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小説
Another Episode 7








「パーティー?」

「えぇ」


 カリムに呼ばれて夕食を一緒にとっている最中、彼女が話してくれた内容を聞き返す。ヴィレイサーの確認に頷き、1枚の封筒を差し出す。真っ白なそれには、封蝋が施されている。


「随分と豪勢そうだな」

「そうみたいなの」


 今度は雑誌を取り出し、あるページを開こうとパラパラと捲っていく。見せてくれたそこには、如何に豪華なパーティーなのかが書かれてあった。管理局が主催する、豪勢な立食パーティー──そう記されている。


「お前も招待されたのか?」

「えぇ」


 封筒をひらひらとかざすと、カリムは俯き気味に頷いた。彼女が、このパーティーに行きたくないのだとすぐに分かった。ただし、ヴィレイサーからはそのことを指摘しない。指摘してしまうと、カリムが希望を持ってしまう。最終的に絶望させてしまうことは避けなくてはならない。


「…行きたく、ないわ」

「我儘を言うな。それに、新しい部隊……機動六課、だったか? それを新設するための資金援助をしてくれる奴を探す必要があるんだろ?」

「それは、そうなのだけれど……」


 カリムは、こう言った堅苦しいものはあまり好きではない。幼少期から大人たちに囲まれて育ったからだろう。甘えられて、甘えさせてくれる同年代の相手はヴィレイサーとヴェロッサ、そしてシャッハだけ。そこでヴィレイサーなら「サボってしまえ」と言ってくれると思ったのだが、残念ながらそれはなかった。


「はぁ……」

「そんな大仰に溜め息を零すな」

「だって……」

「行きたくないのなら、シャッハにでも頼み込んでみろ」

「うーん……無理、よね」


 シャッハがそれを許容してくれるはずがない。仕事に厳しく、真面目な彼女を嫌に思ったことはない。彼女のお陰で、こうして自分が仕事に打ち込めるのだから。


「だったら、素直に行ってきたらどうだ?」

「でも……」


 逡巡するカリムに、助けの手は差し出さない。今回ばかりは、希望を見出させることはできない。彼女もそれを分かっているから、甘えようとしない。行きたくないことに必死になるとしたら、シャッハに頼み込む役を押し付けてくることだろう。


「失礼します、騎士カリム」

「えぇ、どうぞ」


 数度ノックされた扉の向こうから、シャッハの声が聞こえてきた。ヴィレイサーは席を立ち、壁に背を預ける。カリムと同じようにしているのは、立場上あまりよろしくない。とは言え、カリムの要望で部屋から出ていくことはなく、シャッハもそこまで厳しく咎めたりはしない。彼女も、少しでもカリムが仕事で感じる息苦しさを減らそうとしてくれている。


「お茶をお持ちしました。少し休まれては如何ですか?」

「そうね……そうするわ」


 1度ヴィレイサーに視線を向けると、彼は肩を竦めて部屋を出ていった。扉が閉まりきったところで、カリムが口を開く。


「シャッハ、これを見て欲しいのだけれど……」

「これは……あぁ、催し物のお知らせですね」

「えぇ。それで、その……」


 指を組み、遠慮がちに言葉を探る。それだけで、シャッハは何を言いたいのか察し、ため息を零す。


「…騎士カリム、それはダメですよ」

「…うん、そうよね」

「ですが、息が詰まってはその後の疲れも取れないですよね」


 笑んで、シャッハは扉を振り返る。と、それと同時にヴィレイサーが焼き菓子を持って戻ってきた。


「では、こうしましょう」

「何?」

「ヴィレイサー、貴方も騎士カリムに同行してください」

「…俺が?」

「そうです。騎士カリムの護衛も含めて、同行をお願いします」

「…まぁ、任務ならば仕方がない」


 ヴィレイサーは焼き菓子をカリムの前に置くと、さっさと踵を返し、再び部屋を後にした。


「これでよろしかったですか?」

「ごめんなさい、我儘を言って……」

「構いませんよ。それに、ヴィレイサーももう少し騎士カリムを守る立場にあることを意識して欲しいですし」

「そう、ね……」


 カップを両手でそっと包み込み、溜め息まじりに同意する。シャッハの言葉も尤もなのだが、カリムはヴィレイサーを駆り立てることはしたくなかった。そっと肩に触れ、寂しそうに目を細める。


