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小説
みんなでお花見








「お花見、ですか?」

《はい♪》


 顔写真が移された複数の通信画面の1つから提案されたお花見と言うものに、アインハルトはストレッチをしながら聞き返した。返事をしたヴィヴィオの声は今から楽しみにしている気持ちがにじんでいる。


《なのはママの故郷に、この時期に咲く綺麗な花があるんですけど、それをみんなで鑑賞するんです》

《私もコロナも、写真でしか見たことがないんですけど、とっても綺麗でしたよ》

《アインハルトさんも是非》

「そうですね。コーチからも、休むよう言われていましたし」


 次の大きな試合までは、まだまだ時間がある。特訓も大事だがたまの休みなら構わないだろう。


「あの、ユミナさんとレイスさんを誘ってもいいですか?」

《もちろんですよ♪》

《みんなで楽しみましょう!》


 3人の快い承諾をもらったところで、アインハルトは早速レイスとユミナに通信を試みる。だが、出たのはユミナだけだった。まだ寝るような時間ではないが、一人暮らしをしているレイスのことだ。家事で忙しいのかもしれない。


《やっほー。どうしたの?》

「実は、ヴィヴィオさん達からお花見に誘われまして……ユミナさんも、ご一緒できないかなと」

《いいの?》

「もちろんです」

《それじゃあ、お言葉に甘えようかな。レイスくんには?》

「通信してみたのですが、今は忙しいみたいで」

《そっか。詳細が決まっているなら、メールで伝えておいた方がいいかもね》

「そうですね」


 ユミナが率先して伝えてくれる可能性もあるが、自分からもメールしたい気持ちがある。かと言って、自分が全てやっておくとは言えなかった。


「そういえば、出掛ける前にみんなでお弁当を作る予定だそうです」

《お弁当かぁ……レイスくん、家事得意なんだよね》

「そう、ですね」


 つまるところ、自分たちが女子力とやらを発揮しても意味がないと言うことだ。レイスに少しでもアピールしたい2人からすれば、複雑な心境だろう。


「でも、手伝うぐらいならできますから」

《だね》


 果たしてレイスが手伝いを了承してくれるのか、些か疑問だがこの際気にしないことにした。





◆◇◆◇◆





 数日後───。

 アインハルトは予てより約束していた通り、1度レイスと合流してからヴィヴィオの家に向かうため、まずはレイスの家に来た。きっとユミナかコロナのどちらか、或いはその両名がいると予想していたアインハルトは、家に上げてもらったところで驚かされる。


「……久しぶり」

「クロ!? どうしてここに……」

「あれ? ルーテシアさんから聞いていないんですか?」


 アインハルトの表情を見て、レイスは不思議そうに首を傾げる。


「そういえば……サプライズゲストがいると」

「え、それだけだったんですか。流石にそれは……」


 ファビアはルーテシアがコーディネートしたのか、以前見た、魔女を思わせるローブは着ていなかった。


「ルーテシアさんのお下がりですか?」

「違う」


 アインハルトの問いにふるふると首を振って否定したものの、それ以上は口をつぐんでしまって誰から服を提供されたのか分からない。


「八神さんから頂いたそうですよ。末っ子のアギトさんとリインフォースさんがプレゼントするって」

「そ、そうなのですか」


 レイスにはそこまで話しているのかと思ったが、彼も先程ルーテシアから聞かされたとのことだった。


「クロ、これからヴィヴィオさんの家に行って、合流してからお花見をするそうです」

「………………」


 ヴィヴィオの名前を出した瞬間、ファビアは明らかに困った顔になった。ヴィヴィオやリオ、コロナ、そしてユミナからのスキンシップに苦手意識があるのだろう。だが、過度でもなければ節度もある。その内慣れるに違いない。


