[携帯モード] [URL送信]

小説
Episode 35 煌めく夢















 入院生活2日目───。

 レイスは病院内に置いてある小説を借りて、自分に割り当てられた部屋でのんびりとしていた。


「…ふぅ」


 昨晩、シグルドから聞かされた話をふと思い出すが、それを聞いたところでレイスにはどうすることもできなかった。糧としたい──そう思ったものの、やはり自分には縁遠いものだった。


「結局、読み終えてしまいましたね」


 児童図書の類はあまり読む気になれず、大人向けの図書を読んでいたが、それも数時間も経てば終わってしまい、レイスはあっという間に手持無沙汰になってしまった。と言っても、もう夕方だ。インターミドルが控えているので練習に必死になっているので、今日は誰も見舞いには来ないだろう。別に寂しくはないのだが、昨日あれだけにぎやかだっただけに、もどかしいような気がする。


(それとも、本当に寂しいのかも)


 ペイルライダーさえいれば、あとは何もいらない──そう思うことすらあっただけに、この変化はレイスにからすれば不思議なものだった。これを認めるか認めないかは自由だ。どうせどちらにせよ、傍から見れば変化していると言われるのだから。


(そういえば、フェイトさんが会ったのはやはり……)


 先程、フェイトから【友達がお見舞いに来ていたから、病院の場所を教えておきました】とメールが入っていた。わざわざ見舞いに来るほど親しい間柄とは思えないが、レイスには1人だけ心当たりがあった。


「こんにちは〜」


 その時、扉の向こうからノックと挨拶が聞こえてきた。この声に聞き覚えがあるものの、まさか訪ねてくると思っていなかったのか、レイスは返事をするのにいくらか間を要してしまった。


「いないの、かな?」

「あ……すみません、今開けます」


 ベッドから出、彼女が踵を返してしまう前に扉をスライドさせて開ける。そこにはやはり彼の予想した人物が──ユミナ・アンクレイヴがいた。


「こんにちは、レイスくん」

「どうしてアンクレイヴさんがここに?」

「それはもちろん、レイスくんのお見舞いだよ」

「いえ、そうではなくて……僕が入院していること、ご存知だったのですか?」

「最初は家に行ったんだけど、そしたらフェイトさんって人が教えてくれたの。
 もしかして……迷惑、だったかな?」

「いえ、そんなことは。寧ろ、嬉しいです」

「そ、そっか。良かった」


 安堵したユミナの気持ちを表すように、サイドテールが嬉しそうに揺れ動く。彼女はレイスのクラスメートでクラス委員をつとめている。明るい性格でクラスのムードメーカーたる存在で、そして格闘技好きと言う一面もある。


「すみません。今、何もなくて……」

「大丈夫だよ、途中で買ってきたから。レイスくん、どっちがいい?」

「では、麦茶を」

「はい、どうぞ♪」

「ありがとうございます」


 ユミナと話すようになったのは、この学年に上がってからだ。クラス委員長と言うことだけあり、多くのクラスメートと接しているのでレイスもそれに漏れることはなく、少しずつ会話をしていくようになった。レイスが聞き上手なこともあり、それからはユミナの方から多く話しかけているのだとか。