「そういえば……」

「はい?」

「…な、なんでもないわ」


 口に出してしまっていたことに気が付き、カリムは慌てて口を閉ざす。


(あの頃から、なんだか変わってしまったのよね……)


 懐古に浸っていたせいか、いつもより紅茶の味が薄い気がした。





◆◇◆◇◆





「お、お待たせ」

「…ん」


 立食パーティーの日───。

 カリムは真っ黒なドレスに身を包み、車の前で待っていたヴィレイサーの傍まで歩いていく。少し足取りが覚束ないのは、慣れないヒールのせいだろう。


「ど、どうかしら?」


 ドレスを披露するのは、これが初めてだ。前だけでなく、背後も見せる。ヴィレイサーはそれを一瞥するだけだが、“背中だけは”しっかりと確認しておく。


「…別に」


 それだけ言って、ヴィレイサーは後部座席の扉を開けて彼女を乗車させる。


「感想、聞かせて」

「…普通だ」


 ルームミラーで後ろにいるカリムをまた一瞥だけして、ヴィレイサーは車を走らせていく。


「…もしかして、ドレスにしたこと……怒ってる?」

「どうしてそう思うんだ?」

「だって、“傷”が……」

「見えないように配慮したんだろ? なら、俺が怒っても無意味だ」


 感情が失せてしまったような、淡白な声色。傷の話をしたこともあって、カリムの気持ちはいつも以上に沈みやすくなった。


「…まぁ、ナンパでもされたら助けてやる」

「相手を懲らしめてはダメよ?」

「殴るぐらいは赦せ」

「もう……」


 呆れるが、少し自分の声に元気が戻った気がする。ヴィレイサーの言動でこうも一喜一憂するなんて──そう思うが、いつまでもこんな自分であり続けたいとも思ってしまう。


「まぁ、いいんじゃないか」

「何が?」

「…ドレス」

「どうしてさっき言ってくれなかったのかしら?」

「別に」


 それ以上は、ドレスの感想を何も言ってはくれなかった。カリムも求めたりせず、ゆったりとしたシートに身を預ける。車窓から、流れる景色にふと目をやる。まだ夕陽が沈みかけている途中で、少し眩しかった。


「…着いたぞ」

「ありがとう、ヴィレイサー」


 会場に到着し、ヴィレイサーはカリムのために扉を開く。もちろん手も差し出して、立つことに協力する。


「…カリム」

「何?」

「動くな」


 桜の花弁が施されたブローチを見せ、カリムにじっとしているように言うと胸元につけてやる。


「これ、もしかして手作り?」

「そうだが……それがどうかしたのか?」

「いえ。ただ綺麗だから」

「別に。ただ着飾るってだけだ。作るより買った方が安上がりだろ」

「そうだけれど……ヴィレイサーは、私にこれを身に着けて欲しいのでしょう?」

「…お前を守るためだ」

「え?」

「…いいから行け」


 肩に手を置いて、促す。カリムは何度かヴィレイサーを気にしながらも、遅れてはいけないと会場へと入っていった。招待状を使って会場内へ入れるのは、招待された本人だけ。ヴィレイサーはここで、カリムの帰りをのんびりと待つしかない。


「やぁ、ヴィレイサー」

「よう、ヴェロッサ」


 だから、査察官として地位もあるヴェロッサが会場内に入れるのはありがたいことだった。


「心配性だね、君も」

「お前ほどじゃない」

「言い出したのは君だろう? 義姉さんを見守ってほしいって」

「さぁ、どうだったかな」

「素直じゃないなぁ……」


 ぼやいていても仕方がない。ヴェロッサはカリムを傍で見守るため、会場へと足を踏み入れていった。それを横目に見て、ヴィレイサーは車の中へと戻る。黒いシートに身を預け、欠伸を噛み殺すこともせず目を閉じる。


「…あいつ、あんな格好しやがって……」


 カリムのドレス姿を思い出し、そんな自分をすぐ恥じる。色香に惑わされることはないが、随分と大人になった気がする。子供の頃から一緒にいるのだから、つい比べてしまうのも無理はないだろう。


「…ふん」


 心配だったのは確かだが、今の自分には何もできない。役立たずで終わる自分を嗤い、ヴィレイサーは眠りに落ちた。








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あきゅろす。
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