ヴィヴィオとなのはが特訓のために使うと言う、区立スポーツセンター。事前に申請すれば使える範囲を大きくしてくれる。フェイトはバルディッシュに頼んでトレーニングスペースを形成してもらう。防護壁もしっかりとしたものでないと、流石にフェイトほどの魔導師が使うには厳しいだろう。
「それじゃあ……始めようか」
「……はい」
バルディッシュとペイルライダーを構え、それぞれセットアップする。フェイトは最初から全力で来る気の様で、既に真ソニックの姿だった。レイスはカルナージでの練習試合でも使ったダブルセイバーだ。
「……行くよ!」
言い切った瞬間、フェイトはレイスとの距離を一気に縮めてきた。カルナージで行った練習試合でもその速さを目の当たりにしたが、あの時はリミッターを施していた。今回も多少なりとも手を抜いてくれているだろうが、それでも予想していたよりも速い。
振り下ろされる光刃をダブルセイバーで一瞬だけ受け止めると、片側に傾けていなし、逆に斬りかかる。装甲が薄いだけに、一撃のダメージは通常よりも大きいはずだ。
(くっ……!)
もっともそれは、当たればの話だが。
反撃を予想していたフェイトは瞬時にライオットザンバーの形態をカラミティから二刀流のスティンガーに切り替えてレイスの刃を下から掬い上げるようにして弾き、もう片方の刃で一閃する。
だが、レイスはそれを躱さずに受け、改めてダブルセイバーを振り下ろす。フェイトもすかさず刃を交差させるが、彼なら避けると踏んでいただけに今の行動には驚いていた。ぐっと足に力を入れて押し返すと、ダブルセイバーの刀身が飛んできた。
(弾いて……いや)
尖端に魔力が籠められていると判断し、フェイトは後退することを選んだ。だがその瞬間、飛来してきていた刃がその姿を消してしまう。
(え?)
違和感を覚えている場合ではない──直感がそう告げている。慌ててシールドを展開した時、何もない場所から刀身が具現した。
(幻術……そういえば、得意だってケインが言っていたっけ)
練習試合の際にも何度か見たが、やはり幻術を生成するのが速い。もっとも、それに頼った戦い方ではないので、余計に手強いが。
刀身の尖端には魔力が籠められていなかった。つまり、これが決まるとは思っていないだろう。ともすれば、狙いは───
(背後!)
───刃を弾いてすぐ、後ろを振り返るとちょうどレイスがもう片方の刀身を振り上げていた。
(流石に、気付くのが速いですね)
彼女にぶつけた刃を回収しながら戦うのは明らかに不利だ。レイスは魔力弾を使って牽制しつつ時間を稼ぐ。
(甘いよ)
だが、即興で造ったものでフェイトの動きを阻むことは叶わない。ライオットザンバー・スティンガーで全てを引き裂き、肉薄してペイルライダーに向かって思い切り刃をぶつけた。上空へ抛られた愛機に一瞬だけ目を奪われたが、その隙をフェイトが見逃すはずはなく、上段から光刃が振るわれる。
「えっ……!?」
しかし、そのレイスの姿すら幻術で作りだされたものだった。頭上が翳ったのに気が付き、見上げるとペイルライダーをキャッチしたレイスが思い切り一閃してくる姿が目に入る。
「ぐ、ぅっ!」
落下速度も加わったその一撃は、ライオットザンバーを巨大なカラミティに変更しても凄まじいものだった。刃と刃とがぶつかり合い、火花を散らす。レイスはそこからジャンプしてもう1度空中から仕掛ける。
「覇王流……剛墜閃!」
身体を1度回転させて踵落としを見舞う。2度目の強い衝撃に耐えかねてライオットザンバー・カラミティをスライドさせて力をいなすと、すぐさまその場から離れる。その追撃に放たれた刀身から逃げるが、どこまでもついてくる。
(これも幻術、かな)
フォトンランサーを放つと、すぐにその刀身は消えてしまった。予想通り幻術だったようだ。体勢を立て直すと、レイスは先程と同じ場所に立っていた。しかし、テーマパークに居た時よりもどこか様子が変だ。
(なんていうか……攻撃が、鋭いんだよね)
確実に倒す気でいるのか、カルナージの時とは違う戦い方だ。無理に攻撃をせず、その分当たると思った時は全力で打ち込んでくるその戦いぶりは、どうにも彼らしくない。
(考えていても仕方ない、か)
ライオットザンバーをカラミティからスティンガーに切り替え、刃を調整して片方を長く、もう片方を短く設定し直す。アンバランスだが、今までにも何度か使ってきたことがあるので慣れている。
今一度レイスに向かって肉薄し、ライオットザンバーを振り回す。剣戟を繰り返す最中、一瞬だけ目に入ったレイスの瞳に奇妙な違和感を覚える。いつもの彼からは想像できない、冷徹で鈍い光が、そこにあった。
「っ!」
背筋を冷たいものが走り、思わずレイスから離れる。改めてまじまじと見てみるが、やはりどこか変だ。瞳も、戦い方も、いつものレイスらしくない。
(いったい、どうしたの?)