「でも病院にいるって聞いた時はびっくりしちゃった」

「まぁ、大した怪我ではありませんから、明日の午後から学校にでるつもりです」

「レイスくん、まじめだね。
 だけど良かった。また学校で話せるんだね」

「? まさか、そんなに重症と言うことになっているんですか?」

「えっ!? あ、えっと……そういうことじゃなくて、ね」


 何故か顔を赤らめるユミナ。レイスは不思議そうに首を傾げており、答えてくれるのを待ってくれているようだ。


「その……学校で話せることが当たり前に感じていたから、レイスくんが欠席だって聞いて、なんだか急に寂しくなったと言うか……うぅ、言わせないでよぉ」

「な、何かよく分かりませんが……でも、心配する必要はありませんよ。
 明日になれば学校に戻って、また話せるんですから」

「それでも心配はするよ。友達なんだから」

「あ……」


 ぷくっと頬を膨らませながら言ったユミナの言葉に、レイスは昨日コロナが言ってくれたものと同じだと気付く。


「それもそうですね」

「もう、どうして笑っているの?」

「いえ。つい先日、同じようなことを言われたので」

「そうなんだ。それって、アインハルトさんが言ってくれたの?」

「違いますよ。初等科の女の子です」

「へ、へー……」


 何故か不機嫌そうにするユミナの様子に気づき、レイスは「どうしましたか?」と問いを投げるものの、彼女は「別にー」とそっぽを向いた。


「あ、あの、怒らせるようなことを言ったのならすみません」

「そういうわけじゃないんだけど……レイスくん、下級生の女の子とも仲がいいんだなぁって思っただけ」

「まぁ、確かに僕は自ら進んで人と関わるタイプではありませんからね。
 ちょっと、事情があって知り合ったんです」

「でも、交友関係が広くなるのはいいと思うよ。レイスくん、最近アインハルトさんとばかり一緒にいる気がしたし……」

「そ、そうでしょうか?」

「うん。いつの間にあんなに親しくなったのかなぁって、クラスでちょこちょこ話題になっていたよ」

「大して変わっていないと思うのですが……」


 しばらくたわいない話を繰り返していく内に、ユミナはレイスをまじまじと見つめ始めた。そして一言断ってからレイスの手を握る。


「もしかしてだけど……少し疲れがたまっているのかな?」

「まぁ、確かにずっとここで寝ているので、身体が鈍っているのかもしれません」

「…ふふっ、それじゃあユミナさんにお任せ♪」

「どういうことですか?」

「役に立てるかもってこと。
 それじゃあ、俯せに寝てもらっていいかな?」

「分かりました」


 悪いような気もしたが、せっかくユミナが言ってくれたのだから、それに甘えさせてもらうことに。だが次の瞬間、ユミナは「失礼するね」と一言断ってからレイスの背中に跨った。レイスが驚いている間に、人差し指と中指を合わせる。そしてその指先に淡い光が浮かんでから、背中に向けて手早くトントンと指先に集まった光を当てていく。


「ほいっと」


 次第に身体がじんわりと温かくなっていくのが分かる。ユミナは最初、優しくレイスの背中に触れていくが、少しずつ籠める力を強めていく。


「痛くないかな?」

「は、はい。寧ろ気持ちいいです」

「ふふっ、良かった♪ それにしてもレイスくん、結構筋肉あったんだね」

「最近になって、ですけどね」

「…もしかして、インターミドルに出たりするのかな?」

「残念ながらその予定はありません。アンクレイヴさんは、やはり生で観戦を?」

「そうしたいのはやまやまなんだけど、やっぱり毎試合は厳しいからね。
 チャンピオンとかヴィクトーリア選手とか、注目選手の試合は見たいけど」


 たわいない話をしている内に、身体がだいぶ楽になってきた。マッサージをしてくれていたユミナもそれに気が付いたのか、程なくして背中から下りる。


「はい、終わり」

「ありがとうございます。随分と楽になりました」

「えっへん! これからも、疲れたらユミナさんに任せなさい」


 誇らしげに胸を張るユミナ。彼女の底抜けの明るさが羨ましいものだ。


「それにしても、こういうことを学んだのは、やはり競技者の役に立ちたいからですか?」

「うん。でもまぁ、それよりももっと大きな理由があるんだ。
 アスリートの身体は……その人が時間と想いをかけて、一生懸命作り上げた作品だと思っているから。それが壊れてしまわないよう、傍で見守っていけたらなぁって」

「なるほど。それが、アンクレイヴさんの夢なんですね」

「うん♪ そう言うレイスくんは、どんな夢を持っているの?」

「僕は……僕は、ありません」

「え?」

「魔導師になりたいとは思いますが、それが夢かと問われれば違うかと」


 苦笑いし、何気なく窓の向こうへと視線を向ける。夕暮れに染まった空が、どこか物悲しく感じさせる。アインハルトやヴィヴィオ達のような学友や、ケインらを始めとした大人達と知り合う前の自分なら、例え夢がなくとも気にしてなどいなかったはずなのに、今はどうにももどかしく思ってしまう。

