ザンクトヒルデ魔法学院。
広い敷地にいくつも設けられている中規模の庭。その一角で、アインハルトは待ち合わせをしていたヴィヴィオらと合流する。試験の結果が全員出揃ったため、その確認をするのだ。
「今回も全員、花丸クリア〜♪」
「わーい♪」
「でも、今回は大変だったかも」
嬉しそうにはしゃぐリオとヴィヴィオ。コロナも満点を取った答案を見て嬉しそうにしているが、勉強が大変だったのか苦笑いする。
「アインハルトさんはどうでしたか?」
「全ての教科で、A評価を頂きました」
「おぉ〜」
「流石ですね♪」
「い、いえ、そんな」
「あれ? そういえば……レイスさんは一緒ではないんですか?」
「えぇ。なんでも、チャンピオンとヴィクトーリア選手が教会の方においでになっているので、その付添だそうです」
「アインハルトさん、今からでも行ってはどうですか?」
「え? ですが……」
「私たちは構いませんから♪」
「さ、行ってきてください」
「皆さん……ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げ、アインハルトは踵を返して走っていく。しかし、その胸中は少しばかりもやもやしていた。レイスとの時間を優先しては、ヴィヴィオらとの時間が減ってしまうことに、どうしても戸惑いを覚えてしまうのだ。そんなことを考えていると、次第に足が重たくなっていく。
気落ちするに合わせて、顔も下を向いてしまう。だがそんな状態で歩いていれば当然───
「わぷっ!?」
───人とぶつかってしまう。アインハルトは慌てて顔を上げ、頭を下げる。
「す、すみません」
「いや。怪我はないか?」
「は、はい」
アインハルトがぶつかったのは、紫色の長い髪をした男性。彼はぶつかられても嫌な顔をせず、アインハルトに怪我がないか確認するだけだった。
「その制服……ザンクトヒルデ魔法学院のものか。
さっきも同じ学院の制服を着た少年が来たが……知り合いか?」
「あ、はい」
「さっき、カリムに連れられてあっちの書物室に行ったぞ」
「ありがとうございます」
男性に頭を下げて、示された書物室へ向かう。それでもふと、あることが気になって男性を振り返り、首を傾げる。
(あの人、今まで見たことがないですね)
以前、ヴィヴィオとここで練習試合をした時も、その後何度か用事で来た時も見たことがない。しかもカリムのことを【騎士カリム】と呼ばずに呼び捨てだったことも驚いてしまう。
それでも、いつまでも凝視しているわけにもいかず、書物室へ足を運ぶ。重たい扉を開けると、古書特有の匂いが微かに漂ってきた。きょろきょろと周囲を見回し、奥へと進んでいくとすぐにレイスを見つけることができた。彼は何かを読んでいるのか、アインハルトに気付いていない。
(なんの本なんでしょう?)
気になって近づくと、流石に足音に気付いたのか振り返るレイス。だが、相手がアインハルトだと分かると慌てて本を閉じて棚に戻した。
「ア、アインハルトさん、どうしてこちらに?」
「いえ。ヴィヴィオさんらに薦められて……レイスさん、何の本を読んでいたのですか?」
「え、えっと……ただの、神話の本ですよ」
「そう、ですか」
ちらりとレイスが読んでいたであろう本の背表紙を見ると、確かに神話に関するものだと分かる。それについて嘘は言っていないだろうが、何かを隠しているのは間違いない。もっとも、たずねたところで教えてくれるかどうか怪しいが。
「チャンピオンらとはご一緒ではないのですか?」
「えぇ。お二人はイクスヴェリアさんに会いに行きました。
僕も一緒に行くべきだったんですが、少し調べものをしたかったので」
「それが、神話ですか?」
「そうなんです。少し自分の趣味が入っていることは否定しませんけどね」
苦笑いするレイスを改めてまじまじと見るが、やはり話してくれなさそうだ。
「レイス、目的のものは見つかったかしら?」
「ありがとうございます、騎士カリム。お陰様で」
「そう、良かった。あら、アインハルトも来ていたのね」
「こ、こんにちは」
物腰の柔らかな、優しい雰囲気をもった女性──カリムのにこやかな笑みに、アインハルトは思わず背筋を伸ばす。
「そうだ。ノーヴェから聞いたのだけれど……2人は恋人同士なのよね?」
「えっ!? え、えぇ、まぁ……」
(ノーヴェさん、そこまで広めなくても……)
「2人がどこまで進んだのか、とても興味があるの。聞いてもいいかしら?」
「え、えっと……」
「…カリム」
カリムの問いかけに2人とも困惑していると、彼女の好奇心を制するように声がかかった。先程、アインハルトがぶつかった青年だ。