自分が色々と話したのがいけなかったのだろうか──そんな不安がよぎるが、頭を振って再び駆け出す。そんなことはない。今まで、なのはとぶつかり合い、シグナム達とも同じようにして分かり合ってきた。もちろんこれが絶対ではないし、必ずしもうまくいくわけではない。だが、だとしても引き下がるわけにはいかない。これが、レイスのためになると信じているのだから。
「レイス!」
剣戟をしていく中で、思わず声を荒らげてしまう。レイスは顔こそ上げてくれたものの、すぐに視線をそらしてしまった。話したくない──そんな様子だ。
長い方の光刃を思い切り一閃し、レイスを怯ませた隙に短いライオットザンバーを逆手に持ち替えて下半身を狙う。
「断空閃!」
咄嗟に脚に魔力を集中させ、光刃を防ぐ。だが、短くしておいたのが裏目に出た。レイスに押し返され、フェイトの方が後退させられてしまう。追撃に迫る刃を二刀流で防ぎつつ、反撃の糸口を探す。
「どう、して……!」
「え?」
「どうして、“あなた達”は!」
(あなた達?)
ようやく絞り出された声は、苦しげで辛そうだった。彼の言葉の真意を探るより早く、次の攻撃が来る。今はそれよりも自分の言葉を伝えて、自分のできることをしなくてはダメなようだ。
「レイス……さっき聞いたよね。貴方には大切な人がいるかどうかって。
もしいないと思っているのなら……ヴィヴィオやアインハルトがそれを知ったら、凄く悲しむと思う」
「え?」
「ヴィヴィオもアインハルトも……リオやコロナだって、私だって、レイスのことを大切だって思っているから。
だから、貴方にも大切だって言って欲しいんだよ」
笑いかけるフェイトに、レイスはしばし呆然とする。1度目を伏せ、やがて面を上げた時に見えた顔は、何故か嗤っていた。
押し付けがましいと思っているのか──違う。
下らないと感じたのか──違う。
ならばいったい、彼はどうして嗤っているのだろう。訳の分からぬまま、剣戟が再開される。意固地な姿勢はアインハルトと似ているが、彼女以上に本心をひた隠しにし、拒絶を強く表していた。
《Load Cartridge.》
「ルインセイバー!」
爆破力の優れた魔力刃が閃く。フェイトは一時的に距離を取り、ライオットザンバーをカラミティに切り替えて一閃する。2つがぶつかり合い、衝撃波が周囲を駆け巡る。
(今の内に!)
レイスが行く末を見守っている一瞬の隙に、フェイトは彼が今いる場所にバインドを設置する。それが済んだ瞬間、思い切りライオットザンバーを振るって魔力刃を破壊する。砂煙が巻き上がり、僅かの合間だけお互いの姿が隠れた。
「…くっ!」
その隙に移動しようとしたレイスだったが、動いた瞬間バインドが両手と両足に施されてしまう。なんとか解除を──バインドがされている箇所に魔力を集中させ始めるも、フェイトも魔力を集中させていることに気付いた。
「フォトンランサー・ファランクスシフト!」
数多くのフォトンランサーを生成し、レイスへ向かって大挙させる。次々と押し寄せるそれらに、レイスは成す術もなくダメージを負わされていく。
「スパーク……エンド!」
最後に一際大きなものを作り、力強く放り投げる。幻術を使って逃げた素振りもないので、完全に決まっただろう。溜め息を零し、レイスに歩み寄ろうと一歩踏み出した、その時だった。
「え……?」
ひゅんっと風を斬る音がしたかと思うと、頬を魔力弾が掠めて行った。一陣の風が吹き、レイスの周りで煙っていた砂煙が晴れていく。いつの間にかバインドは解かれており、そして彼の左腕には強弓が握られている。
(弓の形態……初めて見る)
左腕に固定された強弓は弦を引いて打ち出すタイプだが、レイスはその合間を隙として使われないよう素早く動く。フェイトも撃たせまいと魔力弾で牽制していくが、今まで以上に動きにキレがある。
強弓で弾き、或いは身を捻って躱す。そして一拍、フェイトの魔力弾による驟雨が止んだ刹那、レイスが引き金を引く。
「……五月雨」
5つの魔力弾がフェイトへと放たれる。不規則な軌道を描くそれらをすべて躱し、レイスが2射目を撃たないようにと一気に近づいてライオットザンバーを振り下ろす。
だが、半歩動いただけで刃が躱されてしまう。そして跳躍し、回し蹴りを見舞ってきた。動きがだいぶ鋭くなっているが、フェイトとてそう簡単にはやらせはしない。蹴りをライオットザンバーで防ぎながら推し返し、彼の体勢を崩す。一方のレイスも、フェイトの狙いに気が付き身を捻って光刃から離れる。そして、2射目を撃ち放った。
「六花」
先程より1つ多い、6つの魔力弾は同じように進路を特定させないようにばらばらに動いたり速度を速めたり遅めたり動かしている。初めて見せる形態だが、どこか手慣れている様子だ。
フェイトもフォトンランサーで相殺しようとするが、彼女がライオットザンバーを後ろに下げたのを見計らって畳み掛ける。
「くっ……!」
《Sonic move.》