「ユミナさんは……ここに?」

「えぇ。そろそろ来ると思います」


 その言葉に応えるように、呼び鈴が響いた。レイスが開いた扉の向こうから、ユミナの声が聞こえてくる。


「アインハルトさん、こんにちは」

「こんにちは、ユミナさん」


 軽く会釈したユミナは、しかしファビアの姿を見て目を見開く。


「も、もしかして、ファビア・クロゼルグ選手!?」


 その指摘にびくっと身体を震わせ、慌ててレイスの背中に隠れた。


「知り合いだったんだ。いいなぁ〜」

「ファビアさん、隠れなくて大丈夫ですから」

「でも……」

「ファビア選手の魔法、独特だったからよく覚えているよ。私、見る専門なんだけど、よかったらサインして欲しいなぁ」

「レイス、助けて」


 じーっと見詰められて困惑するファビアだが、嫌がっている様子は見受けられないので彼女の希望は丁重にお断りした。


「ん〜、私服姿も可愛い」

「あぅ」


 元々小柄なせいか、ユミナにぎゅっと抱き締められてしまうファビア。どうしていいか分からずにいるが、アインハルトからすれば見てて和むばかりだ。しかし、ふとファビアの言動を思い返す。先程からレイスにばかり助けを求めているように見えるのは、気のせいではない──かもしれない。


(いえ、私が過敏になっているだけかも)


 そう結論づけるアインハルトに、ファビアを解放したユミナが苦笑い気味に耳打ちした。


「もしかして、ライバルだったりするのかな?」

「やはり、ユミナさんもそう思いますか?」

「なんとなく、だけどね」


 溜め息まじりに肩を竦めるユミナを見て、アインハルトもつられて溜め息をついた。何故こうもライバルが多いのか、却って疑問だ。もっとも、それはレイスが1番不思議に思うことだが。