「ヴィレイサー」
「あまり困らせてやるな」
「そうね。ごめんなさい、2人とも」
「いえ、そんな」
「じゃあ、機会があったら……ね?」
「…はい」
アインハルトに聞き取れる声量で言い残し、カリムはぱたぱたとヴィレイサーの傍へと駆けていく。そんな彼女の横顔はとても嬉しそうに笑みを浮かべていた。対するヴィレイサーは特に表情に変化は見受けられなかったが、先程よりどこか柔らかいものになったように思う。
「あのお二人、仲がいいのですね」
「そのようですね。僕らもそろそろ帰りましょうか」
「…はい」
2人の雰囲気に何かを感じながらも、アインハルトはレイスと手を繋いで書物室を出て行った。
「そういえば……もうすぐ学院祭ですね」
「えぇ。ユミナさんがクラス委員をつとめていますから、出し物で平行線のままになることはないと思いますが」
「そうですね。……今年は、レイスさんと一緒にゆっくり回れるといいのですが」
「あ……はい。僕も、アインハルトさんと一緒に居る時間を増やしたいです」
互いに恥ずかしそうに顔を赤くする2人。いつまで経っても、この気恥ずかしさだけは中々克服できそうにないようだ。
◆◇◆◇◆
数日後───。
アインハルトとレイスのクラスの出し物が決まったその日の帰り道、アインハルトはヴィヴィオらに出し物の内容を聞かれて戸惑いがちに口を開いた。
「私のクラスは、スポーツバーをやることになったんです」
簡単な室内競技を客と行い、クラスの代表が勝利した場合はチャリティー品を購入してもらい、負けた場合はドリンクをサービスと言う形になった。ちょうど、クラスには運動部で活躍している面々が多いためにこの出し物に決まった。
「それで、実は……私はアームレスリングの選手に抜擢されてしまいまして」
「凄いじゃないですか!」
「アインハルトさんなら大活躍間違いないですよ♪」
「そ、そうでしょうか」
盛り上がるヴィヴィオ達とは違い、アインハルトは戸惑いを隠せない。と、その時───
「アインハルトさ〜んっ!」
───元気な声に振り返ると、自分をアームレスリングの代表に抜擢してくれたユミナ・アンクレイヴが駆け寄ってきた。
ユミナはアインハルトの周りにヴィヴィオ達がいるのを見ると、先に3人に挨拶をした。
「いきなりごめんね。こんにちは」
「「「こんにちは〜」」」
「私、アインハルトさんのクラスで委員を務めているユミナ・アンクレイヴって言います」
明るく、はきはきとした姿勢はアインハルトからすれば羨ましく思う。最も、自分が彼女のようなムードメーカーになれるかと言うと、答えは否だろう。
「今日はいきなり話を振る形になっちゃってごめんね……迷惑じゃなかったかな?」
「迷惑だなんてことはありませんよ」
「良かった」
アインハルトの微笑を見て、ユミナもほっと安堵する。そして不意に近づくと───
「あと、これを切欠に少しずつ仲良くできたら嬉しいな」
───と、愛らしく耳打ちした。
(うーん……レイスさん、どうして私を選んだんでしょうか?)
どう考えても、自分よりユミナの方が可愛い。同性の自分が羨むぐらいに。
「実は私、見る専門だけど格闘技ファンなんだ。だからみんなの活躍もしっかり見ていたよ♪」
「あ、ありがとうございます!」
見ていてもらえた──確かに敗北は苦しいものだったが、見て、応援されていたと言うのは嬉しくて仕方ない。
「みんなにサインしてもらえたら嬉しいんだけどなぁ〜」
冗談半分、本気半分と言ったところだろうか。ユミナの言葉にヴィヴィオ達は嬉しそうな反応を示す。
「あ、話し込んじゃってごめんね。」
ユミナは「それじゃあね」と言い残し、忙しなくぱたぱたと駆けて行った。恐らく委員長としてやらなければならないことがあるのだろう。
「そういえば、皆さんのクラスは何をなさるのですか?」
「私たちのクラスは、魔法喫茶です!」
「基礎魔法の楽しさを皆さんに感じてもらおうと思って」
「コロナの操作魔法が大活躍の予定なんです〜」
詳細を知りたいところだが、それは当日まで楽しみとして残しておいた方がいいだろう。コロナが助力するともなれば、きっといい出来になるはずだ。
「では、学院祭のことも念頭に置きつつ、今日からまたフルタイムのトレーニングを頑張っていきましょう」
「「「おー!」」」
◆◇◆◇◆
同じ頃───。
「はぁっ!」
「せやっ!」
レイスは一足先に自宅へ戻り、ジークリンデと模擬戦をしていた。
「シュペーア・ファウスト!」
