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小説
Episode 2 静動








「レイス、勉強は一段落ついたのですか?」

「いえ。ちょっとアスティオンを探しに。
 ジークリンデさんは……」

「確か外に出て行かれたと思います」

「分かりました」


 エドガーに事情を説明して階下へおり、玄関から外へ出る。早く戻らないとまたアインハルトを怒らせてしまうので、予め時間を決めてから戻ることに。


「ジークリンデさん?」

「あ、レイス〜」


 適当に呼び掛けると、すぐに返事があった。茂みから顔を上げ、立ち上がったジークリンデの胸にはアスティオンが抱えられているものの、やはり予想していたようにへとへとと言った様子だ。


「ティオにゃんと追いかけっこしに来たん?」

「違いますよ。あまりアスティオンを疲れさせない方がいいと思ったので」

「そうやね。ウチもそう思ったんやけど、捕まえたらすぐに逃げ出してしまうんよ」

「では、僕が抱えますから。アスティオン、お疲れ様でした」


 まだアインハルトに言われた役目を果たしていないと感じて暴れようとするが、相手がレイスだと分かると急に大人しくなった。流石に暴れて困らせては、それこそアインハルトに叱られてしまうと判断したからだろう。


「戻りました」

「お待たせ、ハルにゃん」

「い、いえ……」


 結局アインハルトの目論見通りにならなかったが、アスティオンを受け取って頑張ってくれた愛機を優しく撫でる。


「そういえば……2人とも、えらく静かやね?」

「「え?」」

「レイスもハルにゃんも真面目やから、一生懸命勉強しとるのは分かるんやけど……もっと色々とお話しするものかと思うていたから」

「あ、えっと……」

「それはそれとして、ジークリンデさんはいつまでもここに居ていいのですか?
 流石にそろそろヴィクトーリアさんに見つかってしまうと思いますけど」

「大丈夫やよ〜。お菓子を運んでくる時も見つからへんかったし」

「そういえば、本来であればエドガーさんが運んでくるはずだったのに……どうしてチャンピオンが?」

「ウチも2人の役に立ちたかったんよ。これでも義務教育は終えているから。
 だからエドガーに頼んで代わりにお菓子を運びに来たんや」

「……と言うことだそうです、ヴィクトーリアさん」

「えっ……」


 恐る恐ると言った様子で振り返るジークリンデ。その視線の先には、仁王立ちしながらも笑みを浮かべるヴィクトーリアの姿があった。だが、いくら笑っていると言ってもその雰囲気が醸し出す怒りは尋常ではない。ジークリンデもそれを感じたのか、顔を引きつらせる。


「ヴィ、ヴィクター……これにはわけがあるんよ」

「そう。どんな言い訳か、じっくり聞かせてもらいましょうか」


 むんずと首根っこを掴むと、再びジークリンデを引き摺って部屋を出て行った。


「チャンピオン、どうして勉強を見てくださったのでしょう?」

「多分、僕を弟のように感じているからかもしれません。以前そう仰っていましたから。
 末っ子と言うのもあって、姉らしいところでも見せたかったのかもしれませんね」

「……あの気ままな姿を見てしまうと、どちらかと言うとレイスさんの方がお兄さんに値すると思います」

「あはは、ヴィクトーリアさんも同じことを仰っていました」

「あの……1つ聞いてもいいですか?」

「何でしょうか?」

「チャンピオンも仰っていましたが、レイスさん、どうして話を振ってくれないのですか?」


 少しむすっとした表情を見せるアインハルト。自分も何か話題を振ったわけではないが、やはりああ言われては恋人らしくないのではないかと感じてしまう。


「え? あ、えっと……その、恥ずかしくて」

「……へ?」


 やがて恥ずかしそうに頬を掻きながら言われた言葉は、アインハルトにとって思ってもいなかったものだった。


「恥ずかしかったんです。それに、アインハルトさんと二人きりでいる状況で何を話せばいいか分からなくて……」

「レイスさん」


 意外だった。緊張とは無縁と思っていただけに、レイスのこの反応はなんと言えばいいか分からないが、ともかく胸に来るものがある。今なら──そう思ってレイスの手を握り、アインハルトの方から身を乗り出す。その意味を察してか、レイスもゆっくりと近づいていった。


「レイス、お皿の回収に来ました」


 だが、唇が重なる前にドアがノックされたため、2人は慌てて居住まいを正してエドガーにお皿とティーカップを渡し、羞恥心から逃れるようにして懸命に勉強を進めるのだった。





