アインハルトのデバイスが出来上がるまで、あと数日と迫ったある日。
登校途中でレイスの姿を見つけたアインハルトは、彼に声をかけようとして、曲がり角から現れた同じクラスの少女に気付いて止めた。人前で話す機会は、合宿を経た後でもあまり増えていない。単にアインハルトが恥ずかしがっているせいなのだが、レイスはそれに何も言ってこないのでそれに甘える形となってしまっていたりする。
「彼女は、確か……」
そして、先程現れた少女はアインハルトに気付くことなく、レイスの方へ駆けて行った。確か、名前はユミナ・アンクレイヴだったか。いつも明るい、クラスのムードメーカーだ。
(な、何を話しているんでしょう?)
ユミナはレイスの傍まで行くと、笑顔で何かを語りかけている。一方のレイスはと言うと、苦笑いしてはいるものの彼女の話にしっかり相槌を打っては笑いかけている。
(し、親しげですね……)
思わずこそこそしてしまうアインハルト。並んで歩いていく2人を後ろから眺めているしかできないのがもどかしい。
(私だって、レイスさんと……)
恥ずかしさや羞恥心さえなければ、自分だってレイスと親しげに歩いて見せるのに──そう思うたびに、自分の消極的な性格に気落ちしてしまう。だが、今回はいつも以上に辛いのが不思議だった。
(私にも、ヴィヴィオさん達のような明るさがあれば……)
しょんぼりと肩を落とし、次第に視線も地面を向いてしまう。だが、そんな状態で歩き続けては当然ながら───
「あうっ!?」
───電柱にぶつかってしまった。痛みに悶えていると、足音が近づいてきた。こんな恥ずかしいところを見られてしまったかと思うと、余計に恥ずかしくて仕方がない。
「大丈夫ですか、アインハルトさん?」
「え……レ、レレレイス!?」
しかもあろうことか、声をかけてきたのはレイス。先を歩いていたはずの彼が、何故ここにいるのか不思議だ。それ以上に、彼に見られてしまった事実がなんとも恥ずかしくて堪らない。
「アインハルトさん? 大丈夫……では、ないみたいですね」
レイスが手を差し出してくれていることにも気づかなかったアインハルト。その様子大丈夫ではないと判断したレイスは、アインハルトを座らせてぶつけた箇所をじっくり見る。そっと髪を掻き分け、優しく触れる。
「こぶはできていないようですね。大事な試合が控えているのですから、怪我には気を付けてください」
「は、はい。あの、レイスさん」
「はい?」
「さ、先程はアンクレイヴさんと何を話してらしたのですか?」
「あぁ、彼女は格闘技のファンなんです。僕がインターミドルについて調べているのを知って、最近話すようになったんです」
「そ、そうなのですか」
接点がそれだけだと知って、ほっとするアインハルト。それが顔に出ていないか気になったが、どうやら問題ないようだ。
「念のために、保健室に行きましょう」
「い、いえ。それには及びません」
「そうですか? ともかく、無理はなさらぬよう」
先に立ち上がり、レイスは改めてアインハルトに手を差し出す。その優しさに甘えるよう、アインハルトは静かに手を取り返した。
それからは並んで歩いていくことを選び、緊張しつつも歩みを進めていく。
「そういえば、こうして歩いていくのはこれが初めてですね」
「そう、ですね。下校の際に会うことはありましたが……」
「また時間が合えば、こうして登校するのもいいかもしれませんね」
「で、ですが……その、クラスの方々に変に思われないでしょうか?」
「と言うと?」
いったい何を変に思うと言うのか──レイスは意味が分かっていないようで、首を傾げている。
「い、いえ。私の考え過ぎているだけのようです。忘れてください」
「そうですか? そう仰るのであれば」
やがて校門を通って昇降口へ向かうと、レイスを待っていたのかユミナが駆け寄ってきた。アインハルトはそそくさとその場を離れ、先に教室へ向かってしまう。
(私、何をしているんでしょう……)
一々2人の動向を気にしてばかりいる自分が恥ずかしい。どうして気になってしまうのか、答えを見いだせないだけにアインハルトは戸惑いを捨て去ることができなかった。やがてユミナと共に教室へ入り、隣の席に座ったレイスを横目で一瞥すると、ちょうど彼がこちらに視線を向けてきた。期せずして重なった視線に、アインハルトは耐えきれるはずもなくすぐに逸らす。
(レイスさんに失礼な態度を取ってばかりですね……)
そんな、内心で頭を抱えているアインハルトの心情を知ってか知らずか、レイスはいつも通り接してくるのであった。
◆◇◆◇◆
数日後───。
「あーっ、流石に早く着きすぎたかな」
「遅れるよりはましだろう」
アインハルト専用のデバイスが完成したとのことで、放課後になってからノーヴェの迎えを受けて、アインハルトは彼女が運転する車に乗せてもらった。共に下校しようと思っていたレイスも、半ば強引な形ではあるが同行することに。車内にはノーヴェの姉、チンクの姿もあり、4人は約束の場所へ程なくして到着した。
「少し、風にあたってきますね」
「あぁ。けど、約束の時間には遅れるなよ?」
「はい、留意します」
海岸に近いことだけあって、海風が心地よい。レイスと一緒に歩いていこうかと思ったが、ふと身体を動かしている少女を見つけて足を止める。ヴィヴィオのような明るさを持った感じがあどけない顔から窺える。
(変わった型ですね。でも、彼女……かなり、できる)
動きの切れで練度がよく分かる。しばらく巻き藁に向かって正拳や蹴りを繰り返していると、唐突にそれから少し距離を取っていく。そしてすっと腰を落とし、構えた。
(この距離で……?)
