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小説
Another Episode 6








「ヴィレイサー?」


 部屋に何度ノックしても、返事がない。カリムは周囲を見回して、誰も見ていないと分かるとそそくさと室内に入っていく。


「ヴィレイサー、いないの?」


 また居眠りをしているのかと思ったが、ベッドに彼の姿はなかった。きょろきょろと周囲を見回し、しかし室内にヴィレイサーがいないと分かると残念そうに肩を落とし、ベッドに腰掛ける。


「どこに居るのかしら?」


 以前、一緒に寝た木陰にも彼の姿はなかったのでこうして部屋へ訪れたのだが、結局見つけられなかった。ヴィレイサーを訪ねた理由は、彼に任務を頼みたかったから。管理局の遺失管理部から依頼されたそれを、いつまでも聖王教会だけが引き受けてばかりはいられない。

 レリックなどの危険なものの探索、管理を行うためにはそれ相応の力が必要となる。だが、その力を手にしたものは少なく、例え強さを持ったとしてもほとんどはエリートとして別の道に進むことが多いため、遺失管理部は常に人手不足。それ故、こうして聖王教会へと依頼が回されることもある。

 しかし、人手不足は聖王教会側も同じこと。そこで、聖王教会の騎士としての役職を持ち、尚且つカリムやシャッハからの信頼もあってある程度の自由行動も許可されているヴィレイサーを動かすことが多々ある。今回もそう言った理由からヴィレイサーを探しに来たのだが、残念ながら見つからなかった。


(もう、どこに居るの?)


 溜め息を零して、カリムはベッドに横になる。毎日洗濯しているので、枕カバーからはフルーティーな洗剤の匂いがする。それにあてられたのか、カリムは次第に眠たくなっていく。今日はヴィレイサーに仕事を依頼する以外は特に仕事がないため、このまま寝てしまいたい。


「ぅん、すぅ……」


 疲労感が溜まっていたこともあって、カリムはあっという間に眠りに落ちた。


「…何してんだよ」


 それから十数分後───。

 カリムが探していたヴィレイサーが戻ってきた。彼はずっと大聖堂にいて、いつものように懺悔をしていた。実家を火事で焼失させた時、自分が故意に行ったのかどうか、今はもうよく覚えていない。時が経てば忘れていく──人間とは本当に、便利な生き物だ。


(邪魔だな)


 これからまた寝ようと思ったのだが、カリムがベッドを占拠していては眠れない。溜め息を零し、しかし彼女を起こす気にはなれなかった。幾らものぐさなヴィレイサーとて、カリムが執務で疲れていることぐらい分かっている。だから、今は寝かせておく方がいい。


(お茶でも飲むか)


 やかんに水を入れて、コンロにかけて沸かす。それが完了するまで、ヴィレイサーはカリムから借りた本をぺらぺらと捲って、昨晩栞を挟んだ場所を見つけると再び目を通した。


(…つまんねぇな)


 カリムが薦めてくれたのは、恋愛小説だった。彼女はこの手の本がよほど好きと見える。他に面白いものを寄越せと言いたいところだが、借りている身としては我慢するしかない。

 お湯が沸いたので、本を邪魔にならないところに置いてからコンロの火を止める。カリムの方を一瞥するが、まったく起きる気配がなかった。


(ったく)


 溜め息を零し、ヴィレイサーは緑茶を一口。そして、また本を手にして読みふけった。

 カリムとは長い付き合いだが、彼女の突飛な行動は大分鳴りを潜めたと言っていい。子供の頃は、あれでやんちゃだったのだ。それに振り回されるのは、大抵がヴィレイサーの役目で、ヴェロッサとシャッハはそれを遠巻きに見ているだけ。相手が自分を雇っている身と言うこともあって、喧嘩することは流石になかった。が、不貞腐れるぐらいは許してもらえたのでそういうことをする日もあった。


「ぅん……」


 寝返りを打つ際に、小さく呟いた。それだけで、結局彼女は起きなかったが。


(それにしても……何で俺の部屋に居るんだ)


