「えっと、まずは……?」
ティアナから頼まれた食材を書いたメモを片手に、ケインは街中を歩いていた。まだ夕暮れに差し掛かる前なので、少し街をぶらつきながらでも大丈夫だろう。本当はティアナと一緒に来たかったのだが、どうやら書類仕事が溜まってしまったようだ。
(まぁ、ここんとこアインハルトたちに構ってばかりだったからな)
優秀な執務官なのだから、寧ろもっと忙しくてもおかしくない。それでもこうして一緒に過ごす時間が多いのは、今が平和だから。自分の故郷たるシーリウスが危うかった時のことがまるで嘘のようだ。
「あれ?」
その時ふと、彼の視線に1人の男性が目に入った。真っ黒な服で身を固めている上に、男にしては長い黒髪、そして横顔から僅かに伺える意志の強い瞳。そのどれにも見覚えがあった。
「シグルド?」
「む?」
思わず名前を呟くと、件の男性が振り返った。間違いなく、シグルドだ。
「久しぶりだな、シグルド」
「…ラーディッシュ、か?」
「おう、そうだよ」
駆け寄り、軽く肩を叩く。ケインは懐かしい想いでいっぱいだったが、シグルドの表情はあまり変化を見せない。前はもう少し笑っていたはずだ。ケインは首を傾げ、喫茶店に誘うことに。
「なぁ、今から少し話さないか?」
「あぁ、構わぬが」
「じゃあ、そこに入ろうぜ」
ケインと共に喫茶店に入り、奥の席へと足を運ぶ。
「ここ、ティアナのおすすめなんだ」
「…貴殿の嫁か何かか?」
「え? な、何で分かったんだ?」
「俺が知っている頃の貴殿は、女の知り合いなど数少なかった。それに加えて左手に嵌められた指輪、嬉しそうな顔つきを見ればだいたい察しが付く」
「いや、つかないだろ、普通……」
淡々と語るシグルドに驚かされるが、確かに彼だけでなくフィルにもあっさりとばれていたかもしれない。そう思うと、自分がいかに顔に出やすいのかなんとなくだが分かった気がする。
「シグルドとこうして会うのって、何年振りだったっけ?」
「…確か、6年振りだな」
「そっか、もうそんなになるんだな」
何気なく天井を見上げてしまったが、なんだか爺くさい気がしてすぐに止める。
6年前の新暦73年の春の頃だったか。家の事情であちこちの世界を転々としていたシグルドが、ふらりとシーリウスにやってきたのだ。すぐに会って意気投合したわけではないが、直感で彼とは馬が合う気がした。
◆◇◆◇◆
6年前───。
「あーっ、もう!」
当時、ケインは父親のディーザ・ラーディッシュから無理難題を押し付けられていた。
『お前もこの星の立派な戦士として、修行は当たり前……と言うことで、ファイアーゴーレムの巣窟に行って殲滅してこい。
なぁに、お前なら楽な仕事だ。あっという間に終わるだろうさ』
そんなことを言われて家を出されたかと思えば、殲滅するまで帰ってくるなと言われてしまった。
「あのクソ親父! 何が楽な仕事だよ!」
そして件の魔物、ファイアーゴーレムの巣窟にやってきたのだが、今は絶賛追いかけっこ中だ。もちろん、自分が追われる側で。
「渡されたのは簡易型の刀剣だし……こんなんじゃ、日が暮れても終わらねぇっての!」
などと毒づきながらも、なんだかんだで何体か既に討伐している。ケインは簡易型だと言っていたが、これでもこの星の戦士に渡される立派な剣だ。それを悪く言うのは、彼の父親が凍牙と言う剣を持っているから。鍛錬の時でさえ使わせてくれないのだが、それがいかに素晴らしい物なのかを知っているだけに、これがなまくらに思えて仕方がない。
「おっと!」
ファイアーゴーレムの拳をひらりと躱し、お返しとばかりに剣を真横に一閃する。その刀身には氷がまとわりついており、最初こそ身体に刺さって止まったものの、ケインが更に力を籠めるとファイアーゴーレムの身体が真っ二つに切り裂かれた。
「はぁはぁ、これで10体目……ちくしょう、あとどれだけいるんだよ!」
つい大声を出してしまうが、ここがファイアーゴーレムの巣窟と言うことを忘れていた。声は大きく反響し、どんどんと奥へ広がっていっている。
