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小説
Re:Episode 14 霞んだ記憶











From:フィル・グリード
To:レイス・レジサイド
件名:Re:

本文
俺を挙げてくれて嬉しいよ。試すようなことをしたのは悪いと思ったけど、まさか挙げてもらえるとは思っていなかったからな。
けど、せめてもう少し増やした方がいいんじゃないか。そうだな、同年代の奴とか。

それにしても、相変わらず言ってくれるじゃないか。
けど、大丈夫さ。俺は絶対に、彼女を幸せにしてみせるから。







「合宿?」

「…はい」


 重苦しい雰囲気の中、レイスの前に座っていた初老の男が言葉を発した。立派な顎鬚を指で撫でるように触れているが、彼が発する強い気はレイスが面を上げることを絶対に認めようとしない。


「貴様……我が家の悲願を忘れたか!」

「そのようなことは、決して……!
 しかし、過去に覇王を名乗っていた通り魔は今、姿を見せていません。恐らく誰かに敗れたと思われます。新たに研鑽を積んだとなれば、こちらが不利なことは目に見えています」

「…そのために、同行したいと?」

「はい……」


 苦しい言い訳なのはわかっている。だが、アインハルトが覇王の末裔であったことはまだばれていないはずだ。行方をくらませていると思っているのなら、ある程度自由も利くだろう。


「……まぁ、いいだろう。どうせブラッティナイオも同じような状態だ」

「ブラッティナイオ……!」


 レイスの実の兄、ハスラーが冠されている二つ名がこれにあたる。ブラッティナイオとは、人形遣いを意味しているのだとか。何度か彼の扱う魔法を見せてもらったが、その二つ名は間違いないものだった。


「…失せろ」

「はい」


 下がれと言われたことはない。だが、レイスは別に気にしたことはなかった。ただ自分が復讐を果たせればいいのだから、気にする必要もない。


(そのはず、なのに……)


 ふと視線を自分の手に落とし、アインハルトがくれた言葉を思い起こす。しかし、その優しさをかき消すかのように強く拳を握り直し、レイスは自宅へと帰って行く。そしてその道中、ケインに通信を試みた。


(…意外と繋がるものですね)


 まだ夜になったばかりだが、忙しくて出ないかと思っていただけにケインがすぐ反応したのは意外だった。


「夜分にすみません。合宿の件で、連絡を」





◆◇◆◇◆





 次元港から数時間をかけて向かった先は、無人世界のカルナージ。そこでアルピーノ親子が迎え入れてくれた。その後、すぐに運動着に着替えてレイスはケインらに同行して訓練をこなすが、流石に管理局の魔導師が行う訓練にはついていけず、早々に離脱した。


「メガーヌさん、お待たせしました」

「あら、来てくれてありがとう♪
 でも、先にシャワーを浴びてきたら?」

「では……お言葉に甘えて」


 メガーヌが1人で大人数の料理を作るのは大変だと言うことで、その手伝いに来たのだが、汗を掻いていては失礼だろう。一先ず、手早くシャワーを済ませることに。


「ごめんなさいね、せっかく頑張っていたのに」

「いえ。実の所、もう限界が近かったので」

「ふふっ、お疲れ様。少し甘いかもしれないけど、疲労回復のジュースよ」

「ありがとうございます。
 そういえば……ガリューは、どちらに?」

「ルーテシアと子供たちを見てもらっているわ。
 ノーヴェが見てくれているんだけど、ルーテシアはやんちゃなところがまだあるから、ついつい見ていてもらっているの。親バカよね」

「まぁ、確かにそう感じますね」

「あら、レイスくんのご両親はそんなに甘くないの?」

「……さぁ、どうでしょう」


 苦笑いするレイスを見て、メガーヌはすぐに察した。どうやら両親の話題は口にしてはいけないようだ。メガーヌはそれ以上その話題を口に出すことはなかった。だが、レイスとしてはそれももどかしい気がする。まるでこちらのことを見透かされているみたいで緊張してしまう。


「それにしても、お料理上手なのね。頼もしいわ」

「1人暮らしなので、家事全般は得意ですよ」

「そ、そうだったの」


 あまりにもあっさりと言われたので、さしものメガーヌも戸惑いを見せた。それに気づいて、レイスは慌てて言葉を続ける。


「1人と言ってもペイルライダーがいますので、そこまで苦ではありませんね」

「それじゃあ……これからは、もしかしたら寂しさが増していくかもしれないわね」

「どういうこと、ですか?」

「アインハルトちゃんやヴィヴィオちゃん、みんな貴方と親しくなりたいと思っているはずだから」

「…まぁ、確かにその節があるようですが……」

「ふふっ、底抜けの明るさは苦手かしら?」

「どう、でしょう……よく、分かりません」


 メガーヌの指摘に、しかしレイスは顔を俯かせた。どうやらだいぶ戸惑っているようだ。


「レイスくん、そんなにぼーっとしていると……」

「あっ……そのようですね」


 指を切ってしまう──そう言おうとしたが、先に切ってしまった。メガーヌが慌てて絆創膏を取りに台所から離れたが、レイスはただ茫然と傷ついた指を見つめる。深い傷ではないが、何か既視感を覚えたのだ。


