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小説
Another Episode 3








「遅いわね」

「そう、ですね」


 チラチラと時計を見ているカリムが言いたいことはなんとなく分かっている。シャッハは溜め息交じりに同意する。2人が待っているのは、ヴィレイサーだ。昨日の夜、新部隊に関しての話があると伝えたにも拘らず、彼は一向に姿を現さない。


「私が探してきます」

「いえ、いいわ。彼がどこにいるかは、なんとなく予想がついているから」


 シャッハが探しに行くより先に、カリムは素早く立ち上がり、部屋を出て行った。


「はぁ……騎士カリムにも困ったものです」

「まぁまぁ。そう目くじらを立てるものじゃないよ、シャッハ」

「しかし……!」


 同席していたヴェロッサはのんびりと紅茶を飲んでいる。今日は仕事をさぼったわけではなく、カリムから立ち会うように言われてここに来た。


「微笑ましいものじゃないか」

「それは、そうですが……カリムは、この聖王教会の騎士なんですよ?」

「シャッハのその言葉、本心かな?」

「…本心です」


 逡巡する彼女だったが、はっきりと答え、背を向ける。その背中が酷く寂しそうに見えたのは、恐らくヴェロッサの気のせいではないだろう。


「現を抜かしてはならない……そうは言うけど、義姉さんも女性なんだ。
 恋慕ぐらい、いいじゃないか」

「私だって、それぐらい認めたいです。ですが……!」

「シャッハ。君だけがそうやって背負うことはないと思うよ。
 君にも、誰か愚痴を零せそうな相手が必要だ」

「ロッサが聞いてくれるわけではないのですか?」

「あはは。そもそも僕に話してくれるとは思えないよ」


 また紅茶を一口。そんな彼も、少し寂しそうな表情をしていた。





◆◇◆◇◆





「やっぱり、ここに居たのね」


 程なくして、ヴィレイサーは見つかった。カリムの予想通り、彼は木陰で眠っている。天気がいい日は、大体がここでこうして寝ていることが多い。


「起きて、ヴィレイサー」

「…起きている」


 揺すると、すぐに返事が返った。目を開き、しかし視界にカリムを捉えるとすぐに閉じてしまう。


「昨日の新部隊設立に関する話、貴方にも聞いて欲しいのよ」

「ん、分かった」


 起こしに来た理由を話すと、すぐに身を起こす。彼が歩き出すまで、カリムも傍を離れない。


「さ、行きましょう」

「あぁ」


 微笑む彼女の隣に並び、共に執務室に戻っていく。こうして一緒に歩けるのも、カリムにとっては嬉しいことだ。


「ねぇ」

「ん?」

「あそこで寝ると、気持ちいいの?」

「まぁ、俺は心地好いけど」

「じゃあ、今度私も寝てみたいわ」

「無理だろ。仕事が立て込んでいるんだから」

「そうだけど……」

「それに、お前が1人で寝ていたらここに通う奴らが驚くだろ」

「じゃあ、ヴィレイサーが傍に居て」

「…何でだよ」

「だって、シャッハもロッサも忙しいもの」

「俺だって、任務がある。暇なときはそうそうない」

「えぇ。だから、一緒に寝られることを楽しみにしているわ」

「…好きにしろ」


 そんな話をしている内に、執務室の前まで来た。もう少し色々と話したいことがあったのだが、それはまた次の楽しみにとっておくことに。


「お待たせ、シャッハ、ロッサ」

「手間をかけさせて悪い」

「そう思うのなら、騎士カリムに手間を取らせないように」

「来世には善処するさ」

「またそれですか……大体貴方は……!」

「シャッハ。お小言はまた今度にしよう」

「…そうですね」


 ヴェロッサの一言に感謝して、ヴィレイサーは壁に寄り掛かる。大体はこうして座らないことが多い。


「それで、新しく設立される部隊に関してなのだけれど……遺失物管理部・機動六課。それが、部隊の名前よ」

「遺失物……」

「えぇ。私達教会騎士団がロストロギアの保守管理を行うのは、前に話したわよね?」

「あぁ」

「それで、新たに設立されるその機動六課は、ロストロギアの保守管理を主な任務とするの」

「なるほど。教会ともさらなる繋がりをもつわけか」

「そうよ。だけど、これは本局自体が申し出たことじゃないの。
 私の知り合いが、自分の部隊を持ちたいって言って……それで、私はその後見人をすることにしたの」

「ほら、ヴィレイサーも覚えているんじゃないかな。八神はやてって女の子」

「…茶髪の?」

「そうそう。女性の騎士を連れて、何度かあっただろ」

「ぼんやりとしか覚えていないな」

「やっぱりね」


 ヴィレイサーの言葉に、ヴェロッサは呆れるでもなく分かっていたように肩を竦める。件の少女、八神はやては、カリムやヴェロッサからすれば妹のような存在だったと当人らからは聞かされている。