不思議そうにしていると、ふっと彼女の姿が消えたように見えた。そして次の瞬間、巻き藁は彼女の蹴りによって見事に半分に砕け散っていた。その速さと威力に、アインハルトは戦慄する。
「なんだ、ミウラじゃないか」
「ノーヴェさん、ご存じなのですか?」
「あぁ。八神道場に通っている子だよ。確か、今年インターミドルに初出場するんだと」
「彼女も……」
少女──ミウラは技の威力を抑えきれずに巻き藁を壊してしまったことに戸惑っているようだが、先程の技はかなりのものだった。初出場の彼女でさえ、あれほどの練度を身に着けている。
(今のままじゃあ、まったく通用しない……!)
拳をぎゅっと握りしめ、アインハルトは唯一弱音を吐いても大丈夫そうなレイスの姿を探すが───
「あれ? レイスさん?」
───彼女の傍に、レイスはいなかった。
しばらく歩道に沿って歩いていたレイスだったが、だいぶ離れてしまったようだ。とは言え、早歩きすればすぐに戻れる距離だけに、レイスは気にすることもなくふと立ち止まり、ぐっと身体を伸ばす。
「う〜ん……アインハルトさんのデバイス、どういったものなんでしょうね?」
《そうですね……動きを阻害しないようなタイプとなると、やはりピアスやペンダント型と思われます》
「しかし、これから相性を上げていくとなると、大変な気もしますが……」
《心配ですか?》
「……どうでしょうね。正直な所、彼女ならなんとかできてしまいそうな気がしますし、心配と言うほどでもないですね」
ペイルライダーとたわいない会話をしながら、ふと海岸を見るとレイスの目にもミウラの練習風景が見えた。
「…凄いですね」
《えぇ。かなりできると思われます。もしかしたら、彼女も出場なさるのかもしれませんね》
「インターミドル……ですか」
溜め息をついて欄干に身を預けていたレイスだったが、「ちょっといいかな」と不意に声をかけられて振り返る。そこにはにこやかな笑みを浮かべている女性が。
「お姉さんの聞き間違いじゃなければ、今インターミドルって聞こえたんだけど……」
「えぇ、言いました」
「もしかして出場するのかな? でも、自分の力に自信がない……そう見たよ!」
「え? いや、僕は……」
「大丈夫! たったの数日で強くなれる“お薬”があるんだよ」
「…薬?」
ぴくりとレイスの反応が変わったのを察したのか、彼女はふっと微笑んだ。先程とは違い、悪意ある笑みだが。
「興味がありますね」
「そう? それじゃあ、お姉さんの後についてきて」
そう言われ、どんどんと海岸から離れていく。それでも、ここの地理に詳しいのか、彼女は細い道を通っていくとあっという間に人の気配がなくなった。
(薬……間違いなく、禁止薬のことですよね。間違っていたら大変ですが……アインハルトさんたちに危害が及ぶよりはずっとましです)
気づかれないようにペイルライダーを起動し、双頭刃を振り上げる。だが、それが振り下ろされるより早く、女性が気付いた。そして上段からの一閃を躱すと同時に腕を伸ばし、レイスの頭を鷲掴みにして壁に激突させる。
「ぐっ!?」
「あはは、気付いていないとでも思ったの?」
(し、しまった……!)
もう片方の手で関節技を決められ、痛みに耐えかねてペイルライダーを落としてしまう。そして足蹴されて道路の隅っこに追いやられてしまった。
「私を捕まえるつもりだったのかな? だとしたら、甘く見過ぎだよ」
にやりと笑う彼女に、レイスはぞっとする。恐らく彼女も薬を使っているのだろう。でなければ、こんな恐ろしい笑みを浮かべられるはずがない。
「まぁいいや。客じゃないなら……死んでもらうよ!」
「っ!」
何か手はないか──必死にこの状況を打破する策を考えた瞬間、黒い影が一気に近づいてきた。かと思えば、それはレイスのことを掴んでいた腕を握りつぶすのではと思うほど強く握り、レイスへ籠められていた力が弱まったのを察知すると腹部を蹴り飛ばした。
「げほっ……! た、助けてくれて、ありがとうございます」
「礼は不要だ」
咳が落ち着いて、ようやく面を上げたレイスの前に立っていたのは、全身が黒尽くめの男──シグルドだった。レイスの方からは顔を確認できないが、どうやらフードを被っているらしく相対している女性にも素顔は見えないようだ。
「貴殿に1つ聞きたい。その薬の出所を答えろ!」
「はー……? 何でお前にそんなこと言わなきゃいけないのさぁ!」
「…致し方ない。やり過ぎては俺に嫌疑がかかる、か。
やむを得ん。沈めさせてもらう!」
女性へ向かって突撃していくシグルド。対して、彼女は拳に嵌めたデバイスの尖端に魔力を籠めていく。
(集束が速い……!)
