ミッドチルダ南部にある、抜刀術天撞流の第4道場。
そこで師範代の座についているミカヤ・シェベルは、過去にインターミドルに7度出場し、最高戦績で都市本戦3位と言う好成績を叩きだしている。
「失礼します」
「やぁ、よく来たね」
アインハルトの後に続くと、1人の女性が出迎えてくれた。凛とした表情が、厳しさを感じさせる。しかしアインハルトは彼女の性格を知っているからなのか、緊張している素振りもない。
「レイスさん、私のご指導をして下さっている、ミカヤさんです」
「初めまして、レイス・レジサイドです」
「初めまして。ナカジマちゃんから話は聞いているよ。
しかし、アインハルトちゃんが友人を連れて来ると言うから、てっきり女子かと思っていたが……2人はかなりいい仲、なのかな?」
「まぁ、友人であることは間違いありませんが……それ以上でもなければ、それ以下でもありません」
「そっか。スパーリングの前にすまないね。
それじゃあ、貸し出している胴着に着替えたら早速始めようか」
「はい」
アインハルトはミカヤと共に別室へ向かい、レイスも男性用の更衣室へ向かう。純白の胴着はしっかりとしたもので、ここが如何に環境の良い道場か分かった。手早く着替えを済ませ、指定された部屋へ急ぐ。そして正座して待っていると、程なくしてアインハルトらがやって来た。
「メニューは前回と同じになるけど……何かご要望はあるかな?」
「いえ。望むことがあるとすれば、先日以上に全力で来てください。手を抜く必要は、一切ありません」
「そうだろうね。寧ろ手抜きをしてしまっては、君に倒されてしまうだろう」
ミカヤは抜刀の構えを取り、アインハルトも両手を顔の前に持ってきて構える。そして、ミカヤの持った刀が風を切った。真横から振るわれた一閃に、見稽古をさせてもらっているレイスは目を見開く。
(今の、かなり速い……しかもどう振るうか読ませないように振るわれていますね)
抜刀して刃を振るう際、真上、真横、真下の3つがあるが、どの方向から振るうのか、相手の手を見ればおおよその見当はつくはずだ。それを見破らせないほどの実力をもつミカヤ。アインハルトが苦戦を強いられるのも納得だ。
(それにしても、シェベルさんは力の配分もお見事ですね)
アインハルトがガードするのを見越して当てる刃には然程の威力がないが、クリーンヒットすると分かると、思いきり振るってくる。
(しかし、抜刀を主体としているだけに、畳み掛けることはしないようですね)
一撃必殺と称するのに相応しい一閃だが、たった1度に乗せる力が重すぎる気がした。当たらなかったのなら連撃へ変えればいいのではないかと思ったが、流派として残っているのならそれも仕方がないように思う。
「……あっ」
やがてレイスが小さく呟いた。それに僅か遅れる形で、アインハルトが大きく吹き飛ばされる。そしてレイスの近くまで転がってきた。
「痛そう、ですね」
《痛みの伴わない修行を提供する方とは思いませんでしたが?》
「それは僕も同意見ですが……」
レイスの考えていたスパーリングは、あくまで威力のおさえられた状態での攻防だ。決して、こんな人が吹っ飛ばされるようなものではない。
「なるべくなら私語は控えてもらえるかな?」
「す、すみません」
ミカヤの注意に、思わず姿勢を正す。別に怒っているわけではないのだが、自然とこうなってしまうのだ。
「それとも、アインハルトちゃんが苛められているみたいで心配かい?」
「あ、いえ。それはまったく」
「…まったく思っていないのも、考えものだね」
苦笑いしつつアインハルトを立たせるミカヤの言葉に、レイスは慌てて謝ろうと口を開く。
「いえ、単に特訓だから苛めているとは思っていないだけで……」
「分かっています」
が、アインハルトはむすっとした表情でそれだけ言うと、ぷいっとレイスから視線を外してしまった。
「ふむ、どうやら余計なことを言ってしまったようだね」
そう言っているが、ミカヤはまったく反省しているように見えない。とりあえず、しばらく黙って2人のスパーリングを見ることにして、レイスは内心で溜め息をこぼすのだった。
◆◇◆◇◆
1時間後───。
「少し休憩しようか」
「は、はい」
ミカヤもようやく息が上がってきたようで、2人が休憩に入った。しかし先程のことをまだ根にもっているのか、アインハルトはわざわざレイスから離れた場所で休息を取っている。
(それにしても、アインハルトさんをあそこまで苦戦させるとは……)
アインハルトは30分を過ぎた辺りから息が上がり始めていた。それ故、徐々に被弾の数も増えていき、今はあちこち腫れたりしている。速ければ正しく秒殺、遅くとも10分以内に決めてくるので、アインハルトも必死に食い下がっているものの、残念ながらそれすらも一蹴されていた。
「ところで……君は見ているだけでいいのかな?」
「生憎と、厳しいお目付け役がいますから」
苦笑いしながらアインハルトを見ると、ミカヤは「なるほど」と理解してくれた。確かにミカヤとのスパーリングには興味があるだけに、アインハルトが許諾してくれないのは些か残念だ。しかし、前ならば負け戦になるからと拒んでいたのに、この変化はいったいどういうことなのか──レイス自身、疑問でならない。
「じゃあ、アインハルトちゃんが怪我の治療中にどうかな?
