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小説
Episode 4 系譜








「♪」


 鼻歌まじりに夜道を歩く、1人の女性。長いながらにしっかりと手入れの行き届いた艶やかなミントグリーンの髪は、夜風に靡いて彼女の魅力をさらに引き立てる。


「あら?」


 そんな彼女の耳に、路地裏から数人の声が聞こえてきた。何気なくそちらに足を運ぶと、1人の女性が2人の男性に挟まれるようにして絡まれているのが見える。それを見て彼女は溜め息を零し、しかし引き返すことはせずにつかつかと歩み寄っていく。


「1人の女性に対して2人の男……恥ずかしくないのかしら?」

「あぁ?」

「なんだ、テメェは!」

「見て分からない? 通りすがりの美女よ」

「だったら、あんたも俺らと一緒に遊ぶか?」


 彼女の言うように、その容姿やスタイルは確かに人の目を惹き付けるものだった。にやりと笑みを深める男らに対し、女性も笑む。しかしパッと光が走ったかと思えば、その手には鋭い鎌が握られ、男の首筋にぴたりと当てられる。


「っ!?」

「な、何を……!」

「ごめんなさいね。私、男には興味ないの」


 にっこりとほほ笑み、彼女は思い切り鎌を振るった。強い衝撃波が走り、2人の男をいとも容易く弾き飛ばす。


「……それにしても」

「え?」

「貴女、可愛いわね」


 素早く鎌をしまい、吹っ飛ばされた男に代わって女の頬にそっと手を当てる。戸惑う表情を見て更に笑みを深め、そして唐突に顔を近づけたかと思うと互いの唇を重ねた。


「んっ……ふふ、美味しい♪」


 ぺろりと舌で唇を妖艶に舐め、女は踵を返す。そしてふと見上げた先に見つけた満月を見上げ、ばっと両手を広げる。


「うふふ、もうすぐ……もうすぐよ。
 もうすぐ、貴方に会えるわ。“レイス”♪」


 嬉しそうに笑う彼女の耳につけられたイヤリングが、それに応えるように音もなく発光した。





◆◇◆◇◆





 ヨハネの黙示録に登場すると言われる4騎士───。

 支配を司る白い馬に乗る騎士、ホワイトライダー。

 戦争を引き起こさせる赤い馬に乗る騎士、レッドライダー。

 飢餓を齎すとされる黒い馬に乗る騎士、ブラックライダー。

 そして死を司る蒼い馬に乗る騎士、ペイルライダー。

 これをもとに自分の愛機に名前がつけられたとしたら──カリム・グラシアから、このヨハネの黙示録の存在を聞かされ、この予測が頭から離れてくれない。


(もしかしたら他に、兄か姉が2人はいるってことですよね)


 考えは深まるばかりだが、気にしていてはいずれアインハルトにも気づかれてしまうだろう。あまり心配をかけたくないと思うだけに、知られるのはなんとなく嫌だった。


「……?」

「レイスさん?」

「え? あ、あぁ、すみません」


 そして最近、さらに気になることが増えた。ここ数日前から、誰かに見られている気がしてならないのだ。隣にいたアインハルトがその様子を見て首を傾げる。


「……最近、視線を感じるような気がするんです」

「えっ!」


 教室に向かいながら、とりあえずそのことだけを話す。アインハルトは驚きに目を見開くが、レイスは何か危険性がある気配は感じない。


「ま、まさか、誰かがレイスさんを狙っているんでしょうか?」

「狙うって、そんな。僕はただの学生ですよ?」

「私にとっては、“ただの”ではありません。
 もちろん、ヴィヴィオさん達にとっても」

「……そうですね。すみません」


 ちょっとだけ剥れた表情を見せるアインハルト。彼女に苦笑いしつつ謝り、自分を省みる。やはり、まだ自分を卑下してしまう癖はなおっていないようだ。


(まぁ、流石に簡単になおるとは思っていませんけど)


 自分を変えていく必要性があることは、もちろん自覚している。それでも中々変えられないのが実情だ。焦ることはないだろうが、やはり気にしてしまう。それだけアインハルトに相応しい男でありたいと思っているからだろう。


「おはよう、アインハルトさん、レイスくん」

「おはようございます、ユミナさん」

「おはようございます」


 レイスとアインハルトを見つけてぱたぱたと駆け寄ってくるユミナ。昨日、アインハルトと話すことができたとメールをもらったが、どうやら良好な関係を築けているようだ。


「今日から学院祭の準備だね〜。せっかくだから、アインハルトさんも可愛い服を着せてあげるね♪」

「えっ!? い、いえ、アームレスリングの選手なんですから、服装は普通で構わないのですが……」

「えぇ〜? せっかくのお祭りなんだし、可愛くおしゃれした方がいいよ。
 ね、レイスくんもそう思うよね?」

「え? えっと……まぁ、衣装によると思いますが、ユミナさんの言うように楽しむと言う意味で華やかな服に身を包むのもいいと思いますよ」

「ほら、レイスくんもこう言っているんだし」

「で、ですが、私の私服にそんな可愛らしい物は……!」

「ないなら私が造るよ。裁縫も得意だし」

「さ、流石にそれは悪い気がしますが……」

「気にしない、気にしない♪ と言うわけで、今度採寸させてね」


 間もなく始業となることもあり、ユミナはそれだけ言い残してさっさと自分の席に戻ってしまう。取り残されたアインハルトは戸惑いを怒りに変えてレイスをむっとした表情で見る。


