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小説
Episode 51 この身は彼女のために










 薄暗くなり始めた空を見上げ、シグルドは被っていたフードから顔を覗かせる。ジークリンデと同様に黒い髪は、襟首辺りで一条に束ねられていた。顔は既に大人びていて、あどけなさのある彼女とは違うものの、どこかしら既視感を感じさせるものがある。


(インターミドルが始まったせいか、随分と声がかかるな)


 ジークリンデに似ているのではないかと言う声はもちろんのこと、フードを被ることもあるので職務質問も何度かあった。家を勘当されてしまったシグルドだが、祖父が助力をしてくれていることもあって連行されることもないが。


(さて、どうしたものか)


 祖父からは薬の出処を探るよう言われたが、今は管理局に任せてしまったために勝手に動くことはできない。なにより薬の1件は大きな話題もあって監視の目が随分と広まったはずだ。そこまで急く必要はないだろう。

 また何処かへとふらふらと適当に旅をしようと思ったが、インターミドルで妹とヴィクトーリアの試合を観戦したいのでミッドチルダに居座っている。ともあれ、毎日修行は欠かせない。今日もリベリオンが考えてくれたメニューをこなしたのだが、愛機は疲労を心配してかあまり過度なものは提案してこない。別に不服ではないし、考えてくれているのはありがたい──はずだ。


(ふむ……ラーディッシュと相対してからと言うもの、強敵と手合わせする機会がないせいか手持無沙汰に思えてならぬ)


 また一走りしようか──そう思っていたシグルドだったが、ふとその足を止める。人の気配だ。それも、殺気が籠められている。振り返るが、次第に広がり始めた闇に目が慣れていないこともあって誰も見かけられない。

 一先ず人気の少ない場所に向かおうと足を速める。気配は一瞬だけ遠ざかるが、すぐにシグルドの歩調に合わせて追いかけてきた。


(俺を狙っているのか)


 人気の少ない場所をリベリオンに探し出してもらい、ルートを頭に叩き込む。そして空地に到着すると、相手もこの場なら大丈夫と判断したのか、身を隠していた何者かが襲撃してきた。

 暗灰色の服に身を包んだ相手は、魔法陣の描かれた手袋を嵌めた手でシグルドの腕を掴もうとする。咄嗟に身を捻って躱したシグルドだったが、相手はそのまま木へと迫り、両足をついて幹に着地するとそこから跳躍してまた狙ってきた。


(際限ないな)


 それも躱すが、今度は壁に足をついて同じようにまた飛び掛かってくる。それを繰り返しながら、次第に速度を増していく。何れ掴まれるだろうが、その前に叩けばいいだけのことだ。


「ケットゥ」


 じゃらじゃらと音を立てて、地面から捕獲用の鎖を具現させる。それが腕に絡まり、相手はそれ以上の進攻を阻まれる。


「くひっ!」


 声色からして男だろうか。彼は不気味な笑みを浮かべ、空いている手で鎖を掴むとあっさりと引きちぎった。


(……ほう)


 シグルドは確かにバインド系の魔法は得意ではない。それでもそう簡単に引きちぎられるような軟な生成はしないのだが、それをこうも簡単に打ち破ると言うのは意外だった。


「…クアイル!」


 ぺろりと舌なめずりしたかと思うと、足元に平行四辺形の魔法陣が浮かび上がった。


(なっ!?)


 その魔法陣には見覚えがある。分家のイザヤが考え出した、身体強化に特化したカイゼル式の魔法に使われる陣だ。カイゼル式を使えるのは、当然ながらイザヤの人間と、そしてジークリンデに手出ししないことを約束し、被験者として魔法の実践に参加した自分だけ。だが、見たところ彼はイザヤの人間ではない。それがどうして───。


(考えている暇はない、か)


 クアイルは足を徹底強化する魔法だ。ケットゥで捕獲するのは難しくなるだろう。シグルドが前面に両手を出して防御の構えを取った刹那、男の姿が消えた。


「遅い!」


 それでも、修練を積んできたシグルドからすればまだまだ遅い。背後に回り込んだことに気が付き、どこかを掴もうと出された両手を蹴って弾くと、がら空きになった胴に正拳を叩き込む。


(こいつ……!?)