ここは魔力弾を回避してやり過ごそうと高速移動をして魔力弾の驟雨を抜け出す。そんなフェイトの進路を阻むように、レイスが矢を模した魔力弾を放った。目の前を高速で駆け抜けるそれに臆した一瞬を狙い、6つの魔力弾が迫る。
咄嗟にシールドを展開するも、6つ全てが同じ個所に強く激突してシールドを壊そうとしてきた。なんとか耐え抜いた──その結果が、気の緩みを産んでしまう。背後から五月雨として放った魔力弾が一気にフェイトを襲い、怯ませる。周囲を駆けまわり、その場から動かすまいとするところを見ると、レイスが大技を使ってくると予想できる。
そしてその予想は的中し、レイスが構えた強弓に魔力が集中していく。
「鎧袖一穿……!」
カートリッジが3つ使われ、彼が扱う魔力の量が更に膨れ上がっていく。その量はフェイトのような腕利きの魔導師であれば大したことはないのかもしれないが、レイスはまだ子供だ。その歳には不相応な大きな魔力が、フェイト目掛けて放たれようとしている。
「……百雷!」
叫びと共に強弓から矢が解き放たれた。既の所で魔力弾を全て排除したフェイトだったが、避けるには少し遅い。ライオットザンバーで斬り伏せようと振るうが、そう簡単に破壊できそうにない。しかもライオットザンバーよりも強い衝撃が身体を襲うことで、押し返されてしまいそうになる。
「カートリッジ、ロード……!」
「えっ!?」
なにより驚かされたのは、レイスが同じ技を休む間もなく使おうとしていたことだった。改めて集束され始める魔力の量は先程と同じか、それ以上だ。だが、幾らトレーニングをしてきたとは言え、そんなことをすれば身体への負担が大きすぎる。
「レイス、ダメ……!」
フェイトが叫ぶよりも早くレイスの周囲に集まりかけていた魔力が霧散し、やがてふらりと倒れてしまった。
「レイス!」
駆け寄り、レイスを抱き起こす。息が荒く、かなり汗を掻いているため、額にそっと手を当てると熱があるのが分かった。ペイルライダーも異常を察知してか、強弓から待機形態へと切り替わり、主への負担を少しでも減らす。
「凄い熱……!」
急いで周囲にあるであろう病院を検索し、自動車に運んだ。
◆◇◆◇◆
「……ここ、は」
レイスが次に目を覚ましたのは、見知らぬ部屋の中だった。しばらくぼんやりとしていると、枕の傍に置いてあったペイルライダーが反応した。
《Master…….》
「ペイルライダー……ここは、どこなんでしょう?」
《フェイト様のお部屋です。マスターは、模擬戦の最中に倒れてしまって……》
「あ……思い出しました」
《申し訳ありません、マスター。私が至らないばかりに……》
「ペイルライダーは悪くありませんよ。僕が、不用意だったんです」
ペイルライダーをそっと撫でて、優しく抱き締める。自分のせいで、彼女を傷つけてしまった──その事実が、苦しかった。
「あ、レイス。起きたんだね」
遠慮がちに開かれた扉の向こうからひょっこり顔を覗かせたフェイトが、起きたことを知って部屋に入ってくる。
「すみません、ご迷惑をおかけして……」
「迷惑ではないよ。でも、凄く心配したんだよ」
「……すみません」
「身体の方はどう?」
「少し楽になりましたから、家に帰ろうと思います」
「え? まだ休んだ方がいいと思うけど……」
「却って落ち着かないので」
「それもそっか」
フェイトが納得してくれたところで、ベッドから立ち上がる。まだ熱は下がっていないが、歩くことはできそうだ。車を出すと言ってくれたが、それを断って階下へと下りていく。
「それでは、失礼します」
「うん……無茶しないでね。何かあったら必ず連絡して」
「分かりました」
一礼し、玄関を出ていく。外の空気を吸ったことで、少しだけ気が楽になったように思う。だが、いざ歩き出すと急激に身体がだるくなってきた。
(家まで、長い距離ではないはずですが……)
重たく感じる身体のせいで、思いの外道のりが遠く感じられる。
「レイスくん?」
「え?」
どれくらい歩いただろうか──考えるのも面倒に思えてしまう。そんな時、聞き親しんだ声が自分の名を呼んだ。
「ユミナさん……」
艶やかな黒髪を揺らし、心配そうに顔を覗き込むユミナの姿がそこにあった。
◆──────────◆
:あとがき
冷静に、そして冷徹に……圧倒とまではいかないまでも、フェイトを追いつめていくレイス。
深まる確執に戸惑いながらも必死に呼びかけるフェイト。今の所この2人は平行線のようで、交わる気配はありません。
模擬戦は終了したものの、お互いの距離は縮まるどころか変わらず。
なによりフェイトに対してよりも、ペイルライダーに迷惑をかけたことの方がレイスにとっては苦しいことですね。
最後にユミナが登場しましたが、彼女との話はまたいずれ。
次回は今回の話の裏側である、レイスの感情を描いていきます。お楽しみに。
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