バレンタインデーと言えば、好きな異性にチョコレートを贈る日としてすっかり定着しているが、それは国によって様変わりしている。男性が女性にチョコレートを贈る国もあれば、贈り物がチョコレートではなく花と言う国もある。そんな中、ミッドチルダはと言うと、日本と同様に女性が男性にチョコレートを贈るものとして定着していた。故に街はすっかりその雰囲気に呑まれており、念入りに雑誌に目を通す女性──フェイト・テスタロッサ・ハラオウンも例外ではなかった。
「うーん……」
唯一の違いと言えば、楽しそうな喧騒とは程遠い思案顔なところか。彼女は雑誌をめくっては頭を抱え、まとまらぬ考えに四苦八苦していた。
「どうしよう、全然決まらない」
自分も例年のように恋人たる青年にチョコレートを──そう思ったものの、ある事情からそれが難しい窮地に立たされていた。
「フェイトちゃん、まだ悩んでいるの?」
「なのは」
親友の呻き声を聞き付けたのか、ホットミルクを目の前に差し出しながら休憩を促すなのは。彼女も同じ悩みに直面すると思っていただけに、この冷静な姿勢が羨ましい。
「例年通りでいいと思うんだけど」
「ダメ! そんなことしたら、ノアに負けちゃうよ」
「にゃはは……そこまで必死なんだ」
「なのはだって、状況で言えば私と同じでしょ? 何でそんなに冷静なの?」
「そう言われても……だって、騒いでもしょうがないし」
「まぁ、そうなんだけど……」
フェイトもなのはも、苦難の多い恋をしている。と言うのも、それぞれの恋人には彼女ら以外にも懇意にしている女性がいるのだ。フェイトが付き合っている男性、ヴィレイサーにはノアとギンガが。そしてなのはの恋人、クロスにはスバルとティアナが。
2人ともモテるだけに付き合うまでの駆け引きはかなり大変だった。そして長い膠着状態から脱するべく、全員が恋人になることで一応の決着がついた。フェイトも最初はそれでいいと思っていたのだが、いざこの状況になると中々やきもきする毎日になってしまったのだ。特にノアは、ちょっとした騒動を起こしたりからかったりするのが好きな性格で、フェイトはいつもそれに振り回されていた。
「なんとかノアたちとは一味違うチョコレートにしたいなぁ」
「んー……じゃあ、これなんてどうかな?」
「うん?」
なのはが見せてくれたチラシには、高級そうなブランデーが描かれていた。だがそのブランデーはミッドチルダでも3本しかないのだとか。
「お金持ちの人が、これを手放すらしいんだけど、色んな場所に隠したらしいんだ。それを見つけて、手にした人の物にするんだって」
「へぇ」
誰でもエントリーすることができ、入手した後はそれをどうするかは自由らしい。つまり、分けることもできるし、同意さえあれば奪い合いもできると言うことだ。
「なのはは参加するの?」
「もちろんだよ」
出来れば親友の邪魔にならないことを祈りつつ、フェイトもエントリーの申請を進めるのだった。
◆◇◆◇◆
同刻───。
件のクロスとヴィレイサーは無限書庫で書物の整理に追われていた。
「そういえば……そろそろバレンタインデーですけど、今年はどんなチョコレートになるんでしょうね?」
「さぁな」
クロスは多少なりとも気になるようだが、ヴィレイサーはなんとも素っ気ない態度だ。元からの性格もあるようだが、またノアに振り回される予感があるのだろう。
「とりあえず今年こそはノアに落ち着いてもらいたいもんだ」
「あはは。毎年……いや、毎日すみません」
「俺よりフェイトに言ってやってくれ。あいつが1番振り回されているだろうからな」
そしてその愚痴が同じくらい振り回されたヴィレイサーに全部渡るのだから中々辛いものがあるのは内緒だ。
「でも、それだけヴィレイサーさんのことが好きだってことですから」