 しかし男はダメージを受けたにも拘らず怯む様子もなく、突き出した正拳を両手で掴んで笑った。


「ゼードルッケン!」


 掴まれた場所を押し潰そうと、高密度の魔力が流し込まれてくる。手袋にあらかじめ魔法陣を書いておくことで、ある程度の過程を速めているのだろう。


「チッ!」


 すぐさま左腕で片腕だけでも外させる。だが、右腕はだいぶダメージを受けてしまった。そのままにしていても痛みが走る。リベリオンに頼んで止血はしてもらうが、ちゃんと治療しないとまずい。


(右腕は使えんか。なにより、こいつ……痛覚が壊れているようだな)


 カイゼル式魔法はその恩恵が凄まじい分、反動も大きい。元々はエレミアが見出した魔法なのだが、反動の大きさに加えて絶大な力を齎すそれを恩恵ではなく呪いと判断した祖先によって伝えられないよう口伝も書物に残すことも禁じられたはずだ。だが、記憶を継承する体質だけはどうすることもできず、曖昧になったその情報から術式が組み直されことに。

 しかし、それは不完全な状態で組まれており、なんらかの影響が術者に出てしまうのを避けられなかった。被験者のシグルドもそれに漏れず、感情の起伏がないに等しいものになってしまっている。

 未だに不気味に笑う男を前に、しかしシグルドは冷静だった。片手が使えなくなった程度では諦める要素になりえないから。


(両足でのしてしまえば問題なかろう)


 シグルドの足元にも、同じように平行四辺形の魔法陣が浮かび上がる。カイゼル式の魔法だが、使うことにはなんの躊躇いもない。代償のせいで躊躇うなんて考えも抱かなくなったから。


「…クアイル」


 男と同様に足を強化する魔法を使う。だが、彼とは大きな修練の差がある。一歩踏み出した瞬間、男はシグルドの姿を見失った。男が気配を察する前に背後に回り込んだシグルドは回し蹴りで男を吹っ飛ばし、その身体がフェンスにぶつかる前に前面に回り込むと足を突き出してそこへ男をぶつけさせた。成す術もなくぶつかった男の腹に足がめり込む。


「がっはっ……!?」


 まだ意識があると判断するとそこから更に真上へ蹴り上げ、ぐっと跳躍して蹴り上げた男の上に来るとそこから踵落としをして地面に叩きつける。


「…さて、どうしたものか」


 気を失ったのを確認すると、最初に手袋を引き裂いて魔法を使えないようにする。まだデバイスを別に持っている可能性もあるので、リベリオンに反応を確かめてもらっている間、シグルドはこの状況をどうするか考えていた。


(テスタロッサ執務官に連絡を取るのが妥当だが……イザヤの連中が見ているやもしれん。迂闊に呼び出して目を付けられてはまずいな)


 管理外世界でなら、野ざらしにしてさっさと去ってしまうのもいいかもしれないが、このままでは襲撃してきた側とされた側が勝手に逆転させられる可能性がある。


(…む、そういえばラーディッシュも局の人間だったな。彼奴ならば、或いは……?
 いや、面倒事を押し付ける可能性があるのは変わらんか。なにより奴は妻帯者だ。あまり厄介毎に巻き込むのはよくないだろう)


 そんなことをしばらく考えていると───


「…なんだ、シグルドか」


 ───ケインの声が聞こえてきた。

 弾かれたように声のした方を見ると、そこにはケインがいた。だが彼だけではなく、ティアナとそれ以外にも何人かの管理局員の姿もある。溜め息交じりに近づいてくるケインに対し、シグルドはデバイスを解除して彼に抛った。