「ヤベ……」
冷や汗が伝うが、もう取り消すことなどできない。徐々に大きな足音が聞こえてくる。それが何体ものファイアーゴーレムの歩みだと気付き、慌てて巣窟の入口へ引き返した。
幸いにして魔物の巣窟だけあってここから近くには街も村もない。だが、少しずつ住む場所が人間の居住区に近づいているので、こうして討伐に訪れたのだ。
「マジでどうしよう……」
他の仲間に助けを呼ぶのが筋なのだろうが、ここまで来るまでに時間がかかってしまうだろう。どうにか入口を塞いでしまおうか──そう思っていた矢先、後ろから足音が聞こえてきた。
「え? だ、誰だ?」
見ると、黒い長髪を一条に束ねた男が。彼も手にしていた地図から顔を上げてケインの姿を見る。
「え、何でここに人が……? ここに何か用なのか?」
「…いや、どうやら道に迷ったようだ。
いかんせん、初めて訪れたので、な」
呑気な奴だなぁなどと考えていると、ファイアーゴーレムの雄叫びが聞こえてきた。
「っと、こんなことしてる場合じゃねぇや。
ここは危ないから、早く逃げろ!」
「…そうか。ではそうさせてもらおう」
ケインの言葉にあっさりと従う男だったが、彼は上を見上げて歩みを止めた。何かと思ってその視線を追うと、別の入口から出てきたであろうファイアーゴーレムがいる。
「あ、危ない!」
そのファイアーゴーレムはケインではなく男に目を付け、ジャンプして襲い掛かった。ケインが声をかけるも、その場から動けずにただ見守ってしまう。ジャンプした力に加え、その巨体から繰り出されるパンチはとんでもない力になるはずだ。だが、やがて砂煙が晴れた時に見えた光景に、ケインは目を疑った。
「…忠告、恩に着る」
「う、嘘だろ……!?」
あろうことか、その男はファイアーゴーレムの拳を受け止めていた。普通に考えて受け止められるはずがないが、受け止めている掌を見ると小さなシールドが展開されている。
「この程度であれば、お前の手を煩わせることもなさそうだ、リベリオン」
《承知しました》
首からさげられているペンダントは、恐らく彼のデバイスだろう。しかしそのやり取りはあまりに不可思議な物だった。
「ちょ、ちょっと待てよ! 流石にデバイスを使わずにこいつらを片づけるのは無理だ!」
「それは、貴殿の考えだ。俺はそれに賛同せん」
やがてシールドの展開を止め、ファイアーゴーレムの拳を脇に避けて背後に回り込む。そのまま後ろへ蹴り飛ばして押し倒すと、今度はシグルドが拳に魔力を籠め、その胴体を貫いた。
「今更だが、これを片づけるのに手加減は必要か?」
「い、いや。遠慮なく頼む」
「ならば、全力で参ろう」
彼は跳躍し、ケインの前にあった入口とは別の入口から出てこようとするファイアーゴーレムを叩いた。
(俺も頑張らないとな)
先程の話から察するに、彼は民間人だろう。そんな相手に手伝ってもらったなんて父親に知られた暁には大目玉だけでは済まされない。せめて、彼よりも多くのファイアーゴーレムを駆ることにして剣を振るった。
「はぁっ!」
ケインの太刀筋を横目に、男──シグルドは自身の敵に向き直った。あの腕前ならば、援護の心配はなさそうだ。しかし、彼の言うようにデバイスがあった方が助かることに違いはない。
(致し方ない)
ペンダントをぎゅっと握りしめると、すぐに愛機──リベリオンが応えた。私服と同じ漆黒のバリアジャケットに、両側の手足に嵌められた甲。シンプルで得物はないが、自分の武器はこの身体だ。なんら問題はない。
シグルドは再びファイアーゴーレムの大群に突っ込む。身を低くして駆け抜け、その内の何体かを手甲にある爪の先に魔力を籠め、ファイアーゴーレムの脚を強引に引き裂いた。バランスを崩した何体かを持ちあげ、無事なファイアーゴーレムへと放り投げる。戦場を滅茶苦茶にかき乱し、当のシグルドは手に魔力を集中させていった。
(この気配は……集束砲か!)