ジークリンデの鋭い正拳突きが閃く。レイスはそれを紙一重で躱すと、ジークリンデの懐に入り込み、伸びきって乗せた力を解放しきった右腕をぐっと掴む。
「ブリッツ・シュヴィンゲン!」
右腕を掴んだままぐるっと背中から一回転し、ジークリンデを投げて地面に叩きつけた。
「レイス、ジーク、休憩にしましょう」
「あ、はい」
「うんー」
ヴィクトーリアの声に、レイスはすぐに構えをといてジークリンデに一礼した。
「最近はレイスに押され気味やな……なんとかせえへんと、姉としての威厳が……」
「いつからレイスの姉になったのよ」
「僕は一向に構いませんよ。ジークリンデさんのように、優しい姉なら大歓迎ですから」
「でも……もしかしたら、いるかもしれないんでしょ。貴方と血の繋がった、“本当のお姉さん”が」
ヴィクトーリアの遠慮がちな声色に内心で感謝しながら、レイスは苦笑いする。
「えぇ。でも、姉だか兄だか分からないですし、ハスラー以外の兄弟なんてまったく覚えがないので」
以前、聖王教会で読ませてもらった本に、愛機に冠された名前とまったく同じ表記があるのを目にしたため、恐らく自分とハスラー以外にも兄弟がいるのではないかと思ったのだ。
とは言え、ハスラーらに確認しようにも会うつもりがないらしく真実は分からないが。
「もし居たとしても……家族だなんて、考えたくありません」
「……そう」
はっきりとした拒絶の反応に、ヴィクトーリアはこれ以上話題にしない方がいいと判断し、口を閉ざした。それを察してか、今度はジークリンデが口を開く。
「それにしてもレイス、だいぶ強くなったなぁ」
「そうなんでしょうか? 負け続けているのでよく分からないんですが」
「えー? 今さっき、ウチを追い込んだのをもう忘れたん?」
「あれは一時的であって、すぐに形勢を逆転されたと思いますが。ジークリンデさん、僕が追撃していたら蹴るつもりでしたよね?」
「まぁ」
「よしんばそれをかわせたとしても、多分距離を詰められて投げ返されていたでしょうね」
「うーん……冷静に振り返れるのはいいけど、せめてもう少し自信をつけた方がいいんじゃないかしら?」
「そ、それは……まぁ、何れ」
「もう、それじゃあいつまで経っても自信がつかないわよ」
「せやね。ずっとハルにゃんの尻に敷かれたままになると思うよ」
「それは関係ないと思いますが」
そんなたあいないやり取りに頬を緩めながら、しかしヴィクトーリアとジークリンデは目配せして互いに念話で話し合う。
《それで、貴女から見てレイスはどう?》
《うん。やっぱり、少し呑み込みが速すぎると思う。さっきウチに仕掛けた投げ技、確かに多用しているけど、完璧に決められた……ただの見よう見まねやないね》
《やっぱり……》
この数週間、レイスと模擬戦をしていて誰もが抱えたある違和感。それは、レイスが自分以外の肉弾戦の技を完璧にこなしていることだ。呑み込みが早いのはいいことなのだが、どう考えても早すぎるのだ。今ではジークリンデ、ヴィクトーリア、シグルド、そしてエドガーが使う技を最低でも1つは使いこなしている。
(そういえば……レイスは、記憶を継承しているのかしら?)
ヴィクトーリアが着目したのは、レイスが強制的に刷り込まれたもの以外の記憶を持っているのかと言う点だ。しかし、彼の家は魔導師としても武術家としてもイマイチだ。ジークリンデやアインハルトのように記憶の継承に加えて身体資質もあれば話は別だろう。
(考えすぎだといいのだけれど……)
そう願わずにはいられなかった。レイスはもう、大事な家族も同然なのだから。
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:あとがき
1週遅れですが、祝! vivid strike放送開始!
そしてなのはThe Movie 3rd!
リンネの背景などが明かされたら、彼女をヒロインに書いてみたいなぁと思っ(覇王断空拳)
ぐふっ……今後のことは置いておきまして。
今回のお話しは少しシリアスへと進んでいく手始めのような1話になりました。
アインハルトとレイスのイチャイチャ? そんなものはない!(`・ω・´)
そしてレイスがアインハルトに対して心配させまいと取った行動ですが、次か、その次くらいで引き鉄になってしまうと思います。
ちなみに本編は関係ありませんが、もし可能だったら今月中にレイスとアインハルト、ユミナとコロナでハロウィンの小話を書こうと思います。
リンネは流石に情報ないので、出番はありません(笑)
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