 前述したように、カリムが突飛な行動に出ることは大人になるにつれて少なくなった。だが、あくまで【少なくなった】というだけで、決して【なくなった】というわけではない。なにより、振り回される役目は相変わらずヴィレイサーだ。溜め息ぐらいつきたくなる。

 しかし、ヴィレイサーもまた大きく変化していた。子供の頃は、もう少しカリムに素直だった気もするが、今はそんなことない。態度も、執事と言うよりは友人に近いと言えるだろう。それを咎める者はおらず、シャッハでさえ注意してこなかったので、恐らく15年の付き合いが許容したのだと思われる。


「…ヴィレイサー?」

「お目覚めか、お姫様」


 ちょうど、読んでいた本がお姫様と平民の身分違いの恋愛ものという内容だったので、そう声をかけてみた。


「あ……ベッド、ごめんなさい」

「別に」


 しかし、面白い反応は返ってこなかった。つまらなかったので、また今度、別の機会に言ってみることにして、ヴィレイサーはカリムの分の紅茶を準備する。


「1時間も寝てしまったのね」

「そもそも、何で俺の部屋で寝ていたんだ?」

「ごめんなさい。貴方に、任務を頼もうと思って……」

「で、ここに来たけどいなかったから寝た……と」

「えぇ」


 頷いたところで、ヴィレイサーが紅茶を差し出してくれた。それを両手で受け取りつつ「ありがとう」と謝辞を述べると、いつものように「別に」とだけ返した。


「それで、任務を頼みたいのだけれど……」

「ん、了解」


 短く返し、詳細を促す。曰く、レリックが発見されたのでそれの探索と封印処理、並びに護送をお願いしたいとのこと。まだ詳しい場所の特定はできていないが、恐らくガジェットドローンと呼ばれる自立兵器も出現する可能性もあるらしい。


「髪、乱れているぞ」

「え? あ、本当だ」


 指摘されて、洗面所に備えられている鏡を見ると確かに少々乱れていた。


「ヴィレイサー、お願いしていい?」

「ん」


 世話係を続けてきたので、カリムの髪を綺麗に整えるのもお手の物だ。美麗な金髪を、まずは手櫛である程度整えると、次は本来の櫛で丁寧に梳いていく。


「いつもありがとう、ヴィレイサー」

「別に」


 お決まりの返しも、聞き飽きたりしない。声色で、大体の見当はつく。今のは本当に、「大したことはない」という意味だろう。


「ほら、これでいいか?」

「えぇ。ありがとう」


 立ち上がり、共にシャッハがいるであろう執務室へ歩いていく。


「シャッハ、居場所は特定できたかしら?」

「はい、騎士カリム。今しがた、発見できました」


 1時間も寝ていたことは、シャッハには黙っておく。もし早期に発見されていたら、寝ていたことがばれては間違いなく怒られるだろう。それが怖いのもあるが、失態でしかないことを報告しても無意味だろう。次から気を付けようと肝に銘じ、ヴィレイサーに詳細を明け渡す。


「じゃあ、行ってくる」

「えぇ、気を付けてね」

「あぁ」


 踵を返したヴィレイサーだったが、カリムがその腕を掴んで歩みを止めさせる。


「お願い。約束、破らないで」

「…分かっている」


 カリムが腕を離してくれるのを待っていると、1度だけ顔を伏せて、それからすぐに離してくれた。


「じゃあな」


 行く前に念を押されたカリムとの約束とは、ヴィレイサーが13歳の時だ。

 その日は、任務で負傷してしまったのだが、ヴィレイサーは大した傷ではないという判断を下して、任務を続行した。彼の判断は間違っておらず、肩を浅く斬られた程度だったので、任務自体は失敗することはなかった、

 しかし、問題はその後だ。ヴィレイサーが負傷したと知ったカリムから、思い切り平手打ちされた。曰く、「心配させないで」とのこと。浅い傷故、ヴィレイサーは大丈夫だと思っていたのだが、カリムは万が一を想定していたらしい。

