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小説
Happy Halloween








「ハロウィン、ですか?」


 いつもの学院。いつものお昼休み。そしていつものメンバーで昼食を取っていたアインハルトは、対面でお弁当を差し出してくれたユミナに謝辞を述べながらサンドイッチに向かって伸ばしかけていた手を止めて首をかしげる。


「はい。私のママの故郷にある季節行事の1つなんです。
 お化けの仮装をして、お菓子をもらうんですよ」

「もしお菓子をもらえなかったら、相手に軽いイタズラをすることもできるんですよ」

「イタズラ、ですか」


 リオの言葉に、アインハルトはふと恋人のレイスを思い浮かべる。彼にイタズラを仕掛けてみたいとは思うものの、そんな度胸があるはずもなくすぐに頭を切り替える。


「アインハルトさんも、ハロウィン当日に家に来ませんか?
 フェイトママが美味しいお菓子を用意するって言っていましたし」

「…そうですね。せっかくのお誘いですし、是非」

「早めに終わらせますから、その後はレイスさんと会えますよ」

「ヴィ、ヴィヴィオさん!」


 茶目っ気たっぷりに言うヴィヴィオに、アインハルトは顔を赤らめながらその口を両手でふさいだ。無論言った後に塞いだところで意味があるはずもなく、周囲はにやにやと慌てふためくアインハルトを見て笑っていた。


「うぅ、とんだ目に遭いました」

「まぁまぁ、みんな笑顔になったんだし、いいじゃない」


 昼食を終えて教室へと戻る途中、アインハルトは恥ずかしさが未だに抜けきらずにいた。隣を歩くユミナは悪いと思いつつも、その愛らしさについつい頬を緩めてしまう。


「ねぇ、アインハルトさんはなんの仮装をしたいとか考えた?」

「え? いえ、流石に聞いたばかりですし……」

「それじゃあ、こないだの学院祭の時みたいに、私がコーディネートするから♪」

「えぇっ!?」

「あれ? 嫌だった?」

「そ、そんなことは!」


 驚くアインハルトを見て、ユミナは意地悪な問いを投げる。当然、アインハルトはそれを否定してくるため、簡単に外堀を埋められた。


「じゃあ、いいよね?」

「せ、せめてスカートはなしでお願いします。あそこまで短いのは……」

「……バリアジャケットのものも充分短いと思うけど」

「うっ……!」


 バリアジャケットはあくまで機能重視のため、短くなるのは致し方ない。無論、言われれば羞恥心が湧き上がってくることも当然のことだ。


「あ、レイスくんにはハロウィンのことは内緒にしておこうよ」

「どうしてですか?」

「イタズラができるから♪」

「な、なるほど」


 ユミナがどんなイタズラを仕掛けるのかとても興味がある。その反面、自分には何ができるのかまったく思い浮かばなかったが。

 ちなみにレイスは今、ヴィクトーリアに誘われてとあるジムに向かっているらしい。本来であればエドガーが同行する予定だったのだが、彼にも急用が入ってしまったらしく、午前中だけ授業に出て早退してしまった。


(どこのジムなんでしょう?)


 レイス自身が通うわけではないため、これから会う時間が減ることもない。それでも、競技者であるアインハルトはどのようなジムに顔を出しているのか気になっていた。


「…気になるなら、連絡取ってみたら?」

「えっ!?」


 隣からひょっこり顔を覗かせて笑うユミナ。レイスはつい数十分前に早退したばかりだ。こんなにもすぐに連絡を取ったら彼に笑われてしまうだろう。


「ふふっ、寂しいって顔に出ているよ?」


 その指摘に、窓ガラスに映る自分の顔を見てみる。一目見ただけではまったくそんな気はしないのだが、ユミナだからこそ分かるのかもしれない。


「きっとレイスくんも同じ気持ちかもね〜」

「そ、そうでしょうか?」

「そうだよ。それに、アインハルトさんが1番よく分かっているんじゃないかな?」


 確かにユミナの言葉には同意できる。レイスとは紆余曲折を経て恋仲になっただけに、彼に寂しがりな一面があることは理解している。それでも、自分からメールを送るのは何か負けたような気がして、嫌なのだ。


(たまには、レイスさんからメールが来るのを待ってみるのもいいかもしれませんね)


 開きかけたメール画面を閉じて、アインハルトはユミナと共に教室へ戻った。しかし昼休みが終わる直前になると、アインハルトは決意を忘れて手早くメールするのだった。

 なにより残念なのは、間もなく今日最後の授業に入るため、レイスからの返信は確認できないことだ。意地を張らずにメールを送り、少しでも話しておけば良かった──そんな後悔を抱えながら、アインハルトは溜め息を零した。

