俺はこの世に生を受けたときから、既に罪で穢れていた。
身体は罪の象徴でしかない。
だから常に光を拒み、そして罪を受け入れてきた。この罪を受け止め、罪で穢されることも厭わない。何故なら俺は、罪だから───。
この身を罪で穢し、この手を血で染めようとも構わない。だがそれは、大切なものを守るためだ。それが、どんなに苦しくて、悲しくて、孤独にしようと、俺が願ったことであるならば躊躇わない。
俺は、罪だから。だが、その罪は誰にも明かしてはならない。特に彼女には。彼女は、俺には眩しすぎる。その光が苦しい──それ以上に、守りたいと思う。
彼女を守るために、俺は手を穢そう。
「…似すぎと言うのも、困りものだな」
「致し方ありますまい」
僅かに開かれた扉の奥から、うっすらと照明の光が零れている。何気なく息を潜めて会話を聞いていた少年は、自分の寝室には戻らずに耳を欹てる。話しているのは、2人の男。片方は自分の父親で、もう1人の方は誰だかわからない。
「ご子息に何かあってからでは遅いのです」
「…あんな紛い物、私の傍に置いておくなど……!
だいたい、まったく知識のない失敗作ではないか!」
「どこかに売り払いますか?」
「いや、それは後々になって面倒だ」
「では……」
「…棄てろ」
「よろしいのですか?」
「構わん。あんな出来損ない、不要だ」
「畏まりました」
話が終わったようだ。少年は素早くその場から離れて、物陰に身を潜める。そこから少しだけ顔を覗かせると、部屋からやはり2人の男が出てきた。
「ご子息も、弟が出来たと喜んでおいでだったのに……」
「私に意見するのか?」
「いえ。とんでもございません」
「…あれに弟などいない。いるのは、ただの出来損ないだ」
「プロジェクト・フェイト……嫌なもので生まれた出来損ないですね、ネクスは」
ネクス──それは、話を盗み聞きしていた少年の名前だった。
真っ暗な屋敷に灯された、数々の蝋燭。時折揺れ動き、影を不気味に動かす。ネクスは何を思ったのか、そっと蝋燭に手を伸ばしていく。父と話していた男が出ていくために開かれた扉から強い風が入り込み、大きな影が一瞬だけ、悪魔を彷彿とさせた。
「ん? な、何だ!?」
父が寝室に足を運ぼうとすると、焦げ臭い臭いが漂ってきた。慌てて廊下を走り、曲がり角を曲がると─────
「ネ、ネクス……! そこで何をしている!?」
─────揺らめく炎の先には、1人で佇むネクスが。
「早くこっちに来なさい!」
「………」
手を伸ばし、助けようとする父。それを無視して、ネクスは隣にあった別の蝋燭を床に抛る。たちまち火の手があがり、壁を、天井を伝って屋敷の隅々まで広がっていく。
「あ、あなた……!」
「お前は息子を連れて……!」
遠退いていく声に、未練はなかった。気付いた時には屋敷から走りだし、どこかに向かってひたすらに走っていく。
走って、走って、走って──ただひたすら、走っていく。
だが、その足がふと止まった。空を見上げ、夜天に浮かんだ星々を眺める瞳から、一筋の雫が零れる。
俺は、どこへ行きたいのだろうか?
やがて辿り着いたのは、どこかのお屋敷。いつからかは分からないが、降りだした雪によって色褪せた庭を勝手に歩き回り、窓際まで来ると倒れてしまった。疲労困憊になった身体は、まったく言うことを聞いてくれない。
「ぁ…寒い」
疲労と寒さだけ認識して、他は何も感じない。家を出たことも、火を放ったことも、父と見知らぬ男が話していた悪夢も。
「あの……」
「…え?」
ふと、聞き慣れない声がかかった。必死に身体を起こすと、頭上にある窓から1人の少女が見下ろしている。
綺麗だった。色褪せた箱庭を歩き回ったネクスには、眩しすぎるほどに綺麗だ。
「大丈夫ですか?」
惚けていたのを不安に感じたのか、少女は窓の縁によじ登る。風に舞う金色の髪に、どこか清楚な黒衣。どちらも少女の幼い美しさを醸していた。
「きゃっ!」
「あ……!」
しかし、慣れないことだったのか少女は足を滑らせてしまう。ネクスは慌てて立ち上がり、彼女を受け止めた──が、子供の膂力でどうにかなることではない。少女を上にして、2人は積もった雪に倒れ込む。
「ご、ごめんなさい」
「平気」
慌てて謝る姿が面白くて、思わず笑ってしまう。少女も、その笑みを見て顔を綻ばせた。
「私、カリム・グラシア。貴方は?」
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