◆◇◆◇◆





 2時間後───。

 陽も傾き始めたため、レイスはアインハルトを送っていくために彼女と共に家を出る。そして折り畳み式とは別にある自転車を出し、アインハルトには荷台に座ってもらい、ゆっくりと自転車をこいでいく。


「お、重たくありませんか?」

「まさか。まったくそんなことはありませんよ」

「そうですか」


 レイスが正直に言うとは思っていないが、それでも聞かずにはいられなかった。

 自転車はあっという間に坂を下り、車道の端っこを走り抜けていく。夕陽を背中に、アインハルトはちらりと自転車をこいでいくレイスを見る。ずっと見ていても、きっと飽きないことだろう。

 自然と、レイスの身体に自分の体躯を寄せて抱き着いていく。それを感じたのか、レイスは少し速度を緩める。


「アインハルトさん、そんなに抱き締められると恥ずかしいのですが……」

「嫌なのですか?」

「と、とんでもないです」

「では、いいですよね?」

「は、はい」


 恥ずかしい気持ちは一緒だ。彼も同じ気持ちを抱いていると思うと、嬉しくなる。アインハルトはレイスには分からないように微笑し、彼の背に頭を預ける。


「あの……寄り道しても、いいですか?」

「え? えぇ、それは構いませんが……」

「僕も、少しでもアインハルトさんと一緒に居たいので」

「あ……は、はい」


 レイスも顔を赤くしているだろうが、アインハルトも彼以上に赤面している自覚がある。その後は2人とも黙ってしまうものの、互いに相手の温もりを感じながら夕陽の中を走っていく。

 やがて2人が来たのは、以前訪れたことのある喫茶店だった。ドアを開けると、来客を告げるベルが何度か鳴り響く。


「こんばんは」

「お? 久しぶりだな、レイス」

「お久しぶりです、ディアスさん」

「そっちは確か……アインハルトだったか?」

「はい。よく覚えておいでですね」

「まぁ、普段から客が少ないからなー。
 時にお前ら、今自転車に二人乗りしていたのが見えたぞ。ひょっとしてひょっとするのか?」

「え、えっと……」

「その……お付き合い、しています」


 ディアスの問いかけに顔を赤らめながら頷く2人。聞いた当人は予想が当たって満足なのか、笑みを見せる。


「そうか。なら、いいものをくれてやるよ」

「え?」

「ほれ」

「これは……」

「リゾートプールの優待券、ですか?」

「あぁ。仕事でもらったんだが、俺は用事があって行かれなくてな。
 ティアナにも薦めたけど、あいつも仕事があるって言ってさ」

「はぁ……って、明日までじゃないですか!?」

「そうなんだよ。まぁ無理にとは言わないけどな」

「確かに明日は土曜日ですけど……でも、急に言われましても───」

「行きましょう、レイスさん!」


 戸惑うレイスとは違い、目を輝かせるアインハルト。行きたい気持ちがひしひしと伝わってくる。


「……分かりました。では、お言葉に甘えて。
 そうだ。ディアスさん、シュークリームを6つ頂けますか?」

「おう」

「あ、1個だけ別に包装をお願いします」

「6つ、ですか?」

「えぇ。1つはアインハルトさんに」

「え? い、いいのですか?」

「もちろんですよ」


 別にしてもらったシュークリームの入った袋をアインハルトに渡し、店を出て再び自転車にまたがる。少し寂しい気持ちはまだあるが、このまま真っ直ぐ彼女の自宅まで走らせた。

 アインハルトの家に到着した時には、既に暗くなり始めていた。早々に家に戻らないとヴィクトーリアが心配するだろう。


「では、詳細は後程」

「はい……アインハルトさん」

「なんでしょう?」


 振り返ったアインハルトを、レイスは唐突にぎゅっと抱き締めた。一瞬驚いたものの、アインハルトもレイスの身体に手を回す。


「また、明日」

「…はい」


 ややあってレイスは離れ、一礼してから自転車に乗って帰路を走って行った。それを見送ってから家に戻ったアインハルトだったが、そこではたと気づく。


(また、キスできなかった……)


 明日にもチャンスはあるだろうが、今思えば水着姿をレイスに見せることになるのだ。


(は、恥ずかしい……!)