(前にも、似たようなことが……)


 思い出せそうで、思い出せない。濃霧に塗れた記憶を探りたいわけではないのに、何をそんなに気にしているのだろう。溜め息を零し、レイスは蛇口をひねって水を出し、傷口を綺麗にした。

 その後、それぞれの特訓から全員が戻ってくる頃には、昼食の準備を整えることができた。





◆◇◆◇◆





 やがて昼食を終えて、各々食器を片づけ始める。お皿に残っている油を新聞紙で拭ったりしていたレイスに、アインハルトが食器を下げるべく歩み寄ってきた。水洗いだけで済む分は既に別にしてあるのでそのまま受け取ろうとしたレイスだったが、彼女の手が急に止まったので首を傾げる。


「どうかしましたか?」

「いえ……レジサイドさん、その指はどうされたのですか?」

「…あぁ、メガーヌさんの手伝いをしていた時、包丁で切ってしまったんです。
 まぁ大したことはありませんから、そのままにしてありますが」


 アインハルトに指摘され、改めて指を見る。まだ時折、僅かだが血が滲むものの、そこまで痛いわけでもないのでメガーヌが持ってきた絆創膏を断った。


「ちょっと待っていてください」


 しかし何を思ったのか、アインハルトは食器を置いてぱたぱたとロッジへ戻っていく。どうするのだろうかと考えていると、絆創膏を持って再びやってきた。


「指を……」

「いえ、自分でできますから」


 絆創膏を施してくれようとしたアインハルトの言葉を聞かず、レイスは彼女の手から絆創膏を取るとさっさと巻いた。その時ふと、彼女が寂しそうな表情を見せたことに違和感を覚えたが、それに対して問おうとは思わない。


「それにしても、あの時と真逆ですね」

「あの時と言うと?」

「レジサイドさんの家に上がった時ですよ。
 あの時は私が怪我をしてしまって……憶えていないのですか?」

「……そういえば、そうでしたね」


 その言葉に、忘れかけていた記憶がゆっくりと思い出されていく。少し前にアインハルトが家に訪ねてきた際、彼女が指を切ってしまったのだ。確かにその時とは立場が逆だ。

 しかしレイスが気になったのはその点ではなく、自分がつい数日前にあった出来事を忘れ去っていることだ。


(記憶の上書きによる影響、ですか)


 王への憎悪を忘れさせないために行われる、過去の記憶の植え付け。それによる影響が、他の記憶への干渉だ。人の記憶にどれほどの容量はいったいどれほどのものなのか分からないが、根強く植え付けられた憎悪の記憶が優先されることは間違いないだろう。

 レイスは誰にも気づかれないよう溜め息を零し、アインハルトを見る。彼女が覇王の末裔だから、いったいなんだと言うのか──そう思いはするものの、彼女が存在することで自分の生が縛り付けられているのも事実だ。この束縛から逃れるには、やはり自分を殺すしかない。


(フィルさんは、怒るでしょうけど……)


 自壊魔法を使うことを認めない彼が今も生きていたとしたら、或いはその考えを捨てられていたかもしれない。しかしそんな自分は、どうにも想像できなかった。寧ろ自ら死へ向かう方が、自分らしいと言えよう。


「アインハルトはレイスの家に行ったらしいけど……2人はどんな関係なんだ?」


 再び視線を戻すと、ケインがアインハルトをからかっているのが見えた。どうやら真に受けたようで、顔を赤くしている。すると、こちらの視線に気が付いたのか困惑した表情を向けてきた。致し方なく、助け舟を出すことに。


「ストラトスさん、手が空いているのでしたら食器を洗ってください」

「わ、分かりました」


 意図に気付いてくれたことに感謝しようとしたアインハルトだったが、レイスはすぐさま視線を皿へと落としてしまったので、何も言えずに踵を返した。


「…アインハルトを弄るの、楽しそうだな」

「好きにしてください」

「なんだ、止めないのか?」

「当然です。僕には関係のないことですから」


 きっぱりと言い放ち、レイスはまた深い溜め息をついた。そこへ、フェイトがにこやかな笑みを浮かべて歩み寄った。互いに言葉を交わすこともなかったが、しばらく並んで作業を進める。


「レイス……アインハルトのこと、気遣ったんだよね?」

「いいえ」


 やがて口を開いたかと思えば、見当違いなことを言ってきた。


(本当に……?)