「それで、昨晩のお客様は機動六課の設立を後押ししてくれるそうなの」

「…ふーん」


 素っ気ない返事だが、微かに彼の表情には変化があった。あまり快く思っていない目だ。別段、局に恨みがあるわけではないはずなのだが……。


「可能だったら、ヴィレイサーにも少し協力して欲しいの」

「まぁ、考えておく」


 話はそれで終わりだと思い、ヴィレイサーは壁から背中を離した。


「あ……待って、ヴィレイサー」

「何だ?」

「えっと、その……」


 カリムの方を振り返ると、彼女は戸惑いがちにシャッハとヴェロッサを交互に見る。その視線の意味を察し、2人は肩を竦めて部屋を出ていく。


「…わざわざ人払いをする必要があるのか?」

「ごめんなさい。どうしても、2人で話したかったの」

「ん」


 別に断る理由はない。座ったりはせず、少し彼女に歩み寄って適当な場所に背を預けた。それを確認してから、カリムは口を開く。


「勇気づけて、欲しいの」

「は?」

「援助をしてくれる方との交渉は、何が何でも成功させなければいけないわ。
 だから、私が頑張れるように……お願い」

「んなこと言われてもな。何を言えばいいんだよ」

「そ、それは……私にも、分からないわ」

「…まぁ、そりゃそうだよな」


 まだ若いカリムだが、交渉やら会議やらには慣れているものだと思っていた。しかし、今度は妹分であるはやてとやらのために奮闘するのだから、失敗できないと焦っているのだろう。


「まぁ、愚痴の捌け口ぐらいにならなってやれる」

「結構、長くなるわよ?」

「それでお前の気が紛れるなら、別に構わん」

「ヴィレイサー……」

「だが、どうして俺なんだ?」

「え?」

「応援が欲しいのなら、シャッハかロッサにでも頼めばいいだろ」


 なにも自分がしなければいけないことではないと思ったヴィレイサーは、ためしにそう提案してみる。すると、カリムはすぐに表情を曇らせた。寂しそうな顔だ。それを見ても動じることはなく、彼女の答えを待つ。


「貴方じゃなきゃ……嫌なの」


 やがて出された答えは、震えた声によって悲しく彩られていた。預けていた壁から背を離し、ゆっくりとカリムの傍に歩いていく。


「小さい頃からずっと、貴方に支えてきてもらったからかしら。
 ヴィレイサーの言葉が、一番頑張れるのよ」


 歩み寄る間にもぽつぽつと話していくカリム。最後に面を上げると、弱々しくも懸命に笑んでいた。執務用に使っている机に腰かけ、儚げな彼女の頬にそっと手を当てる。


「あ……!」

「俺は、お前を支えた覚えはない。前にもそう言っただろ」

「…えぇ。貴方はいつも優しくて、私のことを大事にしてくれたものね。
 支えたくて支えたわけじゃなく、単なる優しさから……理解しているわ」

「…別に、俺は優しくなんかない」

「私は、そうは思わないわ」


 視線が絡む。じっと見詰めあっていると頬に朱がさしていく。だがそれは、カリムだけ。自分の鼓動が高鳴っていくのは明確に分かるが、ヴィレイサーがまったく動じないのが少しだけつまらなくて、なにより寂しい。


「…好きに解釈しろよ」

「えぇ、もちろん」


 優しく頬に当てられていた手が、傍にある美しい金色の髪を弄り始める。


「擽ったいのだけれど……」

「少しぐらい、我慢しろ」


 カリムの方が幾つか年上だ。だが、ヴィレイサーは彼女に敬語を使ったことがない。出逢ったばかりの頃は使っていたが、カリムから直々に止めるように言われて以来、1度も使っていない。


「ヴィレイサー、まだ触るの?」

「嫌か?」

「い、嫌ではないけど……その、恥ずかしいわ」

「そんなこと、俺の知ったことじゃない」

「意地悪、しないで……」

「あんまりうるさいと、その唇も塞ぐぞ」

「あ、あう……」


 桜唇に触れると、カリムの吐息が指にかかる。擽ったいのは、ヴィレイサーも同じだ。


「失礼しま…す?」

「シャ、シャッハ!?」


 突如として開かれた扉の向こうから、シャッハが紅茶をもって戻ってきた。2人の体勢は、傍から見ると何をしているのかと思われるのは必至だ。そしてそれは、シャッハにも当て嵌まり───


「なっ……なな何をしているのですか、ヴィレイサー!」

「…別に」


 ───憤慨するシャッハを余所に、ヴィレイサーは何もないと言いたげのようだ。平然と返し、カリムから離れてさっさと部屋を出て行った。


「騎士カリム、大丈夫ですか?」

「え、えぇ。驚かせてしまってごめんなさい、シャッハ」


 まだ顔が赤いことが、自分でもよく分かった。触れると、少し熱を帯びている気がする。


「まったく、ヴィレイサーは……」

「いつも弄られてばかりね、私」

「少しは敬ってもらわねば困ります」

「…そうね」

「? どうかしましたか?」

「少し、子供の頃のことを思い出したの。
 あの頃から、弄られていたなぁと思って」


 懐かしそうに、しかしまた寂しそうに目を伏せる。ヴィレイサーとの距離感は、縮んだような、広がってしまったような──どちらだか明確には分からない。


「…騎士カリム」

「あ、大丈夫よ。辛いわけじゃないから」


 微笑み、シャッハが持ってきてくれた紅茶を一口。ぬくもりがゆっくりと身体を内から温めていく。


(ヴィレイサーに逢ったのは……冬だったわよね)


 星々が輝く夜天を窓から見上げながら、カリムは12年前のことをふと思い出した。








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あきゅろす。
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