 それからは、口を酸っぱくするほど何度も何度も怪我をしたらすぐに治療するように言われ、任務も放棄することを視野にいれることを約束させられた。


(まぁ、それからも放棄したことはないんだが)


 あれから、シャッハに手合わせを願い出たこともあってそれなりの実力はついたと思う。それに、任務で負傷することも少なくなった。シャッハからは「既に私を超えていますよ」と評されたが、生憎とランクの更新をしていないので未だにシャッハより格下という扱いにしている。と言うのも、彼女を上回れたからとて勝敗は未だに五分五分だ。まだ精進が足りないのだろう。

 ちなみに評価してくれたシャッハは陸戦AAAランクである。それを上回ったということは、それと同じか、Sランクに達していることになる。自分には到底不釣り合いとしか思えない。


《目標補足》

「ん、了解」


 愛機は、エターナルと名付けられた太刀型のインテリジェントデバイス。聖王教会の騎士としての立場を持つので、太刀以外の形態は容認されていない。ヴィレイサーはシャッハと違って何か特別な魔法を使えるわけでもないので、少々苦労しそうだが、そこは彼の力量次第だろう。だからこそ、シャッハも自分より力量が上だと言うことを表しているのだ。


「敵は?」

《反応はありません》

「…まぁ、索敵は常に」

《了解》


 レリックがあるとされる目標地点まですぐだが、直上から近づくのは危険だ。いきなり暴走して、発生した魔力の渦に巻き込まれるのは御免である。少し高度を下げて、ゆっくりと近づいていく。


「ん?」

《対象に変化あり》


 すると、周囲に何体かの魔法生物がいるのが見えた。どうやら強大な力に引き寄せられたようだ。それをさらに取り込むみたいに、レリックが発光した。


「…面倒なことになったな」


 いつの間にやら明滅を繰り返していたレリックは、その光を鎮めていた。代わりに、その周囲を取り込んだ魔法生物で囲む。巨躯と足は龍で、右腕には触手、左腕は鉤爪を配している。背中は蝙蝠を思わせる真っ黒な翼だが、ところどころ穴が開いていた。


「…まぁ、カリムの面倒を見るよりは楽か」


 太刀を抜刀した瞬間、魔法生物は口から炎を吐き出してきた。跳躍してそれを躱し、懐からスティレットを取り出すと眉間目掛けて抛る。が、後ろを向いてそれをやり過ごすとともに、大きな尻尾が振るわれた。


(チッ!)


 シールドは間に合わない。間に合ったとしても、恐らく易々と壊してしまうだろう。高度を上げると、魔法生物も飛んできた。巨躯に見合うようなのろまな動きだが、あの巨体で悠々と飛べるだけでも凄いと思う。


「前言撤回か」


 触手がヴィレイサーの四肢を縛った時、彼はポツリとつぶやいた。


(楽なのは、カリムの面倒を見る方だったな)


 魔力弾を使って魔法生物の目を潰す。痛みに悶えて龍らしい声を上げると、触手が離された。その一瞬、ヴィレイサーは一気に距離を詰めるとスティレットを目に突き刺し、更に後ろに回って尻尾を断ち切ろうとする。


「ぐっ!?」


 だが、それより早く動いた左腕がヴィレイサーを捉えた。背中から溢れた血が、きりもみしながら落下していくヴィレイサーの目に映った。


「あー……ちくしょう」


 痛みはあるが、幸いにして浅い傷だ。ヴィレイサーは口に炎を溜めている魔法生物を見て、苛立たしげに見上げる。


「またかよ」

《Load Cartridge.》

「また、カリムとの約束を守れなかった」


 迫る熱。それに動じず、射出されたカートリッジによって増幅した魔力が刃に籠められていく。


「あいつに怒られるのは本当に……」

《Genocide Saber.》

「…面倒だ」


 たった一振り。刀身を真っ黒に塗り潰していた魔力は、吐かれた業火をものともせず、魔法生物へと一気に迫撃した。


「これで終わると思うな」


 深い傷に苦しむ魔法生物。その傷口へと更にスティレットを抛り、爆発させる。内部から身体が破裂するみたいに、より傷つけられた巨躯。今度は、魔法生物の方が落下する番だった。