 ただ自分が気を遣ったと思われたくなくて、見当違いだと決めつけているのかもしれない。だが、そうだとしたらどういう風の吹き回しか、まったく分からなかった。


「私が見るに、ヴィヴィオと話してもらうためにわざと洗い物に行かせたんじゃないかな?」

「買いかぶり過ぎです。
 それと……からかわないでください」


 冷ややかに返したはずだったが、フェイトの言葉はレイスを戸惑わせるには充分だった。作業も終わったので、彼女から逃げるようにしてロッジへと戻る。

 そのまま誰とも顔を合わさずに、自分に割り当てられた部屋に入ってベッドに身を預けた。仰向けに寝転がり、腕で双眸を覆い隠して現実から逃げ出そうとする。


(あれが、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン……)


 フィルから名前も聞いていたし、写真を見せてもらったこともある。確かに彼女はフィルの支えに充分すぎる優しさを持っているように思う。しかし、フィルの話では彼女もまた無理をする傾向があるのだとか。


(……まぁ、僕には関係のないことですね)


 フィルが死した今、彼を話題に出すのは憚られる。別にフェイトが弱いからと決めつけているわけではないが、関わられるのを避けたいと言う理由もある。なんとも情けない話だと分かっているが自分を偽るのはできそうになかった。





◆◇◆◇◆





 数十分後、レイスはペイルライダーの調整を始めていた。予定表を確認したところ、明日には練習試合が行われるようで、その前にペイルライダーの形態を変更しておくことにした。


《ナイフ型と弓型はアインハルト様に見せてしまっていますからね》

「そうなると、第三形態のダブルセイバーを第一形態に登録し直しましょうか」

《了解しました。プライオリティーを変更します》


 動きやすいようにと、小型でありながら取り回しのしやすいナイフ型。そして多数対一や巨大な敵との戦いに備えて使われる弓型。基本的にはこの2つで今までやってきたので、3つ目のダブルセイバー型はまだ不慣れなところがあるかもしれない。


《設定の変更を完了しました。マスター、起動させてください》

「分かりました」


 ペイルライダーが設定を変更してくれたので、少し休ませてから起動する。自分の背丈と比較してもだいぶ大きい。元々弓型も剛弓に近いので大きさはそこまで気にならないが。


《少し大きすぎるでしょうか?》

「いえ。これで構いません。微調整は使ってみないとなんとも言えませんから、今日はもう終わりにしましょう」

《了解しました》



 やがてレイスはコロナたちに誘われて部屋を出ていく。どうやらルーテシアが聖王と覇王に関する資料を見せてくれるらしい。


「レイスさんは、アインハルトさんのことは……?」

「御本人から聞いていますよ。高町さんにも、聞かせて頂きました。
 最も、驚きはありましたが気にしてはいませんね。お二人は高町ヴィヴィオその人であり、アインハルト・ストラトスその人なのですから」


 これは本当の気持ちだ。この気持ちを持つことで、強い憎悪にも相対することができる。だが、やはり自分の根幹をなすのは家への復讐心だろう。これが晴れることは絶対にない──レイスは、そう思っていた。


「……しかし、信頼するのが早すぎますね」


 いくらなんでも気を許すのが速過ぎる。いや、アインハルトにとってはノーヴェらとの出会いはきっとかけがえのないものなのだろう。そしてヴィヴィオは生来の性格によるものか。

 それに対して自分は───。


(考えていても仕方ありませんね)


 気持ちを切り替え、レイスはルーテシアが待つ資料室へと急いだ。










◆──────────◆

:あとがき
本編がだいぶ進んでしまったので、レイスの心情を記した話も2つ纏めて投稿しました。

合宿の頃は、まだ自分の気持ちに整理が追い付いていない状況ですが、もともと自分を追い込みがちな性格なのでこれは中々変わらないと思います。

もちろん無理に変わる必要はないわけですが……レイスにとってアインハルトは、あくまで自分もああなりたいと思える憧れの対象です。
そう思いながらも、変われない、変わったとしてもそれは自分が望んだものかどうか分からない──これが彼の根底にずっと根付いています。

そろそろインターミドルの方に入っていきたいですが、ストックが……ピンチです(汗)

では、次回もよろしくお願い致します。






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あきゅろす。
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