 だが、レイスにはその肝心の夢がない。魔導師を目指しはするものの、それを夢だとは思えなかった。


「いうなれば、空っぽな状態ですね」

「でも、裏を返せば、選択肢がたくさんあるってことじゃないかな?
 私たちはまだ子供なんだし、焦らず考えていこうよ。私も手伝うから」

「…そう、ですね。そうしてみます」


 それから10分ほどまた話してから、ユミナは帰ると言いだした。まだうっすらと明るいが、1人で送っていかせるには申し訳ない気がする。


「送っていければいいのですが……」

「気持ちだけ受け取っておくね。まだ退院しちゃダメなんだから」

「今日はお世話になりっぱなしでしたし、いずれ何かの形でお返ししますね」

「うーんと、それじゃあ……1つだけお願いを聞いてもらおうかな」

「まぁ、僕が叶えられることなら」

「ふふっ、もちろん。とりあえず、決まったら話すね。
 それじゃあ、また明日」

「…はい、また」


 ユミナが出ていき、スライド式の扉が重みに従ってゆっくりと閉められる。ベッドから立ち上がり、なんとなく窓の外を見下ろすとユミナの姿が見えた。しばらく彼女の後ろ姿を見ていると、期せずしてこちらを振り返って笑顔で手を振ってくれたので、レイスも片手を挙げて挨拶を返した。





◆◇◆◇◆





 翌日───。

 レイスは午前中の内に精密検査を受けて問題がないことを確認してから、フェイトに車で自宅まで送ってもらい、家事を済ませて昼食を取ったのち、支度を済ませて制服に着替える。


「うーん……擦り傷は、まだ残っていますね」

《やはり医師の仰ったように、全ての傷を治療してもらった方がよろしかったのではありませんか?》

「まぁそうなんですけど……たかだか擦り傷だけですからね」

《痛むのではありませんか?》

「多少は。今更喚くわけではありませんが、やはりペイルライダーの言うように治癒してもらうべきだったかもしれませんね」

《後悔先に立たずとは、よく言ったものです》

「まったくですよ」


 苦笑いしつつ制服に袖を通していく。シャツが擦れる度に傷が痛むが、少しぐらい我慢すれば問題ないだろう。鞄を持ち、蒼い愛機をペンダントのように首から下げる。


「午後から出ることになるなんて思いもしませんでした」

《せっかくですから休んでいてよろしかったと思うのですが》

「それもそうなんですが……アンクレイヴさんとも約束しましたからね。
 それにまた休むと、ヴィヴィオさんらも心配して特訓に身が入らないでしょうから」

《マスター……》

「以前は自分のことしか考えていませんでしたが……それを思うと、随分と変わったものですね」

《マスターのためにも、良い傾向だと判断します》

「だといいのですが」


 玄関に出、施錠を済ませてレイスは学校へ歩き出す。このままのペースで歩いていけば、昼休みが始まる頃には学校に着くだろう。午後に通学路を歩いていく機会は滅多にないので、少し新鮮な気持ちだ。


「それにしても、アンクレイヴさんは何を要求してくるのでしょうね?」

《流石にそれは、私には分かりかねます。しかし、マスターはどのような要望であっても応えるのでは?》

「それはまぁ、僕が叶えられるものなら。彼女なら無理難題を押し付けてくることもないでしょうから」

《しかし、あまりユミナ様にばかり感けていては、アインハルト様がどう思われるか……》

「アインハルトさんが? 別にどうも思わないのでは?」

《マスター……鈍いです》

「え、何がですか?」

《いえ。なんでもありません》

「そうですか?」


 ペイルライダーはそれ以上何も言わなさそうなので、レイスも言及せずに学院への道を歩いた。

 寄り道することもなく、レイスは予定通り昼休みが終わる前に学院に到着した。クラスメートが駆け寄ってきて一時的に人だかりが出来たが、レイスが大丈夫だからと話すと、皆昼食に戻っていった。


(今なら……)


 人だかりに加わるのがなんとなく恥ずかしくて遠目から見ているだけしかできなかったアインハルト。所定の席に座ってからでも遅くないだろうが、待っているのは友達としてよくないと考え、席を立つ。だが、レイスは何故か自分の席があるのと反対の方向へ歩いていく。彼の行き先は、ユミナの席だった。レイスが声をかけると、彼女はいつもの明るい笑みで応対する。


(何ででしょう……胸が、痛い?)