 一方、メールを受け取ったレイスはと言うと───


「顔が笑っているわよ?」


 ───ヴィクトーリアから指摘され、慌ててメール画面を閉じた。


「す、すみません!」

「いいのよ。まだ約束の時間ではないし。
 それに、恋人からのメールなのでしょう?」

「ど、どうして……」

「寧ろ分からない人がいるのかしら」


 メールの主が誰なのかあっさりと見破られて戸惑うレイス。そんな反応を見て、ヴィクトーリアはただただ呆れていた。


「と、ところで、どうしてこのジムに?」

「最新のトレーニング器機を取り入れたと聞いたの。ちょっと見せてもらいたかったのよ」

「見せてもらえるものなんですか?」


 このジム独自の仕様が加えられている場合、いくら世に出回っているものでも見せることはしないだろう。


「大丈夫よ。仕様は変えてないらしいから。
 でも、これから会う人物については、口外しないようにね」

「それなら、僕は外で待っていた方がいいような……」

「貴方を1人にすると、無茶をするからダメよ」

「今は狙われたりとかしていませんから、無茶はしませんよ」

「……じゃあ、悪いけどここで待っていて」

「はい」


 ヴィクトーリアは立ち上がると、ぱたぱたと駆けてきた女性と挨拶をかわした。彼女が器機を見せてくれるのだろう。2人は談笑しながら、奥へと歩いていった。


(あまり見回すのも失礼ですし、雑誌でも───)

「見学の方ですか?」


 ラックに整頓されてある雑誌に手を伸ばしかけた時、涼しげな声がかかった。面を上げると、自分と同い年ぐらいの少女がじっと見ていた。


「いえ、付き添いなんです。お邪魔でしたら、外で待ちますけど」

「それには及びません」


 慌てて手を引っ込めたレイスに、少女は先程とまったく声色を変えずに淡々と返す。一目見れば誰もが気付くぐらいに、彼女にはお嬢様としての品格があった。


「どうぞ、ごゆっくり」


 言い残し、少女はヴィクトーリアが向かったのと同じ方向に歩いていった。


(なるほど。ヴィクトーリアさんが口外しないよう言ったのも納得です)


 元々口外する気などなかったが、先程の少女を見て、その大事さがよくわかった。


(リンネ・ベルリネッタ選手……まさか試合以外で目にするなんて)


 ユミナやアインハルトが注目する、新進気鋭の選手。それが彼女、リンネだ。強靭なパワーを主軸に、どんな状況でも相手を圧倒し、射砲撃も得意としている。ユミナ曰く、「あの年齢であそこまで力強い選手は中々いない」とのことだ。


(いずれアインハルトさんと戦うんでしょうね)


 贔屓目かもしれないが、アインハルトならば勝てるのではないかと思う。もっとも、戦うまでお互いに今の実力のままならばの話だが。

 リンネが出場した大会を検索すると、すぐに見つかった。ついこないだ決勝戦が行われた大会の映像を開き、眺めることに。


(そういえば……彼女も勝っても笑わないって、ジークリンデさんが言っていましたね)


 気にかけても意味はないと分かっているのだが、アインハルトもしばらくは同じようにしていたところがあるせいか、気にしてしまう。

 しばらくすると、アインハルトからメールが届いた。月末の夕方に会えないかと言う旨に、レイスは大丈夫だと手早く返した。





◆◇◆◇◆





 西陽が眩しい夕刻。レイスは約束通りアインハルトの自宅に向かった。ヴィクトーリアにも許可は取ってあるため、多少帰りが遅くなっても大丈夫だ。

 程なくしてアインハルトの自宅に到着すると、早速呼び鈴を鳴らす。するとすぐに返事があったものの、何故か中々扉が開かれない。


(どうしたんでしょう?)


