ミッドチルダ南部の海岸に程近い場所。そこに、八神家の家は存在する。
「すみません、遅くなってしまって……」
「ええよ。君に怪我がなくて良かった」
「ありがとうございます」
横長のソファーにレイス、アインハルト、チンク、そしてノーヴェの順で並んで座り、対面にはアインハルトのデバイスを製作してくれたはやてとリインフォースU、そしてアギトがにこやかな笑みを浮かべている。
「それじゃあ早速、アインハルトのデバイスをお披露目といこっか」
「はい」
緊張した面持ちとなったアインハルトとは対照的に、はやて達は笑顔のままだ。ノーヴェとチンクも特にこれと言った不安がないようで、一先ず完成したことに安堵している。
「中々楽しいデバイス作りでしたよ」
「お任せしてもらった範囲も広かったからな。気にいってもらえっと嬉しいけど」
「ユニットベースはリインが組んで……」
「はやてちゃんがAIシステムの調整と仕上げをしてくれたですよ」
「ほんで、外装はアギトが担当してくれたんや」
「正しく、古代ベルカのエクストラワンですね」
「いやいや。そう言ってもらえるだけの物に仕上がっているかはこれからやから」
「んで、あたしなりにヴィヴィオやルールーから話を聞いて外装を作ったんだ」
「そのお話と言うのは?」
「クラウス陛下が、豹を飼っていらしたって話を聞いたんやけど……」
ちらりとアインハルトを見ると、即座に頷きかえした。彼女曰く、雪原豹はシュトゥラ地方では兵士並みの働きをしてくれたのだそうだ。それで、クラウスらも大事にしていたのだとか。
「そんなわけで、シュトゥラの雪原豹をモチーフにして作ったんだ!」
「え? ですがそれでは、大きすぎると思いますが……」
レイスの疑問はノーヴェらも同感なのか、不思議そうに首を傾げている。ただ1人、アインハルトだけは何故かいいかもしれないと思っているのか、目を輝かせていたが。
「そこらへんはノープロブレムだ! な、リイン」
「はいです♪」
そう言って取り出したのは、小さな小箱。もしこの中に件のデバイスがあるとしたら、まだ幼い雪原豹をイメージしたのかもしれない。それなら連れ歩いても問題なさそうだ。
「さ、開けてみて」
はやてに促され、高鳴る鼓動に従って箱を開いたアインハルト。そこに収められていたのは──豹と言うより、仔猫に近かった。
「えっと……」
「な、何だ?」
「もしかしてイメージと違いましたか?」
「い、いえ、そういうわけでは……!」
不安げに見詰めてくるリインフォースUとアギトに、慌てて弁明する。確かに想像していたのとは違うが、可愛らしくて愛着がもてる。やがて声に反応したかのように、豹柄のデバイスがもぞもぞと動いてアインハルトを真正面から見詰める。
「あっ……!」
とても可愛い。どうやらヴィヴィオのセイクリッドハートと同じ感じのようだ。
「ぬいぐるみ外装はお茶目なんやけど、性能は折り紙つきやで。
アインハルト、触れてあげて」
「は、はい」
おずおずと両手で優しく抱き上げ、ようやく気づく。デバイスであっても、触れた時に感じられる温もりを持っていると言うことに。まるで生きているかのように温かい。
「こんなにも可愛らしい子を頂いていいのでしょうか?」
「もちろんですよ♪」
「アインハルトのために作ったんだからな」
「マスター認証がまだやし、名前もないからつけてあげてな」
「はい」
「マスター認証は庭でやりましょうか」
リインフォースUが率先して、庭に繋がる窓を開けてくれる。大事そうに両手で持った、苦楽を共にしていく愛機を見詰めながら、ふと思い出す。
(オリヴィエ聖王女殿下が特に気に入っていらしたつがいがいたっけ。
気が早いから、生まれてくる前に名前をつけていて……でも、生まれてくることができなかったあの子には、なんて名前を……?)