「それじゃあ、ヴィヴィオさんの家に行きましょうか」

「そうだね」


 女性陣を先に行かせて、レイスは玄関を施錠してから後に続く。しかし少し浮かない表情だ。


《どうかなさいましたか?》

「え?」


 最初に気付いたのは愛機のペイルライダーだった。付き合いが長いだけあり、どんな機微も見逃さない。


「今更ですが、肩身が狭いなぁと」

《今までも、皆様の特訓の際にはその想いはされてきましたから、そろそろ慣れた方がよろしいかと》

「慣れるものなんですかね?」

《私には判断しかねます。ですが、少なくともこの状況を嫌に感じていないはずです》


 ペイルライダーの言う通り、今ある状況に嫌気を感じたりはしていない。とは言え、まったく気にせずに喜べるものでもないが。


「レイスくん、そんなにのんびりしていると置いて行っちゃうよー」

「ヴィヴィオさん達が待っていますから」

「……速く」


 各々からの言葉に苦笑いしつつ、レイスは足早に歩き出し、傍に並んだ。





◆◇◆◇◆





「それじゃあ揚げ物はレイスとフェイトちゃんに任せて、私たちはそれ以外を作ろうか」

「おーっ!」

「でも、2人だけで大丈夫かな?」

「レイスは料理上手だって言うし、フェイトちゃんとも一緒だから大丈夫だよ。こっちで手が空いたら、誰か回すし」

「じゃあ、それで」


 大人数のせいでキッチンは少し狭いが、楽しそうな会話が始まる。


「そういえば……クロ、今日は他の悪魔は一緒じゃないんですか?」

「……一緒だけど、今は具現させていない。自分だけでも、色々頑張るようにって言われたから」

「ユミナさん、手際いいですね」

「そうかな? まぁ資格とか取る時に親に頼み込んだからね。料理も、お手伝い程度だけどいくらかやったんだ」

「ほほう。ヴィヴィオもこれからは積極的に手伝ってくれるかな?」

「えっ!? えっと、その……」

「冗談だよ。今はやりたいことを目一杯やりながら、できる時にちょっとだけしてくれればいいから」

「もーっ! なのはママのは冗談に聞こえないんだってば!」

「あはは、向こうは賑やかだね」

「フェイトさんは、本当にこちらでいいんですか?」

「え?」


 一方のレイスとフェイトは、なのは達とは対照的に黙々と作業を進めていく。もとから物静かな性格もあってか、多少の会話はあってもそれが長く続くことはあまりなかった。


「羨ましそうに見えましたから」

「そ、そう? あ、別にレイスとの作業が嫌なわけじゃないからね?」

「もちろん、分かっています。でも、レシピを置いておいてもらえれば、あとは僕だけで引き受けますよ?」


 相変わらず誰かに頼るのが苦手なようだ。フェイトは苦笑いし、「ありがとう」と言う。


「でも、レイスだけにやらせたりしないよ。それに、そんなことをしたら私がみんなに怒られちゃうから」

「分かりました。でも、気になるのなら僕に遠慮はいりませんよ?」

「遠慮じゃなくて、今はレイスと一緒に居たいから」

「……あまり、そういうことは言わない方が」

「え?」

「誤解を招いては、何があるか分かりませんから」

「誤解?」


 フェイトは自分の発言を顧みるが、彼の言うような誤解を招きそうなことを言った記憶はまったくない。聞き返そうと思ったが、レイスは調理にいそしんでいるため、また後にすることに。


「レイスさん」

「コロナさん。もう終わったんですか?」

「いえ、そうじゃないんですけど、向こうは事足りているようなので」

「そうでしたか。では……フェイトさん、彼女を見てもらっていいですか?」

「うん。コロナ、包丁は使ったことある?」

「はい、平気です」


 フェイトから包丁を受け取り、レイスの隣で少しずつ野菜を切っていく。それを横目に眺めていた時、レイスはあることに気付いた。


「髪飾り、今日に合わせたんですか?」

「え? はい、そうなんです。へ、変ですか?」

「まさか。よく似合っていますよ」

「ありがとうございます♪」

「そうだ。コロナさん、味見をお願いしてもいいですか?」

「はい。じゃあ、手を洗って……」

「そのままで大丈夫ですよ」


 言って、レイスは冷ましておいた唐揚げを箸で摘まんで差し出す。


「は、はい」


 コロナもまさか、意中のレイスに食べさせてもらうことになるとは思わなかったのか、顔を赤らめながらも唐揚げを食した。


「美味しいです」

「良かったです。気に入って頂けて」

「……レイスの方がよっぽど誤解を招きそうだよ」


 2人のやり取りを隣で見ているしかなかったフェイトは、苦笑いしながら呟くしかなかった。





◆◇◆◇◆





 完成したお弁当を手に、ヴィヴィオたちは地球へ向かう。予め場所を取っておけるサイトで予約したお陰か、多少の混雑でも問題なかった。


「わぁ」

「綺麗」


 大きな桜の木が等間隔に並んでおり、みんなが息を呑む。早速、写真を撮ったり風に舞う花びらを追いかけたりとはしゃぐヴィヴィオ達。それに対し、アインハルトを始めとする年長組ただただ感嘆としていた。


「とても、綺麗ですね」

「えぇ」


 ぼんやりと眺めた後、ふと隣に立つレイスに視線を向ける。するとちょうど、彼もアインハルトの方に視線を向けたところだった。たまたま偶然重なっただけなのに、妙に照れてしまう。慌てて目を逸らすが、レイスはそっとその頭に触れた。


「花びら、ついていましたよ」

「あ、ありがとうございます」


 どうして触れられたのか分からずにいたが、どうやらぼーっとし過ぎたようだ。余計に恥ずかしくなってきた。


「レイスくん、一緒に写真撮ってもいい?」

「もちろんですよ」


 ユミナがデバイスを取り出し、レイスの隣に並ぶと肩を組んで寄り添って写真におさめる。そんな彼女の積極性を羨んでいると、視線に気がついたのかユミナが手招きする。


「アインハルトさんも撮ろうよ」

「は、はい」


 レイスのことを好きでいるのは自分だけではないが、みんながみんな、誰かを除け者にしようなどと不毛なことは考えない。3人で写真を撮った後は、アインハルトとレイスの二人きりで撮影する。