彼女本来の力か、はたまた薬による恩恵かは分からないが、すぐにバスター級の砲撃が完成した。それでもシグルドは速度を落とすことも、防御するために足を止めることもしない。
「くらえ!」
遠慮なく放たれた集束砲は一直線にシグルドへ迫る。だが、彼はそれにあたるより早く左側にある壁に向かって跳び、砲撃を躱してすぐに、今度は相手の女性へと跳躍した。
「なっ!?」
「は、速い!」
あまりに無駄のない動き。流れるような動作であっという間に砲撃を躱し、そして相手へ向かって蹴りを決めてしまった。
シグルドの蹴りは、彼女が展開したシールドすらやすやすと蹴り砕き、そのまま反対側の壁まで吹き飛ばす。そして両足で彼女の首を挟むと、ぐっと力を籠めて後転し、今度は道路に頭から叩き付けた。
「…気絶したか」
(す、すごい……!)
1分も経たないうちに相手をのしてしまったシグルドに、レイスはただただ驚くしかなかった。彼は女性が気絶したのを確認すると、バインドを4つ施してからレイスに手を差し伸べる。
「大事ないか?」
「あ、はい。ありがとうございます」
「気にするな。俺は薬の出所を独自に探っているのでな。他言無用で頼む。
それと、急いでいる故、今後の対応は一任させてもらう」
「え? あっ……!」
それだけ言い残すと、シグルドは跳躍してあっという間にその場を離れて行った。
「ペイルライダー、大丈夫でしたか?」
《はい、問題ありません。私の方から既に通報も済ませておきました》
「そうですか……本当に、良かった。
ペイルライダー、無事で……良かったです」
《マスター……》
家族よりも長い付き合いにあるペイルライダー。彼女が手から零れてしまっただけで不安に襲われてしまう体質は、いつまで経っても治りそうにない。
《レイスさん!》
「ア、アインハルトさん!?」
いきなり通信が入ったかと思うと、アインハルトらしくない大声が聞こえてきた。思わず飛び上がりそうになるが、彼女と約束をしていたことを思い出す。
《もう時間が過ぎてしまっているのですよ! どこにいるのですか!》
「す、すみません。実は……」
件の女性と何があったのか話すと、アインハルトは慌てて通信を切った。いったいどうしたのかと思っていると、しばらくして彼女から呼ばれる。
「レイスさん……! 大丈夫ですか? お怪我は……?」
「だ、大丈夫です。どこも怪我などはしていませんから」
「アインハルト、落ち着け」
血相を変えて走ってきたのか、後からノーヴェとチンクが息を切らせて駆け寄ってきた。2人で懸命にアインハルトを宥めている間も、薬の売人たる女性が目を覚ますことはなかった。どうやらかなりのダメージを負ったらしい。
「なるほど……薬、か」
「はい」
誘いに乗ったと言うとアインハルトが憤慨しそうなので、たまたま現場に居合わせたことにして話す。その間もアインハルトは心配そうにしていたが、やがて安堵してくれた。
「とりあえず、ヴィヴィオ達にはあたしの方から注意しておく。まぁ、乗っかる心配はないんだが……変に正義感が強いからな。そいつらを捕まえようとして無茶しそうなきがしてならねぇな」
「あ、あはは……」
今正に捕まえようとしていただけに、耳が痛い。レイスはただ苦笑いするしかなかった。
その後、件の女性を引き渡してから、待たせてしまっている八神一家の自宅へと足を運んだ。
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:あとがき
冒頭はレイスに対するアインハルトの気持ちをちょろっとだけ書きました。少しずつ異性として意識していますが、それが恋愛感情と言うことにはまだ考えが至っていないご様子。
一方のレイスですが、アインハルトに対しては特にこれと言って変化はありません。こちらの方がかなり難物だったりします。
さて、いよいよデバイス(アスティオン)を迎える所まで来ました。その前に一悶着ありましたが、シグルドの介入で無事終了。
この後も同じ案件でちょこちょこ話を挟むつもりです。
次回はデバイスの受け取りと特訓をちょっとだけ描くだけなのでそんなに重要ではなかったり。
その次の話ではなのはとフェイトが、それぞれレイスと言葉を交わす予定です。お楽しみに。
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