そう言われては何も言い返せない。本来であればノアから直接聞きたいところだが、彼女ならばその希望も見抜いてちゃんと言ってくれることだろう。
「とにかく、何もないのが1番だ。特に俺の方は、な」
「それが出来れば、苦労しませんけどね」
「言うなよ……」
ヴィレイサーとて、自分の願いがなんともむなしいことは承知の上だった。
◆◇◆◇◆
バレンタインデー前日───。
「うわぁ、流石に大盛況だね」
「参加するだけで高級なお菓子がもらえるからね」
フェイトはなのはと一緒に、例のブランデーを手に入れるべく、会場に来ていた。そのイベントは盛況らしく、中々の混み具合だ。
「なのはさ〜ん」
「あ、ティアナ」
聞き親しんだ声に振り返ると、そこにはティアナ──だけでなく、ノアの姿もあった。それを目にした瞬間、フェイトは思わず硬直してしまう。
「ど、どうして……?」
「ふっふっふっ、相変わらず甘いですね。この私が気がついていなかったと思ったんですか?」
渾身のドヤ顔を見せるノアに、隣にいたティアナは溜め息を零す。
「あたしが教えたからでしょう……」
「しーっ! それは言っちゃダメだって!」
慌てるノアだったが、フェイトとなのはが苦笑いしていることに気付き、咳払いして誤魔化す。
「と、とにかく……今日はフェイトちゃんに果たし状を持ってきたよ」
「果たし状?」
「なにせ、ブランデーの1本はもう場所が分かっているからね〜」
「えぇっ!?」
「本当なの?」
「もちろん。言っておくけど、不正はしていないからね」
えへんと胸を張るノアに、残された3人は顔を見合わせる。彼女の話が本当ならば、3本の内の1本は最早ノアのもので確定だ。ただでさえ参加者が多い中で、残っているのは2本だけと言うのはあまりにも厄介だ。
「でもこのままじゃ面白くないから……ブランデーをかけて勝負しようよ」
「勝負って……」
「もちろん。魔法戦で」
ノアとフェイトの実力は五分五分と言ったところだ。多種多様な魔法を使いこなすノアは手数で圧倒的に有利と言える。しかしフェイトはその追随を赦さないほどのスピードがある。どう考えても長引くに違いない。それにこのことがヴィレイサーに知られれば、怒られるのは必至だ。
「蹴ってもいいけど、ブランデー見つけられるかな〜?」
安っぽい挑発だ。しかし───
「いいよ。戦おう」
───フェイトはあっさりと乗ってしまった。
2人はブランデー探しのゲームが開始されてすぐに、見当をつけた場所まで全力で走っていく。そして街のシンボルとされている大樹の根本に、それはあった。
「本当に、あった」
「むぅ、信じていなかったの?」
「そうじゃないけど、裏をかいてくるかなぁと」
「こういう時だけは真剣なの」
「こういう時だけって認めるんだ……」
呆れそうになるが、これもまたノアらしい一面だ。でかかった溜め息を口にしないよう呑み込み、デバイスを取り出す。
「それじゃあ……」
「うん、始めようか」
丁寧に包装されたブランデーを邪魔にならない場所に置き、結界を展開するノア。それが落ち着いたところで、互いにバリアジャケットを展開する。どちらも最初からやる気がみなぎっているようで、じっと対峙する。
「行くよ、ノア!」
「負けないからね、フェイトちゃん!」
同時に走り出し、デバイスをぶつけ合う。力の拮抗を示すように周囲の空気が乱れ、震える。鍔迫り合いを繰り返しながら、ノアもフェイトも周辺を魔力弾で囲んでいく。
「はっ!」
先に動いたのは、ノアだった。生成した魔力弾を放ち、少しでもフェイトの動きを制限しようとする──と言うのは嘘だ。生成した魔力弾の数はほぼ同じ。となれば、まずは相殺するのが定石だろう。しかもスピードの速いフェイトを捉えようにも、相殺されては数が足りなくなる。ならば───
(広域魔法で殲滅する!)
