なチョコレート ☆








 2月14日と言えば、バレンタインデーだ。好きな異性にチョコレートなどのお菓子をプレゼントする季節行事。男性から女性へ、または女性から男性へ、どちらが贈るのかは各地によってばらばらだ。ちなみにここ、ミッドチルダではどうかと言うと、後者──女性から男性へと贈るものとして定着していた。

 そんな、恋人同士が愛を改めて認識し合う日。ヴィレイサーは欠伸を噛み殺しながら、洗濯機の前で洗濯が終わるのを待っていた。少し前までならば関係ないと思っていたこの日だが、去年から彼にも恋人ができた。そうなれば、無論気になってしまうのも当然と言えるだろう。


(気にしすぎだよな)


 洗濯が終わる時間よりも何よりも、バレンタインのことが気になってしまうヴィレイサー。恋人ができてから、初めてのバレンタインデーだ。気にするなと言う方が無理な話だし、なにより自慢ではないが自分の恋人が準備をしていないとは思えなかった。


(そろそろ起きてくるかな)


 何気なく天井に視線を向けると、まるでそれが合図かのように足音が聞こえてきた。とんとんと階段を下りる足音の主は、迷うこともなくまっすぐにやって来た。


「おはようございます、ヴィレイサーさん」

「あぁ。おはよう、メイヤ」


 艶のある黒髪の少女は、メイヤ・クロウフィールド。彼女こそが、ヴィレイサーの恋人だ。

 起きたばかりなのか、少し眠たそうな顔をしているが、そんな顔も愛らしい。ヴィレイサーは顔を洗い始めた彼女にタオルを差し出してから、洗濯機を開く。


「なんか、リカがいないと違うな」

「そうですね」


 いつもならメイヤと共に起きてくる少女がもう1人いる。名前はリカと言い、メイヤにとって娘のような存在だ。

 リカはある事件で家族を失ってしまったのだが、メイヤが親身になって接したことで彼女になつき、今では誰が見ても親子のような関係に落ち着いていた。そんなリカはと言うと、親友でありお姉さんと慕うヴィヴィオの家に泊まりに行っている。


「ところで、今日なんですが……」

「あぁ、言われていた通り、1日空けておいたよ」

「ありがとうございます」


 今日はメイヤからの希望で、1日空けておいて欲しいと言われていた。理由は教えてくれなかったが、お互いの休みが重なった時は可能な限り一緒にいるため、最初から何か予定を入れるつもりはなかったが。


「では、リビングで待っていてください」

「いいけど……今から?」

「はい、今からです」


 洗濯機から取り出した衣類が入った籠に視線を落とすものの、メイヤに従ってリビングで待つことにする。一方メイヤはと言うと、自室の隅っこにちょこんと置いてある紙袋の中を確認し、自分を納得させるように強く頷いた。


「はやてさんからのご厚意です。無駄にしてはいけませんね」





◆◇◆◇◆





「お、お待たせしました」

「あぁ……え?」


 メイヤの声に面を上げたヴィレイサーだったが、彼女の服装を見て目を見張る。


「ど、どうでしょうか?」


 そう問いかけられたにも拘わらず、ヴィレイサーはすぐに答えられなかった。それもそのはず。何故なら目の前にいる恋人は、私服ではなくどういう訳かメイド服を着ていたのだから。


「あ、あの……」

「えっ!? あ、悪い。見惚れていて……」

「そ、それなら、良かったです。似合っていないのかと思いました」

「いやいや、それはないって。
 それで……どうしてメイド服なのか、理由を聞いてもいいか?」

「はい。実はですね」


 遡ること、1週間前───。

 メイヤははやてとなのはの2人から呼び出され、喫茶店にいた。


「メイヤは、バレンタインデーはどう過ごすの?」

「どうと言われましても……いつも通りとしか」

「それって、メイヤとヴィレくん、リカちゃんの3人で過ごすってことだよね」

「はい、そうですが」


 頷くメイヤに、なのはとはやては顔を見合わせて「ほら、やっぱり」と呟く。


「あの、何か?」

「メイヤ、ヴィレイサーと二人きりで過ごしたいと思わへんの?」

「へ?」

「別にリカちゃんがいるのは悪いことじゃないけど……たまには我儘になってみた方がいいよ」

「そ、そう言われましても……」


 2人の指摘はもっともだった。メイヤがヴィレイサーと知り合うより早く、リカになつかれていただけに、二人きりでいるよりも3人でいることの方が圧倒的に多い。1度だって二人きりになりたいと思ったことがないのかと言われれば、答えは否。望まないはずがない。