これなら彼女もそう簡単には止められないだろ?」
「それはそうですが……すみません、お断りさせて頂きます。これでも心配されている身ですから」
「お熱いことで」
そんなつもりは毛頭なかったのにまるでのろけにでも聞こえたのか、ミカヤは呆れ気味に返した。
「……レイスさん」
「はい?」
「あまり心配をかけないと誓ってくださるのなら……」
「もちろん、誓いますよ」
願ってもないチャンスだったが、だからと言って飛び付くなんて真似はしない。それでは提案してくれた彼女に失礼でしかないのだから。
「…いいのかい?」
「ミカヤさんには、お世話になっていますから」
「ありがたい言葉だね。こちらも相応の力を持って相対すべきなんだろうけど……それは君たちにとって困るだろうし、悪いけどいくらか手を抜かせてもらうよ」
「そうしてもらえると助かります」
ペイルライダーを握り締め、そしてダブルセイバーの形態を見せる。
「君も剣を使うのか」
「抜刀術のような真似はできませんが、ね」
休息しているアインハルトの邪魔にならない場所へ移動し、対峙する。
(この威圧感と隙のない構え……凄いとしか言えませんね)
互いに得物を構えたまま微動だにしない。このまま隙をうかがっていても、簡単に見せるものではない。先に仕掛けるしか、道はなかった。
「参ります」
ぐっと腰をかがめ、低い姿勢のままミカヤへと肉薄する。上段に構えられていた刃が下段に構えを変更され、掬い上げるようにして一閃される。それを受け止めたかったところだが、走っていたこともあり、容易く中に浮かされる。ミカヤの目線まで飛ばされた瞬間、いつの間にか抜刀の構えになっていたことに気づく。
(速い……!)
一歩踏み出された時には、自分は抜刀による強打をくらってしまうに違いない。レイスは空中で体勢を整えると、剣尖を突き出してその一歩を阻害しようとする。しかし気づかれていたのか、ミカヤが半身だけ身体をずらしながら一歩を踏み出す。
「…水月!」
吼号と共に繰り出された一閃を目で追うのは無理だった。
「ぐっ……!」
だから、必死に身を縮こまらせ、突き出した刃を戻し、下を向いた刃を斜めにして少しでも刃の到達を遅らせた。
「驚いた。まさかあの一閃が見えていたとは」
「いえ、見えてはいませんよ。ただ、踏み出した時に僅かですがしゃがんだのが見えたので、なんとなく位置を把握できました」
「それならなおのこと、驚かされたよ」
ミカヤが使っている白装束は腰から下が普通のものより広めにとってある。それは膝の曲げ伸ばしで攻撃の位置を判断させないためだ。
「さて……どうする?」
「えっと……もう、止めておこうと思います」
その問いかけに1度アインハルトの方を見たが、かなりはらはらした表情をしていたので、ここまでにしておくことに。ミカヤも「賢明だね」と言ってくれたので、素直に下がった。
それからはまたアインハルトが吹っ飛ばされる光景を何度か目の当たりすることになったが、これでも前よりはだいぶ良くなったのだそうだ。
◆◇◆◇◆
「す、すみません、肩を貸していただいて……」
「いえ。当然のことをしているだけですから」
それからミカヤとのスパーリングは19時が過ぎてところでようやく終わりを迎え、その時にはアインハルトはすっかり疲弊しきっていたので、一先ずレイスが肩を貸す形で帰ることに。
「それにしても、ティアナさんは遅いですね」
「えぇ。そろそろ来てもいい頃だと思うのですが……」
迎えを頼んでいたはずなのに、予定の時間が迫っていながらティアナの車が到着していない。真面目な彼女のことだ。遅くとも10分前には目的地に到着できるようにしているに違いない。
《マスター、ティアナ様から通信です》
「繋いでください」
すると、ペイルライダーがティアナから通信が入ったと教えてくれた。早速繋いでもらうと、目の前に通信用の画面が開かれるが、そこには【Sound Only】とある。しかも微かだが喧噪も聞こえてくる。どうやらまだ車の運転中らしい。
《レイス、ごめんね。今迎えに向かっていたところだったんだけど、途中で交通事故があったみたいで、現場に駆り出されちゃったからそっちに行かれないの》
「そうでしたか。分かりました。わざわざありがとうございます」
《今、手の空いていそうな人を探しているから、もう少しだけ待っていてもらえる?》
「いえ。ここからなら電車も近いので、最寄駅まで行ってそこから歩いて帰ります」
《え、でも……》