「クロ、貴女も」

「……うん」


 アインハルトに呼ばれて駆け寄るファビア。そこへヴィヴィオ達も走ってきて、賑やかになる。


「私たちとも写真撮って〜」

「う、うん」



 戸惑いながらも頷き返し、ファビアはみんなと並ぶ。なのはとフェイトはその間にお弁当を広げ、いつでも食べられるように準備していった。


「レイスさん、あっちにも行ってみましょう」


 コロナに手を引かれ、近くの湖畔まで歩いていく。風によって落ちた花びらがぷかぷかと浮いており、中々に綺麗だ。


「ここまで温かいと、湖に入ったら気持ち良さそうですね」

「うぅ、タオルを持ってくれば良かったです……」

「誰か持ってきていないんですか?」

「今日は羽休めも兼ねていますからね」


 苦笑いするコロナの言う通り、あくまで休みを兼ねているのだからそこまで念入りに準備してきている者はいないだろう。


「服も濡れたら大変ですし」

「それもそうですね」

「コロナー、レイスさーん、なのはママがお昼にしましょうって」

「うん」

「今、行きます」


 ヴィヴィオに返事をして、レイスはコロナに手を差し出した。少し傾斜のついた坂だからだろう。その手にはそれ以上の意味も、それ以下の意味もない。それでもコロナは、嬉しそうにその手を握り返した。


「それじゃあ、いただきます」

「「「いただきま〜す♪」」」


 手を合わせるなのはに倣い、全員が同じように挨拶をする。数多くのおむすびに、定番の唐揚げや卵焼きなど、バリエーションに富んだお弁当だ。各々が好きな物を取っていく中、レイスが卵焼きに箸を伸ばす。


「あ、卵焼きはユミナちゃんが作ったんだよ」

「そうなんですか?」

「う、うん。なのはさんみたいに形はよくないけど」


 確かになのはのものを見るとよくないかもしれないが、それは慣れもあるだろう。崩れているわけでもなく、多少乱れがあるぐらいだ。


「僕もいつもこんな形ですよ」

「ユミナちゃん、手際良かったよね。将来いいお嫁さんになるよ」

「ええっ!?」

「レイス、今の内に候補になっておいたら」

「そんな困らせることしませんよ」


 なのはの言葉にレイスは溜め息を零す。その答えを聞いて、なのははフェイトと顔を見合わせて肩を竦める。女心に鈍いと聞いていたが、ここまでとは思わず頭を抱えそうになる。


「うん、美味しいです」

「そ、それなら良かった」

「なのはさんの言うように、いい花嫁になると思いますよ」

「も、もうっ! からかわないでよぉ」


 顔から火が出るほど恥ずかしいが、褒められたので悪い気はしない。


「レイス」

「はい?」

「私はこれを作った」


 そう言ってファビアが差し出したのは、コールスローサラダだ。一口食するが、味付けもちょうどよく感じる。


「美味しいですよ」

「……頑張った」

「え? えぇ」

「……だから」

「【だから】……えっと?」


 どうされたいのか分からず苦笑いすると、ずいっと頭を突き出した。そこでようやく合点がいき、優しく撫でる。


「よく頑張りました」

「うん」


 満足なのか、撫でてもらったファビアは普段よりも少し柔らかな表情になったように見える。

 やがてたわいない話を進めていく内に、お昼ご飯も食べ終わり、各々が自由に時間を過ごしていく。レイスはのんびりと桜を見ており、活発なヴィヴィオ達に時たま視線をうつす。


「レイスさん」

「アインハルトさん。この陽気は、心地好いですね」

「えぇ。恥ずかしながら、眠気が……」

「少し横になっては如何ですか?」

「いえ。桜を見ていたい気もありますから」


 苦笑いするが、やはり眠気には勝てないのか少しうつらうつらしている。


「アインハルトさん、寝そべって桜を眺めれば、少しは気も楽になるんじゃないでしょうか?」

「なるほど」


 言われた通りにシートの上に寝転がり、桜を見上げる。目を奪われる美しさだが、しばらく眺めていると次第に瞼が重たくなってくる。


「アインハルトさん、よかったらどうぞ」


 そう言って、レイスはアインハルトに膝を貸す。つまり膝枕をしてくれると言うことだ。ヴィヴィオ達は今遊んでいるが、いつ戻ってくるか分からない。膝枕をさせてもらっていると知られたら、中々に恥ずかしいものがある。


「い、いえ。私は大丈夫で───」

「気にしなくても、誰も変に思いますよ」


 正論を返され、アインハルトは何も言えなくなってしまう。しばらく葛藤していたが、やがて───


「では、失礼します」


 ───ゆっくりとレイスの膝辺りに自分の頭を預けた。

 陽気と人肌の心地好さから、アインハルトはあっという間に眠ってしまう。その光景を、ヴィヴィオ達によって密かに撮影されてしまうとは思いもよらずに。








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