「どうしてユミナさんの方に助け舟を出したんですか?」

「その、アインハルトさんがどんな服を着るのか気になったので。
 もし可愛らしい服装であれば、僕も嬉しいですから」

「レイスさん……あまりそう言われると、恥ずかしいのですが」

「あ、あはは……僕もなんだかんだで恥ずかしいです」


 苦笑いするレイスとアインハルトだったが、始業のチャイムが鳴らされたことですぐさま教卓に視線をうつした。今日から学院祭の準備のため、授業は午前中だけだ。午後から色々と話し合ったり、準備を進めていくことになっている。

 だが、レイスはどうにも授業に集中しきれずにいた。朝からずっと、誰かに見られているような気がしてならない。今この瞬間も、誰かにじっと見られているような──考え過ぎかもしれないが。


(いったい、誰が……?)


 アズライトにも事情を話して周囲を探索してもらっているが、今の所怪しい人物は見つかっていない。


(やっぱり、杞憂なんでしょうか)


 度々集中力を欠きながらも、レイスは授業にしっかりと耳を傾けた。

 やがて午前中の講義を終えて昼休みに入る。すると、授業中の異変に気が付いたのか、すぐさまアインハルトが声をかけてくる。


「レイスさん、大丈夫ですか? 集中できていないようでしたが……」

「それが、今も奇妙な感じがするんです。考え過ぎかもしれませんが」

「なになに、どうしたの?」


 不安げな顔をするアインハルトを見て、ユミナも駆け寄ってくる。


「それが、レイスさんが最近誰かに見られているみたいだと仰っているんです」

「えぇっ!? い、一応言っておくけど、私じゃないからね!?」

「それは分かっていますよ」

「私も、流石にユミナさんがそんなことをしているとは思っていません」

「よ、良かったぁ……でも、そうなると誰なんだろうね?」

「さぁ、皆目見当もつきませんね」


 苦笑いしつつ、レイスは弁当を広げる。その瞬間、アインハルトとユミナが息を呑んだ。


(お、美味しそう)

(レイスくん、料理上手だよね)


 2人の視線に気が付いたのか、レイスはよく見えるように弁当箱を差し出す。


「よかったら、何か頂きますか?」

「えっ!?」

「い、いいよ。私も自分のがあるから」

「アインハルトさんはどうしますか?」

「わ、私も大丈夫です。
 でもこれ、レイスさんが作ったのですか?」

「えぇ。腕の調整もあったので、今日は1から全部作ってはいませんけど」

「そ、そうなんですか」


 レイスは1人で暮らしていたため、家事全般が大の得意だ。アインハルトが何かアピールするような機会は一生出てこないことだろう。そう思うと、いくらか残念に感じてしまう。


「それにしてもレイスくん、本当に料理上手だよね」


 机と椅子を友人から借りて、ユミナと3人で昼食を取る。


「最初は失敗ばかりでしたよ。アズライトがいなかったら、それこそ困ったことになっていたでしょうね」

「ユミナさんも、充分作れていると思いますよ」

「簡単なものしか作れないけどね。アインハルトさんは?」

「私もです。もっとも私の場合、最近始めたばかりなので……」

「そうなんですか? なら、僕も手伝いますよ」

「いえ、それには及びません」


 レイスの提案に、しかしアインハルトはきっぱりと断った。ユミナはその理由に気付いたのか、苦笑いする。アインハルトは上手になってからレイスに料理を振る舞いたいと思っているのだろう。しかし当の本人は理由に気付かず首を傾げている。


(レイスくん、女心を勉強した方がいいよ)


 流石に恋人の前で言うのは憚られるため、ユミナは内心で呟く他なかった。


「アインハルトさん、よかったらこの後保健室で採寸しよう。ぴったりにしちゃうと服がきついかもしれないから、どれくらい余裕をあけたらいいか知りたいし」

「分かりました」

「レイスくん、覗かないようにね?」

「流石に覗き見はしませんから」


 昼休みから既に学院祭に向けて準備に入っているクラスも少なくはないだろう。担任の教師に許可をもらうと、ユミナとアインハルトは保健室へ向かうべく教室を出ていく。


「ユミナさん」

「なぁに?」

「その……ありがとうございます」

「へ?」


 アインハルトの唐突な謝辞に、ユミナは目を丸くする。


「レイスさんのことを、好きでいてくれて」

「あ……アインハルトさんこそ、凄いよ。私はそこまで寛容になれないから」

「私にまで気を遣う必要はありません。それに、ユミナさんも私と同じ選択をしたと思います」


 レイスが自壊魔法を使いながらも生き延びたこと。それ自体は確かに喜ばしいことだ。だが、レイスは本当に死を受け入れていたからこそあの魔法を使ったのだ。それなのに生きることになり、今まで自分がしてきたことと強制的に向き合わざるを得なくなった。