「封印処理……完了」

《Mission Complete.》


レリックに封印処理を施して、さっさと護送の任を開始しようとする。


「…流石に、痛いな」


 浅い傷だが、動いてばかりだったのでまだ血が止まらない。肌を伝う感触が気持ち悪い。


「失礼。レリックの護送ですが、そちらでお願いできますか?」

「はい。ここからなら距離も近いので……それに、そちらは怪我をなされていますから、構いません」


 意外とあっさり認めて貰えた。どうやら別の部隊が協力を申し出てくれたそうだ。その人物に謝辞を言おうと思ったが、誰だか分からない。


(帰るか。カリムは……まぁ、もう寝ているよな)


 時刻は深夜の1時。聖王教会まで近いが、彼女は執務で疲れているし、明日も朝早くから仕事のはずだ。既に就寝していることだろう。


「ヴィレイサー、か?」

「ん?」


 声をかけられて振り返ると、そこにはピンクの髪をポニーテールにした凛々しい女性の騎士がいた。どこかで見た気がするが、名前が思い出せない。


「すまない、どちらだったか……」

「1度会ったきりだからな。以前、聖王教会にて任を賜ったものだ。
 シグナムだ。気が進んだら覚えておいてくれ」

「シグナム……分かった」

「背に傷があるようだが……私の友に治療させよう」

「いや、それには及ばない」


 シグナムが仲間を呼ぼうとしたのを手で制し、苦笑いする。


「手間を駆けさせるのも悪いし……それに、帰って叱られなくてはならないからな」

「…騎士カリムがご立腹になるのか?」

「約束を破ったからな。だが、よくカリムだと分かったな?」

「ふふっ。騎士カリムは、二言目にはお前のことを話すと、我が主がよく口にしていた」

「…そうか。まったく、あいつは……」


 溜め息を零し、ヴィレイサーはシグナムに一礼して夜空を駆けた。さっさと帰れば、カリムが起きている可能性もある。別に怒られたいわけではないが、負傷したので早々に戻るべきだろう。


(あいつ、何で俺の話なんかしているんだ……)


 苛立ちは、ないと言えば嘘になる。だが、それで聖王教会が、もしくはカリムが信頼を得ているのなら構わない。それは、話している内容にもよるのだが。


「ん?」


 見えてきた聖王教会の建物。その内の1つの出入り口前に、見知った顔があった。金の髪に、黒の衣。カリムだ。


「まだ起きていたのか?」

「えぇ。だって、こないだヴィレイサーも私が仕事を終えるまで起きていたじゃない」

「…そうだったか?」

「そうよ」


 微笑むカリム。しかし、その表情がすぐに険しいものになる。


「ヴィレイサー、背中……!」

「ん、あぁ。だから、帰ってきたんだ」

「え?」

「…怪我したから、心配させないって約束は守れなかったが……」

「ヴィレイサー……」

「悪化して、お前を心配させると、後々面倒だからな」

「…戻ってきてくれて、ありがとう」

「…別に」


 ヴィレイサーの部屋に入り、カリムは治癒魔法を使う。傷が増えていくヴィレイサーの体躯を見て、少しでも役に立ちたいと必死になって覚えた。淡い光が、たちまち傷を癒していく。


「カリム」

「なぁに?」

「……まぁ、ありがとうな」

「…えぇ。おかえり、ヴィレイサー」

「ん、あぁ……ただいま」










◆──────────◆

:あとがき
仕事をしていない時のヴィレイサーとカリムの距離感は結構近めです。

お互いに気心知る仲だからこそできることを色々とできたらと思っております。
他のキャラとはまた違ったやり取りをさせたいですね。








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あきゅろす。
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