「何故貴殿がここにいる?」

「通報があったんだよ。誰かが争っているみたいだって」

「結界を張ったのだが」

「目撃者が、お前の知り合いだそうだ。だから、結界とその内部のことに気が付いたんだよ」

「知り合い?」

「あぁ。エドガーって名乗っているぜ」


 ふと局員の方を見ると、エドガーが姿を見せて微笑んでいた。


「それじゃあ、事情を聞くから同行してもらおうか?」

「あぁ、了解した」

「…って、怪我してんなら先に言えよ!?」


 ケインに言われて、そういえばと思い出す。応急処置は施してあるので、そこまで気にしていなかった。





◆◇◆◇◆





「つまり、シグルドは今、可能な限り家と関わりを絶っているってこと、か」

「あぁ」


 病院で治療をしてもらいながら、これまでの経緯と自分の事情を洗いざらいケインとティアナ、そしてエドガーに話した。突っぱねては却って不審に思われて不意に巻き込まれてしまうこともある。ここは素直に全部を話してしまった方がいいと判断した。


「襲撃者の身元は分からぬが、辿っていけばイザヤと繋がりがあることは間違いないだろう。
 とは言え、そう簡単に繋がりを晒すほど甘い家ではないが」

「…そもそも、どうしてイザヤはそこまで力の誇示に拘るの?」

「イザヤは、ベルカ諸王時代には存在していたと聞きます」


 ティアナの素朴な疑問に答えたのは、シグルドではなくエドガーだった。


「お二人は、禁忌兵器(フェアレーター)をご存知でしょうか?」

「禁忌兵器(フェアレーター)?」

「えぇ。数々の戦争を経験していく中で疲弊した人々が手にした絶対的な力……それが、禁忌兵器(フェアレーター)です」

「だが、禁忌兵器(フェアレーター)はその強大な力を齎す反面、危険性も孕んでいる。
 水と大地を穢す弾薬、動植物を腐らせる腐敗兵器……果ては束の間の勝利を得たとしても自らも死に絶えてゆくしか道がなくなる物もある」

「その禁忌兵器(フェアレーター)が蔓延した世界で、エレミアの一族は二分されました。
 片や、静観を決め込み子孫を残すことを選び、もう片方は禁忌兵器(フェアレーター)に対して徹底対抗し、自身の力を誇示することに死力を尽くすことを選んだんです」

「それが、今のイザヤの根幹……」

「そうだ。イザヤは禁忌兵器(フェアレーター)を凌駕する身体能力を見せつけることで周囲から厚い信頼を得ていった。故に、今も力を誇示することに拘っているのだ。
 自分らが本来のエレミアを名乗るのに相応しい、とも言っていたな」


 それまで黙っていたケインだったが、説明が終わると苛立たしげに溜め息をついた。


「なんだよ、その身勝手な言い分……!」

「致し方あるまい。ジークリンデの活躍で、イザヤはますます注目されなくなった。
 逆恨みもいいところではあるが、日陰者として後ろ指をさされたこともあるそうだからな」