 合宿で見せたものと同じ水着になるが、それでも恥ずかしい気持ちは拭えない。誰かに相談しようにも、こんな相談を持ちかけるのも申し訳ない気がして躊躇ってしまう。


(と、ともかく、明日は楽しんだ方がいいですね)

《にゃあ〜》

「ティオ? あぁ、ヴィヴィオさんから通信が来たんですね」


 明日の支度を早速始めようとしたアインハルトだったが、ヴィヴィオから通信が入ったためその手を止める。


《アインハルトさん、こんばんは。今大丈夫ですか?》

「こんばんは、ヴィヴィオさん。大丈夫ですよ」

《急な話なんですけど、明日空いていたら一緒に遊びに行きませんか?
 ルールーがサービスチケットを手に入れたって言うんですけど……》

「あ……ごめんなさい。明日は、既に予定が入っていまして」

《そうでしたか……分かりました》

「すみません、ご一緒できなくて」

《そんな、謝らないでください。
 そういえば、今日はレイスさんが復学したんですよね? 話せましたか?》

「えぇ。色々と立て込んでいたので、初等科に寄れないことを気にしていました」

《あはは、レイスさんらしいですね》

「そうですね、本当に」


 それからはたわいない話をして、話題が尽きるまで通信を続けた。





◆◇◆◇◆





 翌日───。

 レイスはアインハルトの自宅で彼女と合流してから件のリゾートプールへと向かった。道中会話こそあったものの、キスにかこつける雰囲気になることはなかったが。

 更衣室の前で1度別れ、レイスは一足先に出入口へ向かってそこで待つことに。身体にはまだいくらか傷が残っているが、うっすらとしているのでそんなに目立つことはないだろう。


(うーん……しばらく入院していたとは言え、流石にジークリンデさん達に鍛えてもらっているお陰か、然程筋肉も落ちていませんね)


 以前はノーヴェが考えてくれた特訓メニューをこなしていたが、今ではヴィクトーリアらに鍛えてもらっている。もっとも、疲労度はかなり上がったので慣れるまでは本当に苦労しそうだが。


「あれ? レイスくん?」

「え?」


 アインハルトはまだ時間がかかりそうかもしれない──そう思って少し離れた場所に移ろうとした時、聞きなれた声がしたので振り返ると、そこには白いビキニ姿のユミナの姿があった。


「ユミナさん? どうしてこちらに……」

「家族がここの優待券をもらったの。それで遊びに来たんだ。
 レイスくんはアインハルトさんと一緒だよね?」

「え、えぇ」

「まだ来ていないんだったら、少しお話ししない?」

「もちろんです」

「じゃあ……アインハルトさんとはどこまで進んだのかな〜?」

「えっ!? ど、どこまでと言われましても……」

「もうキスはしたの?」

「……し、していません」

「え……ええええぇぇぇ!? まだだったの!?」

「そ、そんなに意外ですか?」

「うーん……確かにアインハルトさんもレイスくんも積極的ではないことは知っているけど、いくらなんでももうしたのかなぁって」

「やはり、恥ずかしいですから」


 苦笑いするレイスに、ユミナは「そっか」と呟き、ふと意地の悪い笑みを浮かべる。


「じゃあ、私がレイスくんの“初めて”をもらっちゃおうかな〜」

「……本気、ではないですよね?」

「もちろん、冗談だよ」

「そ、そうですよね……ユミナさん、冗談でもそういうことは言わないでください。
 僕はユミナさんが本気でそんなことを言わないと知っていますが、他の方に勘違いしてほしくありません」

「え?」

「ユミナさんは優しくて、頼りになって、可愛らしくて……素敵な人なんですから、変な風に思われて欲しくないんです」

「レイスくん……うん、ありがとう」


 真面目に返されるとは思ってもみなかったが、嫌に感じることもなかった。レイスが自分のことをどう見ているのか分かっただけでも嬉しく思う。


(冗談が通じないとは思っていたけど、ここまではっきりと言われるとやっぱり恥ずかしいかも)


 赤くなった顔を見られたくないのか、ユミナは誤魔化すように急にレイスに抱きついた。


「ユ、ユミナさん!?」

「えへへ、褒めてくれたお礼だよ。じゃあ、次は学校で会おうね」


 それだけ言うと、ユミナは待っていた家族のもとへ走っていった。その後ろ姿をただ呆然と見送り、慌てて我に返る。幸い、まだアインハルトは来ていないようだ。


(見られていたら、危なかったですよね。でも、僕に疚しい気持ちがあったわけではないですし……だからと言ってまったく無罪放免になるとは思いませんが……)