ケインも次第に強まっていくその気配に気づき、巻き込まれないようにと距離を取る。
「終わりだ」
《Load cartridge.》
「シュバルツェ・デーモン!」
黒い砲撃は一直線にファイアーゴーレムへと向かうと思いきや、途中でばらばらに行く先を変えて、それぞれの行先にいるものへと襲い掛かった。
「す、すげぇ……」
剣技を得意とするケインにとって、砲撃での圧倒は羨ましくもあった。絶対にできないわけではないのだが、やはり発動にかなりの時間を要してしまう。
「…礼を言う」
「え?」
「貴殿がデバイスの展開を薦めたこと、それに他の魔物を相手にしてくれたこと……感謝している」
「いや、別に感謝されることじゃないさ。寧ろ俺の方こそ、助けてもらったし」
「そうか」
「それにしてもあんた、ここらへんじゃ見ないな。もしかして別の世界から来たのか?」
「…あぁ。せっかくだからと色々と回っていたのだが、それで彷徨う破目になったと言うわけだ。」
「そうだったのか。だったら俺ん家に来いよ。
空いている部屋もあるし、食事だって……」
そこまで言って、ケインのお腹がなった。ここまで歩いてきたことに加え、多くのファイアーゴーレムを相手にしたせいでかなり空腹になってしまったようだ。思わずお腹を押さえたケインに、シグルドは笑みをこぼす。
「……シグルドだ」
「あ、あぁ。俺はケインだ。ケイン・ラーディッシュ」
「そうか。では、すまないが数日だけ頼む、ラーディッシュ」
ケインに手を差し出すと、彼も笑顔でそれに応じた。
◆◇◆◇◆
「と、まぁ……そういう経緯で、シグルドにも手伝ってもらったんだよ」
「ほう?」
父親を前にして、ケインは正座して事情を説明した。決して自分の落ち度ではないことを訴えるつもりはないが、恐怖でついそう言う風になってしまったかもしれない。
「息子がご迷惑をおかけしたようで……」
「いえ。彼がいなくては自分も危うかったことは間違いありません。
寧ろ感謝しております」
「そう仰っていただけるなら良かった。
ケイン、お前もちゃんと礼を言ったんだろうな?」
「当たり前だって」
ディーザの言葉に呆れ気味に返し、ケインは改めてシグルドに向き直る。
「ありがとうな、シグルド。本当に助かったぜ」
「それならばなによりだ。俺も助かったぞ」
「ふむ……せっかくだ。ケイン、彼と手合わせをしてみてはどうだ?」
「な、何言ってんだよ、いきなり」
「この星の戦士として経験を積む必要があるのは分かっているだろう」
「だからって、会って間もない相手に頼めるか!」
相変わらず突拍子もないことを言う父に頭が痛くなると言いたげなケインに対し、しかしシグルドは───
「俺は別段、構わぬが?」
───あろうことか、了承の返答を返した。
「…マジ?」
「うむ」
どうしてケインが驚いているのか、そっちの方が不思議でならないようだ。もう逃げ場がなくなってしまったケインは、致し方なく頷くのだった。
◆◇◆◇◆
「で、結局その後模擬戦したんだよな」
「うむ。しかし決着はつかずじまいだったが」
「泥試合になっちまったからな」
約1時間の模擬戦。しかしそれに決着がつくことはなかった。その時はひどく疲れてしまったことを思いだし、ケインは苦笑いする。
「またやり合ったとしたら、今度は俺が勝つからな」
「ふっ、言ってくれる。
だが、よもや強くなったのが自分だけだとは思うまい?」
「あぁ。お前が怠けるなんてこと、絶対にないだろうし。
それにしても……久しぶりに会って思ったけど、やっぱりシグルドは似ているよな」
「む?」
「ジークリンデ・エレミアって選手に、似ているんだよなぁ」
「っ……!」
ケインの何気ない一言。彼が発したジークリンデと言う1つの単語に、シグルドの身体が一瞬だけだが硬直する。それを不思議に思いはしたものの、特に言及せずに言葉を続ける。
「知ってるか? 有名なファイターなんだけど……」
「…いや、知らぬな。長らくミッドチルダを離れていたのでな」
「そうだったな。インターミドルチャンピオンシップってのがあってさ、その大会で10代最強女子として名を馳せているんだよ」
「最強、か」
「まぁ試合だからルールがある中での最強だけどな」
「…その話はいずれまた、機会がある時にでも聞くとしよう」
「なんだ、もう行くのか?」
「あぁ」
席を立ったシグルドは、そのまま伝票を持っていこうとするが、それより早くケインがそれを制した。
「今日は俺が誘ったんだし、こっちが持つよ」
「…では、甘えるとしよう。連絡はいつくれても構わぬ」
「そうか。分かった」
「では、な」
ケインに改めて謝辞を言ってから、シグルドは今度こそ店を出て行った。喫茶店を出ると、再びフードを被って顔を隠す。ジークリンデがどれほど有名なのか再認識する形となったが、自分と彼女の関係を知られては行動がし辛くなる。いつまで隠して行けるか気がかりだが、そればかり気にしていてはできることもできなくなるだろう。
「……いざ、参るか」
祖父に頼まれた大事な仕事。それを開始するべく、シグルドは人込みの中に消えて行った。
◆──────────◆
:あとがき
今回はケインくんとシグルドの出会いを書きました。
ディーザさんをスパルタにしすぎたかなと思いつつ、なんだかんだであり得なくなさそうな気がしたり。
ケインくんとシグルドの模擬戦は追々やっていく予定です。
それまでにドイツ語の勉強して、シグルドの技の名前を少しでもなんとかしなくては……(汗)
次回は焼き餅を焼くアインハルトと、彼女のデバイスを受け取りにいく直前の話になります。
久しぶりにレイスが戻ってきます。
では〜。
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