「でも、リカちゃんが寂しがるといけませんから」

「じゃあ、寂しがらなければいいよね」

「え?」

「実はね、ヴィヴィオがリカちゃんとお泊まりしたいって言っているの。だからバレンタインデーにはウチに泊まってもらおうかなぁって」

「で、メイヤちゃんにはヴィレイサーにしたいこと、ぜーんぶしてもらいたいんよ」

「そ、そんな急に言われましても」

「なんなら私が、いいものをプレゼントするよ〜」


 そしてメイヤは何も言い返せず、そのまま流されてしまったのだった。


「それで渡されたのが……」

「メイド服だった、と」

「はい」


 恥ずかしそうに顔を俯かせるメイヤ。きっと今は、羞恥心から赤くなっていることだろう。それを見てみたい気持ちに駆られるが、ぐっと堪えて頭を撫でる。


「まぁ、その……着てくれて、ありがとう」

「喜んでもらえたのなら、なによりです」


 感謝の言葉が嬉しかったのか、嬉しそうにはにかむメイヤ。いつもと服装が違うせいで、より魅力的に感じられる。


「それでは今日1日、ヴィレイサーさんに尽くします」

「え?」

「それが、私からのバレンタインデーの贈り物ですから」

「そ、そうか。えっと……じゃあ、よろしく、でいいのかな?」

「はい♪」


 任されたのが嬉しいのか、メイヤは元気よく返事をして立ち上がる。


「けど、それは流石に着替えた方がよくないか?」

「や、やっぱり、変ですか?」

「いやいや、違うって。暖房が利いていないと寒そうだなぁと」

「そういうことでしたか。でも、一ヵ所に長居する訳ではありませんから」


 そう言い残し、メイヤは家事をするべくリビングを出て行った。もう少し可愛らしい姿を見ていたい気持ちがあったものの、呼び止めるのが恥ずかしくて何も言えなかった。


(まぁ、後でじっくり……って、何を考えているんだよ)


 まじまじと見てはメイヤに悪い。自分の考えを恥じて、ソファーに寝転んだ。


(メイヤのご両親にあんな服を着せたなんてばれたら……よそう)


 恐ろしい未来しか浮かばなかった。考えても恐怖しかわかないだろう。手持ちぶさたになってしまったヴィレイサーは、まだ残る眠気に誘われるようにして静かに目を閉じた。





◆◇◆◇◆





「終わりました」

「あぁ、お疲れ様」


 結局、メイヤの手伝いを1度もしないままになってしまった。なにせ手伝おうものなら「今日ばかりは任せてください」の一点張りで手伝うことを頑なに断られてしまったのだから、仕方ない。


(メイヤって、少し頑ななところがあるんだよな)


 最初こそ驚いたものの、嫌な部分でも短所でもないのだから、気にする程ではない。


「あ……」

「ん、どうした?」


 着席したメイヤの前に緑茶を出すと、メイヤが少し残念そうな顔を見せる。


「いえ。お茶も、私が淹れようと思っていたので」

「そうだったのか。何か新しい茶葉でも使う予定だったとか?」

「そこまでは用意していませんでした」

「なら、今回は気にしないで欲しいんだが……流石に全部やってもらうのは、悪い気がするし」

「むぅ……分かりました」


 どうやら本気で、何から何まで尽くすつもりだったようだ。それはそれで魅力的だとは思うが、もしそうなったらあっさりと骨抜きにされることだろう。


「温まりますね」

「あぁ」


 団欒の時、2人の間にはあまり会話はない。好きな人が傍にいる──それだけで、充分心地好いからだ。お茶を飲んで身体を温めるメイヤ。それをぼんやり眺めるだけでも、ヴィレイサーの心は満たされた。そんな彼の視線に気が付くと、メイヤは決まって微笑んでくれる。とても、幸せな時間だ。


「ヴィレイサーさん」

「ん?」

「ふふっ。すみません、なんだか名前を呼びたくなってしまいました」

「そっか。いくらでも呼んでくれ」

「はい」


 それからはお互いに黙ったり、名前を呼び合ったりと、思うままのんびりと過ごした。やがてお茶がなくなったところで、メイヤが遠慮がちに問いかけた。


「あの……リカちゃんを泊まらせたこと、怒っていますか?」

「いや。ヴィヴィオと遊びたいって言っていたし」

「でも、なんだか利用したみたいに思えてきて……」

「今回はたまたま、2人の気持ちが合致しただけだから、あまり気に病んでいると、リカが帰ってきた時、心配するぞ」

「……そうですね」


 あまり考えすぎないように言い聞かせてから、ヴィレイサーは言葉を続ける。


「けど、二人きりになりたいって思っていたのはなんか意外かもな」

「そ、そうですか?」

「いや、あまりそういう素振りに気づけていなかったから───」


 そこまで言ったところで、唐突に手が握られた。メイヤの温もりがその手を通して強く伝わってくる。


「わ、私だって、愛する人と二人きりになりたい時ぐらいあります」


 はっきりと告げられた想いに、ヴィレイサーはしばし呆然としてしまう。普段の彼女は高望みなどしないため、こんなにもしっかりと願望を伝えられたことはあまりなかった。


「……俺もだよ」

「え?」

「俺も、メイヤと二人きりになりたい時はある」


 手を握り返すと、2人はどちらともなく近付き、キスを交わした。ゆっくりと離れると、メイヤは恥ずかしくなったのかマグカップを下げる。そのまま洗い物を始めた彼女を、後ろからそっと抱き締める。