「…事故の規模をペイルライダーに教えてもらいました。相当なもののようですし、しばらくそこから動けないでしょう」
《……アインハルトは?》
「私も大丈夫です。レイスさんの仰るように、電車を乗り継げばすぐ帰れますから」
《…そう、ごめんね。この埋め合わせは必ずするから》
「それこそ不要ですよ。忙しい中、通信で連絡をありがとうございました。
では、お気をつけて」
執務官が現場に出るのも不思議だと思ったが、現場に居合わせたのなら駆り出されるのも仕方がないことだろう。なによりティアナは正義感が強い。放っておくことなどできはしないはずだ。
「では、帰りましょうか」
「そう、ですね」
帰ろうと簡単に言ったものの、アインハルトはかなり体力を消耗している。最寄駅まではペイルライダーが道案内をしてくれるだろうが、あまり時間がかかるのはよくない。
「アインハルトさん、よかったら背中をどうぞ」
「え……さ、流石にそれは……!」
「途中で倒れられても困りますから」
「で、ですが……恥ずかしい、です」
消え入りそうな声で言われ、レイスもつい意識してしまう。確かに考えれば考えるほど恥ずかしい気がする。しかしここで押し問答を繰り返していても仕方がないだろう。
「でしたら、僕とじゃんけんでもしませんか?
そして僕が勝ったら、アインハルトさんはそれに従う……どうです?」
「ま、まぁ……仕方ないですね。では、じゃんけん……!」
そしてアインハルトが出したのはグー。対してレイスは、パーを出した。どう見てもレイスの勝利なのだが───
「僕の勝ちですね」
「ま、待ってください! レイスさん、今後出しをしましたよ?」
「さて、なんのことでしょうか?」
───明らかに後出しをしたと言うのに、レイスはしらばっくれた。
「もう、とぼけないでください。ずるいです」
「すみません。しかし、こうでもしないと言うことを聞いていただけないと思いまして」
「それは、そうですが……」
「ずるをしたのは認めますが、僕が勝ちえたのは間違いありませんよ」
「うぅ……で、では、失礼します」
「どうぞ」
しゃがんだレイスの背に、アインハルトがゆっくりと身体を預ける。一言断ってから立ち上がり、1回だけ背負い直して位置を微調整すると、最寄駅へ向かって歩き始めた。
「あ、あの……!」
「どうしました? どこか、痛みますか?」
「い、いえ、そういうことではなくて……その、重たくはありませんか?」
「? いいえ、まったく」
「そ、そうですか」
「そういえば、アスティオンはどうしていますか?」
「鞄の中でぐっすり眠っていますよ。いつも頼りになりっぱなしで、なんだか申し訳ないです」
「シンクロも中々の高数値ですし、今後も期待できますね」
「えぇ。インターミドルチャンピオンシップ……これを勝ち抜くためにも、ティオと共に頑張っていかねばなりません」
言葉は意気込みを感じさせる強いものだったが、レイスの首に回されている腕が僅かに強張った。
「なんと言うべきかは分かりませんが……頑張ってくださいね」
その小さな変化に気が付ついたレイス。かける言葉は何が正しいかは分からなかったが、それでも何かを言うべきだと感じ、声をかけた。その優しさに触れ、アインハルトは安堵したように小さく溜め息を零す。
「…はい。ありがとうございます」
それきり黙って歩き続け、15分ほどで最寄駅に到着した。ここからならば、電車内で座ることも可能なはずだ。切符を買うためにいざ下ろそうとして、あることに気付く。
「アインハルトさん?」
リズムよく聞こえる、小さな寝息。声をかけてみるが、起きる気配はなかった。致し方なく、レイスは窓口で事情を話して2人分の料金を払い、電車へと足を運ぶのだった。
◆──────────◆
:あとがき
今回はアインハルトの特訓を見学する話です。
所々アインハルトがむすっとするシーンもありましたが、最後は2人の距離が縮んだかなと思います。
きっと、今開催中の夏コミで販売されている抱き枕カバーのアインハルトよろしく、レイスにお持ち帰りされてくんずほぐれつしていたことでしょう(ゲス)
レイス
「もちろん、そんなことはしていませんけどね」
アインハルト
「駅まで着いた時、ノーヴェさんに任せたと後日聞きました」
残念だったね、お持ち帰りされなくて。
アインハルト
「そ、そんなことは思っていません!」
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