「レイスさん?」

「は、はいっ!」


 いきなり声をかけられ、文字通り飛び上がりそうになる。


「そんなに驚かなくても……」

「ア、アインハルトさん」


 声の主がアインハルトだからこそ驚いてしまったのだが、流石にそうは言えない。苦笑いしていると、アインハルトはあっという間にむすっとした表情になってしまった。


「まさかとは思いますが、他の女性に目移りしていたから驚いた……なんてことはありませんよね?」

「も、もちろんです。ただ、緊張していて……」

「それならばいいのですが」


 どうやら機嫌を損ねずに済んだようだ。そこでようやく、アインハルトが水着姿であることに思考が追いつく。合宿の時に着ていたものと同じ、ビキニだが、レイスには刺激が強いのか顔が赤らんでいく。


「あ、あまり見られると恥ずかしいのですが」

「す、すみません。魅力的だったので、つい……」

「そ、そうですか」

「は、はい」


 互いに真っ赤になってしまい、思わず立ち尽くしてしまう。しかし───


「あれ、アインハルトさん?」

「え?」


 ───2人の聞き親しんだ声に振り返ると、そこにはヴィヴィオの姿が。いや、彼女だけではない。その後ろにはリオとコロナ、それにルーテシアもいる。


「ど、どうして皆さんが……?」

「昨日、ルールーに誘われたことは話しましたよね?」

「えぇ。まさか、その行き先が……」

「はい、ここだったんです」


 まさかデート先で出くわすとは誰が想像できただろうか。しかもその現場を親しい友人に目撃される破目になろうとは。ヴィヴィオ達の生暖かい視線に、アインハルトは顔を真っ赤にしていく。


「私らはお邪魔みたいだし、早く行きましょうか」

「ですね」


 ニヤニヤと笑みを絶やさないルーテシアの言葉に苦笑い気味のコロナが賛同し、4人はさっさと行ってしまった。


「えっと……とりあえず、僕らも行きましょう」

「そうですね」


 その後しばらくは2人で遊んでいたものの、ルーテシアの視線に耐えきれず、結局合流して遊ぶことになったのは言うまでもない。





◆◇◆◇◆





 ミッドチルダの首都、クラナガンからだいぶ離れた郊外に佇む灰色の重苦しい建物。各所にあるこれまた重たい扉を開けて、制服に身を包んだ職員とその後ろを歩く青年が出てきた。


(…眩しい)


 もうすぐ昼時と言うこともあり、太陽光はだいぶ強い。目をすがめる余裕はないのに、思わず足を止めてしまった。しかし職員は気にする様子もなく待ってくれた。


「……すみません」

「行くぞ」


 謝罪し、職員の言う通り歩き出す。そして施設の玄関とおぼしき場所まで来ると、青年だけ外に出した。


「2度と来るなよ」

「あぁ、必ず」


 一礼し、踵を返して歩いていく青年を見送り、職員はようやくと言った様子で深い溜め息を零す。


「あれが噂の変わり種ですか」


 そんな職員に、玄関で受付係を担当している男性が身を乗り出して問うた。


「模範囚だったんですよね?」

「あぁ。反省もしているから予定より早く刑期を終えられるはずだったんだが、当人がそれを拒んでな」

「普通はこんなところ、早く出たいでしょうに……」


 2人が振り返った件の建物は、拘置所だ。詐欺や窃盗など軽犯罪にのみ使われているここは、確かに他の犯罪者との確執やトラブルは少ない。それでもここを早く出られるにこしたことはないのだが、先程の青年はそれを拒み刑期として言い渡された年数をずっとここで過ごしていた。


「まぁ、戻って来ないことを祈るか」


 一方、拘置所を出ていった青年は程なくして迎えの車を見つける。


「久しぶりだな」

「ディアスか。確かに久しぶりだ」


 車の運転席から下りてきたディアスに、青年は淡々とした様子を崩さない。しかしそれを見てもまったく気にしていないようで、後部座席を指差す。


「聖王教会に直行していいのか?」

「あぁ、頼む」

「騎士カリムもさぞ待ち焦がれているだろうさ」

「流石にそれはないだろ。俺は犯罪者だぞ」

「…本当に相変わらずだな、ヴィレイサー」

「うるさい」


 溜め息まじりに言いながら、青年──ヴィレイサー・セウリオンは冷淡に返した。










◆──────────◆

:あとがき
まさかのヴィレイサー登場!
そしてレイスとアインハルトもイチャイチャすると言う、大きく進展しました。

すみません、冗談です。別に進展はしていないですね。

アインハルトのことは大好きですが、自分のことを大事に想ってくれるユミナに対しての態度は変わらないですね。
それがアインハルトをやきもきさせるのですが、そんな一面もきっと好きなのではないかなと思ったり。

お互いに相手に夢中ですからね。

そしてヴィレイサーが何故出所と言う形になったのか。
それは追々、描いていけたらと思います。

では、また次回。






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