心を落ち着けて、目を閉じる。記憶を遡ることに多少の抵抗はあったが、今は落ち着いてそれができる。やがて閉じていた瞼を開いた時、アインハルトはその名を思い出した。
(そうだ。お二人が大好きだった物語の主人公……勇気を胸に、諦めずに進んでいく小さな英雄……)
足元に魔法陣が浮かび上がり、深呼吸をして愛機を見詰めかえす。
「個体名称登録……あなたの名前は、【アスティオン】。愛称は【ティオ】。
アスティオン、セットアップ」
眩い光に包まれ、それが止んだ時、アインハルトはいつもの大人の姿にバリアジャケットと、見慣れた姿になっていた。
「おぉ」
「うまくいったみたいやね」
「あれ? 髪型が変わっているな」
「あ、そういえば……」
歓声が上がる中、ノーヴェに指摘されて窓ガラスにうっすらとうつっている自分を見る。確かにいつもと髪型が違う。それに、バリアジャケットもスカートが変化していた。前よりも足が自由になったと思う。
「きっと、アスティオンが変更してくれたんですよ。こっちの方がいいって」
「そうなのですか?」
《にゃ〜♪》
問いかけるアインハルトに、アスティオンは可愛い鳴き声で同意を示した。ますます豹よりも猫と言ったイメージがついたが、レイスはそれについて黙っておく。
「ほんなら、細かい調整にうつろうか」
「はい、お願いします」
アインハルトとアスティオンが調整に移ったため、レイスは少し離れた場所で見守る。そうしていると、ペイルライダーがメールの受信を知らせてくれた。
「コロナさんから?」
何かと思ってメールを開くと、つい先程校内でハリー・トライベッカに会ったとのこと。
「…ペイルライダー、知っていますか?」
《どうやら、去年インターミドルで都市本戦5位に入賞した方のようです。近接戦に加え砲撃もこなすことから、【砲撃番長(バスターヘッド)】の二つ名があるのだとか》
「それはまた……コロナさん達が勝ち抜けば、避けられない相手のようですね」
添付されているのは、どうやらそのハリーが描いたイラストとサインらしい。なんとも可愛らしいイラストに、レイスはただただ茫然としてしまうのだった。
「レイス。この後だけど、時間あるか?」
「えぇ。確か、今日から個別に特訓すると窺っていますが」
「あぁ。で、アインハルトはあたしの知り合いのところにスパーに行ってもらう予定なんだ。
レイスはそっちについて行ってもいいし、個別特訓の見学でも構わない。どうする?」
「そうですね……せっかくですし、ヴィヴィオさん達の方に顔を出そうと思います」
「そっか。じゃあケインに連絡をしておくか」
「え? 何故ラーディッシュさんに?」
「インターミドルに出場しないとは言え、お前も強くなった方がいいからな。
個別と見るとなると、ケインしか手が空いていないからさ」
「は、はぁ……」
特訓を選んだことを後悔したが、どうせ遅かれ早かれ特訓は開始するのだ。今からでも構わないだろう。
「そんじゃあ、また後でな」
「はい」
◆◇◆◇◆
数時間後───。
指定された場所にいくと、先に来ていたヴィヴィオ達が声をかけてきた。
「レイスさん!」
「今日から特訓なんですか?」
「えぇ。アインハルトさんはノーヴェさんの紹介でスパーリングへ行きましたから、見稽古をしようかと思いましたがお邪魔になると悪いですし」
「お、全員揃っているな。早速特訓にはいるぞ」
「はい!」
ヴィヴィオ達が揃っていることを確認してから、ノーヴェは早速特訓にうつることに。彼女の周りには、特別コーチとしてやってきたオットーとディード、そしてケインの姿が。
「特訓の目的はただ1つ。【特技の徹底強化】だ。
基礎トレと合同練習は今まで通りあたしが見るけど、秘密特訓の際はそれぞれ固定のコーチがつくからな」
「では、それぞれの場所に移りましょう」
ディードはリオを伴い、一足先に離れていく。コロナもオットーに連れ添われ、所定の場所へ向かっていった。
「そんじゃあ、俺らも始めるか」
「はい」
ケインに促され、レイスも少し離れた場所に移動する。とは言え、彼はインターミドルに出場しないので、特訓をやり込まなくてもいいのだ。ケインもそれを分かっているため、無理なメニューは組んでいない。
「さて、特訓を始める前に……これを付けてもらえるか?」
「これは……?」
「まぁつけてみれば分かるって」
そう言われて、適当に右腕に嵌めてみる。するといきなり身体が重たくなった。思わず膝を着きそうになるが、なんとか踏み止まる。
「…やっぱり、ヴィヴィオ達ほど辛くはないみたいだな」
「なんだか、魔法も出しづらいような……?」
「それは、本局に勤めている技術スタッフが作ってくれたんだ。
魔力負荷だから、筋力負荷と違って身体に負担をかけないし、レイス達は今が魔力の成長期でもあるからな。それを使って負荷と解放を繰り返すことで、魔力が伸びていくんだ」
「な、なるほど」
「けど、レイスにはもう1つつけてもらうぜ」
「えっ!? さ、流石に2つは……!」
「まぁいきなりで大変なのは分かるが、トレーニングをするにあたってレイスの実力を考えてのことだから、これくらいは頑張ってもらわないとな」
「…わ、分かりました」
「さて、それじゃあ準備ができたみたいだし……まずは簡単にぶつかり合ってみるか。