───発動までに時間がかかるが、生成していたのは魔力弾だけではない。
「今!」
バチバチと音を立てて、電が巻き起こる。フェイトがはっと気付いた時には、もう発動する寸前だった。それでも、フェイトはさらに加速してそれをかわしてしまう。魔法が発動したばかりの隙を狙い、刃を閃かせる。斬りかかるフェイトに対し、ノアはシールドを展開して迎え撃つ。
斬撃をことごとく防ぎ、或いはかわしていくノアと、ひたすらに、小さくとも一瞬の隙も見逃さないフェイト。だが、そこに楽しいと言う感情はあまりわいてこない。なにせ、負ければかのブランデーを独り占めされるのだ。当然と言えよう。そんな2人の戦いは長らくかかりそうだった──が、唐突に終わりを迎えることとなる。
《Photon lancer.》
フェイトが数多のフォトンランサーを放つも、ノアはひらりとかわし、或いは弾いていく。そして反撃にうつろうとした瞬間、パリンッと奇妙な音が響いた。
「え?」
「パリン?」
嫌な予感が2人の間をよぎり、自然と動きが止まる。そして音のした方に目を向け、同時に顔を真っ青にする。
「あっ……ああああぁぁぁっ!?」
「ブランデーが!」
あろうことか、ブランデーの瓶が粉々に砕け散ってしまったのだ。へなへなとその場にへたり込むフェイト。ノアもさぞショックだったのか、じっとフェイトを睨む。
「フェイトちゃん、どこを狙っているんですか!?」
「わ、私のせい!?」
ノアだって、自分に非があれば素直に認める。だが今回ばかりはそれなりにショックのようで、いくらか錯乱しているように見える。
「フェイトちゃんがちゃんと攻撃をすれば……」
「そ、そんな……ノアだって、相殺せずに弾いたりするから!」
「なっ!? それは、あんなに数が多いのがいけないんです!」
なんとも不毛な言い争いは、小一時間は続いたとか。
その後、2人の動向を気にしていたギンガに事情を話したところ、彼女が確保した分をわけてもらうことで事なきを得た。
◆◇◆◇◆
「ごめんね、ギンガ」
「いえいえ。私だけじゃ消費しきれなかったので、寧ろお役にたって良かったです」
バレンタインデー当日───。
フェイトは改めてギンガに謝辞を述べていた。幸い、ギンガは嫌な顔などせず快く協力してくれた。その寛容な姿勢は見習うべきところなのだが、自分にはまだまだ遠そうな気がした。
「あれ? ノアは?」
「また先に行っちゃったんじゃないですか?」
チョコレートを渡すのに、順番などもちろん存在しない。それでも彼女はいつも待ってくれているだけに、この場にいないのは少しばかり奇妙に思えた。気になって先程までいたであろうキッチンを覗いた時、強いお酒の香りが漂ってきた。
「も、もしかして……」
その香りを嗅いだ瞬間、フェイトとギンガは顔を見合わせる。以前、ノアが「相手を必ず酔わせられる」と銘打たれたお酒を買ってきたことがあるのだが、それをヴィレイサーに飲ませて酔わせたところ、とんでもない事態になってしまったのだ。一言でいうならば、組み敷かれたのだ。それも、性的な意味で。
ちなみにヴィレイサーは酔ったことをまったく覚えておらず、翌日頭痛からずっと寝込んでいた。その時はとにかく色々な意味で大変だったため、もうこれっきりにしようと約束したのだが、この香りがしていると言うことは、チョコレートに混ぜたか、或いはお供として提供している可能性が高い。
「流石に、止めた方がいいよね?」
「ですね」
慌ててリビングに向かった2人だったが、その時には既にノアがヴィレイサーにお酒を振る舞っていた。だが、今回は飲ませる量が誤っていたお蔭なのか、悪酔いしてしまったようで、終始フェイトの膝の上で眠るだけに落ち着く。そして主犯のノアはと言うと、事情を聞いたクロスとギンガからたっぷりお説教を食らわされるのであった。
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:あとがき
ここ最近、どうにも執筆が駆け足になり気味でして……今回もヴィレイサーの出番は無限書庫でクロスくんと話しただけに終わりました(ぉぃ)
ヴィレイサーは悪酔いすると押し倒してしまうと言うのはこの話を書いている時に閃いたものだったりします。
これが他の話で活かされるのかは分かりませんけど(白目)
次回はまたvividの二次創作に戻ります。
では。
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