 もしかしたら今は手を放せない可能性がある。その場で待つことにして、しばらく立ち尽くす。

 やがてゆっくりと扉が開かれた。しかし本当にゆっくりで、まるで誰が来たのか確認しているようだ。


「こんばんは」

「こ、こんばんは」


 驚かせないように少し離れた場所から声をかけると、アインハルトはほっと溜め息をついた。


「もしかして、早く来てしまいましたか?」

「いえ、そんなことは」


 言いながら、しかしアインハルトは中々扉を全開にしようとしない。まるで扉を盾にして隠れているようだ。その時、彼女の後ろから「せーの」と聞こえてきた──と思ったら、扉が大きく開かれ、さらにアインハルトが押し出されてきた。


「きゃっ!?」

「っと、大丈夫で──え?」


 アインハルトが転倒しないように抱き止めるレイスだったが、彼女の格好を見て目を瞬かせる。


「あ、あまり、まじまじと見ないでください」


 アインハルトが恥ずかしがるのも仕方がない。普段の彼女からは想像もつかない程、露出過多な服を着ているのだから。黒一色で統一された服は、臍から上の上半身だけしか包み込んでいない。しかも下半身はホットパンツしか穿いていないせいで、すらりと伸びた足が蠱惑的に見える。


「ど、どうしてそのような格好を……?」


 なんとか目を逸らすレイスだったが、扉を開け、アインハルトを後ろから押したコロナとユミナを見つけて問う。しかしその2人もいつもと違う服装をしていた。アインハルトほどの露出はないものの、ノースリーブの服を着ている上に、何故か猫耳と尻尾が見え隠れしている。


「地球の季節行事のハロウィンだよ」

「聞いたことありますか?」

「いえ。残念ながら」


 このまま外にいては悪いと思ったのか、中に案内しながら説明してくれた。


「つまり、お化けの仮装と言うことですか」

「はい♪」

「どうかな? 似合う?」

「えぇ。お二人とも、可愛いですよ」


 レイスの評価が嬉しいのか、2人はハイタッチをかわした。ちなみにアインハルトは未だに恥ずかしいようで、レイスが貸した上着にくるまっている。


「ちなみにアインハルトさんは私がコーディネートしたんだよ」


 誇らしげに胸を張るユミナに、レイスは苦笑いする。きっと着せるまで相当な苦労があったことだろう。


「アインハルトさん、いつまでも縮こまっていたらレイスさんによく見えませんよ」

「は、恥ずかしくて……」

「レイスくんだって見たいよね?」

「えっ!? えっと……まぁ、はい」


 レイスが頷くと、アインハルトは羞恥心に顔を赤らめつつ、借りていた上着をゆっくりと脱いだ。その仕草が妙に艶っぽく見えたが、それは黙っておく。


「へ、変ではありませんか?」

「そんなことは。その……魅力的です」


 まじまじと見ては悪いと思い、視線を外すレイスの顔も赤くなっている。完全に2人だけの世界になりそうだったので、一先ず話題を出す。


「と、ところで、アインハルトさんはなんの格好なんですか?」

「一応、魔女なんです。本当はロープかハットがあれば良かったのですが……」

「ファビア選手の大人モードを参考にしたんだ」

「それでこうも露出過多に……」

「私達は、魔女アインハルトさんに仕えるネコなんです」


 そう言ってレイスの左右に並ぶコロナとユミナ。普段から可愛らしい彼女らがさらに可愛くなり、しかも上目遣いに見詰められれば、誰もが見入ってしまうに違いない。レイスも当然ながら魅了されてしまい、アインハルトが咳払いしてようやく我に返った。


「耳も尻尾も、よくできていますね」

「クロに教わった魔法を使ったそうです」

「コロにゃです♪」

「ユミにゃだよ♪」


 2人とも猫らしいポーズを取ってアピールする。その様子にレイスはなんとなく撫でたくなり、そっとコロナの頭に手を置く。ゆっくりと左右に動かすと───


「ひゃんっ」


 ───なにやら艶っぽい声が彼女の口から零れた。一瞬にして全員の視線を集めてしまったコロナは見る見る顔を赤くしていく。


「ち、違うんです! 耳に手が当たった時、ちょっとくすぐったくなって……!」

「そ、そうでしたか。すみません」

「い、いえ」

「レイスくん、私も撫でて欲しいなぁ〜」


 空いている手に抱きつき、撫でることを要求するユミナ。そう言われては撫でる他になく、抱きつかれたまま優しく撫でる。ただし今度は、耳に触れないように。


(ちょっともどかしいかも)


 いつもと違い、耳があるせいで撫で方がぎこちない。ちょっぴり不満なユミナは、自ら頭を動かし、撫でられるように仕向けることに。


「あんっ」


 だが、コロナの言ったように耳が撫でられただけで甘い声が出てしまった。さすがにレイスもぱっと手を引っ込める。


「ご、ごめん」

「いえ」


 アインハルトをちらりと見ると、ユミナの声が艶っぽく出たせいか顔を真っ赤にしている。憤慨しなかっただけ良かったと思うが、まったく妬いていない訳ではないだろう。


「じゃあ、私達はお風呂借りるね」

「アインハルトさん、ファイトです」


 ずっとレイスを独り占めする気はないようで、ユミナとコロナはお風呂場へ。残されたアインハルトは自分の格好と、レイスと二人きりと言う状況を再認識し、慌てて彼の上着を羽織って後ろを向いてしまう。