「あ、あの、昼食を作りたいので……」

「それは、後回しで構わない。今は、メイヤとこうしていたい」

「……わ、私も、同じ気持ちです」


 そう言って振り返ってくれたメイヤと、再びキスをした。





◆◇◆◇◆





「では、お待ちかねの……バレンタインのチョコレートです」

「ありがとう」


 メイヤが作ってくれた夕食を食べ終えてから渡されたチョコレート。丁寧に包装されているが、そのラッピングもどうやら彼女お手製のもののようだ。


(本当、愛されているんだな)


 メイヤの気持ちが伝わってくる。逸る気持ちを抑え、一言断ってから箱を開く。ハートや円形など、様々な形をした小さなチョコレートが8つ入っていた。


「リカちゃんには別にありますから、遠慮しないでくださいね」

「それじゃあお言葉に甘えて」


 丸いチョコレートを取り、口に運ぶ。程よい甘味と苦味が広がり、自然と頬が緩む。


「うん、美味しい」

「良かったです」

「じゃあ、メイヤも」

「え?」

「いや、俺だけが食べるのはなんか勿体ないし……ダメか?」

「え、えっと……では、頂きます」

「はい、あーん」

「あ、あーん」


 ヴィレイサーに促されるまま、チョコレートを食べさせてもらうメイヤ。尽くすと決めていたものの、嬉しくないはずがない。


「美味しいですね」

「あぁ」

「いっぱい、愛情を籠めた甲斐がありました」

「本当に、いつもよりメイヤの気持ちを感じるよ」


 まだ1つしか食べていないが、彼女が一生懸命頑張っていたことは分かる。そんなメイヤにヴィレイサーは───。


「今日はずっと尽くしてくれたんだし、何か希望があれば聞くけど」

「いいんですか?」

「もちろん」

「では……く、口移ししてもいいですか?」

「……え?」


 予想を遥かに上回るメイヤの願い。ヴィレイサーは呆気に取られてしまい、「はい」とも「いいえ」とも言えなかった。


「やはり、ダメですよね」

「い、いや、そうじゃなくて……何でかなぁと思ったから」

「な、何でと言われると、難しいです。本当に、してみたいと思っただけなので」


 自分の言ったことがどれだけ恥ずかしいことなのか次第に実感し始めたメイヤは、引くに引けずチョコレートを口の中へ。そして程よく溶けたところでヴィレイサーの頬を両手で包み込む。


「んんっ、ちゅ」


 逃げる気はなかったが、メイヤは逃げて欲しくないのか頬を離そうとしない。彼女のなすがままにされる形となったが、最早そんなことはどうでもよくなっていた。


「い、如何でしたか?」

「まぁ、うん……美味しかったよ」


 正直なところ味よりもメイヤの唇を堪能していたのだが、それは黙っておく。そして口移しができて満足なのか、メイヤは満面の笑みを見せている。


「はやてさんには、もっと大胆なことをした方がいいと言われたのですが、これが精一杯です」

「もっとって、例えば?」

「ふぇっ!? え、えっと……じ、自分の身体に塗ったり、とか」

「あ、あぁ……なるほどね」


 口移しも中々に大胆ではないかと思うが、そこは触れない方がいいだろう。しかしつい今しがたそのような方法で食べさせられたのだから、押しに弱いメイヤならば身体に塗ることもしてくれる可能性がある。


(何考えているんだよ、俺は!)


 理性が飛びそうになるのを必死に堪えるヴィレイサー。そんな彼の気持ちを察したのか、メイヤは───


「その……ヴィレイサーさんが望むのでしたら、構いませんよ」


 ───あろうことか抑制させるのではなく、寧ろ僅かに残った理性を吹き飛ばすのだった。


「……じゃあ、頼む」

「は、はい」


 2人の甘い夜は、まだまだ続きそうだ。










◆──────────◆

:あとがき
遅ればせながら、バレンタイン小話その1になります。

今回は久しぶりにメイヤさんとのコラボ。
可能な限り甘めにしてみましたが、如何でしょうか?

少しでも甘いと感じてもらえたら嬉しいです。

ヴィレイサーの方から願望を口にするのはあまりないので、いつもヒロイン側に頑張ってもらっていますが、メイヤさんのように普段あまり積極性のない人だと、頑張っているように見えて萌えますよね(勝手な偏見)。

来週はまたバレンタインコラボを投稿する予定ですので、お楽しみに。






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