「だからって、薬を使って参加者を潰そうとするなんて、おかしいだろ!」

「あぁ、そうだな」


 おもむろに立ち上がり、シグルドは病院を出て行こうとする。


「故に俺は、他者の力を借り受けずに1人で奔走していた。貴殿らを巻き込むわけにもいかなかったのでな」

「ったく、それなら最初からそう言えっての。相変わらず不器用だな、お前」

「今更だ。
 俺はこのまま徒歩で戻る。エドガー、悪いが2人を送ってくれ」

「承知しました」


 それだけ言い残し、シグルドは踵を返して病院を出て行った。残されたティアナとケインは1度顔を見合わせ、ついでエドガーを見る。


「お二人がもう仕事を終えているのでしたら、送っていきますが……如何なさいますか?」

「えっと……流石にそれは悪いから───」

「いや、送らせてもらうよ」

「ケイン?」

「聞きたいこともあるからな」

「…畏まりました。では、車を手配するので少々お待ちください」


 恭しく一礼し、エドガーも車を取りに出ていく。それを見送り、ケインとティアナも外で待つべく歩き出す。と、ティアナが遠慮がちに小突いてきた。


「聞きたいことって?」

「エドガー、やけにシグルドと親しかったからな。どういう関係かと思ったんだよ。
 あと、シグルドがまだ話していないことがあるかちょっとした確認をしたいんだ」

「なるほどね。でも、話してもらえるかしら?」

「さぁて、それはエドガー次第ってところだな」


 やがて黒塗りに白い屋根の車が近づいてきた。まさかこんな高級車ではないだろうと思っていると、運転席にエドガーの姿が見えた。


「え……こ、これ?」

「みたい、だな」


 エドガーが丁寧にドアを開いてくれたので、恐る恐る乗り込む。清掃が行き届いた車内はシートもしっかりとしたもので心地好い。


「それで、何をお聞きになりたいのでしょう?」

「え?」

「私に何か聞きたいことがあったのではありませんか?」


 その言葉にケインは苦笑いしかできなかった。彼もまた随分と鋭いようだ。観念したように息をつき、口を開く。


「単刀直入に聞く。エドガーはシグルドとどういう関係なんだ?」

「どういうと言われましても……親友としか言いようがありませんね」

「付き合いは長いの?」

「えぇ。もう10年以上になります。
 私は、ダールグリュン家に仕える執事なんです」

「ダールグリュンって……雷帝と謳われている?」

「そうです。ダールグリュン家はエレミア家と交流がありまして、私もその関係でシグルドと知り合ったんです」

「そういうことか」

「エドガーが仕えている人って、もしかしてインターミドルに出ている?」

「はい。ヴィクトーリアお嬢様です」


 ヴィクトーリアはインターミドルでも常に上位の成績をおさめている。そんな彼女に仕えているエドガーもまた、相当な実力の持ち主だろう。


「どんな人なんだ?」

「そうですね。一言で言うなら、お優しい方です。
 ジークリンデ様にも、シグルドにも優しく接しておられますし、なにより……私に自由をくださいました」

「自由?」

「えぇ。幼少の頃からお嬢様に仕えていましたので、子供らしく過ごした日などまったくと言っていいほどありませんでした」


 ダールグリュン家は雷帝として子供の頃から厳しく槍術の指導を行っている。エドガーも、執事としてヴィクトーリアの世話だけをしていればいいと言うこともなく、厳しい日常をおくることになった。

 子供なら遊ぶ毎日かもしれないが、エドガーはそんな気ままな1日を送ったことがなかった。執事として過ごすことに嫌気が差しそうになったが、そんな時に助力してくれたのが誰であろうヴィクトーリアだ。

 彼女は大人に負けじと食って掛かり、少しでもエドガーに子供らしく過ごしてほしいと訴えてくれた。


「まぁ、その態度が却って反感を買ってしまいましたが」


 だが、エドガーからすればヴィクトーリアが自分のために声を上げてくれただけで充分だった。自分が仕えている令嬢は、こんなにも優しく、気高い人だったんだ──その日から、エドガーは邁進することを決意した。


「私は常にお嬢様の剣であることを誓いました」


 ヴィクトーリアが満足できるよう、エドガーは尽力すると決め、今を過ごしている。ヴィクトーリアにもそのことを話したが、恩着せがましく言うこともなければ、ただ一言「ありがとう」と言ってくれた。


「……そろそろ到着します」


 主譲りの優しい声色が、自宅への到着を静かに告げた。










◆──────────◆

:あとがき
エドガーとヴィクトーリア、2人の関係を妄想してみました。
本編ではエドガーの妹、クレアも出ていますが特に詳細は語られていないので、もし明かされたらこの話は削除しなくてはなりませんが(苦笑)

主従だけでなく、本当に親しいと感じられる2人なので幼少の頃から色々あったのではないかと思いますが、これは妄想の域を出ませんね。

さて、次回は皆様お待ちかね!
レイスとアインハルトがイチャイチャする(かもしれない)お話しです。

お楽しみに〜。






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