「それで、アインハルトさんはどんなイタズラをしたいのですか?」

「それは……考えていませんでした。
 いえ、正確に言うと、決まっていません」

「すると、いくつか候補があると言うことですか?」

「は、はい」


 我儘ではないか──そう思い、返事が自然と小さくなる。それを察して、レイスは黙ってアインハルトを抱き締めた。


「でしたら、遠慮はいりませんよ。アインハルトさんと僕は、恋人同士なんですから」


 耳元でそう囁かれて、思わず身体がびくっとしてしまう。しばらくの沈黙の後、レイスがアインハルトを放すと今度は彼女から抱きついてきた。


「では、失礼します」

「え?」


 一言断ったかと思えば、アインハルトは躊躇わずにレイスの首筋に噛みついた。


「わっ!?」


 驚くレイスに構わず、アインハルトはそのまま噛む強さを上げていく。


「いたたっ!? ア、アインハルトさん、痛いです……!」

《ユミナさんとコロナさんに鼻の下を伸ばしていた罰込みです》

「い、いや、伸ばしてはいな──いたっ!」


 口答えは赦さないとでも言うように、レイスを痛みで黙らせる。まさか焼き餅からこんな行動に出るとは思っていなかったため、彼女の魅力を新たに知ることができたのは嬉しいものがある。

 噛み跡がきっちり残るほど噛みつかれたところで、ようやく解放される。アインハルトは今になって恥ずかしさが込み上げてきたのか、顔を赤くしていた。


「レイスさんは、私のものですからね」


 そう言うと真っ赤になった顔を見られたくなくてそっぽを向いてしまう。しかしレイスが呼ぶと素直に視線を合わせてくれた。


「アインハルトさんこそ、分かっているんですか?」

「え?」

「ご自分が、誰のものなのか」

「そ、それは……」


 彼女と同じことを口にすると、恥ずかしさが再来して抜けかけていた赤色が戻ってくる。視線を外した隙をついて、今度は真正面から彼女を抱き締める。


「アインハルトさんは……その、僕だけの恋人なんですよ」

「レイスさん……はい、私はレイスさんだけを愛します」


 恥ずかしくて恥ずかしくてたまらない。それでも想いを伝えて、相手がその気持ちを受け止めてくれた時の嬉しさはなによりも心地好かった。


「レイスさん」

「はい?」

「あの、顔が見えないのですが」

「……寧ろ、見ないでください。恥ずかしいです」


 きっとレイスも顔を赤くしているのだろう。見られないのは残念だが、自分とて見られるのは恥ずかしい気持ちがある。彼が見られたくないと思うのもおかしな話ではない。


「……そうだ。アインハルトさん、1つお聞きしたいのですが」

「なんでしょう?」

「ハロウィンは、女性限定の行事なのですか?」

「そんなことはありませんよ」

「……そうですか」


 レイスの声色から【いいことを聞いた】と言う気持ちがひしひしと伝わってくる。そこからレイスが何をするつもりなのか、アインハルトはすぐに気付いた。


「では、僕からイタズラしても良いわけですね」

「ま、まぁ」


 時たまSっ気をうかがわせるレイスのイタズラがどんなものになるか分からず、アインハルトは内心、身構えてしまう。


「これが、僕からのイタズラです」


 抱き締めていた腕が離れたかと思うと、後頭部にそっと当てられ、気付いた時には───


「んっ……」


 ───キスをかわしていた。

 ゆっくりと唇が離れると、アインハルトは先程の感触を確かめるように自分の唇をなぞる。そして改めてレイスに向き直り、微笑んだ。


「私がしたいと思ったイタズラも、これなんですよ」


 言うが早いか、今度はアインハルトからレイスへキスをした。










◆──────────◆

:あとがき
アインハルトとレイスのイチャイチャ、如何でしたでしょうか?
最後には本編よりも早くキスをすると言う(笑)

ユミナとコロナもそれぞれイタズラと称して思うことをできたと思います。

それに焚き付けられる形で、アインハルトも自分の望みを叶えられました。

こんなイチャイチャを本編でもできたらと思います。






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あきゅろす。
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