 彼は未だにそのことに悩み、そして自分の歪な考え方をなおすことができずにいる。そんな彼を自分だけで支えることは難しいと気付き、アインハルトはまず自分のように周りから愛されていることを自覚してもらいたいと思い、ユミナとコロナの気持ちを尊重することにした。


「できれば、これ以上ライバルが増えるのは勘弁願いたいですが」

「あはは、私も同意見だな〜」


 そんな話を進めている内に、目的の保健室に着いた。スライド式の扉を開けると、保険医を担当している教師が迎えてくれる。事情を話すと、彼女はカーテンを閉め、出入口に立て札を置くと施錠して人を入れないようにしてくれた。


「恥ずかしいと思うけど、お願いね」

「は、はい」


 今更ながら緊張してきた。アインハルトは顔を赤らめながらも制服を脱いでいく。


「うーん……試合を見た時から思っていたけど、アインハルトさんって本当に綺麗だよね」

「ひゃっ!?」


 背中にピタッとあてられた手が、ボディラインを辿るようにつつっと身体をなぞっていく。


「ヴィヴィオちゃん達も、しっかり鍛えている割には筋肉質って感じじゃないし……いいなぁ、羨ましいなぁ」

「あ、あの……恥ずかしいのですが」

「あっ……ご、ごめんね。つい……」

「い、いえ」


 咳払いして気持ちを切り替え、ユミナは採寸を始めた。

 同じ頃、レイスはコロナから受け取ったメールに従い、彼女がいる初等科の教室へと足を運んでいた。


「なんだか呼び出すのは気が引けますね……」


 コロナを呼んでもらおうかと思ったが、中等科に身を置いていることを考えると、躊躇してしまう。だが、幸いにしてコロナは教室の外で待ってくれていた。しかも何故か、メイド服に身を包んでいる。


「コロナさん」

「あ、レイスさん。来てくれてありがとうございます」

「いえ、資材を取りに来る用もありましたから。
 時にその衣装は……もしかして学院祭で着るものですか?」

「はい♪」


 全身を見てもらえるよう、コロナはその場でくるりと一回転する。ふわりと舞うツインテールから、女の子らしい甘い香りが漂ってきたこともあり、レイスは思わずドキッとしてしまう。


「えへへ。これはバリアジャケットで作った仮の物なんですけど、どうですか?」

「えぇ、可愛らしくていいと思いますよ。コロナさんにもよく似合っています」

「そう言ってもらえて嬉しいです。クラスメート以外には、1番にレイスさんに見せたかったんです♪」

「そ、そうだったんですか。光栄です」


 コロナの想いの強さに驚いたが、きっとアインハルトとユミナも考え付けば同じことをしていただろう。


「あ、引き止めてしまってすみません。資材を取りに行くんですよね?」

「えぇ。アインハルトさんがアームレスリングを行いますから、それに見合った競技台を作らないといけませんから。
 でも、呼んでくれてありがとうございます。お陰で可愛いコロナさんを見ることができました」

「あぅ」


 急に可愛いと言われ、コロナは頬を赤らめる。それに気付かないまま、レイスはさっさと踵を返した。そのまま資材を取りに行こうとしたが、ふと視線を感じて後ろを振り返る。


(やっぱり、誰かに見られているような……)


 しかし確かめようがない。レイスは溜め息を零し、再び歩き出す。


「ふふっ、意外と察しがいいのね」


 だが、その言葉に改めて足を止めて周囲を見回すと、誰かが上階へ駆けていくのが見えた。慌ててレイスも後に続く。

 やがてレイスが辿り着いたのは、学院の屋上だった。普段は施錠されている扉が半開きになっているところを見ると、どうやら外に出たようだ。細心の注意を払いながらゆっくりと扉を開けると、ちょうど中央に1人の女性が背中を向けて立っていた。ミントグリーンの長い髪を風に靡かせていたが、レイスの気配に気付いたのか振り返った。


「面と向かって会うのはこれが初めてね、レイス」

「……貴女は、いったい?」

「私はプリメラ。“プリメラ・レジサイド”よ」

「なっ!?」


 レジサイド──自分と同じファミリーネームを持つ彼女に驚いた瞬間、その隙をつくようにしてプリメラが一気に距離を詰めてきた。そして頭を鷲掴みにされて視界を奪われてしまう。


「ふふふ、容易いわね」


 耳元で囁かれた言葉に、レイスは1人で来たことを後悔した。








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