 物理的な痛みではない。心がざわつくと言うか、気持ちが乱されると言うか──とにかく、精神的な痛みを感じる。誰かに相談しようか悩んだものの、いつも感じるものではなかったので何も言えなかった。


「アインハルトさん」

「えっ? あ……ご、ごきげんよう、レイスさん」

「ごきげんよう」


 いつの間にかユミナとの会話を終えていたようで、アインハルトはレイスに慌てて返事をする。互いに着席すると、レイスはアインハルトに向き直った。


「こないだは、お見舞いに来てくれてありがとうございました」

「いえ、そんな。当然のことですから」


 件の痛みは既に消え失せており、アインハルトは気にしなくてもいいかと考えるのだった。


「そういえば……ティアナさんが、今日は見稽古に徹してはどうかと言っていましたよ」

「見稽古、ですか。本来なら、皆さんの特訓に追い付きたいところなんですが……」

「では、やはり見稽古の方がいいと思います。レイスさんが無理をしそうなら止めるように言われていたので」

「アインハルトさんまで……僕は無理などしていないんですが」

「いいえ、絶対にしています」


 アインハルトにしては珍しく、剥れた表情をしている。どうやら周囲は無理をしていると言うことで意見が完全に一致しているようだ。


「それで、今日はどうしますか?」

「そうですね……ヴィヴィオさん達の個々の特訓も気になりますが、誤って口外はできませんからね。アインハルトさんのスパーリングを見てもいいですか?」

「もちろんですよ。では、ノーヴェさんに伝えておきますね」

「お願いします。あ、それと1つお願いしたいことがあるのですが」

「なんでしょう?」

「放課後、少し時間を頂きたいんです」





◆◇◆◇◆





 放課後───。

 レイスはアインハルトを伴って初等科の校舎へ足を運んだ。程なくして目的の人物を見つけると、向こうもこちらに気がついて駆け寄ってきた。


「レイスさん!」

「ごきげんよう、皆さん」


 初等科へ来たのは、もちろんヴィヴィオとリオ、そしてコロナに謝辞を伝えるためだ。


「もういいんですか?」

「えぇ。元々、大した怪我でもありませんでしたから」


 心配そうにするコロナに笑いかけ、安堵させてから、今日はアインハルトについていく旨を話した。


「そうですか……」

「でも、またすぐに特訓に戻るんですよね?」

「もちろんですよ」


 たわいない話を少しだけ交わしてから、アインハルトが遅れてしまわないために早々に踵を返すことに。今夜にでもまた通信を介して話す時間を取れるはずだ。今の内に話しておかなくてはならないこともないので、大丈夫だろう。


「では、行きましょうか。
 行先は確か……」

「はい。抜刀術天撞流の第4道場です」










◆──────────◆

:あとがき
前半はユミナとのちょっとしたお話し。後半ではアインハルトがやきもきするシーンを書きました。

誰がどう見てもユミナの方が圧倒的に優勢に見えると思いますが、今後どうなるかはお楽しみと言うことで。

作中でもありましたが、レイスは基本的に夢とか目標を抱くことはありません。
本人も言っているように空っぽの状態ですね。この考え方が変わっていくのか、はたまた悪くなっていくかはまだ分かりません。

そんなレイスですが、ユミナからお願いをされることに。それはちょっと先になりますが、またイチャイチャしてもらおうと思いますのでお楽しみに。


次回はアインハルトとレイスがミカヤの所に赴く話、もしくは6話の裏話になると思います。
では、次回もよろしくお願い致します。






[*前へ][次へ#]

あきゅろす。
無料HPエムペ!