お前が使う爆破魔法に幻術……どっちも今の状態じゃ使いづらいだろうが、どんなに困難な状況下にあっても切り抜けるだけの知恵と度胸を身に着けてもらうからな」
にっと笑み、星牙を構えるケイン。予想通り、かなりのスタルパで来るようだ。レイスはただただ苦笑いするしかなく、ペイルライダーを起動させた。いつもの双頭刃が、リストバンドのせいでかなり重たく感じて仕方がない。
「そんじゃあ……行くぜ、レイス!」
「お手柔らかにお願い致します」
疾走してくるケインに対し、レイスは双頭刃を構え直して応対した。
◆◇◆◇◆
20時7分───。
すっかり夜が更けてしまい、街並みも喧噪をなくして家の灯りが広がっている。そんな夜道を、ヴィヴィオは重たく、しかも時折ふらつく足取りで歩いていた。
「うー……もう、ダメ」
「大丈夫ですか? やはりせおっていきますよ」
「だ、大丈夫ですー……」
そんな彼女に、レイスが連れ添って歩いていく。今日の特訓は初日と言うことでかなりハードだった。それはヴィヴィオだけでなく、コロナ、リオ、そしてレイスとアインハルトにも言えることで、大きな疲労感がある。
家の近くまで来たところで、ヴィヴィオとレイスは送迎のために来てくれたティアナが運転する車から下り、歩いて帰っている。そしてコロナとリオはティアナが。アインハルトはノーヴェが送って行った。
大した距離ではないのだが、疲労した身体は重たくて仕方がない。家が見えてきて、ようやくと言った気持ちになる。玄関の扉を開き、懸命に帰宅の声を上げるヴィヴィオ。
「た、ただいまぁ……」
そんな彼女の声に疲労感があることに気がついたのか、なのはがぱたぱたとリビングから駆け寄ってくる。
「おかえりなさい。また随分とお疲れのご様子だね。
お風呂湧いているけど、すぐ入る?」
「うん」
「じゃあパジャマは私が後で持っていくから、先に入っておいで」
「はぁーい」
セイクリッドハートに付き添われながら、ヴィヴィオは脱衣場へ向かう。それを見送った後、なのははレイスに向き直る。
「ごめんね、わざわざ連れ添ってもらって……」
「いえ。苦ではありませんでしたし、心配でしたから。
では、僕はこれで失礼致します」
「あ、待って」
早々に踵を返そうとするレイスだったが、なのはに呼び止められて振り返る。
「レイス、これから夕飯だよね? 今から作るの?」
「いえ。流石に疲れているので、どこかで購入しようかと……」
「じゃあ、よかったらウチで夕飯食べていったらどうかな?」
「え? いえ、流石にそれは……」
「うん、そうしよう。さ、入って入って♪」
有無を言わさず家に上げるなのは。その強引さに呆れることはないが、ただただ茫然としてしまう。リビングに通され、着席させられる。なのははまだ夕飯を作っている途中とのことで、出されたジュースで喉を潤しながら待つことに。
その頃ヴィヴィオは、お風呂に入りながら通信で友人らと会話をしていた。
「そんなわけで、特訓組はかなり大変でした」
《そーなんですー》
苦笑いするヴィヴィオに同意するよう、リオが疲れ気味の声を出す。
《こちらもだいぶぼろぼろにされてしまいました……実戦だったら20回は死んでいますね》
《お強い方なんですね》
《えぇ。ですが皆さんも頑張っていますし、音を上げていられません。
ミカヤさん以外にも、スパーの相手を組ませて頂いていますし》
どうやらアインハルトの方もかなり苦戦を強いられたようだ。自分たちの中で最も強くある彼女にそこまで言わしめる相手がいる──その事実に驚くと同時に、戦ってみたいと言う気持ちもわいてくる。
《アインハルトさんも、あのリストバンドをつけているんですか?》
《はい。中々大変です……》
そんなアインハルトの呟きに同意するように、微かだが猫の鳴き声が聞こえてきた。不思議そうに首を傾げ、疑問を投げかける。
「アインハルトさん、さっきから猫の声が聞こえるような……?」
《あ、その……詳しくは、明日の練習会でお話しします。
ところで、レイスさんがどうしているか分かりますか? 通信が繋がらなくて……》
「あ、レイスさんならウチに居ますよ。
なのはママが夕飯を作るの大変だろうからって言って、呼び止めたそうです」
《え?》
《ヴィヴィオの、家に……?》
《そうなんだ》
3人の返答は、意外とばらばらだった。アインハルトとコロナは何故かかなり驚いているようだし、リオは特に不思議でもないのか普段と同じ反応だ。
「どうかしたんですか、アインハルトさん?」
《い、いえ……なんでも、ありません》
《コロナも、驚いていたみたいだけど……》
《う、うん。でも、ただ驚いただけだから》
「待たせたら悪いし、私はそろそろ出るね」
《はーい。じゃあ、次は明日だね》
《では、私も失礼致します》
《ゆっくり休みましょう》
通信を終えて、ヴィヴィオはお風呂から上がる。お風呂でのんびりしたい気持ちもあったが、レイスを待たせては申し訳ないと思って髪を洗っていった。
◆──────────◆
:あとがき
今回はアスティオンの譲渡と特訓の開始になります。
ちょっとした閑話なので、あまり重要なことはないのですが、次回はなのはとフェイト、2人とレイスが話し合う予定です。
レイスの考え方が少し垣間見えると思います。お楽しみに。
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